第34話 勝利の代償

 町での人質救出作戦は、仲間や人質に大きな怪我も無く、大勝利を収めた。

 魔物達はお互いの功績を称えながら、各々下宿へと帰り、俺とリズは戦闘の報告をする為に魔法学園へと向かう。

 そして、学園に辿り着いた時、俺達は言葉を失ってしまった。


(これは……)


 校門から見える魔法学園の建物。

 その多くが、魔物の攻撃により崩壊していた。


(……そんな)


 大きく鳴る鼓動を必死に抑えながら、高等部の校舎に向かって走る。校舎に辿り着くと、半壊した建物と、高等部の生徒達が集まって居るのが見えた。


「ミツクニ!」


 声が聞こえて見回すと、視線の向こうから一人の女子が走って来る。

 女子は俺達の元に辿り着くと、そのままの勢いで俺に抱き着いて来た。


「しおりぅええええええ……!」

「良かった……! 無事だった……!」


 背中に手を回して、肩で涙を拭うシオリ。

 心配してくれるのはありがたいけど! 横にリズが居るから……!


「本当に……良かった……」


 かすれた声で、何度も無事を喜ぶシオリ。良く見ると、足や腕に怪我を負っていた。


「シオリも無事で良かった」

「うん……」


 抱きしめる訳にもいかないので、軽く頭を撫でるだけにする。

 少しの沈黙の後、やっとシオリが離れてくれたので、詳しい事情を聞く事にした。


「それで、一体どうなったんだ?」

「それは……」


 シオリが俯きながら話し始める。


 俺とヤマトが無線で連絡を取り合った後、魔法学園に居た人間達は、迎撃班と防衛班に分かれて、学園と国境で戦いを始めた。

 最初は戦力的に優れている人間側が押していた。

 しかし、戦いの途中で魔物達の増援が現れた事により、状況は一変する。

 魔物達は圧倒的な物量を活かして、学園と町を同時攻撃しようとしたのだ。

 おかげで人間側は、戦力を分断するしか無くなり、対応が間に合わなかった学園側は、町の防衛を優先して戦いを行った。


 そして、その結果……


「……結局、魔物達には勝てたけど、学園は壊されちゃった」


 話が終わり、シオリが苦笑する。

 壊れた校舎を見ながら、拳を強く握る。

 町を救った事で、全てが上手く行ったと思っていた。

 だけど、俺の居ない所で、俺以上に過酷な戦いをしている人達が居た。

 そして、その人達のおかげで、俺は町を救う事が出来たのだ。


(俺は……馬鹿だ)


 怪我一つしていない俺。それに対して、負傷している多くの生徒達。

 結局、俺は勇者の親友役という事を言い訳にして、安全な場所を選択して居ただけじゃないか。


「シオリ……」


 無理に微笑んで居るシオリに対して、深く頭を下げる。


「ごめん……俺、学園の事を全く考えていなかった」

「謝る事無いよ。ミツクニは町の人を救ってくれたじゃない」

「だけど、皆が……」


 言いかけた言葉を、シオリの指が遮る。


「私達はそれぞれに役割を果たしたの。だから、ミツクニが心を痛める必要は無いよ」


 口元から指を離すシオリ。ここで辛そうな顔を見せたら、またシオリに心配をかけてしまう。

 俺は湧き上がって来た悔しさを殺して、精一杯に微笑んで見せた。


「……シオリ、俺達ちょっと、学園を見て回って来るよ」

「じゃあ、私も……」

「いや、シオリは休んで居てくれ」


 これ以上、シオリに辛い表情は見せたくない。だから、着いて来られると困る。


「……分かった」


 それを察してくれたかのように、シオリは頷いてくれた。



 リズと共に魔法学園内をゆっくりと歩く。

 研究室。訓練場。学生寮……

 見慣れたはずの光景が、魔物達の攻撃によって、本来の姿を失って居る。

 覚悟して足を運んだはずだったのに、生で見ると流石に心が痛かった。


「何だろうなあ。勝ったはずなのに、全く勝った気がしない」

「戦いなんて、そんなものよ」


 冷静な表情で答えるリズ。彼女も町での戦いで怪我を負っている。

 ……どうして俺は、一人で無傷なんだ?


「ミツクニ。駄目よ」


 リズの一言が、心に湧き上がる負の感情を塞き止める。


「彼方はこの世界の人間じゃないのだから、そこまで思い詰めなくても良いの」

「いやいや、流石に無理だろ」

「まあ、そうよね」


 リズがふっと笑う。その笑顔だけで、少し心が軽くなった気がした。


「しかし、困った事になったな」

「それは、壊れた学園の事?」

「それもだけど、この戦いの結果もだ」


 学園と町が一望出来る高台に上がり、小さくため息を吐く。


「この戦いで、学園を守った人間達には大きな被害が出たのに、町を守った魔物達には、あまり被害が出て居ない」

「あら、良い事じゃない。小さな被害で町の人達を守れたのだから」

「そうだな。結果は良いはずなんだけどな」


 確かに結果は悪くは無い。

 だけど、そうもいかないのが人情というものだ。


「人間が怪我をしたのに、魔物が怪我をしてないんだ。それを不満に思う人間だって居るだろ」

「それは……そうね」


 最初は小さな不満かもしれないが、怪我をしている人間と無傷の魔物を見る度に、不満は膨らんでいくだろう。

 そして、その溝はやがて、人間と魔物の対立へと変わっていく。


「とりあえず、魔物が学園に来るのは、少し控えないといけなそうだな」

「あら、ミツクニにそんな事が出来るの?」

「出来る訳ないだろ。ジャンヌやエミリアに頼むよ」

「そうね。その方が良いと思うわ」


 それだけ言って、リズが肩に掛かった髪を払う。

 風に揺れる彼女の紅黒髪。夕日に照らされてキラキラと光る。

 色々あったが、彼女が無事で本当に良かった。


「ミツクニくーん!」


 声が聞こえてそちらを向く。

 遠くに見えるのは、ヤマトと勇者ハーレム。

 ヒロインの総勢は、既に二十人になっていた。


「ったく、凄え大所帯だな」

「そうね。ここまで来ると気味が悪いわ」


 勇者ハーレムを作らなければ世界が滅ぶ。だけど、流石にこれはやり過ぎだろう。


「まさかとは思うが、このままヒロインが三桁とか、行かないだろうな」

「どうかしら。ハーレムリストの人数は、まだ増え続けているのでしょう?」


 そうなのだ。俺が改めて確認をする度に、ハーレムの数は増えている。

 はっきり言って、終わりが見えない状況だった。


「……何か、色々と馬鹿馬鹿しくなるなあ」


 そう言って、やれやれと微笑む。

 どんなにハーレムリストを埋めても、世界は滅び続けている。予言だって回避されているようで、一度も回避されていない。

 結局、俺達が頑張った所で、何一つ好転などしていないのだ。


「でも、まあ……」


 ゆっくりと近付いて来る勇者達。

 この戦いで全員がボロボロだと言うのに、誰も俯いていない。


「それが、勇者の親友役として召喚された、俺のやるべき事だからな」


 最初は馬鹿馬鹿しい事だと思っていた。

 だけど、今はそうは思っていない。

 彼女達が生きるこの世界を救う為なら、俺は何だってする。


「行くか」

「ええ」


 俺は弱い。

 勇者やヒロイン達のように、前線で活躍する事は出来ない。

 それでも、俺にしか出来ない事もある。

 力が無くても、権力が無くても。

 生きている限り、誰にだってやれる事が、必ず存在しているんだ。

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