第94話 予言回避の方法は様々あるみたい

 太陽暦1892年。


 人体再生実験中に、私はこの異世界に召喚された。

 私を召喚したシャワー=レインハートは、召喚された人間は世界を救うのが義務だと言ったが、私には関係無い。


 私は研究に忙しい。


 そう言う事で、私は世界を救う事を放棄して、自らの実験を続ける事にした。


 私は手始めに、現世で行っていた人体再生実験を再開した。

 この世界には魔力と言う新しい要素があった為、実験は現世に居た頃とは違う方向性を見せた。


 そして、実験を始めて三年。私は人体再生の方法を遂に確立する。


 私は長年の夢を達成したのだが、この世界では既に魔法による肉体治癒が確立していた為、公開した所で名誉を与えられる事は無かった。

 そこで私は、その人体再生法を宝珠と呼ばれる玉に組み込み、肉体高速再生具を開発。この世界で確立されていない、瞬時肉体再生を成功させる。


 しかし、その技術は異端とされて、やはり名誉を受ける事は無かった。

 現世でもこの世界でも、現在の文明を越えた発明は、非難されるのは相変らずか。


 それにしても、シャワーの奴。何度も俺の所に来ては、頼むから世界を救ってくれと繰り返してくる。

 そんなに世界を救いたいのならと、実験の副産物で出来た人造人間を、世界救済用に調整したり、世界救済のシナリオをシミュレートしやったりしたのに、そう言う事では無いと言いやがる。


 俺に一体何を求めて居ると言うのだ。


 しかしまあ、去年生まれた私とシャワーの子供の為にも、実験のついでに作った生物や自動魔法障壁を使い、シャワーに仇名す脅威くらいは排除してやろうと……



「また女王かよ!」


 日記から目を離して、大きくため息を吐く。


「こんなマッドな事をやってながらも! 結局仲良くなってんじゃねえか!」


 召喚された奴等! 何だかんだで女王と仲良くなってやがる!

 これで3/4だぞ(王も含む)! そう言うシステムなのか!?


