第56話 異世界混浴恋事情
第二の青月予言を回避した俺達は、戦いの疲れを癒す為にシオリの家に戻った。
その日はハルサキ家の人達から御馳走を振る舞われ、翌日には城から使者が訪れて、ヤマト達は姫の暗殺阻止の功労者として、城に呼ばれて行った。
俺はと言うと、特にやる事も無かったので、部屋でダラダラとした後、風呂に入ってマッタリする事にした。
風呂に入る準備が出来た俺は、鼻歌を歌いながら露天風呂へと足を運ぶ。
脱衣所で裸になり横引きの扉を開けると、目の前に百人ぐらい人が入れそうな、大きな露天風呂が現れた。
(うーむ、流石金持ちの家……)
その広さに思わずため息が出たが、やはり広い風呂は良いと思い、体を洗って湯船に浸かった。
風呂に使って五分。気分が良くなってきたので、鼻歌を歌い始める。
「ふんふーんふふーん……」
「あら、キモオタにしては中々良い歌ね」
聞きなれた声を聞き、無言で後ろを向く。
そこには、冷静な表情でこちらを見ているリズが居た。
「お前! 城に行ったんじゃ……!」
思わず立ち上がろうとした俺に、いつもの鉄球が飛んで来る。
「お、おう……」
「表彰式なんて面倒なものに、私が出るはず無いでしょう?」
「まあ、それはそうか」
それを聞いて、素直に納得する。
とは言え、この状況で彼女と一緒に居る訳にはいかない。
「よ、よーし。体も温まったし、俺はそろそろ出ようかなあ」
「来たばかりで温まる訳無いでしょう?」
「いや、さっきの鉄球で温まった……」
「良いから、黙って入ってなさい」
そう言って、リズが俺を睨み付けて来る。
……良いのか?
混浴とは言え、男と女だぞ?
(危機感とか無いのかよ……)
突然叫ばれて追い出されるよりは良いが、誰にでもこうだと少し困る。女性なのだから、もっと自分の事を大切にして欲しい。
「所でミツクニ」
そんな思いを無視して、リズが話し掛けて来た。
「今までに出会った勇者ハーレムの中で、誰が一番好みなのかしら?」
その意外な質問に、吹き出してしまう。
「リ、リズ? 恋愛はご法度だって……」
「良いじゃない。好みを言うくらい」
こちらを見て静かに微笑んで居るリズ。
間違いない……これは罠だ。
「いや、俺は恋愛になんて興味無い……」
「良いから言いなさい」
裸体に突き刺さるリズの殺気。
どうやら罠では無さそうなので、考えてみる事にした。
「そうだなあ……やっぱり一番はサラかな?」
家庭的女子、サラ=シルバーライト。
家事の師匠でもある彼女は、いつも笑顔で誰にでも優しく、一緒に居て幸せな気持ちになる。
「後は、ミフネとか……」
和剣士、ミフネ=シンドウ。
おっちょこちょいな一面もあるが、その凛とした姿は綺麗で、見て居ると時間を忘れてしまう。
「フランは話していて楽しいかな」
狂科学者、フラン=フランケンシュタイン。
研究に没頭すると我を忘れる事もあるが、それ以外の時は普通の女子高生。勇者ハーレムの中で、唯一何でも話す事の出来る理解者だ。
「それと……」
「シオリの事はどう思って居るのですか?」
「シオリは……」
言いかけて、不意に横を見る。
そこに居たのはシオリの母、ヨシノ=ハルサキ。
「な……!」
「ねえ、シオリの事はどう思っていらっしゃるの?」
笑顔で首を傾げて居るヨシノ。
そのうなじが俺の目に突き刺さり、咄嗟に視線を逸らす。
しかし、視線を逸らした先に居たは……
「ミツクニ。奥様の質問に答えないか」
ハルサキ家のメイド、零。そして、その他のメイド多数。
いつの間にか、露天風呂は楽園へと変わっていたようだ。
「こ、これは一体……」
「ふふ……一緒に入りましょうって、約束しましたよね?」
そう言えば、そんな事を言って居た気がするな。
だけど、普通本気にするか?
「よ、よーし! 俺はそろそろ出ようかな……!」
「あら? 逃げられると思って?」
俺の周りを囲むメイドの群れ。
彼女達は武闘派だ。貧弱な俺では、ここを突破する事は出来ないだろう。
(天国と地獄……か)
見れば天国。その後地獄。
ここは、無心で乗り切るしかない。
「ええと……」
細目で視界をぼやかしながら、質問に答える。
「俺はシオリさんの事を……とても尊敬しています」
それを言った瞬間、その場に居た全員がため息を吐いた。
「……あ、あれぇ?」
「ミツクニ。ここは普通、愛しています。でしょう?」
「いや、だってシオリは勇者ハーレム……」
「黙りなさい」
口封じの鉄球!
危ねえ! これ秘密の事だった!
「もう少し空気を読みなさい。だから何時まで経ってもキモオタなのよ」
「そんな事言ってもなあ。これは俺の正直な気持ちであって……」
鉄球! そして鉄球!
いやいや! こういう事は嘘を吐く方が失礼だろ!
