第78話 因果応報

 世界を守る為に、必死に戦って来た。

 だけど、戦う度に仲間に助けられて、自分の無力さを噛み締めた。

 それでも、己の弱さを言い訳にしたく無かったから、自ら進んで前に出た。

 その結果が……これだ。


「シオリ!」


 倒れて居るシオリを抱き抱える。

 氷の刃が刺さって居る脇腹を押さえながら、小刻みに息をして居るシオリ。

 この世界の人間は俺より身体強度が高いのだが、それでもこれは重症だ。


「シオリ……! どうして……!」


 ゆっくりと目を開けるシオリ。


「ミツクニ……」


 そして、いつものように微笑んだ。


「良かった……大丈夫みたいだね」


 大丈夫じゃない!

 シオリが大丈夫じゃないから……! 俺は全然大丈夫じゃない!!


「へへ……」


 どうして笑う?

 どうして、いつものように笑ってるんだ?


「私……知ってたよ」


 シオリが震える手を伸ばして、俺の腕を弱々しく握る。


「理由は分からないけど……ミツクニは……私達と距離を空けて居たんだよね」


 ああ、そうだよ!

 お前達は勇者ハーレムだから!

 親友役が勇者ハーレムと仲良くなると! 世界が滅ぶかもしれないから!


「でも、距離を空けながらも……私達の事、とても大切に思ってくれてた……」


 当然だろう!

 俺はただの親友役なのに! 優しくしてくれたじゃないか!

 皆大切な俺の仲間なんだよ!


「だから私……ずっと我慢してた」


 我慢?

 何をだ?

 それよりも! すぐに回復を……!


「でも……もう良いよね?」


 シオリの優しい瞳。

 その瞳から頬を伝う、一粒の雫。

 そして、彼女の口から零れる……本音。



「私からミツクニに近付いても……良い……よね」



 地面に落ちる雫。

 俺の腕から滑り落ちる、シオリの手。

 だらりと。

 だらりと。


「……っ!」


 声が出ない。

 声が……出ない。



 今思えば、俺は最初から、自分勝手な事ばかりをして居た。

 身の丈に合わない事を繰り返して、その度に仲間達を戦わせて居た。


 『大切な事は自分自身で決める』


 偉そうな事を言っておきながら、結局これだ。

 覚悟を決める?

 何の覚悟だ?

 俺の覚悟って……何だ?


 ……覚悟。

 覚悟覚悟覚悟!

 覚悟覚悟覚悟覚悟覚悟覚悟覚悟!!!!


 俺は馬鹿だ!

 失って気付いた!

 目の前でそれが起きてやっと気付いた!


 俺には覚悟が全く足りなかった!!!!



「ああああああああああああああ!!!!」


 叫ぶ。

 力の限り。

 自分の中にある驕りを、全て吹き飛ばす為に。


「……シオリ」


 苦悶の表情で息をして居るシオリ。

 その姿を見て、唇を強く噛み締める。


「必ず助けるから……少しだけ待っててくれ」


 俺の声に反応するシオリ。

 そして、小さく。

 とても小さく……微笑んでくれた。


(……)


 シオリをゆっくりと地面に降ろす。

 ……死なせない。

 絶対に! 彼女を死なせはしない!!


「メリエル!」


 俺の呼び声を聞き、メリエルが視線をこちらに向けて来る。


「シオリを治療出来るか!?」

「今は敵の攻撃を防ぐので精一杯です!」

「分かった!」


 俺は腰から双銃を取り出すと、マガジンを捨てて便利袋に手を突っ込む。

 取り出したのは、赤に染まった特別なマガジン。


「目の前の敵を蹴散らす!」

「ミツクニ!?」

「その瞬間にこちらに割って入ってくれ!」


 そう言って、メリエルが戦っている敵に標準を合わせる。


「絶対に! シオリを助ける!!」


 俺はトリガーを引く。

 空を切り裂き、真っ直ぐに飛ぶ弾丸。

 弾は敵の腕をえぐり、衝撃で敵が吹き飛んだ。


「ああああああああ!!!!」


 二発、三発、四発……

 放たれた弾丸は腕や足を簡単に貫き、メリエルの周りに居た敵を一瞬で怯ませた。


「メリエル!」


 ポカンとして居たメリエルが呼び声に気付き、慌ててこちらへと飛んで来る。

 やがて始まるシオリの治療。

 だけど、シオリは大量の魔力を持って居るので、すぐには治療が完了しない。


「時間を稼ぐ! 皆! 頑張ってくれ!」


 俺の呼び声に応えるかのように、仲間達が防御壁を展開する。


「ああああああああ!」


 再び放たれる銃弾。

 敵も魔法防御壁を展開したが、赤の銃弾は簡単に魔法障壁を砕き、四肢を貫く。

 絶対的な破壊力。

 それが怖くて、今までは使えなかった。


 だけど、もう良い。

 相手がどうなっても良い。

 大切な者を守る為なら……俺は何だってする!


「ミツクニ!」


 突然俺を拘束する魔法陣。

 それを施したのは、リズ=レインハート。


「止めなさい!」


 感情をむき出しにして、俺の事を睨み付ける。ここまで怒っているリズは初めてだ。

 だけど、それが何だ!

 俺は今忙しい!!


「リズ! これを解け!」

「駄目よ!」

「それなら……!」


 腕のシールドを最大出力で展開する。

 バラバラになる魔法陣。

 しかし、リズは更に魔方陣を展開して、俺の事を完全に拘束した。


「リズ!!」

「冷静になりなさい!」

「俺は冷静だ!」


 何度もシールドを展開して、拘束して居る魔法陣を破ろうとする。

 しかし、破れない。


「くそっ! くそっ!」


 シールド! シールド! シールド!!

