第68話 勇者ハーレムが攻めてきました
ベルゼの起点により、超文明の拠点を手に入れてしまった俺達。仲間達の血によってシステムも復旧して、まともな生活も出来るようになった。
一方で魔物と人間の軍は、一夜にして出来た俺達の拠点に困惑して、進軍して来なくなっている。
行き当たりばったりの状況ではあったが、元々余計な争いをしたくなかった俺達にとっては、都合の良い状況になって居た。
朝食を食べ終わった午前中。
俺は遺跡の中庭へと足を運び、溜まっていた洗濯物を手洗いで洗い始める。
他の仲間達は手伝う事も無く、それぞれが遊びに行ってしまった。
少しくらい手伝ってくれても良いのにと思ったが、いつもの事だったので、余計な事は考えずに黙々と洗濯を続けた。
全ての洗濯を洗い終えた俺は、庭の木に紐を縛って洗濯物を干していく。
シャツ、シーツ、下着……
遺跡という生活基盤があるせいか、旅をしていた時よりも洗濯物が多い。
全てを干し終えた頃には、周り一面が洗濯物で埋め尽くされていた。
(何か、病院の屋上を思い出すなあ)
古いドラマなどで良く見る、病院の屋上の風景。白いシーツが沢山干されて居て、少しだけ幻想的な気持ちにさせられる。
ここに干されている洗濯物は白色だけでは無いが、太陽の日差しに照らされて透けるその光景は、同じような印象を受けた。
(さてと……)
腕時計で時間を確認すると、既に昼近くになって居る事に気付く。
次は昼食の準備がある。
遺跡が復活したおかげで食料も豊富にあるので、食事は俺にとって一つの楽しみになって居た。
(今日は何を作るかなあ……)
などと考えながら洗濯物を眺めて居ると、風になびくシーツの先に、二人の人間の影が映る。
仲間の誰かが帰って来たのだろうと思い、気にせず食堂に向かおうとしたのだが、洗濯物の隙間から現れたその二人を見て、持っていた洗濯籠を落としてしまった。
「こんにちは。ミツクニさん」
俺の前に立ち、にこりと笑う女子二人。
家庭的ヒロイン、サラ=シルバーライト。
昭和ヤンキー、ザキ=セスタス。
突然の勇者ハーレム襲来に言葉を失っていると、サラが干されていた洗濯物を眺めながら言った。
「洗濯が上手になりましたね」
言った後、俺が落としてしまった洗濯籠を拾ってくれる。
「ですが、まだムラがあります。手洗いはもう少し修業が必要ですね」
俺に籠を渡して後ろに下がるサラ。
それに続いて、ザキが口を開く。
「へえ、服は自分で縫ってるのか」
俺の服の裾を掴んでマジマジと眺める。
「だけど、まだ縫い目が甘いな。これじゃあ、また破れちまうぜ」
ふっと笑い、袖から手を放す。
何をする事も無く、静かに俺を眺めている二人。
少しの間あっけに取られて居たが、俺はゆっくりと我を取り戻して、遺跡に向けて口を開いた。
「キズナ」
呼ばれた遺跡システムが返答する。
『お呼びでしょうか』
「敵が侵入したのに、警告が無かったんだけど」
『遺跡の防衛システムは、マスターの敵意を読み取り反応します。そちらの二人は、マスターが敵として認識していません』
「つまり、俺が敵だと認識していない相手には、アラームが鳴らないと?」
『そうです』
それは困ったな。
そうなると、これから侵入して来る勇者ハーレム達は、全員素通りか。
(それにしても……)
正面に立って居る二人を眺める。
(最初から相性が最悪の相手だな)
そう思い、大きくため息を吐く。
サラは魔法学園に居た頃、何も出来なかった俺に家事を教えてくれた師匠。
ザキは訓練でボロボロになった服を、いつも繕ってくれて居た優しい友達。
数居る勇者ハーレムの中でも、一二を争うほどお世話になった相手だった。
「さてと……」
ザキが首をコキコキと鳴らして、愛用の木刀を召喚する。
「ミツクニがどれくらい強くなったか、確かめさせて貰うぜ」
楽しそうに微笑み、ザキが木刀を構える。
俺は戦いたく無かったのだが、ザキがやる気満々だったので、仕方なく両腕のシールドを展開した。
「行くぞ!」
掛け声と共に斬撃を繰り出してくるザキ。
一振り一振りが鋭かったが、長旅のせいでこれくらいの攻撃には慣れてしまい、当たり前のようにそれを受け流す。
