第26話 宇宙人とシェフの気まぐれランチ

 穏健派の魔物達と森で過ごし始めて、一週間が経った。

 最初は森の環境に慣れて居なかった魔物達も、今では個々に仲間達を作って、炊事や洗濯をこなすようになっている。

 俺はと言うと、魔法学園で生活していた時よりも、伸び伸びと生活する事が出来ている。

 何よりも、一緒に過ごす事になったリズが、実は家事が苦手で、イニチアシブを取れた事が大きかった。


「……なあ、リズ」

「何よ」


 校庭で洗濯物を洗いながら口を開く。


「お前が洗濯苦手なのは分かってるけど、下着くらいは自分で洗ってくれないか?」

「あら、女子の下着を洗濯できるなんて、男冥利に尽きるでしょう?」


 そう言いながら、俺の後ろで鉄球お手玉をしているリズ。普通の女子であれば、男に下着を洗濯されたら恥ずかしいと思うのだが、彼女の態度はそれを微塵も見せなかった。


「ったく、口だけは一人前だな」

「あら、私の下着が見られて嬉しくないの?」

「嬉しいよ。男だからな。だけど、それ以上に羞恥心を感じる」

「恥ずかしがらなくても良いのよ。だけど、もしそれで何か悪さをしようとしたら、殺すから」

「分かってるよ。何もしないさ」


 最初に下着洗いを頼まれた時はドキドキしたが、今は無心で洗濯をする事が出来るようになっていた。

 全ての洗濯が終わったので、校庭の端にあるベンチに座り、子供達が遊んで居るのを眺める。


「今日も穏やかな一日だなあ……」


 幸せ一杯の光景を眺めながら、気持ち良く伸びをする。

 その伸びきった腹に、リズの鉄球がめり込んだ。


「な、何故に……!?」

「穏やかな事は結構だけれど、ハーレム計画が全く進んで居ないわ」

「それはそうだけど……ヤマトもここに通って魔物達と仲良くなって居るし、今もエミリアと狩りに行って、仲良くなってるじゃないか」

「良くないのよ」


 二個目の鉄球! 今度は顔面だぜ!!


「勇者なのだから、何もしなくてもハーレムとは仲良くなるの。大事なのは、とにかくハーレム候補と勇者を会せる事よ」

「お前……さりげなくハーレムの感情を、軽視してるよな」


 鉄球三個目! 今度は再び腹!


「ここは良い場所だけれど、ハーレム候補を探すには向いて居ないわね」

「……そうかも知れないが、今はとにかくこの生活を軌道に乗せる方が大事だ」

「どちらも大事よ。何とかしなさい」


 お前も何とかしろよ……と、言いたかったが、それは言わない。

 親友役として召喚されたのは俺なのだから、これは俺の役割だ。


「……分かったよ」


 腹の鉄球をどかして立ち上がる。


「とりあえず、ヤマト達が帰って来たら、魔法学園に行ってみるか」

「そうね。学園の方が、ハーレム候補に会える確率も上がるかも知れない……」

「おーい! ミツクニくーん!」


 話の途中でヤマトの声が聞こえたので、そちらを向く。すると、校庭の奥からヤマトが手を振っているのが見えた。


「ミツクニ君! 大変だよ!」

「マジか! そりゃあ大変だ!」

「まだ何も言ってないよ!」

「そうだったな!」


 おどけて見せると、それを無視してエミリアが口を開いた。


「森の奥に謎の物体を発見しました」

「それは不思議だな! 不思議発見だな!」


 リズの鉄球が腹にめり込む。


「一体何の冗談かしら?」

「……最近ギャグ要素が少なかったから」

「そう言うのは要らないのよ」

「ごめんなさい」


 素直に謝ると、リズが鉄球を懐にしまう。


「それで、その不思議な物体ってのは、どんな物なんだ?」


 ヤマトが必死に説明しようとしたが、何を言って居るか分からなかったので、エミリアに補足するように目で訴える。


「全体像は楕円なのですが、鉄のような鉱物で覆われて居て、後方には二つの筒のような物が付いていました」

「うん、分かり安いようで分かり辛い」

「すみません。森の生活が長くて、現代の建造物には詳しくないので」

「まあ、何となく想像は出来たから、とりあえずそこに行ってみようぜ」


 イベントは勇者ハーレム発見のフラグ。絶対にそこには何かがあると確信して、俺達はその物体を見に行く事にした。



 エミリアに案内されて森を抜けると、問題の物体が現れる。俺以外の三人はきょとんとしていたが、俺は一目でそれが何か分かってしまった。


「これは……」


 余りにも予想外だったその物体を見て、ごくりと息を飲む。


「宇宙船じゃねえか!」


 楕円の黒いボディに、二本の大きな噴射口。

 古いアニメに出てきそうな宇宙船が、森のど真ん中に不時着していた。


「ど、どうなんだ……? これは、エイリアン系か? それとも女の子系か?」

「ミツクニ、分かるように説明しなさい」


 リズに言われて、緊張しながら説明する。


「こういう場合、この中から出て来るのは、侵略者か女の子の二択なんだ」

「随分とかけ離れた二択ね」

「まあ、可愛い侵略者の可能性もあるんだが……」


 何にせよ、ラブコメでの宇宙船発見は、ぶっ飛び展開のきっかけだ。

 一歩間違えれば気持ち悪いエイリアンが現れて、バトル展開とかも十分に有り得るけど。

 どうなのよ! さあどうなのよ!


