第145話 話の節目に結局彼女

 世界を救う為に人類と敵対して、一週間が経った。

 今まで拠点として居た街や遺跡に入れなくなった俺達は、行く当ても無く困って居たが、異世界勇者の思いがけない助言で、新たな拠点を手にする事になる。

 その場所とは……


「……まさか、この場所に帰って来るとは思わなかったなあ」


 目の前に広がる懐かしい風景。

 幾度となくヤマトと戦闘訓練をした訓練場。仲間達と一緒に授業を受けた校舎。短い期間だったが、寝泊まりをした下宿寮。


 そう。

 ここは、悪魔に占領されたはずの、魔法学園だった。


「近隣の街は倒壊が酷かったけど、魔法学園は案外壊れて無いなあ」


 校舎に向かう坂道を皆で登りながら、独り言のように呟く。


「悪魔は基本人間を襲うように出来ていますから。街の建物より強度が高い学園の建物は、あまり壊れなかったようです」

「へえ、そうなのか」


 雫の言葉に答えながら、目の前にある校舎を見上げる。壁の所々にひび等は入っていたが、その外観は俺が居た時そのままだった。


「それにしても、どうして悪魔が一匹も居ないんだ?」


 魔法学園は悪魔が出現した時に、真っ先に占領された場所だ。普通に考えれば、今も悪魔がはびこっていても不思議では無い。


「ここに人間は一人も居なくなりましたから、悪魔も移動したんです」

「ああ、なるほど」


 悪魔が狙うのは。あくまでも人間だ。

 もぬけの殻になった場所に滞在するという意思が、最初から無いという事か。


「そう考えると、ここは絶好の潜伏場所だな」

「そうですね。実は私も、最初はこの場所に召喚されたんですよ」


 その言葉を聞き、思わず雫に目を向ける。


「その時、学園はどういう状態だった?」

「既に学園の生徒は一人もおらず、悪魔がひしめいていました」


 その光景を想像して苦笑いを見せる。


「……そりゃあ、混乱しただろうに」

「最初はそうでしたけど、すぐにこの異世界からメッセージが届きましたから」

「メッセージ?」


 俺の疑問に雫が頷く。


「テレパシー的なものですね。頭の中に自分の現状が流れ込んできて、今後どうするかを教えてくれたんです」

「へえ。それじゃあ、その時に俺達の事とかも知ったのか」


 その言葉に、今度は雫が苦笑いを見せた。


「……違うのか?」

「まあ……そうですね。違います」


 歯切れの悪い言葉に首を傾げて見せる。すると、雫はそのままの表情で言葉を漏らした。


「ミツクニさんの事は、この先にあったラボで知りました」


 その言葉で全てを理解する。

 あの研究所ならば、俺達や勇者ハーレムの事も、事細かく知る事が出来るだろう。


「私が今着ている魔法学園の制服も、そのラボに置いてあって……何と言うか、とにかく便利な場所だったので、旅に出る前はそこを拠点にしていました」


 その言葉に対して、大いに頷く。

 俺が知る限り、この異世界の事を詳しく知りたければ、あの研究所以上の場所は存在しないだろう。

 何と言っても『あの人』の研究所だからな。


「それじゃあ、今回も取りあえず、そこを目指すとするか」


 そう言って、俺達は研究所へと歩みを進める事にした。



 研究所の前に着き、外観を見上げてみる。

 他の建物に比べて、明らかに劣化が少ない。

 予想通り、『あの人』はこの建物を強化していたようだ。


「こういう所が抜け目無いんだよなあ」


 ポツリと言って笑う。

 この建物も魔法学園の所有物だというのに、まるで自分の物だと言わんがばかりの強化っぷり。

 あまり褒められたものでは無いが、今回に限ってはありがたかった。


「それじゃあ、中に入ってみるか」


 そう言って、扉の前に足を運ぶ。

 しかし……


「あれ?」


 自動ドアが開かない。


「雫はこの場所に入れたんだよな?」

「はい。私が来た時は、ロックは掛かって居ませんでした」


 その言葉を聞き、不穏な空気が場に漂う。


「そうなると、中に誰か居るか……」

「誰かが先に来て、扉にロックを掛けたか……ですね」


 その言葉にコクリと頷く。


「どうしようか。昔みたいに、爆薬で無理やりこじ開けるか?」