「やるな! じゃあ……!」
もう一つ木刀を召喚して二刀流になる。
斬撃は二倍になったが、それでも刃は届かない。
やがて、最初の切り合いが終わり、お互いが間合いを開けてその場に留まった。
「ミツクニ、強くなったな」
「まあ、色々あったからな」
「それじゃあ、これならどうだ!」
ザキは二つの木刀を大きく振りかぶり、真空斬撃を飛ばしてくる。
受け流せないと分かった俺は、両腕をクロスして、その斬撃を防御した。
「まさか、これも受けちまうなんてな」
ケラケラと笑うザキ。
「どうやら、随分と修羅場をくぐったみたいだな」
「そんな事は無いさ。行く場所行く場所で打ちのめされて、俺は何も出来なかったよ」
「へえ、そうなのか」
ザキが持っていた木刀をしまう。
「だけど、良い顔付きになった。魔法学園に居た頃とは大違いだぜ」
あの頃に比べれば、大分成長したとは思う。
しかし、世界を周ったおかげで、自分がまだ井の中の蛙だという事を思い知った。
上には上が居る。
俺に出来る事なんて、本当は家事くらいしか無いのかも知れない。
「よし、そんじゃあ……」
ザキが俺に歩み寄る。
「服を脱げ」
その言葉で、俺の時が止まる。
「……はい?」
「服を脱げっつってんだ」
時間がゆっくりと解け始める。
「いや、流石にこんな場所で脱ぐのは……」
「脱がねえと出来ねえだろ?」
「で、出来ない!? 一体何を企んでいらっしゃるのかな!?」
「良いから脱げ!」
ザキが俺に飛びつき、無理やり上着を引っぺがす。
「待て待て! これは健全なファンタジーだから、猥褻な描写は……!」
「はあ? 何言ってんだ?」
ザキは背負っていたバックに手を突っ込み、兎型の箱に入った裁縫道具を取り出した。
「ったく、こんなボロボロになって……新しい服作った方が早えんじゃねえか?」
地面にドサリと座り、破れた部分を縫い始める。
流石は俺の裁縫師匠。あっという間に破れた場所が補強されていく。
数分後には、俺が縫っていた袖より、綺麗な仕上がりになって居た。
「ほらよ」
縫い終わった上着を投げて来るザキ。
俺を倒す為に来たはずなのに、何故か親切にされてしまい困惑する。
「あ、あの……」
「それじゃあ、次は昼食の準備ですね」
今度はサラが近付いて来る。
「食堂はどちらにあるのですか?」
「あっちだけど……」
「そうですか。では、行きましょう」
笑顔で歩き出すサラとザキ。
俺は我慢が出来なくなり尋ねてしまった。
「二人は俺の事を、倒しに来たんじゃないのか?」
それを聞いたサラが、ニコリと微笑む。
「相手を傷付ける事だけが、倒す事ではありませんから」
そして、再び歩き出す。
戦って倒す。その行為が、相手を制す全てでは無い事は知っていた。
だけど、これまでの長旅で、俺にそんな攻撃を仕掛けて来る相手は居なかった。
力では無く、各々の個性で相手を打ち負かす。
これが、勇者ハーレムの戦い方なのか。
(……やっぱり、相性が悪すぎるな)
二人の背中を見ながら頭を掻く。
こんな戦い方をされたら、絶対に勝てる訳が無いだろう。
一体俺は、これから何回負けるんだ?
「ほら、行きますよ」
俺を笑顔で誘う二人。その綺麗な笑顔を見て、小さく笑ってしまう。
(まあ……良いか)
清々しい気持ちで二人を追い掛ける。
そして、魔法学園に居たあの頃のように、皆で砕けた会話を始めた。
「なあ、二人は俺に味方して、大丈夫なのか?」
「あ? 何言ってんだ? 味方じゃねえよ」
「相手を制すには、胃袋からと言うでしょう?」
「まあ、確かにそうだな」
「サラの飯はうめーぞ? お前なんか一発でノックアウトだ」
「知ってるよ。だから困ってるんだろ」
「つか、まだお前一人で家事してんのかよ」
「ああ。他の奴等は出来ないからな」
「仕方ねえな。これからはアタイも手伝ってやるよ」
楽しく食堂へと向かう三人。
勇者ハーレムは敵。
だけど、敵だからと言って、仲良くしてはいけないという決まりは無い。
この日から俺達のキズナ遺跡に、家事を手伝ってくれる二人の敵が住み着いた。
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