第27話 錬金術師とアップルパイ
「錬金術師だ!」
俺が放った突然の一言に、ヤマトとリズが首を傾げて来る。
「俺に錬金術師を紹介してくれ!」
「いきなり何を言い出すのかと思ったら、許嫁の前で女探し?」
リズが鉄球を投げてきたが、それをひょいと躱す。定番のボケをスルーするくらい、今日の俺は真剣だった。
「男でも良い! とにかく錬金術師を紹介してくれ!」
「珍しく真面目ね。どうしてそんなに紹介して欲しいのかしら?」
「それは……」
昨日俺は宇宙人に出会い、その監視ドローンを仲間にして、戦い方を学ぶ事になった。
しかし、宇宙船に残っていた資材は少なく、実戦練習をするには少々物足りない。
そこで、錬金術師と仲良くなって、資材を調達する事にしたのだ。
とは言え、リズやヤマトに、それを正直に言う訳には行かないので……
「錬金術師から! 新しい調味料の作り方を学びたいんだぁぁぁぁ!」
などと適当なボケを言って、真実をすり替える。その報いとして、リズの鉄球を顔面に食らう事になった。
「その鉄球を味わいながら、本当の事を話しなさい」
「さ、最近料理も慣れて来たから、オリジナルの調味料を作りたいなって……」
「そういうのは錬金術師じゃなくて料理人って、常識よね?」
無理な言い訳に、リズが過敏に反応する。
このままでは行けない。もっとそれっぽい真実にすり替えなければ。
「正直に言うと、俺は魔法が使えないから、そういう人と仲良くなって、知識を深めたいんだよ」
「つまり、何も出来ないキモオタだから、せめて調合薬みたいな物を作れるようになって、良い気分に浸りたい訳ね?」
「言い方は酷いが、概ねその通りだ」
真実は言っていないが、強ち嘘も言っていない。これならば、リズも察してくれるはずだ。
「……仕方ないわね」
それ以上の理由を掘り下げずに、納得してくれるリズ。俺は彼女のこういう所が好きだった。
「でも、魔法を使わない錬金術師なんて、この辺に居るかしら?」
この異世界は、魔法が生活の基盤になって居る。
それに伴って、自然物のみを使った化学製品は少なく、それを作る事の出来る錬金術師というのは、はみ出し者のような存在なのだそうだ。
「残念だけれど、私は聞いた事が無いわ。ヤマトは聞いた事ある?」
リズの問いに対して、ヤマトも首を横に振る。
この二人が知らないとなると、残る人物は勇者ハーレムくらいか。
難易度から考えると、学園長クラスの人間に会わなければいけない可能性もあるな。
「錬金術師かどうかは分かりませんが……」
それを言ったのは、話を聞いていたエミリア。
「この森の東に、異様な香りが漂って来たり、時々爆発が起こったりする工房があります」
「それだぁぁぁぁ!!」
大声と共に立ち上がる。
異様な香り! 爆発! アップルパイ!
それこそ、錬金術師の居る場所だ!
「行こう! 今すぐに!」
「ですが、そこは危険な場所として、誰も近付かないようにしています」
「危険は十分に承知して居る! 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!」
「こけつ?」
意味が分からずに、エミリアが首を傾げて来る。俺の世界の諺なんて、知っている訳が無かった。
「とにかく、俺はそこに行く!」
「僕も行くよ。一人じゃ危ないし」
流石は勇者! 頼りになるぜ!
だけど、あれれ?
君が来るって事は、またハーレム候補って事じゃない?
「さあ、行きましょうか」
俺と同じ事に気が付き、張り切るリズ。
私情に勇者ハーレムが絡むのは困るのだが、他に当ても無いので、仕方なく二人を引き連れて、森の東へと行く事になった。
目的の場所に辿り着き、そこに佇む建物を見上げる。
茨に包まれたレンガ造りの一軒家。煙突からはモクモクと黒い煙が上がっている。
錬金術師と言うよりも、魔法使いが住んでいそうな建物だった。
「いかにもって感じだな!」
興味津々の俺に対して、引き気味の二人。
おいおい。君達は魔法使いだろう?
俺から言わせて貰えば、錬金術師より魔法使いの方が、十分に異質だぞ?
「よし、ノックするぞ!」
そう言って、引いている二人の前に出る。
次の瞬間、突然目の前が爆発して、壊れた扉の中から人間が飛び出してきた。
「ぐっふぅぅぅぅぅぅ!」
避ける暇も無く、その人間は俺をクッションにして地面に落ちる。
やがて、人間は俺の腹に座り、埃まみれの顔と服を払った。
「痛た……また爆発しちゃった」
テンプレのような登場の仕方。首を捻ってその人物を確かめる。
茶色のショートカット。パッチリとした大きな瞳。赤いフリルのエプロンドレス。
これだ! これこそ錬金術師の風貌だ!
