第32話 第三次世界崩壊 前
今日は魔法学園の休日。久々に予定の無い俺は、昼間から共用の風呂に入り、鼻歌を歌いながら自分の部屋へと戻る。
最近は色々あって大変だったが、問題は粗方解決されたので、気分が良い。この後は部屋で牛乳を飲んで、校庭で日向ぼっこでもしようと思った。
部屋に辿り着き、扉を開けて中に入る。
異世界召喚された俺にとって、自分の部屋だけが、俺だけの個人空間。
その素晴らしい空間で、自分のやりたいように過ごす事こそ、至上の極みだ。
「さて、今日も風呂上がりの美味しい牛乳を……」
「私もご一緒して宜しいですか?」
窓の向こうから声が聞こえたので、カーテンを開けて見る。そこには、大きく翼を広げたメリエルが宙に浮いていた。
「相変らず窓から入って来るんだなあ」
「ここが私専用の入り口ですから」
その言葉にふっと笑った後、牛乳と人数分のカップを用意する。
机の上に牛乳を注いだカップを三つ置くと、リンクスも机の下から出てきて、三人で牛乳パーティーが始まった。
「やはりミルクは3.5牛乳にかぎるねえ」
「師匠、分かるんですか?」
「私は猫だよ? 牛乳の味くらい分かるさ」
「私も血液不足の致死量ならば、個体ごとに分かりますよ」
「……そこは張り合わなくて良いから」
三人で笑いながら牛乳を飲む。
昼間からゆっくりと牛乳を飲めるなんて、なんと贅沢な休日だ。
……などと、考えていたのに。
「マスター」
ベルゼの一言から、長い一日が始まる。
「おうベルゼ。お前も一緒に牛乳飲むか?」
「嬉しい提案だが、私には牛乳による栄養摂取の機能が付いていない」
「それじゃあ、ベルゼから預かってるオイルがあるから、それで……」
「それより、気になる事があるのだが」
首を傾げると、ベルゼが左右に動く。
「マスター、前に赤い月の話をしてくれただろう」
「ああ。夜に赤い月が出たら、予言の日だ」
「その赤い月なのだが……」
ピピっとなった後、いつもの口調で話す。
「……今、外に出ているのだが」
それを聞いた瞬間、俺の体から血の気が引いた。
(……まさか)
すぐに窓を開けて空を見上げる。
その先に見える、ぽかんと浮かぶ満月。
色は……血のように真っ赤な赤。
「何で……昼間なのに」
「予言と言うくらいだから、時間は選ばないんだろうねえ」
リンクスの言葉を聞いて、慌ててハーレムリストを開く。そこには、いつものハーレムリストでは無く、予言が書かれていた。
『第三の赤月。ひな鳥の箱は崩れ落ち、花々は赤く染まる』
俺の鼓動が速くなる。
月は夜に出るという先入観のせいで、完全に油断していた。
(リズは……リズは何で来ないんだ?)
そう言えば、今日は町に買い物に行くと言っていた。
(ミント! ミントはどこに居るんだ!!)
予言の日はミントが近くに居ない!
どうすれば良い!? 俺はどうすれば……!!
「……スター、マスター」
ベルゼの声で我に返る。
「マスター。まずは状況を整理しよう」
ベルゼのおかげで何とか落ち着きを取り戻し、俺は黙って頷いた。
四人で机を囲み、現在の状況に付いて話し合う。
「ベルゼ。お前の偵察機は、今どこを飛んで居るんだ?」
「赤い月を発見してから、魔法学園、町、森、国境を集中的に偵察中だ」
「それで、何か異常は?」
キュッと音を鳴らした後、ベルゼが上下に動く。
「現在、国境付近に魔物達が集まり、魔法学園に向かって進行中」
「その他の場所は?」
「町で小規模な爆発三件。状況から同時刻に行われたものと思われる」
「町に学生達を出動させて、手薄になった学園に奇襲……と言った所かねえ」
リンクスがはっと笑う。
「どうするんだい? このままじゃあ、相手の思惑通りになるよ」
「それ以前に、どうして魔物達は、学園を攻めるんだ? 他にも重要な場所が沢山あるじゃないか」
「それは、現在の地理状況に関係していると思われます」
それを言ったのは、天使メリエル。
「これを見て下さい」
メリエルが手をかざすと、空中に学園近辺の地図が表示された。
「第一次世界崩壊で地形変動が起きて、魔物領と学園を切り分けていた山が、大きく崩れました。これによって、魔物達は学園を攻め安くなったのです」
「だから、学園を攻める……と?」
「ひな鳥の箱。どうやら、将来戦力となる魔法学園の事を指しているようだねえ」
「それじゃあ、花々が赤く染まるって言うのは……」
