第76話 青の予言と青桜

 勇者ハーレム、ミフネ=シンドウとの戦いは終わった。

 俺はその戦いで大けがを負ったが、メリエルの治癒魔法のおかげで、一日も経たずに元気になった。

 ミフネはと言うと、俺を傷付けたショックで落ち込んで居たが、他の勇者ハーレムの励ましもあって、今は遺跡の警備隊長として活動している。

 俺が心配して居たミフネとの戦いは、最高の形で終わったと言えるだろう。


 しかし、まだ勇者ハーレムとの戦いが終わった訳では無い。

 もう一つの心配事であった『彼女』との戦いは、予想外の事態から始まった。



 遺跡の中央にある動力室。

 いつもであれば、中央にある円柱の中に∞形の光が浮いている。

 勿論、今日も変わりなく光っているだろうと思い、俺はそこへと足を運んだ。

 しかし、そこで見た光景は、いつもとは違う光景だった。


(これは……)


 遺跡の中央にある動力部。

 その光が〇の形に変化して、いつもより強い光を放っている。


(どういう事だ?)


 光を見ながら首を傾げる。

 何かが起こったという事だけは分かる。

 だけど、その内容が全く分からない。


(この遺跡、説明書とか無いからなあ……)


 頭を掻きながらため息を吐く。

 ベルゼの協力によって手に入れた、超文明の古代遺跡。戦争を止める為の拠点にしたのは良いのだが、色々な施設が解放されたせいで、今や完全にオーバースペックとなっている。

 そんな事から、今回もその類なのだろうと考えて居たのだが、次にその〇の中に表示された文字を見て、俺は言葉を失ってしまった。



『青き桜が舞う時、光は希望を失う』



 小さく息を飲み、予言が出る手帳を胸ポケットから取り出す。

 そして、そこに書かれていた予言。



『青き桜が舞う時、光は希望を失う』



 全く同じ。

 目の前に表示されている文章と、一言一句違わない。


(……いや、待て待て)


 引きつる頬を左手で戻す。


(いくら何でも唐突過ぎる。結論を出すには、まだ早い……)

「ミツクニ……!」


 声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは、中央の光を見て目を丸めている、リズ=レインハート。


「よう。リズ」


 引きつった笑顔で、いつものように声を掛ける。


「どうした? 珍しく大声なんか出して。大変な事でも起きたのか?」


 俺にはたった今起きた所だ。

 リズの方はどうなんだ?


「……」


 少しの間無言のリズだったが、すぐに冷静な表情を取り戻して言った。


「外に……青い月が出ているわ」


 そうですか。それじゃあ確定だな。

 目の前に表示されている文字は、俺達の事を散々苦しめた『予言』だ。


「これは、どういう事かしら?」


 いつもの口調で言った後、淀みの無い足取りで横に来る。

 相変らずの冷静沈着。

 しかし、リズが冷静なおかげで、俺も冷静を取り戻す事が出来た。


「どうなんだろうなあ」


 いつもの調子で言った後、小さく笑う。


「とにかく、ここには予言と同じ言葉が書かれていて、外には青い月が出ている」

「そんな事は見れば分かるわ」

「じゃあ俺に聞くなよ」

「ミツクニに聞いて居るんじゃないわ。遺跡に聞いて居るのよ」


 ああ、そうか。

 そう言えば、この遺跡は話せるんだった。


「キズナ」


 俺が名前を呼ぶと、ピピッという発信音が鳴り、スピーカーから遺跡の声が響く。


『マスター。お呼びでしょうか』

「聞きたい事があるんだけど」

『どうぞ』

「ここに表示されているのは何?」

『世界を守る為の予言です』


 あっさりと答えを返されてしまい、大きなため息を吐いてしまう。

 しかし、ここで聞く事を止める訳にもいかない。


「何でその予言が、ここに表示されているんだ?」

『ここから発信しているからです』

「それじゃあ、今までに見てきた予言も、キズナが発信していたのか」

『そうです』


 簡単に解けていく予言の真実。謎が解ける時なんて、こんなものなのかも知れない。

 正直な所、俺は少し失望してしまった。


「……キズナ」

『何でしょうか』

「この予言に関して、色々と聞きたい事があるんだけど」

『何でもお聞きください』


 何でも答えてくれるのか。

 まるで、俺達が今まで頑張って来た事を、全否定されている気分だ。

 でもまあ、今までがあったからこそ、ここに行き着いたんだよな。

 そう思おう。

 そうじゃないと……腹が立つから。


「よし、それじゃあ……」

「ミツクニさん!」


 後ろから大声が聞こえて振り返る。

 そこには、最近拠点の警備隊長になった彼女が居た。


「大変です!」


 息を切らしながらこちらを見ている、ミフネ=シンドウ。

 そうそう、大変なんだよ。

 謎だったはずの予言が、こんな簡単に……


「帝都の軍勢が攻めてきました!」


 それを聞いて、俺はようやく今起こっている事態を思い出した。


(……そうか。あれは『予言』だったな)


 予言。

 それは、世界を守る為の道標。


(……!)


 そして、俺はもう一つの事に気が付く。

 攻めて来たのは帝都の軍だと言った。

 そして、予言に書かれている『桜』と言う文字。

 そこから導かれた結論は、残念ながら一つしか無かった。


「……相手の指揮官は?」

「それが……」


 言葉を濁らせるミフネ。

 大丈夫、もう分かっている。

 だから、躊躇せずに言ってくれ。


「……ハルサキ」


 ですよね。


「ヨシノ=ハルサキです」


 なるほど。そっちですか。

 彼女に軍を仕切る力は無いから、両親のどちらかが来るだろうとは思ったよ。

 だけど、よりにもよって師匠の方なのか。


「ミツクニさん……」


 心配そうな表情で俺を見ているミフネ。


「大丈夫」


 それだけ言って、微笑みを返す。

 正直、大丈夫では無い。

 相手は俺の師匠であるヨシノ=ハルサキ。

 そして、その軍には間違いなく、勇者ハーレムの『彼女』が居るのだから。


「……行こう」


 それでも、俺は歩き出す。

 世界を救う為に。

 大切な人達を守る為に。

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