「人体再生……人造人間……」


 ブツブツと独り言を言いながら、目を輝かせて日記を見て居るフラン。

 そう言えば、こいつもマッドサイエンティストだったな。


「おい、フラン」

「はい? 何ですか?」

「まさかお前、こいつの発明を真似しようとか、考えて居ないだろうな?」

「……え? いやいや、まさかそんな。これくらいなら、私にもやれそうとか……」

「却下だ!」


 俺は無理やり日記のページを進める。


「ああ! 今良い所だったのに!」

「やっぱりやる気じゃねえか!」

「私は科学者ですよ! 目の前に発明があったら、それを進化させたいと思うのは必然でしょう!」

「必然でも駄目だ! 倫理を保て!」

「はん! 倫理なんて! 新しいものを恐れる懐古人類の防衛機能ですよ!」

「それでも駄目! 絶対に駄目!」


 目でフランを威圧する。

 不機嫌そうな表情を向け来るフラン。

 キラキラした薄青色の目がとても綺麗で、俺の理性を簡単に打ち砕く。


「……と、とにかく、節度を保ってくれ」

「もう! 仕方ありませんね!」


 フランが俺から目を離してため息を付く。

 危なかった。もう少しで惚れちまう所だったぜ。


「それにしても、結局この人は、世界を救っていませんよね?」

「そう言えば、そうだな」


 ダラダラと書かれた、マッドサイエンティストの日記。

 後半の内容通り、女王に仇名す者は排除していたようだが、今までの人達と違って、世界を救ったと言う記述は無い。

 更に、この日記の内容から考えて、こいつはこの遺跡すら見つけて居ない。


「召喚されたからと言って、世界を救わなくても良いと言う事か?」

「それはどうじゃろうなあ」


 反論を返して来たのは王。


「こやつは世界を救ったとは書いて居ないが、女王に仇名す者は排除しておる。それを考えると、こやつの意思に関係無く、世界を救って居るとは考えられないじゃろうか?」


 それを聞いたフランが唸る。


「そうですね……細かい事は分かりませんが、召喚された方々は、その世界の状況に置いて、適性の能力を持った方が召喚されて居る感じがします」

「もしかしたら、異世界召喚とは、そう言うシステムなのかもしれんのお」


 ページをめくりながら、王がため息を漏らす。

 世界を救う為に、俺の前に召喚された王。

 もしかして、思う所があるのだろうか。


「……王?」

「いや、あくまでも推測じゃよ」


 そう言って、王が笑う。


「とにかく、続きを見ようではないか」


 王が次の召喚者のページをめくる。

 時代は既に太陽暦2000年代。

 俺達の生きて居る時代に、大分近付いて来た。



 太陽暦2350年。

 この遺跡と日記を発見した今日から、改めて日記を再開する。


 まず、この日記を見て驚いた事は、異世界召喚された先人者達が、全員人間側の女王に召喚されたという事だ。


 何故ならば、俺は魔物の女王に召喚されたから。


 俺が召喚された時、世界では魔物と人間が戦争をして居て、魔物は絶滅の危機に晒されて居た。

 そして、それを防ぎたかった魔物側の女王が、人間が昔使って居た『異世界召喚』を行って、魔物側の味方として俺を呼び出したんだとさ。


 つまり、俺は今までの召喚者とは違い、人間と戦って来たって訳だ。


 まあ、元々俺は人間が嫌いだったし、戦う事に抵抗も無かったので、何の迷いも無く魔族側として戦う事が出来たよ。


 だが、この遺跡を発見した事により、俺の考えは一変した。


 この遺跡を調べて行く内に、様々な攻撃システムや防御システムが発見されて、魔物側は優位に立って行った。

 そして、魔物側はそれを利用して、この世界から人間を絶滅させようとしたのだ。


 流石にそれはいかんと思った俺は、俺を召喚したハーブ=ルシファーや、途中で出会った様々な仲間達と共に、仲間達の血をキーとして、再びこの遺跡が戦争に利用されないように封印した。


 これで、人間と魔物の戦力バランスは均衡となり、戦争状態ではあったが、世界を平和にしたと言えるだろう。


 さて、ここからは恒例の結婚話となるが、俺はハーブと結婚した。

 俺と彼女の寿命は大きく異なるが、彼女は生涯俺だけを愛してくれると約束して、それはもう温かい家庭を……



「だらっしゃぁぁぁぁぁぁ!」


 机の上に置いてあった日記をブン投げる。


「何をするんですか!」

「黙れ! これが投げずに居られるか!」


 そうは言いつつも、地面に落ちた日記をさりげなく拾い、机の上へと戻す。

 勢いだったとはいえ、壊れて無いよね?


「今度は魔物の女王だぞ!? ダークヒーローだよコンチクショウ!」

「いやあ、ロマンティックですねえ」

「ロマンティックなんぞ、ケルベロスにでも食わせておけやぁぁぁぁ!」


 思い切り叫び、頭を抱える。

 一応言っておくけど、ここは書庫だから、良い子は叫んだり本を投げ捨てたりしてはいけないぞ!


「結婚結婚結婚……! どこまでこのネタを引き延ばすんだよ!」

「いや、ネタでは無いと思うのですが……」

「何だこれは? 吊り橋効果って奴か? そんな幻想を俺は認めないぞ!」


 そう言いながら、その吊り橋効果で女王と結婚した王を睨み付ける。

 王は白々しく明後日の方向を見た後、やれやれと言う表情で口を開いた。


「まあ、あれじゃ。ごめん」

「ごめんじゃねえ!」


 謝るなや!

 勇者の親友役として召喚された俺が! とても惨めになるじゃないか!


「とにかく、この時代でも魔物と人間が戦って居ったようじゃのう」

「そうですね。現在残っている歴史書も、この時代については、ある程度書かれて居ますから」


 太陽暦2350年。俺達の居る現在から、丁度千年くらい前の話か。

 地界の悪魔の話も全く出て来ないし、ここから魔物と人間による世界崩壊が、始まったのかも知れないな。


「それにしても、この日記に出て来るハーブ=ルシファーって、明らかにミントさんのご先祖様ですよね」

「そうだな。俺もそう思った」

「魔王の寿命は長いと書いてあるし、もしかしたらこの方、今でも生きて居るのでは無いでしょうか」


 その言葉を聞いて、俺は思考を巡らせる。


「いや、現魔王のゼンさんに会った時、ミントが時期魔王候補と言っていた。そこから考えると、ミントの血族はもう他には居ないと思う」

「へえ、そうなんですか」


 それを言った所で、頭の中に考えが過る。

 そう言えば、ゼン=ルシファーは何歳なんだ?

