第144話 勇者の御付きはゲス野郎

 物事には流れというものが存在する。

 川が上流から下流に流れるように。空に投げたリンゴが地面に落ちるように。

 その流れに逆らおうとすれば、その者は必ず報いを受ける。

 だから俺は、この異世界の流れに逆らわないように、この方法を選んだ。


「おらおらぁ! 動くんじゃねえ!」


 聖女エリスの出現によって、一時は落ち着いた中央広場。

 しかし、俺がハルサキ家の一人娘を人質に取った事により、再び混乱が巻き起こった。


「あ、あいつ……」

「最低だ……」


 悪そうに微笑む俺を見ながら、街人達が次々に言葉を漏らす。


「やっぱりあいつは敵だったんだ」

「しかも、女の子を人質にするなんて……」

「ゲス野郎だな!」

「恥ずかしくないのか!」


 浴びるほどに放たれる罵詈雑言。それに対して、俺は高らかに笑って見せる。


「こいつを殺されたくなかったら! 黙って街の外への道を開けるんだなぁ!」


 更に怒りをあらわにする街人達。中には襲って来そうな若者も見える。

 だけど、間違っても襲って来ないでくれよ。

 そうなれば、俺も攻撃しないといけないからな。


「全く……馬鹿なんだから」


 ため息を吐き、重傷者の治療を続ける女子。

 聖女、エリス=フローレン。


「聖女様! 今動いたらシオリさんが……!」

「うるさいわね」


 街人達の言葉を一蹴して、次の重傷者に治癒魔法を掛け始める。


「この男はこの場から逃げたいだけよ。それさえ邪魔しなければ、人質を傷付けないわ」


 そう言って、街人達を睨み付ける。


「そう言う事だから、早く道を開けなさい」


 止めの一言。

 聖女にそう言われて、道を開けない人間など、居るはずも無い。


「……くそっ」


 悔しそうな顔をしながら動き出す街人達。

 やがて、中央広場のメイン通路がポッカリと空き、出口までの道が切り開かれた。


(さてと……)


 逃走の準備は整った。

 これで、俺達はいつでも、この街を脱出する事が出来る。

 だけど、その前にやって置く事がある。


「リズ」


 シオリを優しく抑えつけたままリズを見る。

 不機嫌そうな表情のリズ。

 俺は小さく笑った後、シャツの首から手を突っ込み、首にぶら下げて居たストラップを取り出す。

 そして、取り付けてあった物の一つを外して、リズに放り投げた。


「ほらよ」


 何も言わずにキャッチするリズ。

 それは、過去にリズの祖父から貰った、太陽の紋章が刻まれた指輪だった。


「これは……」


 驚いた表情を見せるリズ。

 まさか、俺がこれを持って居るとは、思って居なかったのだろう。


「これも、異世界の導きって奴なのかもな」


 再びストラップに手を掛ける。

 取り外したのは、ハートの刻印が刻まれている指輪。

 リズの母がリズの父に送った指輪だった。


「どうして俺達は、いつもこうなるんだろう」


 その指輪を、右手の薬指に嵌める。


「願いは同じはずなのに、いつもすれ違いだ」


 彼女に異世界を救う為に作られて、異世界を救う為に、お互いに努力をして居るのに。

 二人の道は……重ならない。


「もしかして、こうなる運命なのかもな」


 運命。

 俺の大嫌いな言葉だ。

 だけど、その言葉で現状を固定しないと、まるで自分達が努力していないみたいで、嫌な気分になってしまう。


「……ごめんな、リズ」


 小さく笑いながら、ストラップを服の中に戻す。

 腹の底から湧き上がる悲しみを、己の胸の奥に押し込むかのように。


「……」


 何も言って来ないリズ。

 そんな彼女は、いつものようにため息を吐き。

 俺が渡した指輪を、右手の薬指に嵌めた。


「……これだから、キモオタは」


 懐かしくさえ感じる、俺への罵倒。

 どうやら、俺の気持ちは伝わったようだ。


「行きなさい」


 クルリと振り返り、背中で語るリズ。

 小さな彼女の背中。

 それを近くに感じながら、俺は小さく笑って頷いた。


「それじゃあ、またな」


 短い別れの言葉。

 だけど、これ以上の言葉は必要無い。

 言わずとも、彼女は俺の気持ちを分かってくれるのだから。



 帝都の入り口まで何とか辿り着き、大きく息を付く俺達。

 正面に広がるのは、何も無い平野と、他の街へと続く道。

 後ろから俺達を追って来る人影も無い。

 どうやら、リズが手を回して、街人達を退かせてくれたようだ。


「やれやれ……」


 口癖になったそのセリフを吐き出した後、シオリの拘束を外す。

 自由になったシオリ。

 だけど、シオリは動こうとしない。


「シオリ?」


 こちらを見ないシオリ。

 不思議に思って居ると、彼女がゆっくりと口を開いた。


「このまま、連れて行ってはくれないんだね」


 それを言われて、胸が締め付けられる。

 それを察したかのように、シオリがこちらを向き、微笑んだ。


「嘘。大丈夫、分かってるよ」


 腰を折り、下から俺を覗き込む。

 その動きの先に彼女の感情が見えてしまい、思わず俯いてしまった。


「……ごめんな」


 本当は、このまま彼女連れて行きたい。

 だけど、それをしてしまうと、この街にリズを本当に理解している人間が、居なくなってしまう。


「そんな顔しないで」


 シオリの声に顔を上げる。

 その瞬間。

 彼女の唇が……


「……!?」


 一瞬の出来事。

 その衝撃に押されて、俺は尻から地面に倒れ込んでしまった。


「へへ……」


 勝ち誇った表情のシオリ。

 完全に予想外だったその行動に、上手く言葉が出て来ない。


「リズだけ何か貰って、私には何も無いなんて、不公平だから」


 いや……まあそうだけど。

 でも、ヤバくない?

 ほら、後ろに居るメリエルとか、目を白くしてガクガクして居るし。


「言っておくけど、私、初めてだったからね」


 俺も初めてだっつうの。

 だけど、勇者が雫に移行した後で、本当に良かったなあ。

 ヤマトの時にこれをされて居たら、俺はマジで死んで居たかもだよ?


「全く……」


 抑えきれないニヤニヤを必死に抑えながら、いつもの口調で言う。


「こんな所を街人達に見られたら、シオリも悪魔の仲間だと思われるぞ?」

「大丈夫だよ。私は悪魔の仲間じゃなくて、ミツクニの仲間だから」


 こういう事をサラリと言ってしまう所。

 相変らずと言うか、何と言うか。

 だけど、これ以上のラブコメは止めておこう。

 俺に死亡フラグが立つからね?


「それじゃあ、俺達は行くよ」

「うん」


 満面の笑みを見せるシオリ。そんな彼女の表情には、一点の曇りも無い。

 その笑顔が、改めて俺に覚悟を決めさせてくれた。



 この一件で、俺は完全に人類と敵対した。

 これからはこの世界を守る為に、人類と戦わなければならない事もあるだろう。

 勿論、ヤマトや勇者ハーレムとも。


 だけど、それでも良い。

 俺には、例えどんな時でも、俺の事を信じてくれる仲間達が居る。

 その仲間達が住む世界を救う為なら、喜んで人類と敵対しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る