第19話 義妹でラブコメ感を取り戻そう

 最近の勇者ハーレムは、特殊な人間ばかりでラブコメ感に欠ける。

 まあ、性格の違うヒロインが出揃ってきたという現状はあるだろう。

 しかし、これは異世界ラブコメなのだ。

 ここらで王道の人物を迎え入れて、本来の形を取り戻すべきではないだろうか。


「そういう事で、妹よ」

「どういう事だよ」


 屋上でパックジュースを飲みながら話す。


「妹と言えば、ハーレムの基本でしょ?」

「それはそうだが、一括りに妹と言っても、その可能性は無限大だぞ?」

「ごめんなさい。言っている意味が分からないわ」


 流石のリズでも、妹に関しての知識は薄いようだな。

 仕方ない。語ろうじゃないか。


「妹ヒロインと言うのはな。まず血が繋がっているかいないかが鍵を握っている。血が繋がっていなければ、正ヒロインとして弾頭する事もあるし、例え血が繋がっていても……」

「ごめんなさい。言っている意味が分からないわ」

「関係無い! リズが分からなくても、妹キャラはラブコメのスターであり……!」


 鉄球! 今日は縦に三個!


「とにかく、妹よ」

「それは分かったが……ヤマトに妹なんて居たか?」

「居ないのなら作れば良いのよ」

「なるほど。お兄ちゃんと呼ばせる作戦か。しかし、ロリ枠は既にミントが……」


 鉄球! 追加で二個!


「安心しなさい。リストに妹が入っているのは、既に確認済みだから」

「それじゃあ、さっきの発言は、俺に鉄球を投げる為の誘導……」

「その通りよ」

「鉄球好きだなお前!」


 ふっと笑うリズ。苦笑いを返す俺。

 まあ、今日はチートな方々も居ないようだし、久しぶりに真面目にラブコメ活動をするとしよう。



 午前中の授業が終わり、教室で一息吐く。

 今日の出演者は、勇者、親友役、幼馴染みヒロイン、ヒロインの親友。

 本当はツンデレが居ればもっとラブコメっぽくなるのだが、話がややこしくなりそうなので、今日の所は我慢しよう。


「やっぱり魔法力学の授業は分かんねえな」


 頭に手を回して天井を見上げる。本当は座学など俺の敵では無いのだが(補修でカバーするから)、こういう時は親友役がぼやくのが基本だ。


「ミツクニは魔法が使えないんだから、仕方ないよ」


 そう言ってシオリが笑う。

 いつの間にか、シオリは俺の事を呼び捨てで呼ぶようになっていた。


「でも、魔法の代わりに、色々出来るようになったよね」

「そうか? 別に何か出来るようになった気はしないが」

「そんな事無いよ。例えば、ほら」


 シオリが俺の机を指差す。

 そこにあったのは、手作りのお弁当。


「最近ずっと自炊だよね?」

「ああ、自分で料理出来た方が、今後の為になると思ってな。サラに料理を教えて貰ってるんだ」

「へえ、そうなんだ」

「あいつ、家庭的な事は何でも出来るから、他にも色々と教えて貰って……」

「あら、初耳ね」


 横で俺を睨み付けるリズ。

 不味い。ご立腹だ。


「そういう事って、普通許嫁に聞くものじゃないかしら?」

「いや、家庭科室で料理の練習をする時に、サラがいつも近くに居るから……」

「彼女は基本家庭科室に居るわ。そんな事、最初から分かって居たわよね?」


 はい、分かっています。分かっていて、俺は家庭科室に通っていました。


「まさか、他の女にも何か教わっていないわよね?」

「さ、さあ。どうだろうか……」

「全部言いなさい」

「すみません。ザキさんに裁縫を教わっています」

「なっ……!」


 斜め後ろの席で弁当を食べていたザキが、慌てた表情で立ち上がった。


「お前! 言うなって言っただろ!」

「仕方ないんだ! 許嫁の圧力なんだ!」

「男なら負けんじゃねえよ!」

「よ、よーし! 分かった!」


 俺は頑張ってリズを睨み付ける。


「裁縫って言うのはな! この過酷な学園生活に必須のスキルなんだ! これが出来ないと、俺の制服はいつもボロボロで……!」

「ザキに直して貰っているんでしょう?」

「ど、どうしてその事を!?」

「馬鹿! お前!」


 ザキの木刀が俺の頭に突き刺さる。鉄球以外のツッコミは新鮮だなあ。


「とにかく、裁縫は俺の生活に必須だから、仕方ないんだ」

「まあ良いわ。私もミツクニがボロボロの制服を着て居るのを見たくないし」


 結局良いのかよ。

 つか、許嫁。そういう所は何もしてくれないんだな。

 ……仕方ないよな。偽の許嫁だもんな。


「あれ、ヤマト?」


 ヤマトを見てシオリが首を傾げる。


「いつものお弁当はどうしたの?」

「今日は妹が作ってくれるから、持ってきてないんだ」

「へえ! そうなんだ!」


 やっと妹の話題が出たか。

 本題に入るまで長かったなあ。


「もしかして、今から持ってくるの?」

「うん。あいつ中等部だから、もう少しで来ると思うんだけど」

「イリヒメちゃんかー。懐かしいなぁ」


 イリヒメ=タケル。ヤマトの妹。

 俺の世界の神話では、ヤマトタケルの嫁にフタジノイリヒメという人物が居るが、それには触れないでおこう。

 そんな事を考えている間に、教室後方の扉が開く。


「お兄ちゃん! ごめん! 遅くなった!」


 黒髪のショートカット。パッチリとした目。無邪気な物腰。

 予想通り、可憐な妹様ですなあ。


「大丈夫? お腹すいてない?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 笑顔で弁当を差し出してくるイリヒメ。ヤマトも笑顔でそれを受け取り、弁当を食べ始めた。


