第25話 親友役であると言う事

 引っ越しが終わった夜。俺は校庭のベンチに寝そべって空を見上げる。

 元の世界では見る事の出来なかった、どこまでも続く星空。

 とても綺麗な景色のだが、今日は心は落ち着かず、常にざわついている。

 理由は……分かっている。


(シオリ……)


 シオリ=ハルサキ。

 最初に仲良くなった勇者ハーレムの一角。リズの親友であり、勇者であるヤマトの幼馴染でもある。

 俺にとっては、ただの友達。

 そのはずだった。


(どうして……)


 昼間に見たシオリの涙を思い出す。そして、それを思い出す度に心が痛む。


「黄昏てるんじゃないわよ」


 どこからか声が聞こえた後、空から鉄球が降って来る。

 腹に直撃。とても痛い。

 だけど、それ以上に心が痛んでいる。


「……そろそろ気持ちを切り替えて欲しいものね」


 リズが腹にめり込んだ鉄球を取り、頭の上側にちょこんと座る。

 少しの沈黙。

 やがて、俺の方から口を開く。


「……正直、嬉しかったんだよ」


 言った後、小さく笑う。


「俺はさ、元の世界では空気みたいな存在だったんだ。だから、最初に親友役って言われた時も、言葉では否定したけど、納得はして居た」


 静かに瞳を閉じる。


「それなのに、勇者ハーレムであるはずのシオリは、ヤマトじゃなくて、俺の事を心配してくれた」


 勇者の親友役として、勇者ハーレムに深く干渉しないように努めて来た。

 それなのに、シオリは勇者であるヤマトだけでは無く、俺の事を見て居てくれた。


「おかしいよなあ。どう考えたって主人公はヤマトで、俺はただのダメ人間だぜ? それなのに、シオリは……」


 そこまで言って、口を紡ぐ。

 俺は一体、何を言って居るのだろうか。

 まだ、シオリが俺の事をどう思っているかなんて、全く分からないのに。


「ねえ、ミツクニ。私がヤマトに対して、最初に言った言葉を覚えている?」


 突然の言葉に、首を傾げて見せる。

 すると、リズはふっと笑って言った。


「誰とでも仲良くする優柔不断男なんて、好きになる訳無いじゃない」


 確かに、リズはそんな事を言って居たな。

 だけど、それでも好きになってしまうのが、勇者ハーレムってものだろう?


「でも、実際どうなのかしら? シオリは本当に、ミツクニが心配なだけかも知れないじゃない?」


 言われてみると、確かにその通りだ。

 俺は人から好意を持たれた事が無いので、勘違いをして居るだけなのかもしれない。

 そう考え始めた途端に、何だか少し恥ずかしくなってきた。


「……そうだな」


 俺はゆっくりと起き上がる。


「仲良くなったら、誰だって相手の事を心配するよな」

「そうよ」

「ましてや、シオリは虫にも優しいからな」

「そうよ。ミツクニは虫。ゴミ虫なのよ」

「だよな! 俺はゴミ虫だ!」


 途中から誘導されて居た気もするが、そう考えると納得が出来る。

 シオリは好意を持ってくれたんじゃない。虫だから優しくしてくれただけなんだ。


「この際だ! 今の俺とヤマトの能力を、徹底的に比べてやる!」


 勘違いを正すには、勇者と親友役を比べてみるのが一番だ。

 やってやる! やってやるぞ!


「勇者、ヤマト=タケル。入学当初は冴えなかったが、林間学校でゴーレムを撃退して頭角を発揮。第一次世界崩壊後は勇気ハーレムとチームを組んで、様々な問題を解決。そして、第二次世界崩壊では、穏健派を守り切った英雄だ」


 親友役である俺は関与していないが、ヤマトは勇者として、学園内の様々な問題を解決している。今や学園内でヤマトの名前を知らない人間は、一人も居ないだろう。

 それに対して、親友役の俺はと言うと……


「親友役、ミツクニ=ヒノモト。許嫁が居ながらも、他の女と仲良くしているゲス野郎。ロリっ子魔王や死の天使と仲が良くて、学園でも浮いた存在。第二次世界崩壊時は穏健派の魔物を守っていたが、早々に怪我をして離脱。現在は穏健派の魔物と一緒に学園を出て、管理人生活を送って居る」