 もしかして、この日記に書かれて居る先人者達とも、何らかの関りがあったのではないだろうか。


(それと、メリエルとリンクスな)


 日記に名前は出てこないが、彼女達の血でこの遺跡が開放された経緯を考えると、絶対に先人達の世界救済に関わって居るだろう。

 もしかして、先人達との約束とかで、俺の事を助けてくれて居たのだろうか。


(でも、それなら……)


 何故、王の予言には関わって居ないのか。

 いや。もしかして、関わって居るのか?


(分からない事ばかりだな……)


 先人達のおかげで、この遺跡と予言の経緯は分かったが、今度はそれが現在の状況と絡まり、更なる謎を生んで行く。

 しかし、過去の人間とメリエル達の繋がりを考えても、正直意味は無い気がする。

 何故ならば、俺が知りたいのは現在の世界を救う方法であり、過去の人間関係を知る事では無いのだから。


(そう考えると……)


 今まで見た日記の中で、重要そうな内容をまとめてみる。


 まず、この世界には『悪魔』という存在が居て、それが脅威となって居た。

 そして、先人達の力でその悪魔は撃退されて、それに対する防衛システムが、現在の俺達が見ている『予言』となった。

 時が進むと、今度は魔物と人間が戦争するようになり、予言は人類絶滅を世界の危機と認識して、予言を発信するようになった。



(まあ、こんな感じか?)


 多少都合の良い解釈ではあるが、現在の予言が人間側の優位に働いている事を踏まえると、こう考える方が自然に思える。

 さて、それらの考察を考慮した上で、現在の世界救済についてだが……


(やっぱり、魔物と人間の戦争終結か……)


 今まで見て来たこの世界と、予言の流れから考えると、どうしてもこの結論に行き着く。

 結局、やる事は今までと変わらないと言う事か?


「うーん」


 予言の事を知る為に、前任者達の日記を見て、その経緯を理解する事は出来た。

 しかし、日記の内容が現在の世界救済に役立つかは、正直分からなかった。


「まあ、まだ日記には続きがあるし、もう少し見てみるか」


 そう言って、俺は日記のページをめくる。



 太陽暦3252年。

 異世界を救う為に、俺は召喚された。



(……四十年前?)


 そのページを見た瞬間、日記がブラックアウトする。

 それをやったのは、王。


「残念ながら、ここまでじゃ」


 そう言って、懐に日記をしまう。

 四十年前……

 そうだ! 王が召喚された時代だ!


「卑怯だぞ! 俺の恥ずかしめ日記は見たのに!」

「じゃから、わしの日記を見たら、お主達の活動に影響が出ちゃうかもしれんと言ったじゃろう?」

「言ってねえし!」

「何にせよ、いずれ分かる事なのじゃから、今は見んといてくれ」


 いずれって何だよ!

 そこまでして隠す必要が今更あるか!?


 そんな事を思っていた時、急に館内放送のアラームが鳴り響く。


『報告。遺跡のシステムが復旧しました』


 それは、俺が待ち望んで居た報告。


『システム最適化の為、現マスターのミツクニは、至急動力室に来てください』


 日記の事は気になったが、それよりも重要な案件が発生したので、今は追及しない事に決める。

 とにかく、今は動力室に行かなければ。


「ミツクニさん、やっとですね」

「ああ、そうだな」


 そう言って、俺とフランが立ち上がる。

 しかし、王は立ち上がらずに、ただ天井を見つめて居た。


「……王?」

「うむ。わしはちと疲れた。お主達は先に行っといてくれ」


 本当に疲れているような表情をして居たので、黙って頷いて見せる。

 そして、ウキウキしているフランと一緒に、遺跡中央にある動力室へと、速足で移動を開始した。




 ミツクニとフランが居なくなり、一度大きく息を吐く。

 遂に、この時が来た。

 新しい予言と、新しい世界の始まりが。


「……大丈夫じゃ」


 瞳を閉じて、胸に手を当てる。


「種は蒔いた。後は若い者達が……きっとやってくれる」


 胸に手を当てたまま、深呼吸をする。


 私が愛するこの世界。

 私が愛する世界の人々。

 私が愛する家族達。


 信じよう。

 彼らと、この世界の人達の……絆を。

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