第106話 自分が自分で居られる場所
勇者であるヤマトと和解して、精霊の森を出る事になった俺達。
腰まで伸びている藪を駆け抜けている最中に、ヤマトが口を開く。
「ミツクニ君。旅に出る前に、会って欲しい人が居るんだけど」
その言葉を聞いて、内心胸を撫で下ろす。
「どうしたの?」
ヤマトが疑問の表情に対して、首を横に振る。
「いや、何でも無い」
そう言いながら、ふっと笑う。
良かった。
その話題をヤマトから振って来てくれて、本当に良かった。
「ヤマトが言わなくても、俺はもうそこに向かってるよ」
それを聞いたヤマトが目を丸める。
今向かっている森の出口。そこに、ヤマトが会わせたがっている人物が居る。
(三か月か……)
俺が精霊の森に居た年月。
その期間、今から会おうとしている人物も、森の入り口に居続けた。
本当ならば、もっと早く会いに行きたかったのだが、ヤマトの性格と自分の弱さを考えると、どうしても会いに行けなかった。
(だけど、それも今日で終わりだ)
会いに行けなかった理由が、全て解決した訳では無い。それでも、もう我慢は出来なかった。
(さあ……出口だ!)
腰まで伸びていた藪が途切れて、全員が森の外に飛び出す。
目の前に広がった光景は、短い芝がポツポツと生える荒野。
そして、森の入り口で、真っ直ぐに森の反対側を見ている、一人の女性。
(本当に……こいつは)
その女性を見て、目頭を押さえる。
外の世界の事を仲間達に調べて貰って、最初に知ったのが彼女の事。
それを聞いて、どれだけ衝撃を受けたか。そして、どれだけ胸が痛んだか。
再び彼女と会った時に、何と声を掛けるか。この三か月間、ずっと考え続けていた。
だけど……
「……よう」
言葉が思いつかない。
彼女の背中を実際に見て、彼女の想いに答えられる言葉が見つからない。
それでも、彼女は俺の言葉に反応して、こちらを向いてくれた。
「ああ、やっと来たか」
埃まみれの青白髪をなびかせて、赤い瞳でこちらを見る女性。
リズの姉、ウィズ=サニーホワイト。
「思って居たより早かったな」
そう言って、俺の元へと近付いて来る。
ボロボロの衣服に、腕や足に見える擦り傷。そのいで立ちが、この三か月間の彼女の生活を教えてくれた。
「ウィズ……」
俺の前で立ち止まったウィズに対して、ゆっくり手を伸ばす。
しかし、彼女に触れられずに、腕を下ろした。
「何だ? 触れてくれないのか?」
その言葉に対して、苦笑いを返す。
「三か月も森でくすぶってた俺に、ウィズに触れる資格は無いよ」
首を傾げるウィズ。
そして、下ろした俺の手を静かに掴む。
「温かいな」
微笑む。
「お前の生を感じる。それだけで、私は報われた気がするよ」
静かに瞳を閉じるウィズ。
まるで、何かを噛み締めるかのように。
俺は……馬鹿だ。
彼女に掛ける言葉など、最初から考える必要も無かった。
ただ会いに来れば、それで良かったのだ。
「髪、切ったのか?」
彼女の綺麗な青白髪。
腰まで伸びて居たはずのそれが、左半分だけ肩の所で切れている。
「ああ、これか?」
ウィズが左手で自分の髪に触れる。
「最近この辺りに素早い悪魔が現れてな。切られてしまった」
その言葉に、俺の心が反応する。
「……変か?」
「いや、悪くない」
それを聞いて、少しだけ恥ずかしそうな表情を見せるウィズ。
それに対して、静かに燃える俺の心。
悪くは無い。
だが、それは彼女の意思で切られたものでは無い。
「それにしても……」
ウィズに声を掛けられて、我を取り戻す。
「お前の髪も真っ白だな」
それを言われて思い出す。
そう。
真っ黒だった俺の髪は、三か月掛けて真っ白に変わってしまった。
「変か?」
「いや、悪くない」
俺のマネをして笑うウィズ。
それを見て、一緒に笑う。
俺の髪が白髪に変わった三か月。
その三か月間、彼女はこの場所に留まり、精霊の森を守り続けた。
彼女が居なくても、悪魔が入って来られない……この森を。
(全く……)
彼女の行いを聞いて、無駄と称する者も居るのかも知れない。
だけど、そうじゃない。
そうじゃないんだ。
「ミツクニ。痛いぞ」
彼女に呼ばれてハッとする。
いつの間にか、彼女の手を強く握り締めて居たようだ。
「悪い」
そう言って、静かに手を放す。
握っていた手を擦るウィズ。
照れている彼女の表情を見て、顔が熱くなる。
「その……何だ。色々あったけど、こうやってまたウィズに会えて……」
恥ずかしさを隠す為に、ありきたりの言葉を吐いていた、その時。
急に森が騒がしくなり、風が強くなる。
(……何だ?)
