第33話 第三次世界崩壊 後
赤い月。それは、世界崩壊の凶兆。
夜にしか出ないと思われていたその月は、平穏だと思われていた昼間に発生して、町と魔法学園が危機に晒されている。
勇者であるヤマトは、大きな戦いが繰り広げられるであろう国境へ。
そして、親友役である俺は、仲間である魔物達と一緒に、町を救う事になった。
集合場所である町の高台に辿り着き、皆で町を見下ろす。
現在見えている黒煙は五か所。
敵はそれぞれの場所で人質を取って、立て籠もって居るらしい。
「それじゃあ、作戦会議を始めるか」
臨時に用意した机の上に地図を広げて、その周りに人が集まる。
総隊長は、僭越ながら俺になって居た。
「ベルゼ。状況を」
俺の言葉を聞いて、ベルゼが地図にマークを表示する。
「敵が襲撃した施設は七か所。そのうちの二か所は、リズと警備隊が鎮圧した。残る箇所は五か所だが、散った敵が集合して強固になって居る」
「敵の数は?」
「不明だ。現在全ての偵察機を町に飛ばしているが、各建物に何体の魔物が居るのかは、把握しきれて居ない」
俺は頷き、周りに声を向ける。
「そういう事で、部隊を五つに分ける」
その言葉に全員が頷く。
「部隊長は、第一部隊が俺。第二部隊はリンクス。第三部隊はメリエル。第四部隊はジャンヌ。第五部隊はエミリアだ」
俺の仲間を他の部隊に分けたくは無かったが、指揮を取れるのは彼女達だけなので仕方が無い。休日という事もあって、勇者ハーレムの面子が下宿に居たのは僥倖だった。
「下宿でベルゼの講習を受けて居た者は、第二、第三部隊に。残りの者は第四、第五部隊で、隊長からの支持を受けて動いてくれ」
「第一部隊はどうするのだ?」
当然の質問をしてくるジャンヌ。それについては、ベルゼが答えてくれるだろう。
「第一部隊は、私とミントが参加する」
「それでは、戦力として不足じゃないか?」
ジャンヌの問いに対して、ベルゼがピピッと音を鳴らした。
「私とミントとマスターは、皆と違って独自の連携訓練を行っていた。それぞれの部隊レベルを考えれば、その編成で均衡が取れると考えられる」
「ほう。ミツクニはそこまで強くなったのか」
残念ですが、それは違います。
ミントが一人で強すぎて、バランスを取るにはそれが一番良いだけです。
でも、褒められて嬉しいから、その事は黙って置こう。
「ミントが強いだけだよ。ミツクニは相変わらず最弱さ」
「成程。確かにその通りだな」
リンクス……言ってしまったか。
でもまあ、変な誤解を招くよりは良いか。
「それじゃあ、各部隊の制圧場所だけど、メリエルは中央のビル。北にある廃工場はリンクス。南のショッピングエリアはエミリア。東の商店街には俺達が……」
「マスター」
ベルゼが話の途中で割り込んで来る。
「西の廃墟ビルで、リズの姿を確認した」
それを聞いて、一気に頭に血が上る。
「……東はジャンヌ。西は俺達で」
「待て。西のビルは、攻略が難しいのではないのか?」
その通り。だから、本来であれば、魔物側で実際に部隊を率いた経験のあるジャンヌが最適解だろう。
それでも……
「関係無い」
リズが待っている。
そこに行くのは、俺とミントしか居ない。
「関係無い訳が無いだろう。作戦の成功率を上げるのならば……」
言葉の途中で、机の中心にミントの黒羽が突き刺さった。
「リズを助けるのは、私達なの」
凄まじい殺気を放つミント=ルシファー。今にもジャンヌを吹き飛ばしてしまいそうだが、俺は何もしない。
「他に、何か言いたい事は?」
淡々と話すと、リンクスがはっと笑った。
「止めた所で、ミツクニは行くだろうさ」
「そうですね。ミツクニは弱いですけど、わがままですから」
そう言って、メリエルも微笑む。少しの沈黙の後、ジャンヌもふっと笑った。
「どうやら、それが最善のようだな」
その言葉を聞いて、全員が頷いた。
ミントが黒羽をしまい、場に緊張が走る。
