第22話 第二次世界崩壊
俺が異世界に召喚されて、三カ月が経った。
最初は慣れて居なかった生活にも慣れて、家事等も一人で行えるようになった。
本来の目的である勇者ハーレム計画については、第一次世界崩壊後から方向性が変わり、協力してくれる人間も探すようになっている。
そういう事で、正解が見えていなかった世界救済計画も、手ごたえを感じながら進行していた。
放課後の訓練を終えた俺は、学生寮の食堂で食事を済ませて、共用の風呂に入り、鼻歌を歌いながら部屋へと戻る。
部屋に辿り着き、扉を開けたその先にあるのは、俺専用のリラックス空間。
異世界の生活に慣れてきたとはいえ、違う世界から来た人間である俺にとっては、この空間だけが落ち着ける場所だった。
「さーて、今日も風呂上がりの美味しい牛乳を……」
「ふぅん。環境は変わっても、それだけは変わっていないのね」
聞き覚えのある声が聞こえて、ベッドの方に視線を向ける。
そこに居たのは、リンクスを膝にの上に乗せて、ベットに腰掛けているリズ。
その予想外の襲来に、持っていた牛乳を落としそうになった。
「お前……! 何で……!」
「前にも言ったでしょう? 女子が男子寮に入るのは自由なのよ」
「それは知ってるけど……!」
言いたい事は山ほど浮かんできたが、言った所で勝ち目は無いと思い、言わないでおく事にした。
俺は小さくため息を吐き、リズの正面にある椅子に座る。
「それで、今日は何の用だ?」
「許嫁が用も無く来てはいけないの?」
「偽の許嫁だろ? それに、リズは用が無かったら、ここには来ないだろ」
「確かにそうね。こんなキモオタの部屋、出来れば来たくは無いわ」
相変らずの毒舌だが、キモオタと言うのはあながち外れていないので、黙って牛乳を飲み始める。
やがて牛乳を飲み終わり、容器を片付けてリズの元へと戻る。
「それで、用事って言うのは何だ?」
「大した用事なのだけれど」
「そういう時は、大した用事では無いんだけどって言うのが……」
途中まで言って気付き、リズの方を向く。
「……まさか」
リズを見つめながら、静かに息を飲む。
沈黙の後、リズは真剣な表情で頷いた。
「予言が現れたわ」
ついに、この時が来た。
凶兆の赤い月。
第二の予言執行日だ。
「予言書を見せてくれ」
リズが生徒手帳を出して机の上に開く。
そこには、こう書かれていた。
『第二の赤月。世界は三つに引き裂かれ、光は闇に汚される』
やはりファンタジーの定型文みたいだ。
予言の意味を考えていると、リズが先に口を開いた。
「前回のように、地震で世界が三つに分かれるのかしら?」
リズの言葉に対して、俺は首を横に振る。
「それについては、フランに調べて貰っていたんだけど、現在の地殻から考えると、再び大きな地震が起きる事は無いらしい」
「それじゃあ、天変地異とか古代兵器?」
「それも確認されていない」
言葉に詰まって黙るリズ。
この予言が出ているという事は、既に外には赤い月が出ていて、この世界の何処かで何かが起こっているのだろう。
しかし、現状で世界規模の何かが発生している感じは無い。
そうなると、やはり……
「ミツクニ君!」
玄関からヤマトの叫び声が聞こえる。
速足で玄関に向かい扉を開けると、ヤマトとシオリが部屋に飛び込んで来た。
「ミツクニ君! 大変な事が……!」
慌てた表情で話し掛けてきたヤマトだったが、視線の先にリズを捉えて硬直する。
「……ごめんなさーい!」
「待て待て! 早まるな!」
逃げ出しそうになったヤマトの肩を掴む。
「リズも異変に気付いてここに来ただけだ! やましい事なんて何も無い!」
「だ、だけど、許嫁が同じ部屋に居るなんて……」
「日頃内気な癖に! そう言う所だけ敏感になってんじゃねえ!」
俺はヤマトの肩を強引に引っ張り、そのまま部屋に連れ込んだ。
部屋に四人が揃い、改めて会話を始める。
「それで、何が起こったんだ?」
「それが……」
ヤマトは俯くと、苦い表情で口を開く。
「保護されて居た魔物の中に、強硬派の魔物が紛れ込んで居て、穏健派の魔物達が居る建物を占拠したんだ……」
それを聞いて、心臓がドクンと鳴り響く。
光が闇に覆われる。
光とは……この学園の事だったのか。
「それで、今はどういう状況なんだ?」
「穏健派が入り口を封鎖したおかげで、人間との争いはまだ起きて居ないけど、そこが破られたらどうなるか分からない」
「……そうか」
学園内が騒然としていない所を見ると、まだ大事には至って居ないのだろう。
しかし、強硬派が学園内で暴れるのは、時間の問題だ。
「ヤマト、お前はどうしたい?」
学園側の人間達が、この状況に対処してくれるのは分かって居る。だけど、それが俺達の理想通りになるとは限らない。
だから、あえて聞く。
勇者であるヤマトは、どうしたいのか。
「僕は……」
ゆっくりと顔を上げるヤマト。
そして、真剣な表情で言った。
「僕は……穏健派の魔物を助けたい!」
そうか……
そうだよな。
それでこそ、俺が助けたい勇者だ!