「あらあら。シオリ、振られちゃったわね」
ケラケラと笑うヨシノ。
俺の言った事は百パーセント本心では無いのだが、恐らくヨシノの母だから、それくらい見透かして居るだろう。
だから、この場ではそれ以上の事は言わない事にした。
「それじゃあ、私達はそろそろ上がろうかしら」
ヨシノとメイド達が立ち上がったので、慌てて両手で目を覆う。
危ない危ない。
例え事故であっても、裸を見たらリズに殺されるからな。
「お二人はごゆっくりどうぞ」
そう言って、ヨシノ達は出て行った。
辺りが静かになったので、両手を下ろして大きくため息を吐く。
「ふう、地獄だったぜ」
「あら、天国の間違いでしょ?」
「そうとも言う」
顔面に鉄球!
嵌められた! 誘導尋問だ!
「それで、ミツクニはこれから、どうするのかしら?」
はい、そして来ました。予言の後に行われる、これからどうするタイム。
こんな事もあろうかと、俺は既に答えを準備して居ましたよ。
「帝都も一段落した事だし、今度は魔物の領地に行ってみようと思う」
これが、俺の答え。
国王もそれらしい事を言って居たし、元々行くつもりだったからな。
「人間である彼方が、簡単に魔物の領地に入れると思って居るの?」
「それに関しては、少し考えがある」
首にぶら下げている精霊王の首飾りと、王から貰った指輪。
恐らく、これが道を開く鍵になるだろう。
「それで、リズはどうするんだ?」
「私はシオリと帝都に残って、クラウの襲撃について調べる事にしたわ」
クラウの襲撃は、世間的には馬車を襲った奴らが城を襲った事になっている。
だけど、その裏で暗躍している人間が居る事を、俺達は知っている。
リズは王族の血縁だし、シオリはこの街を守る家系の人間なので、放って置けないのだろう。
「一緒に来て欲しかった?」
不意打ちのようにリズが言う。それに対して、俺もカウンターのように言い返した。
「ああ、一緒に行きたかったよ」
少しの沈黙。
やがて、リズが俺の前に回り込んで来る。
「ちょ、お前……」
「死なないで」
ぽつりと言って、リズが微笑む。
その笑顔に思わず見とれてしまったが、すぐに我を取り戻して頷いた。
リズが風呂から出て行き、俺はやっと一息つく。
地獄のような天国の時間。
風呂好きの俺ではあるが、風呂に入って居た気分がしなかった。
(やれやれ……)
元の世界でボッチだった俺は、女子と話すのに体力を使う。
それが嫌という訳では無いのだが、たまには男とゆっくり話をしたいものだ。
(良く考えてみたら、俺はヤマト以外に男の友達が居ないな……)
そんな事を考えて居ると、露天風呂の入り口の扉が開く。
現れたのは、全身にバスタオルを巻いた、ヤマト=タケルだった。
「おお! ヤマト! 良い所に!」
「ミ、ミツクニ君!?」
驚いた表情を見せるヤマト。
「丁度お前と話したいと思ってたんだ」
「……へ、へえ、そうなんだ」
震える声でヤマトが言う。
俺は少しの間ヤマトを見て居たが、何故かヤマトはその場に立ったまま動かなかった。
「どうした? 入らないのか?」
「……え? う、うん。入ろうかな」
そう言うと、ヤマトがシャワーの所まで行き、体を洗い始める。
それにしても、かなり高温のお湯で体を洗っているな。湯気が立ち込めて、何も見えなくなったぞ。
(まあ、良いか)
星空を眺めながら、鼻歌を歌い始める。
少しすると、ヤマトが体を洗い終わり、ゆっくりと湯船に浸かって来た。
「なあ、ヤマト」
「はい!?」
「表彰式どうだった?」
「え? う、うん。凄かったよ」
遠くから投げやりに答えて来るヤマト。会話がしにくかったので、ゆっくりと近付く。
「凄かったって、どう凄かったんだよ」
「それは、料理とかダンスとか……」
近付いたヤマトは、何故か全身にバスタオルを巻いたままだった。
「おい、ヤマト」
「な、何?」
「タオルを巻いたまま湯船に浸かるとは、どういう事だ?」
それを聞いたヤマトが、何故か苦笑いを見せる。
「百歩譲って女なら許そう。だが、ここは男だけの混浴だぞ」
「でも……僕、体に自信が無くて」
何を言うか。
百戦錬磨の勇者様だろう?
「……よーし、分かった」
更にヤマトに近付く。
「ミ、ミツクニ君?」
ごくりと息を飲むヤマト。
俺は不意にヤマトのバスタオルを掴み、体から引き剥がしてやった。
「これこそが! 男の残念風呂シーン……!」
引き剥がしてやった。
……が、その光景を見て硬直する。
(あれ……?)
両腕で体を覆い隠すヤマト。
その胸が、ほんのりと膨らんでいる。
(あれれぇ?)
このシーン。アニメとかで見た事あるな。
もしかして、ヤマトは……
「馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!」
加減の無いパンチを食らい、湯船に沈む俺。
遠のく意識の先には、顔を真っ赤にしているヤマトの姿が見える。
そう……夢。
これはきっと、夢なのだ。
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