「助けて下さいですのー!」


 そんな俺の耳に聞こえて来る、女の子の声。


「動けないですのー!」


 ……いや待て! ここで油断してはいけない!

 声が可愛いと言っても、実はそれ自体が罠で、助けに行った途端に中から無数の触手が……!


「今助ける!」


 考えている間に、ヤマトが助けに入りやがった!


「ミツクニ、私達も行くわよ」

「へーい」


 間の抜けた返事をして、壊れていた窓ガラスから船内へと入る。そこには、コックピットに嵌まっている可愛いお尻が見えた。


「……よし、三分待とうか」

「黙りなさい」


 リズの鉄球を構えたので、仕方なく俺とヤマトでお尻を引き抜く。

 現れたのは、何の捻りも無い、普通に可愛い女の子だった。


「あ、ありがとうですの……」


 ぺこりと頭を下げる女の子。

 緑色の髪。インカムのようなアクセサリー。ピッチピチのボディースーツ。見た目は同世代だが、本当に宇宙人であれば、何歳なのかは特定出来そうにない。

 ……まあ、普通にラブコメ展開だったね!


「私はピノと言いますの。宇宙人ですの」


 おいおい、やめてくれよ。

 そんなに宇宙人アピールされたら、逆に胡散臭く見えてしまうではないか。


「う、宇宙人!? 本当に居たんだ……」

「はい。そうですの。宇宙人ですの」


 驚きの表情を見せるヤマト達。それに対して、苦笑いしか出来ない俺。

 ピノは正直に答えて居るのかも知れないが、馬鹿にして居るように聞こえてしまうのは、俺の心が荒んでいるからだろうなあ。


「宇宙のどこから来たの?」

「とてもとても遠い所からですの」


 説明しても分からないと踏んで、要約して話しているんだよな。

 頼むから、そういう事にしておいてくれ。


「この星には、何しに来たの?」

「用は無かったんですが、宇宙船が壊れて不時着してしまったのですの」

「それじゃあ、直るまでここに居ると良いよ」

「良いんですの!?」

「うん。エミリアも良いよね?」

「はい。困った時はお互い様です」

「わーい! ありがとうですのー!」


 嬉しそうな表情でヤマトに飛びつくピノ。そして、それを無言で眺め続ける俺。

 ……やっぱり普通のラブコメだったね!