「よし!」
膝を叩き、勢い良く良く立ちあがる。
「ヤマト! お前達は穏健派の魔物が守って居る建物を回ってくれ!」
「うん! 分かった!」
「リズとシオリは色んな場所を回って、はぐれている穏健派の魔物を、訓練場に誘導してくれ!」
「ミツクニはどうするの?」
「俺はメリエルと師匠の力を借りて、訓練場を死守する!」
強硬派が最初に攻撃するとすれば、自分達の邪魔をする穏健派の魔物だ。これからの世界情勢の事も考えると、少しでも穏健派の魔物は助けておかなければならない。
行き当たりばったりの作戦だが、今はこれ以上の作戦が見つからなかった。
「行動は早い方が良い! すぐに実行だ!」
各々が武器を持って部屋を飛び出す。
三人が居なくなった後、俺はフランに作って貰った強化制服に着替え直して、リンクスと共に訓練所へと走り出した。
訓練場に辿り着くと、既に穏健派の魔物数人と、メリエルが待っていた。
俺はメリエルに周辺の索敵をお願いした後、生徒手帳で各所に連絡を取り、学生と穏健派の魔物の保護を申請する。
しかし、学園側は先んじて行動を開始しており、まだ見つかって居ない穏健派の魔物以外の安全は、既に確保されていた。
思っていたより状況が良かったので、俺はほっと一息付く。
「とりあえず、第一波は防げたって所かねえ」
そう言って、リンクスが横であくびをする。その余裕の態度に、張りつめていた俺の心も少しだけ緩和された。
少しするとメリエルが索敵から帰って来たので、三人で今後の事を話し合う。
「師匠。これからどうなると思います?」
「そうさねえ……」
リンクス。全てを見透かす視線を持つ賢猫。
教えてくれる事こそ少ないが、その言葉は状況を動かす鍵になる。
「あの小僧が行けば、穏健派の魔物は大丈夫だろうよ。だけど、強硬派の魔物には、相当の被害が出るだろうね」
その言葉は、まだ予想の範疇だった。
しかし、それでも俺の心の中に、罪悪感が湧き上がって来る。
(仕方ない……仕方ないんだ)
本当ならば、強硬派だろうが穏健派だろうが、平和に過ごしてもらいたい。
だけど、事が起こってしまった以上、全てを助ける事など出来ない。
人間一人の気持ちなんて一息で吹き飛ばされる……それが戦争だ。
「とにかく、今はここに集まって居る魔物逹を助けたい」
負の感情を飲み込み、メリエルとリンクスに顔を向ける。
「お願いします。手伝ってください」
そして、深く頭を下げた。
少しの沈黙の後、頭の上からメリエルの声が聞こえて来る。
「私はミツクニに付くと言いましたから」
顔を上げると、メリエルが俺を見て、優しく微笑んで居た。
「まあ、たまには体を動かすかねえ」
ふっと笑うリンクス。俺も笑顔で答える。この二人が協力してくれるのなら、ここはもう大丈夫だろう。
ふうと安堵の息を吐き、辺りを見回す。
少しずつ集まって来ている穏健派の魔物。
それぞれに小さな怪我をしているが、重傷者は出て居ないようだ。
(どうやら、今回の予言は大丈夫みたいだな)
これ以上の被害は出ない。
そう思って、ゆっくりと腰を落とす。
その時だった。
後ろから衝撃。
少し遅れて、背中に強烈な電撃が走る。
(これは……)
ゆっくりと振り向く。
そこに居たのは、泣きながら俺の事を見上げている、子供の兎人。
その手には、血の付いたナイフを持っていた。
(刺さ……れた?)
ジワジワと痛みが体中に広がり、意識を失いそうになる。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
しかし、メリエルの激昂の声を聞いて、直ぐに意識を取り戻した。
畳んでいた翼を大きく開き、兎人を攻撃しようとするメリエル。
それを見て、俺の体が勝手に動く。
「駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大声で叫び、兎人を強く抱きしめる。
静まり返る周囲。攻撃用の羽を散らすメリエル。
まさに、一触即発。
「ミツクニ……どうして庇うのですか?」
メリエルが冷静に言葉を掛けて来る。
「……泣いているから」
ポツリと言って、兎人を見る。
血が滴るナイフを地面に落として、ポロポロと涙を流して居る兎人。
俺は深呼吸をした後、ゆっくりと笑顔を作り、兎人の頭をポンと叩いた。
「心が……痛いか?」
兎人が唇を噛み締めながら頷く。
「やりたくなかったか?」
小さく唸りながら、何度も何度も頷く。
ああ、そうだよな。
こいつも、戦争の被害者なんだよな。
「それなら、良い」
静かに頷く。
「だけど、その胸の痛みを忘れないでくれ」
兎人の頭を優しく撫でる。
「そして、これ以上周りの人を……傷付けないでくれ」
そう言って、その場に倒れる。
俺が倒れた瞬間、メリエルが素早く駆け寄り、治癒魔法をかけ始めた。
「メリエル……ごめん」
「良いですから、喋らないでください」
「ごめん……本当に……ごめん」
鼻をすすりながら、熱くなった目頭を両手で覆い隠す。
自分で戦う事も出来ず、身を守る事も出来ず、あまつさえ自分を傷付けた敵にさえ、情けを掛けてしまう。
そんな自分が……本当に情けない。
(それでも、俺は……)
ここで兎人を傷付けても、負の連鎖が起こるだけ。それならば、俺が我慢をすれば良い。どうしても、そう思ってしまう。
だけど、それによって、俺を心配してくれている人達の痛みは、蓄積されてしまう。
俺にとって一番辛いのは……それだ。
(……笑え)
ゆっくりと腰を上げて、無理やりに微笑む。
(笑え……! 勇者達が来る前に……!)
メリエルに笑え! リンクスに笑え! 魔物達に笑え!
余裕で居ろ! 心配をかけるな!
今の俺に出来る事は……! それだけなんだ!!
「……大丈夫」
不安そうに俺を見詰めている全員に、答える。
「俺は……大丈夫だから」
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