「残念ですけど、あの事件が起きた後に扉を強化したので、もう無理ですねえ」

「いやいや、今の俺はあの頃より強力なブリーチングチャージを持って居るから、多分行けるだろ」

「いやいや、それも想定済みですよ」


 そう言って、彼女が俺の横で自信ありげに微笑む。

 そこまで言われると、少し腹が立つな。

 どうやらこれは、俺達が過去とは違うという事を、証明しなくてはいけないようだな。


「よし、メリエルとの合体技でぶち抜くか」

「やめてください。私の大事な機械ちゃん達が、壊れちゃうじゃないですか」

「じゃあ、ミントに扉を切り刻んで貰う」

「どうして力業ばかりなんですか? もっと知恵を使ってくださいよ」


 ふうとため息を吐き、やれやれと言った表情を向けて来る女子。

 ……よーし、そろそろ良いだろう。

 周りに居る皆も、ポカンとした表情でこちらを見て居るからな。


「つぅか居るし!!」


 フランだよ!

 この研究所の主である、フラン=フランケンシュタインさんだよ!!


「いつから居たんだよ!?」

「皆さんがこの学園に着いた時ですね」

「冒頭からじゃねえか!」


 全力のツッコミに対して、フランが満足そうに微笑んだ。


「いやあ、魔法学園でのミツクニさんのツッコミ。昔を思い出しますねえ」

「思い出すけども! つか、どうやってここまで来たんだ!?」

「勿論、歩いてです」

「そう言う事じゃ無くてだな!」


 続きを言おうとした、その時。


「ティナさんに、連れてきてもらいました」


 突然真剣な表情に変わったフランを見て、黙る。


「帝都で起こった事件を知って、すぐにキズナ遺跡を飛び出しました」


 勇者ヤマトが拠点として居るキズナ遺跡。

 その場所に帝都での事件が伝わった時点で、俺に関わる事は難しくなるだろう。

 だから、彼女は先回りをして……


「ちなみに、サラさんも一緒です」

「サラも!?」

「ええ。私達のミツクニさんへの愛が深かったからこそ、ティナさんが脱出を手伝ってくれました」

「やっぱりあの人は愛で動くんだな!」


 愛ある所に愛の天使あり。

 だけど、重要なのはそこでは無い。


「……」


 脱出。

 それは、危険な状態から抜け出す事を意味する。

 俺はその危険を何となく察したが、それを口にする事は出来なかった。


「まあ、積もる話もありますから」


 あえてそれ以上言わないフラン。

 その代わりに、胸ポケットからカードキーを取り出した。


「結局鍵かい!」

「ええ、鍵です」

「俺の扉開けよう会議は何だったんだ!?」

「開けよう会議って……言っていて恥ずかしくないですか?」


 はい、少し恥ずかしいです。

 だけど、それ以上の言葉が浮かびませんでした。


「とにかく、中に入りましょう」


 フランが鍵穴にカードキーを滑らせる。


「皆待って居ますから」


 ロックが解除される扉。

 いや、それよりも。

 ……皆?


「サラとティナ以外にも、誰か居るのか?」


 零した言葉に小さく笑うフラン。

 そして、ゆっくりとこちらを見る。


「ミツクニさん、成長しましたねえ」


 その言葉に、やれやれという表情を返す。


「お前は俺の何なんだよ」

「愛人です」

「揺るぎねえな」

「ちなみに愛人と言うのは、既にミツクニさんには妻が居るという事を……」

「よーし、少し黙ろうか」


 黙らせようと差し出した手を、フランがひょいと躱す。

 こういう時は本当に素早いな。

 いっそ時間を止めて、口を塞いでやろうか。


「冗談はこれくらいにしておきましょう」


 ふふっと笑い、フランが扉を開ける。

 薄暗い研究所内。

 まだ、誰が中に居るかは見えない。


「楽しい冗談の後には、冷たい現実が待って居るんですから」


 詩を語るように呟き、中に入るフラン。それに続いて、周りに居た仲間達も中に入って行く。


(冷たい現実……か)


 遠目に仲間達の後ろ姿を見ながら、過去に通って来た出来事と今を繋ぎ合わせて。

 俺はただ、瞳を閉じた。

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