「イリヒメちゃん! 久しぶりだね!」


 シオリが声を掛けると、イリヒメが嬉しそうに目を見開く。


「もしかして……シオリさんですか!」

「そうだよ! シオリだよ!」


 手を繋いではしゃぐ二人。

 可愛いなあ。二人とも本当に可愛い。


「殺すわよ」


 怖いなあ。リズは本当に怖い。


「あ、紹介するね。私達と同じ班の、ミツクニとリズだよ」


 俺は直ぐに立ち上がり、イリヒメに向かって手を差し出す。


「よろしくな」

「はい! よろしくお願いします!」


 元気に手を握って来るイリヒメ。

 男との握手なのに警戒心が全く無いな。そういう所、逆に少し心配だぞ?

 よし。ここはヤマトの親友役として、一つアドバイスを……


「いつまでも手を握ってるんじゃないわよ」


 鉄球! ありがとうございます!


「私はリズ。よろしくね」

「リズさんですね! よろしくお願いします!」


 鉄球に全く動じていないイリヒメ。

 物怖じしないこの性格……ヤマトとは正反対だな。


「イリヒメさん。折角だから、一緒にご飯を食べて行かない?」

「良いんですか!」

「もちろんよ」

「ありがとうございます!」


 頭を下げるイリヒメ。それと同時にリズが俺の椅子を抜き取り、イリヒメが当たり前のようにそれに座る。

 ……この扱いには慣れているけど、流石にひどくない?


「イリヒメさんは、ヤマトと一緒に学園に来たのかしら?」

「はい。兄がスカウトされた時に、私も一緒にスカウトされました」

「でも、今まで会わなかったわね?」

「そうですね。私も中等部に慣れて居なくて、会いに来る余裕が無かったので」


 地べたに座って弁当を食べながら、妹の情報を収集する。

 こういう時、モブというのは便利だな。聞き耳を立ていても、存在が無いから怪しまれる事が無い。


「所で、イリヒメさんとヤマトは、血が繋がって無かったりするの?」


 唐突だが良い質問だ。流石は俺の偽許嫁。


「え? どうして分かるんですか?」

「だって、何だかあまり似て居ないから」


 切り返しも自然だ。流石は俺の偽許嫁。


「そうなんです。親自体が違うから、顔は似て居ないんですよ」

「親が違うのに兄弟なの?」

「はい。私達、孤児院育ちなので」


 出たな。孤児院設定。

 これのおかげで、妹キャラはラブコメ界でも自由自在だ。


「でも、私達は特に仲が良かったので、兄弟って事で育てられたんです」

「それじゃあ、結婚も出来るのね」


 その言葉を聞いた瞬間、イリヒメが顔を真っ赤に染めた。


「そうですね。結婚は……出来ます」


 恥ずかしそうに俯くイリヒメ。ヤマトも黙っては居るが、顔を赤く染めている。

 もしかして、既にお互いにホの字なのか?


「でも! お兄ちゃんはシオリさんの事が好きですから!」


 それを言った瞬間、ヤマトが弁当を吹き出しそうになる。

 ヤマトは胸を叩いて何とか飲み込むと、焦った表情で口を開いた。


「イ、イリヒメ! それは昔の事で……!」

「あれ? そうなの?」

「そ、そうだよ!」


 言った後、顔を隠して弁当を食べ続けるヤマト。それに対して、シオリはポカンとした表情をしていた。


「へえ……そうだったんだ」


 シオリの声を聞いて、ヤマトがちらりとシオリの事を見る。

 そして、次にシオリが言った言葉は、その場に居たクラスの全員に衝撃を与えた。


「私もヤマトの事好きだよ」


 一瞬にして静かになる教室。まるで、時が凍り付いたかのようだった。


「私、ヤマトが好き」


 もう一度言うシオリ。

 やめろ! もうやめてくれ!

 俺達に現実を見せつけないでくれ!!


「リズの事も好き」


 ……んん?


「イリヒメちゃんも、ザキさんも、クラスの皆の事も、大好き!」


 成程、そういう事か。

 流石は清純派ヒロインだな。博愛主義ごちそうさまです。

 ですが、ここで残念なお話があります。


「……俺は?」


 入ってない!

 俺の名前が入ってないぞぉぉぉぉ!!


「仕方ないわ。ミツクニはモブだもの」

「そうか……これが、モブの宿命か」


 肩を落としてうなだれる。

 そうだよな。

 俺はただの親友役だもんな。


「だって、ミツクニは……」


 笑顔で頬を掻くシオリ。

 良いのだよ。

 俺はモブなのだから、正直に言ってくれて良いのだよ。


「ミツクニは……リズの許嫁だから」


 そう言って、シオリが小さく息を吐く。

 ……成程、リズに気を使ったのか。


「ミツクニさんとリズさんって、許嫁なんですか!?」

「そうなの。不詳だけどね」

「そうなんですか!」


 楽しそうに恋愛話を続ける女子達。そして、その横で小さくなっている俺とヤマト。

 男子と言うのは、女子の一言に翻弄される生き物なのだと、心の底から思った。

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