第54話 人間関係って複雑

 お姫様救出作戦が成功した裏で、俺はレイジ=ヨマモリと言う男に出会った。

 彼は音もなく背後に現れて、自己紹介だけをして去って行った。

 恐らく、彼は敵の中心人物。

 そんな強敵が居る事に身震いしたが、今はヤマトと姫のフラグを回収するのが優先だと思い、ヤマト達の元へと足を運んだ。



 城の兵士達が誘拐犯を拘束していく中で、ヤマト達が和やかに会話をしている。俺がそこに辿り着くと、リズが唐突に鉄球を投げつけて来た。


「ミツクニ……彼方は一体、何をして居たのかしら?」


 鉄球を甘んじて顔面に食らいながら、苦笑いで口を開く。


「遠くから眺めてました!」

「死ね」


 二発目の鉄球!

 今度は腹にクリーンヒットだぜ!!


「お、おう……」

「全く……肝心な所で使えないのだから」


 ふうとため息を吐き、明後日を向くリズ。

 ねえ、リズさん。貴女は俺が裏で何をしているか、知ってるよね?

 それを誤魔化す為とは言え、本気で鉄球を投げて来るのは、どうかと思うよ?


「それで、どういう状況なんだ?」


 気持ちを切り替えてヤマトに尋ねる。


「悪い人達が、この人を攫おうとしていたみたいなんだ」


 ヤマトの言葉に合わせて、横に居る女性が頭を下げて来る。

 金色のロール髪。憂いに包まれている瞳。豪華な黄色のドレス。

 間違いない。このお姫様は、絶対に勇者ハーレムの一角だ。


「助けて頂いてありがとうございます。私はクラウディアと申します。クラウと呼んで下さい」


 金色ロール髪なのに、高飛車じゃないと来たか。俺の知るテンプレからは少し外れるけど、何よりも下の者に礼儀を尽くす所が綺麗だなあ。


「俺はミツクニ=ヒノモトと言います。よろしくお願いします」


 頭を下げると、クラウが上品に笑う。


「何だか賑やかで楽しいですね」


 先程まで誘拐されそうだったのに、そんなセリフを笑顔で言えるとは。

 このお姫様……中々の強者のようだ。


「それにしても、まさかこんな所で、リズに会えるとは思っていませんでした」


 突然放たれた姫の一言。

 俺は少しの間固まって居たが、我を取り戻してリズに尋ねる。


「……リズさん」

「何?」

「もしかして、お知り合いなのですか?」


 質問に答えないリズ。

 仕方なくクラウを見ると、今度はクラウが首を傾げた。


「リズ達は何も言って居ないのですか?」

「リズ達?」


 何ですか? その複数を表す言葉は?

 もしかして、俺以外の全員が知っている事なのか?


「なあ、ヤマト」

「な、何?」

「リズの事、俺に何か隠してたりする?」

「いや、まさかミツクニ君が知らないとは思ってなかったから」


 俺とリズは、魔法学園で偽の許嫁を演じていた。

 許嫁なのだから、周囲の人間は当然のように、お互いの事を知って居ると思っている。

 それが功を奏して、俺は今まで大事な事を知らなかったようだ。

 そして、次にクラウが言った一言。

 それを聞いて、俺は完全に言葉を失った。


「リズと私は、いとこなのです」


 失った。


「国王には三人の子供が居て、私は長男であるゾルディ=レインハートの娘です。そして、リズは次女のエルザ=レインハートの娘です」


 何……ですと?

 つまり、リズの母親は王族であり、父親は魔族の領主の血筋であると?

 そうなると、双子であるウィズも、王族の血を引いて居る訳で……


「……よーし、ちょっと待ってくれ。今頭の中を整理するから」


 俺は頭をフル回転させる。


「リズが王族って事は、俺は王族の許嫁だったという事になって、それでいて魔法学園では女たらしのクソ野郎で、キモオタでロリコンで……」

「要するに、究極の最低野郎と言う事よ」

「ですよね!」


 今までの出来事を振り返って頭を抱える。

 それならば、魔法学園であれほど嫌われていたのも必然じゃないか。


「……召喚された所からやり直したい」

「無駄よ。何度やり直しても、私がミツクニを蔑むのだから」

「ですよねぇぇぇぇぇぇ!」


 例え王族であろうと、リズは変わらない。

 そして、俺がキモオタなのは、どこから始めても必然なのだ。


「あれ? それじゃあ、リズの母親はこの街に居るのか?」

「ええ。王街の隅で静かに暮らしているわ」

「居るなら紹介してくれよ!」

「そんな……いくら許嫁だからって、お母様に会わせるなんて……」

「もう許嫁じゃねえから!」


 楽しそうなリズを見て、大きくため息を漏らす。

 リズ、ウィズ、そしてクラウ……

 この国の王族、曲者ぞろいじゃないか?