「それじゃあ、各自目標の近くで待機」
俺の言葉で全員が動き出す。
生まれて初めての人質救出作戦。恐怖で手の震えが止まらない。
だけど、それ以上に俺の心は、一秒でも早く現場に行きたがっていた。
現場に到着して、廃墟ビルを見上げる。
五階建ての朽ちた建造物。窓にはバリケードが張ってあり、その隙間から魔物達が周りの様子を窺っている。
「ベルゼ、中の様子は?」
「敵は十五体。各廊下にバリケードが張ってあり、特に正面入り口は強固。人質は最上階である五階に監禁されている」
「リズの状態は?」
「今すぐ命を落とすような状況では無い。だが、動く事は出来ないようだ」
魔法が主流の異世界だが、空を飛ぶ魔道具は希少だ。空を飛べる魔物も存在するが、魔物が人間に味方する確率は低い。
それらを考慮した上で、敵は最上階に人質を配置したのだろうが……
「好都合だな」
ベルゼが心を読んだかのように言ってきたので、思わず口元が緩んでしまう。
「ミント。俺を抱えて飛べるか?」
「もちろん!」
「それじゃあ、見つからないように迂回して、屋上へと向かおう」
俺はミントに担がれて、屋上への移動を始めた。
西側にあるビルを迂回して、目的のビルの屋上へと降りる。
警備兵は一人も居ない。屋上からの入り口が完全に潰れているので、ここからは侵入して来ないと思って居るのだろう。
「ベルゼ。床下をスキャン出来るか?」
「了解……確認。この辺りが良さそうだ」
ベルゼがビルの右端でクルクルと回る。
これで、全ての準備は整った。
俺は生徒手帳を取り出して、各所に散った全員に向けて通信する。
「皆、準備は良いか?」
「問題ないよ」
「大丈夫です」
「いつでも行けるぞ」
「準備オーケーです」
全員の声を聞いた後、ミント達に頷きかける。
「ベルゼ、カウントよろしく」
「心得た」
ピピッと音を鳴らした後、作戦開始のカウントを始める。
「十秒前。九、八、七……」
ミントが俺の背中に張り付き、所定の場所に移動する。
床下には、敵の軍勢と人質が五人。
その中には、リズも居る。
「五、四、三……」
俺をこの世界に召喚した、大切な偽許嫁。
必ず……助けてみせる。
「……二、一、スタート」
空に吸い込まれていくベルゼの声。
それと共に、俺達は一斉に動き出した。
ベルゼが指示した床の上で、ミントが黒羽を大きく広げる。そして、俺の合図に合わせて、羽根先を高速で翻す。
次の瞬間、足元が丸く切り取られて、俺達は下に吸い込まれて行った。
(無音ブリーチングだ!)
ブリーチング。地面や壁を破って建物内に侵入する手段。本来ならば火薬等を利用して爆破するのだが、ミントの力を使えば音も出ない。
予想通り、突然上から現れた俺達に、魔物達は対応出来なかった。
「ミント!」
状況すら理解して居ない監視兵に黒羽を伸ばし、音も無く二体を瞬殺する。
「現場確保。ドア外、左右に敵二体」
ミントが羽根を切り返して、壁越しに二体を貫く。
侵入してから、おおよそ五秒。
まさに、一瞬の出来事だった。
「大丈夫ですか?」
声を殺しながら人質達に近付く。
「声を出さないで。助けに来ました」
その声を聞いた途端、人質が思わず声を上げそうになる。その口をミントの黒羽が高速で塞いだ。
「すみません。現在隠密作戦中です。すぐにでもこの建物から助けたい所ですが、もう少しの間、このまま静かにしていてください」
俺の言葉を聞いて、黙って頷く人質達。どうやら、状況を理解してくれたようだ。
(リズは……)
静かに辺りを見回す。すると、人質達の中心に、手足を拘束されているリズの姿を発見した。
俺は小走りで近付き、リズの口に張ってあるテープを剥がす。
「大丈夫か?」
リズは小さく咳をした後、不機嫌そうに微笑んだ。
「遅いのよ」
「ごめん。でも、無事で良かった」
そう言って、背負っていたバックパックから回復薬を取り出す。