 破れない!

 破れない!!


「くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 そんな時。

 リズが俺の頬を平手で殴った。

 いつもの様に鉄球では無く、平手で。


「落ち着いて、シオリを見なさい」


 リズの冷静な声を聞いて、頭に上っていた血が降りて行く。

 冷静を取り戻した俺は、ゆっくりとシオリの事を見る。

 静かに息をして居るシオリ。

 その顔には、精気が戻り始めていた。


「大丈夫、シオリは無事よ」


 無事か。

 それは良かった。

 だけど、今は戦いの最中だ。

 この戦いが終わらなければ、本当に無事とは言えない。


「拘束を外してくれ。戦いはまだ終わって無い」

「そうね、終わってはいないわ」

「分かってるなら……!」


 平手。

 もう一度、平手。


「彼方は、何も分かって無い」


 分かって無い?

 何を分かって無いんだ?


「一度深呼吸をして、ゆっくり周りを見なさい」


 言われるままに深呼吸をして、周りを見る。

 周りに居たのは、俺が四肢を撃ち抜いた敵達。

 そして、それを治療している衛生兵。


「……?」


 見覚えがある。

 衛生兵も、怪我をして居る敵達も。

 そこに居た全ての敵を、俺は知っている。


「ハルサキ家に居たメイド達よ」


 ああ、そうだ。

 あの人達は、俺がお世話になった人達だ。

 俺がお世話になった、大切な……


「……あ」


 俺の両手から双銃が滑り落ちる。


 相手は敵?

 そう、敵だ。

 だけど、敵では無かった。

 大切に思っていた、ハルサキ家の人達だった。


「あ、ああ……」


 立って居られなくなり、膝をつく。

 傷付けた。

 大切な人を守る為に、大切な人達を傷付けた。

 良く見たら、俺が撃った人以外は、誰も大きな怪我をして居ないではないか。

 もしかして、何も知らずに相手を傷付けて居たのは……俺だけなのか?


「俺は……何を……」


 自分を見失った。

 見失った結果が……これか?

 いや! シオリは怪我をした!

 それをしたのは、敵の大将である……


「……ヨシノさん?」


 視線の先に居るヨシノ。

 彼女は静かに目を閉じて、俯いていた。


「……シオリは、彼方に知って欲しかったのです」


 ゆっくりとこちらに歩き、シオリの頭を撫でる。


「シオリが傷付いて、彼方が心を痛めたように。彼方が傷付いた時に、周りの人間も心を痛めて居るという事を」


 ……その為に?

 それだけの為に、ヨシノは俺を攻撃して?

 シオリは命懸けで、それを防いだ?


「まさか……師匠達は最初から、これを俺に教える為に……」

「他の者には話していません。これは、私とシオリだけで決めていた事です」


 ヨシノが静かに微笑む。


「まあ、話さなくても、皆は気付いて居たようですが」


 それを聞いて笑む、ハルサキ家の従者達。


 俺が大切にしているものがあるように、皆にも大切にしているものがある。

 ヨシノだって、自分の治める街が大切だから、ここに攻めて来た。

 お互いが大切なものを守る為に、俺達は戦って居たはずだ。

 それなのに。

 それなのに、ハルサキ家の人達は……


「何で……」


 思いが込み上げてくる。

 だけど、言葉にする事が出来ない。


「何で……俺なんかの為に……」


 大勢の人間達。

 各々が大切なものを持って居るだろう。

 それなのに……


「皆、彼方を慕って居るのです」


 ヨシノが俺を見て微笑む。


「例え短い付き合いでも、ミツクニさんの事を、大切に思って居るのですよ」


 そうだ。

 とても短い。

 そんな短い付き合いで、ここまで?


「……ミツクニ」


 声が聞こえる。

 シオリの声。

 優しく綺麗な彼女の声。


「へへ……騙されたね」


 騙された?

 命懸けだぞ?


「シオリ。お前……」

「ごめんね」


 シオリの先制攻撃。

 ずるいぞ。怒れないじゃないか。


「でも、ミツクニにはどうしても、私達の気持ちを知って欲しかったんだ」


 フフッと笑うシオリ。

 それに対して、俺は全く笑えない。


「ミツクニ?」


 傷付けた。

 俺の事を想ってくれて居た人達を、この手で傷付けた。

 もう、銃を持つ事は出来ない。

 世界を救う事だって……


「戦いなさい」


 そう言ったのは、師匠であるヨシノ=ハルサキ。


「この先、ミツクニさんが嫌でも、戦わなくてはいけない時が、必ず来ます」


 大切なものを守る為に、ずっと戦い続けて来た師匠。

 その言葉が、重く心に突き刺さる。


「その度に後悔して、心を痛める。それでも、戦い続けなさい」


 ヨシノが俺の肩を叩く。


「大切なものを、守りたいのでしょう?」


 そうだ。

 その為に、俺は戦い続けて来たんだ。


「俺は……」


 俺が撃った人達を見る。

 誰も俺を睨んでなど居ない。

 小さく笑いながら、いつくしむかのように、俺の事を見つめて居る。


 そうか。

 やはり俺は、覚悟が足りなかったんだ。

 だけど、それは相手を傷付ける覚悟では無い。

 自分のした事を受け止めて、それでも前へと進む覚悟だ。


「一緒に居るよ」


 そう言って、シオリが微笑む。


「私達がそうしたいから、私達はミツクニと一緒に居る」


 彼女の言葉に、胸が一杯になる。


 いつも自分勝手に行動している俺が居て。

 それを考えると、自分が情けなくて。

 それでも、一緒に居てくれる仲間が居て。


 そんな事が頭を駆け巡り、俺は何も言えずに地面に倒れ込んだ。

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