「それじゃあ、そろそろ王様に会いに行こうよ」


 そんな事を考えて居た矢先に、ヤマトがさらりと言った。


「……はい?」

「王様に会いに行こうよ」

「うん。行ってらっしゃい」

「ミツクニ君達もだよ」

「何で!?」

「だって、クラウ様を助けたし」

「ああ……そうですね」


 どうやら俺の知らぬ間に、強制イベントが発生してしまったようです。

 城に向けて歩き出すヤマト達。その後ろを追い掛けながら、リズに小声で話し掛ける。


「なあ、リズが居れば、最初から王様に会えたんじゃ無いか?」

「そうね」

「それじゃあ、何で黙ってたんだよ」

「だって、祖父に会いたくなかったから」


 なるほど。そういう事か。

 リズが言ったその言葉で、国王が更なる曲者である事が、大変良く分かりました。



 城内にある謁見の間に辿り着き、俺達は王の前で首を垂れる。

 視線の先に居るのは、白い髭を蓄えた、いかにも国王って感じの人。その横には、顎髭を生やした高貴な男と、先程まで一緒に居たクラウが居る。

 どうやらあの顎髭男が、クラウの父親のようだ。


「皆の者。面を上げよ」


 クラウの父親の一言で、俺達は頭を上げる。

 王は黙ってこちらを見て居たが、やがて軽く喉を鳴らし、俺達に向かって口を開いた。


「よく来てくれた」


 ハードボイルドな声。その口ぶりは、年月を重ねた者だけが纏う、威厳と風格を感じさせる。


「今日は皆に話があるのだが……ゾルディ」

「はっ」

「配下の者達を、一度退室させてくれ」


 それを聞いたゾルディが、小さいため息を吐く。


「国王……それは」

「ゾルディ」


 威圧を含んだ国王の一言。

 その一言でゾルディが周りに指示を出し、配下の者達が部屋から出て行った。

 静かになる謁見室。

 残ったのは、王と俺達だけ。


「皆の者、ちこう寄れ」


 言われるままに、一歩前に出る。


「もっと」


 言われるままに、もう一歩前に出る。


「もっとだ!」


 何だ? 急に威厳が無くなって来たぞ?


「もっと! 顔が見える所まで! コソコソ話が出来る所まで……!」

「お祖父様、戯れ過ぎよ」


 リズが王にまさかの鉄球!

 良いの!? 祖父とは言え王様だよ!?


「ふっふふ……」


 口から出た血を拭い、王が嬉しそうに微笑む。


「リズ……王族に伝わる鉄球術。ついにマスターしたのだな」

「ええ、そこに居るキモオタのおかげでね」


 鉄球は王族伝統の技だったのか!?

 そして俺は! その修業に付き合ってたんだね!


「まあ良い。とにかく、近くに来なさい」


 言われるままに、王の周りに集まる。

 ……コンビニ前にたむろする学生かな?


「よし、これで話が出来る」


 王は手すりに肘を置いた後、やれやれとため息を吐いた。


「実はのー。城に脅迫状が来てのー」


 軽い口調で話し始める王。

 ツッコミは俺の役目なのだが、相手が強大過ぎて突っ込めないぞ?


「どうやら明日、クラウを暗殺しようとする者が来るみたいなんじゃよ」


 国家を揺るがすかも知れない話題を、ご近所話みたいに言うなあ。


「そこでのお。お前達にクラウの護衛を頼みたいんじゃー」

「あの……」


 猛烈に色々と突っ込みたかったが、大事な所だけを突っ込む事にする。


「それなら、直属の兵士に任せれば良いんじゃないでしょうか?」

「それがのー。兵士達には商業組合の息が掛かって居てのー。信用出来んのじゃ」


 なるほど。それでヤマトが呼ばれた訳だ。


「ゾルディの奴は頭堅いし、エルザは国動かす事に興味無いし、ソフィアは出て行くし……どうしてワシの子供達は、こうなんじゃろうなあ」


 王が遠くを眺めながら寂しそうに笑う。


「しかし! リズはこうやって帰って来てくれた! ワシはもうたまらん……!」

「触らないで」


 二度目の鉄球!

 もう別に良いか! 何か王様変だしな!


「お祖父様がそういう態度だから、皆逃げたのよ」

「リズ……相変らず容赦ないのう」


 顔にめり込んだ鉄球を剥がして、王がケラケラと笑う。

 この耐久力……流石はリズの祖父と言った所か。


「そう言う事じゃから、お前等頼んだぞ」

「お断りよ」

「ワシは王じゃ! お前達に拒否権は無い!」

「我がまま言わないの」

「嫌じゃ! お前達に頼みたいんじゃぁぁぁぁ!」


 王がリズの足に縋ろうとする。

 そんな王を、リズが天井まで蹴り飛ばした。


「お、おう……」

「全く……触らないでと言ったでしょう?」


 地面に叩き付けられて、嬉しそうに微笑む王。

 アンタ……リズの事超好きだろ。


「仕方ないわね。やってあげるわよ」

「そうか! ありがとう!」


 王が元気に立ち上がり、ドスンと玉座に座る。

 そう言えば、まだ名前を聞いて居ないな。

 まあ、関係無いし聞かなくても良いか。


「それじゃあ、私達は護衛の為に、今日はクラウの部屋に泊まるから」

「うむ。リズとシオリはそうしなさい。しかし! 野郎どもは外じゃ!」


 もの凄い剣幕で俺達を見て来る王。

 何だかんだ言っておきながら、結局はただの家族大好きおじさんだったなあ。


「ほら、用事は終わったんだから行くわよ」


 リズに言われて謁見の間から出る。

 出た先に居たのは、申し訳なさそうな表情でこちらを見ている、クラウとゾルディ。


「済まなかった」


 そう言って、二人が揃って頭を下げて来る。


(……苦労してるんだな)


 そう思いながらも、学生ごときに頭を下げて来た王族を見て、彼らの王族としての生き様を素直に尊敬した。

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