「私は大丈夫だから、他の人に」
その言葉を無視してリズの上着をめくり、傷付いた脇腹に薬を塗る。
「ミツクニ……!」
「うるさい」
拘束されて動けない事を良い事に、肩や足にも塗りまくる。リズは少しの間抵抗したが、すぐに観念して動くのを止めた。
「身内を贔屓するなんて、ミツクニらしくないわ」
「贔屓じゃないさ。リズが一番怪我をして居るんだからな」
「それでもミツクニなら、他の人を先に助けると思ったわ」
それが正しい事なのかも知れない。
だが、周りにどう思われようが、俺はリズを先に助ける。
怪我が重い順に治療した方が、全員助かる可能性が高いに決まっているだろう。
「マスター。異変に気付いた敵が二体。下の階から昇って来ている」
「ベルゼ、他の人の治療を頼めるか?」
「出来るが、敵の監視が出来なくなる」
「構わない。後は力押しで行くから」
再びミントを背中に貼り付かせて、ゆっくりと立ち上がる。
「リズ、大人しくしてろよ」
「ええ。どうせ動けないもの」
その言葉を聞いて、俺は小さく笑う。
そして、その後、強く拳を握る。
(……許せねえ)
様々な場所に生きる人達に、それぞれの事情があって戦いは起こる。それに対して文句を言えるほど、俺は賢い人間ではない。
だけど、リズに怪我を負わせたこいつらだけは、絶対に許さない。
大切な者を守る為なら、俺は何でもする。
「ミント、行くぞ」
「うん、ミツクニ」
腰に付けていたスモークグレネードを手に取り、入り口に張り付く。そして、扉を少しだけ開けて、グレネードを外に放った。
「スタート」
声と同時にスモークグレネードが爆発。それに合わせて外に出る。
煙に紛れて廊下を走り、何もせずに敵二体の横を駆け抜ける。駆け抜けた瞬間にミントの黒羽が素早く動き、敵二体を上下に切り分けた。
「うおおおおおおお!」
正面から敵が三体。それぞれが魔法を使って遠距離攻撃をしてくる。俺はベルゼから貰った小型シールドを大きく展開させて、その攻撃を防いだ。
「ミント!」
掛け声に合わせてミントが黒羽を開き、正面の三体を切り落とす。
(あと六人……!)
階段を駆け下りて、広い中央通路に出る。
すると、既に残りの六人が集まり、各所で俺達を待ち構えて居た。
「逃がすな! 殺せ!」
左右から魔法攻撃。正面から投擲武器での攻撃。
逃げ場が無い!
「みつくに! 正面!」
腰からスタングレネードを取り出して、正面に投げる。そして、シールドを正面に向けて、全力で突進した。
「おおおおおおおお!」
ミントは正面と言った。だから、左右からの魔法は気にしない。
(踏み込め! 今がその時だ!!)
巻き起こる爆発。同時に放たれる閃光。その光で目が眩み、相手が混乱する。
「今だぁぁぁぁぁぁ!」
ミントが魔法を黒羽で弾き、そのまま左右に居た三体を貫く。
俺は中央の一体をシールドチャージで吹き飛ばした後、腰から電気警棒を取り出して、横に居た二体に電撃を浴びせた。
「これでぇぇ! ラストォォォォォォ!」
クルリと体を翻して、吹き飛ばした正面の一体に向けて警棒を投げる。放たれた警棒はバチバチと音を鳴らしながら空中を舞い、倒れていた敵に当たって悶絶させた。
静けさが戻る廃ビル。
ミントが倒れている敵に止めを刺して、生きて居る敵は、もう一人も居ない。
(……殺った)
敵は俺達と同じ、理性のある人型の魔物。
俺と同じく笑い、俺と同じく泣き、俺と同じように生きていた。
そんな人達を、俺が指示して……殺した。
(後悔は……しない)
湧き上がる吐き気を飲み込んで上を向く。
視線の先には、俺が大切に思っている人が居る。
異世界に召喚された俺を、ずっと支えてくれていた、大切な人が。
だから、後悔はしない。
これからも、俺は大切な者達を守る為なら……何でもしてみせる。
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