「疑いの目と言うのは、いつ見ても醜いものね」


 リズに突っ込まれて、顔を引きつらせる。


「相手は未知の相手だぞ? こんな適当な説明をされて、素直に納得出来る方がおかしいだろ」

「あら、別に良いじゃない。ハーレムの方から勇者に近付いて来てくれたのだし」


 それを聞いて、慌ててハーレムリストを確認する。すると、ピノの名前がリストの最後に更新されて居た。


「このリストは、シェフの気まぐれランチか?」

「ミツクニにしては面白い表現ね」

「面白く無い。全く面白く無い」


 取って付けたような展開に、ため息を漏らす。

 こんな感じでリストが増えて行くのなら、リストを埋めようが無いぞ。


「とにかく、新しい勇者ハーレムが増えて、良かったじゃない」

「それは、そうなんだが……」


 ため息交じりに言った後、横目で船内を見回す。

 そして、コックピットの端に落ちている物を見て、目を丸めてしまった。


「……ピノ、あれは何だ?」


 俺がその物体を指差すと、ピノがニコリと微笑んで手を差し出す。すると、その物体がその場から消えて、ピノの手元に瞬間移動した。


「これは、護身用のレーザー銃ですの」

「……それって、沢山あるのか?」

「いいえ。これ一つだけですの」


 それを聞いて、ほっとする。

 この異世界は、今戦争をしている。

 そんな中に宇宙兵器が乱入して来たら、世界救済どころでは無い……


「でも、武器庫には一杯あるです……」

「待ったぁぁぁぁぁ!」


 ピノの口を無理やり抑える。


「よし! どうやらここは俺の出番のようだな!」

「な、何を言ってるですの……」

「宇宙船にを直すのに助手が必要なんだよな! 分かってる分かってる! この中で宇宙船の事を知っていた俺が適役だろ!」

「宇宙船には自動修復機能がある……」

「必要だよな? 俺が必要なんだよな?」


 真顔でピノを睨み付ける。

 鈍感そうなピノではあったが、流石に俺の威圧に気が付き、コクリと頭を縦に振った。


「……そ、そうですの。必要ですの」

「うむ! 分かった! 俺に任せとけ!」


 そう言って、今度はピノをヤマトに押しつける。


「ヤマト! ここは俺に任された! だからお前達は、ピノを下宿へと案内して欲しい!」

「え? でも……」

「案内してくれるよな?」


 真顔でヤマトを見つめる。

 ヤマトは何かを悟り、無言で頷いてくれた。


「そ、それじゃあ……行こうか」

「はいですの」


 ヤマト達がピノを連れて宇宙船から出て行く。

 その後ろ姿を見届けた後、俺は大きく安堵のため息を吐いた。



 ヤマト達が完全に居なくなったのを確認して、改めて宇宙船の内部を見渡す。

 八畳ほどのコックピット。その奥にある、機械仕掛けの小さな扉。

 その扉を眺めて居たら、横から機械音が聞こえたので、不意にそちらを向く。

 そこに浮いていたのは、野球ボールほどの大きさの、黒いドローンだった。


「私はこの宇宙船の管理ドローンだ。君は誰だ?」

「俺はミツクニ=ヒノモト。この世界に召喚された、別世界の人間だ」


 軽く挨拶を交わした後、この世界と勇者ハーレムについて一通り説明する。

 話が終わると、ドローンは全てを理解したように、上下に動いた。


「つまり、ここにある武器がこの世界に出回ると、危険なのだな?」

「ああ。だからそうならないように、ここを見張って居て欲しいんだけど」

「了解した。この宇宙船に関しては、私が責任を持って管理しよう」


 見た目に似合わないハードボイルドな声を聞いて、改めて安堵の息を漏らす。

 この宇宙船の技術は、この世界の技術水準を大幅に超えている。その技術で作られたドローンが管理をしてくれるなら、占領される事は無いだろう。

 そんな事を思っていると、今度はドローンから話し掛けて来た。


「所で、君はこの世界を救おうとして居るのか?」

「そうだけど、何か都合の悪い事でも?」

「いや、逆だ」


 ドローンが俺の周りを飛び始める。


「この星は我々の宙路に存在していて、この星があるおかげで、宇宙間の航路を明確に読み取る事が出来る」

「目印になってるって事か?」

「そうだ。この星の生命体が繁栄する事で、より強い目印となる」

「それじゃあ、俺のやってる事は、ある意味で彼方達の為にもなってる訳だ」


 そうは言ったが、俺は他の星の事なんて、どうでも良かった。

 しかし、事態は俺の思っても居なかった方向へと動き始める。


「協力しよう」


 その言葉に、一瞬言葉を失う。


「……どういう事だ?」

「この星が衰退すると困る。私も君に協力しよう」

「いや、だから、ここにある物が、この世界に広まってしまったら……」

「君はここにある武器が、どのような代物かを知って居る。先ほど聞いていた主との会話から考えても、この世界の水準に合わせた使い方が出来ると、強く理解した」


 それを聞いて、ごくりと息を飲む。


「でも、俺は武器の使い方が分からないし……」

「私が指南しよう」

「大掛かりな物は、世界的にも良くないし……」

「スタンなどを利用した、制圧力重視の戦闘方法ならば、問題無いだろう」


 確かに。ミサイルやレーザーでは無く、スタンやスモークなどを利用した戦い方ならば、魔法が主流のこの世界でも、不思議がられる事は無い。

 むしろ、この世界の人間より身体能力が低い俺には、その戦い方しかない。

 そう考えた時、結論は一つしか無かった。


「お願いします」

「うむ、心得た」


 その言葉と同時に、ドローンの背中から超小型の偵察機が飛び出す。


「ミツクニ=ヒノモトを、第二のマスターと承認。警護の為、マスター近辺に五体の監視ドローンを配備する」


 偵察機は俺の周りをクルクルと回った後、宇宙船から飛び出して、それぞれに消えて行った。


「マスター。私にコードネームを」

「名前を付けろって事か?」

「その方が、すぐに呼び出せると考える」

「分かった」


 小型の分身を飛ばす事の出来る、この世界の文明水準を超えた監視の目。

 かなり中二病っぽいが、どうせ異世界なのだから、これで良いだろう。


「ベルゼ」

「認証。以後、私はベルゼとして、マスターの警護に入る」

「ありがとう。よろしく頼む」


 微笑みながら、ベルゼの体にこつんと触る。

 ここは異世界。何でもあり。

 機械の仲間なんて非現実的だが、今までに仲間になった天使や悪魔に比べたら、余程現実的だと思った。

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