「花はひな鳥に比べて脆い。これは、町の住人の事を指していると考えられる」
それぞれの発言に矛盾は感じられない。
それに、この予言は魔族ではなく、人間を救う為の予言だと俺は推測している。
そうなると、結論は一つしか無かった。
「ヤマトに連絡だ」
生徒手帳を取り出して、ヤマトに連絡する。コールを始めてすぐに、生徒手帳からヤマトの声が聞こえ始めた。
「ミツクニ君!」
「ヤマト、そっちの状況は?」
「町が襲われてる! 今、学園側が救助部隊を編成して……!」
「それは一度ストップだ」
ヤマトが一瞬言葉を失う。
「どうして!」
「フランに頼んで国境付近を確認してくれ。魔物達が学園に向かって進行してる」
「そ、そんな……!」
言葉を失ったヤマトに続けて話す。
「ヤマト。お前は学園長に進言して、学園の戦力を国境に向けてくれ」
「……でも! それじゃあ街が!」
「町は俺達で何とかする」
「無理だよ! ミツクニ君達だけじゃ広すぎて対処できない!」
「俺達だけじゃないさ」
ふうと一息ついて、微笑む。
そう。ここに居るのは、俺達四人だけでは無い。
「この下宿に居る全員で、町を救いに行く」
この下宿に住む魔物達。俺達の戦闘訓練に感化されて、皆が戦力を高めて居た。
「国境に居る魔物は大規模だ。学園全体が協力しないと、対抗出来ない」
ヤマトは人間側の勇者になる存在だ。誰しもが認める勇者になるには、一番大きな戦場に立たなければいけない。
「そして、魔物に町を救わせるのを納得させられるのは、今までの戦いで功績を上げた、ヤマトにしか出来ない」
俺が説得した所で、学園の人間は誰も納得してくれないだろう。
何故ならば、俺は何の功績も無いただの『親友役』なのだから。
だからこそ、俺はヤマトにこう言うのだ。
「ヤマト! この状況を覆せるのは! お前しか居ないんだ!!」
世界崩壊を止める事が出来るのは、『勇者』であるヤマトだけだ!
「……」
黙って居るヤマト。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……分かった」
その短い返答からは、彼の揺るぎの無い信念が伝わって来た。
「学園側は僕が必ず説得してみせるよ。だから、ミツクニ君達は町を救って欲しい」
「ああ、任せろ!」
「生きて! 必ず生きてまた会おうね!」
「勿論だ!」
そう言って、ヤマトが通信を切る。
これで、準備は整った。
「よし。それじゃあ、皆を集めて作戦会議を……」
そう思った瞬間、生徒手帳が鳴り響く。
通信相手はリズ=レインハート。
現在テロが行われている町に、買い物に出ていた彼女だ。
「リズ!」
通信をオンにした瞬間、生徒手帳の向こうから爆音が鳴り響いた。
「リズ! リズ……!!」
「うるさいわね。聞こえてるわよ」
いつものトーンの声が聞こえて、少しだけほっとする。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。まあ、少しだけ怪我をしてしまったけれど」
それを聞いた瞬間、安堵の感情が全て吹き飛んだ。
「リズ! 相手は複数だ! 今救助に行くから、合流するまで隠れて……!」
「ミツクニなら、そうするの?」
ああ! するさ!
俺は貧弱でキモオタだからな!
だから! リズも……!
「しないわよね」
……
ああ、しないよ。
たとえ弱くても、出来る事があると、信じているから。
「大丈夫よ。無理はしないから」
「絶対……絶対だぞ」
「分かってるわよ」
「絶対だぞ!」
「うるさいわね。通信を切るわよ」
「リズ……!」
俺の言葉を無視して、リズが通信を切る。
リズ。お前も気付いているんだろう?
俺がリズの声を聞いて、リズの現状を分からない訳が無いと。
リズの怪我が軽くない事くらい! 俺に分からない訳が無いだろう!
「マスター。冷静になれ」
ベルゼに言われて、拳を強く握る。
今すぐ町へと飛び出したい。
だけど、それではリズの救助確率が下がるだけだ。
(分かってる……! 分かってるさ……!!)
深呼吸をしてゆっくりと歩き出す。
怒りは空に。想いは内に。
今の俺に出来る事は、リズと町を救う為に、全力を尽くす事だけだ。
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