俺達の前方に、風が集まっていく。
そして、その中から現れる異形の姿。
それは、この世界で『悪魔』と呼ばれて居る者。
(かまいたち……)
黒い肌に赤く尖った髪。刃と化している尻尾。
それは、異世界の妖怪であるその名が、しっくりくる悪魔だった。
「あいつだ」
ウィズが口を開く。
「私はあいつに、髪を切られた」
それを聞いた瞬間、俺の心が弾けた。
「……そうか」
言葉を発する。
そして、歩き出す。
「ミツクニ君!?」
後ろから聞こえるヤマトの声。
聞こえている。
だけど、聞こえない。
「駄目だよ! 悪魔は今まで戦って来た相手と違って……!」
「ヤマト」
ヤマトの言葉をウィズが遮る。
「お前は三か月もミツクニと居たのに、何も分かって居ないのだな」
ああ、そうだな。
「うわべだけでなく、本当の親友と言うのなら、黙って見て居ろ」
その通り。
お前が俺の親友ならば。
今の俺の心は、分かって居るはずだ。
「ミツクニ君……」
心配そうな声を上げるヤマト。それを無視して、真っ直ぐにかまいたちを見据える。
(こいつ……笑って居るのか?)
黙ってこちらを見て居るかまいたち。
だけど、森の生活で感覚を鍛えた俺には、あいつの心情が分かる。
(なるほど。楽しんで居るのか)
己の自慢の刃で、相手を翻弄して弄ぶ。それこそが、あいつの喜び。
それだけの為に、今まで様々な人間を切り刻んで来たようだ。
(うん、良かった)
小さく頷く。
悪魔が『そういう輩』で本当に良かった。
これならば、今までと違って、遠慮をする必要が無い。
「ギィィィィィィ!」
短い叫び声を上げて、楽しそうに突進して来るかまいたち。
「ミツクニ君!」
叫ぶヤマト。
かまいたちの刃が振り上げられて、俺の頭へと振り下ろされる。
その刹那。
俺の見ている風景が、白と黒に変わる。
(……こいつは、森に居た猛獣達とは違う)
生きる為では無く、ただ自分が楽しむ為だけに、人の命を奪う輩。
そんな奴に、気を使う理由は無い。
ましてや、こいつはウィズの髪を切った。
あの、綺麗な青白髪を。
自分が楽しむ為だけに。
(……)
動かない時の中で、かまいたちの脇腹にゆっくりと触れる。
両手のシールドから漏れ出す光。
それが臨界点に達して、光が弾ける。
そして、動き出す時間。
「ギィアアァァァァ!!!!」
木霊する悲鳴。
弾けた光はかまいたちの脇腹を抉り、その巨体を吹き飛ばした。
悪魔が地に落ちて、再び静寂が戻る。
先程まで元気だった悪魔は、もうピクリとも動かない。
「ミツクニ……君?」
震える声で名を呼ぶヤマト。
俺は振り返る事もなく、その場でふうと息を付き、瞳を閉じる。
ヤマトは知らなくて当然だ。
精霊の森で過ごした三か月間。俺はお前に心配をかけないように、隠れて修業をして居たのだから。
(ああ……疲れた)
マクスウェルと契約したおかげで使えるようになった、時間の停止。
そのリスクは、止めた時間と同じ時間、動けなくなる事。
「ミツクニ」
俺に近付いて来るウィズ。
やばい。俺今反動で動けない。
何かされても抵抗出来ない。
「大丈夫だ。そんな卑怯な事はしない」
おっと、心を読まれたぞ?
流石はリズの姉だな。
「そんな事をしなくても、ミツクニは既に私の夫だからな」
……いやいや。
それを了承した覚えは無いんだが。
「それで、どこから助けに行くんだ?」
おい待て。
俺の心を読んで、勝手に話を進めるな。
まずは誤解をしっかりと解いてだな……
「なるほど、魔物領からか」
そうだけど!
確かにそう思ってたけど!
「それじゃあ、行くか」
俺を置いて歩き出す仲間達。
お約束の放置プレイと言う奴だった。
(全く……)
皆の背中を見ながら、小さくため息を吐く。
だけど、戻って来た。
俺はやっと、自分が自分で居られる場所へと、戻って来る事が出来たんだ。
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