 全てを言い切った後、完全に納得しました。


「……よーし。どこをどう考えても、俺がモテる訳が無いな」

「そうね。残念だけれど、ミツクニが好意を持たれる要素は、どこにも無いわ」


 リズの止めの一言で、モヤモヤしていた感情が全て吹き飛ぶ。それと同時に、少々の悲しみが襲ってきた。


「……何か色々と虚しくなってきたんですが」

「仕方ないわ。それが真実なのだもの」


 そう言って、リズが微笑む。

 それを見た俺は、逆に安心してしまった。


「そんじゃあ、真実ついでに、これからの事を真面目に考えるか」


 ふうと息を吐き、星空を見上げる。

 そして、改めて口を開いた。


「とりあえず、シオリと仲直りしないとな」

「あら? 喧嘩をして居たようには見えなかったれけど?」

「喧嘩はしてないけど、気まずい雰囲気になったからなあ」


 昼間の出来事を思い出して小さく唸る。


「それと、人間と魔物の関係も、何とかしなければいけない」


 それを聞いたリズが、真剣な表情に変わる。


「なあリズ。やっぱりこの世界の人間は、無差別に魔物を敵視しているのか?」

「そうね。ミツクニのおかげで学園内は緩和されているけど、根底ではまだ信用して居ないと思う」


 この世界に根付く人間と魔族の対立。これを取り払う事は容易では無いが、このままだと人間は、魔物を滅ぼす方向へ進んでしまう。

 そして、それは俺の望む救済では無い。


「人間と魔物の関係を良くしないと、俺もこれ以上、勇者達と仲良くはなれないな」

「ミツクニはただの親友役なのだし、今の距離感でも良いんじゃないかしら?」

「良くねえよ」


 真面目な顔をリズに向ける。


「俺は勇者の親友役だ。だけど、魔物達の事も大切に思ってる。だから親友役として、ヤマトに魔物を殲滅して欲しく無いんだよ」

「でも、全ての魔物を好きになるなんて、絶対に無理な話だわ」

「それは分かってる。俺でもそこまでは出来ないからな」


 小さくため息を吐き、空を見上げる。


「せめて、お互いに争いたくない同士を、戦わせないようにしたい」


 それが、俺の望む救済。

 勇者ハーレムが世界を救うというのなら、俺はそうなるように仕向けたい。


「そうなると、やっぱり鍵になるのは、魔物ハーレムの面子だよな」


 現在勇者ハーレムに所属している魔物は四人。

 魔剣士のジャンヌ。猫族のテト。兎族のパル。エルフのエミリア。

 残念ながら、この中で鍵になりそうなのは、今の所ジャンヌだけだ。


「結局、地道にハーレム計画を進める事しか、方法は無さそうだなあ」

「そうね。まだリストには魔物が居るから」


 ハーレムリストには名前と種族しか書かれていないので、その魔物がどんな魔物かは分からない。しかし、名前が書いてある限り、勇者ハーレムに入る可能性はある。

 そうなると、これからの俺の仕事は、勇者ハーレムに入って来た魔物とヤマトを仲良くさせて、少しでも魔物と和解する手段を探す事だ。


「最初はただのハーレム作りだったのに、何か複雑になって来たな」

「複雑にして居るのはミツクニ自身よ」


 おっしゃる通りです。

 それでも、俺は魔物と仲良くしたい。

 何も考えずにハーレムだけ作って、惰性で世界が救われるなんて、絶対に御免だ。


「まあ、やってみるさ。俺は勇者の親友役だしな」


 突然異世界召喚されて始まった、勇者ハーレム計画。

 それなのに、いつの間にか俺が望むハーレムを作る計画になって居る。

 何も知らない勇者。裏で動く親友役。

 きっと、ラブコメや恋愛ゲームの親友も、見えない所で色々やって居たのだろう。



 話が一区切りして、俺達は静かに空を眺める。

 キラキラと輝きを放つ星空。穏やかに凪いで居る森。ひんやりとした空気。

 そんな中で、不意に思った事を口にする。


「なあ、リズ」

「何?」

「そう言えば、お前はどうなんだ?」


 俺の言葉の意味が理解出来ずに、リズが首を傾げて来る。


「リズは、魔物の事を敵視しているのか?」


 それを聞いて、リズがふっと笑う。


「そうね。私も、魔物は敵だと思っているわ」

「そうか……」


 それを聞いて、少しだけ落ち込む。

 だけど、仕方が無い。

 リズだって、この世界の人間なんだ。


「でも……」


 リズが再び口を開く。


「ミツクニが信じる魔物なら、私は無条件で信用する」


 こちらを見るリズ。


「だって、私にはミツクニを召喚した、責任があるから」


 それだけ言って、小さく微笑む。

 俺は……少し残念だった。


「責任……ね」


 リズが魔物を信用してくれるのは嬉しい。

 だけど、責任。

 俺とリズの関係は、召喚した者とされた者でしかないという事か。


(難しいもんだなあ……)


 リズの気持ち。シオリの優しさ。勇者であるヤマトの生き方。

 どんなに皆と仲良くしようとしても、世界が滅ぶ可能性が有る限り、俺は『親友役』としてしか行動出来ない。

 そして、俺が『親友役』で有る限り、勇者の行動を全面的に阻害する事は出来ず、最終的に勇者が下す判断を変える事は出来ない。

 俺の理想は多々あれど、それを無下に口に出来ない事は、少し辛い事でもあり、悲しい事だなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る