「……あ、あれ?」
俺を尻に敷いていた事に気付き、慌てて立ち上がる錬金術師。
「ご、ごめんなさい! 私ったら……!」
口に手を当てて俺を見つめる。
その手に持っているのは、トゲトゲの丸い物体。
「……うに?」
ぽつりと言った、リズの一言。
それは、言ってはいけない言葉だった。
「な、投げろぉぉぉぉぉぉ!」
「はいぃぃぃぃぃぃ!」
錬金術師がトゲの物体を空に放り投げる。少し遅れて、その物体が空中で大爆発を起こした。
「危なかったな……」
「はい。間一髪でした」
ほっと胸を撫で下ろし、てへっと笑う錬金術師。
ああ……これですよ。
ここ最近では、どストライクの勇者ハーレムだ。
「自己紹介がまだでしたね。私はミリィ=ロバートです。今年から魔法学園に入ったのですが、特待生として、ここに工房を置かせて貰って居ます」
「同級生なのか。俺はミツクニ=ヒノモト。魔力が無いのに魔法学園に入った不思議系男子だ。よろしく」
俺の自己紹介を聞いて目を輝かせるミリィ。その姿を見て、知り合いの狂科学者を思い出したが、どストライクなので見なかった事にした。
「それでは、皆さんを工房を案内しますね」
「そうだな。お邪魔するよ……」
「待ちなさい」
リズが俺に向けて鉄球を投げて来たが、それを片手で受け止める。
「おいおいリズ。一体どうしたんだよ」
「話に全く付いていけないのだけれど?」
「仕方ないさ。それが錬金術だからな」
「それ以前に、会ったばかりなのに、どうしてそんなに馴れ馴れしいのかしら?」
「そういう人間も、たまには居るだろ」
ミリィとは間違いなく初対面だ。
しかし、どうだろう。
実際に会ってみると、現実世界でも会って居たような気さえする。
「そう言えば、ヤマト達がまだ自己紹介をしてなかったな」
俺の言葉を聞いて、慌てて自己紹介するヤマト。それに続いて、リズも不機嫌そうな表情で自己紹介をした。
「それじゃあ、改めて工房を見せて貰おうぜ」
「そうですね。ぜひ見て行ってください」
リズに鉄球を返して、俺達は建物の中へと足を運んだ。
建物の中に入って真っ先に目に映ったのは、中央にある巨釜。その左右に作業台と本棚が置いてあり、本棚に隠れるようにベッドが置いてある。
その光景は、まさしく錬金術師の工房だった。
「丁度、アップルパイを作って居た所なんですよ」
そう言うと、ミリィが中央の大釜からアップルパイを取り出して、来客用の机の上に置く。そして、包丁を持って来て、人数分に切り分けた。
「はい、出来立てです。良かったら食べて下さい」
にこりと笑い、両手を差し出してくるミリィ。俺は小さく頷いて、アップルパイを一つ食べてみた。
「美味い!」
「わあ! 嬉しいです!」
「やっぱり錬金術で作ったアップルパイは、一味違うなあ!」
「分かりますか! 嬉しいです!」
大いに盛り上がる俺達。
それに対して、大いに盛り下がるリズ達。
「……ねえ、ミツクニ」
「何ですか?」
「色々と突っ込みたい所があるのだけど」
分かる。分かるぞ。
どうしてトゲの球体が爆発したのか。どうして爆発しただけなのに、アップルパイが出来たのか。そもそも、どうして大釜でアップルパイを作って居るのか。
その問題は、たった一言で解決する事が出来る。
「これが錬金術師だ」
「成程。私達には分からないけど、ミツクニには分かるのね」
リズの苦笑に最高の微笑みを返す。
素晴らしい。彼女こそが、俺が本当に求めて居た錬金術師だ。
……だがしかし!
(……勇者ハーレムなんだよなあ)
随時更新されるハーレムリストには、彼女の名前が当然のように存在していた。
(それでも! 彼女と仲良くならないなんて無理な話だぜ!)
彼女は俺が理想として居たヒロインの一人だ。そんな彼女が勇者ハーレムなのは、仕方の無い事だろう。
しかし、仲良くなるのだけは譲れない!
「そういう事で、これから色々とお世話になると思うから、よろしくな」
「はい! 分かりました!」
「どういう事よ」
リズが鉄球を放ったが、再び軽く受け止める。
悪いな……今日の俺は120%だ。
「……ミ、ミツクニ君。どうしたの? 今日は何かおかしいよ?」
「そうだな。今日の俺は色々とおかしい。だが……これは必然なのだ」
ヤマトよ、存分に怯えるが良い。
お前の親友役は、お前のハーレムと仲良くなろうとして居るぞ。
世界が滅ばないギリギリまでな!
「……仕方ないわね」
ぽつりと言った後、リズがため息を吐く。
次の瞬間、リズが俺との間合いを一瞬で詰めて、下から上へと拳を突き上げる。
アッパーカット。
その拳は三日月のように残像を残して、俺の顎にクリーンヒットした。
(ぐぬはぁぁぁぁぁぁ!)
途切れそうな意識を必死に保ちながら、地面に叩き付けられる。
その威力は、鉄球の比では無かった。
「ば、馬鹿な……120%状態の俺を……吹き飛ばすだと……」
「忘れないで。彼方は貧弱なキモオタで……私の許嫁よ」
「ご、ごめんなさい……」
謝罪の言葉を口から捻りだし、地面に伏する。
この感じ……久しぶりだ。
勇者ハーレムと仲良くなってはいけない。それが、親友役である俺に下された、残酷な指令。
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