第105話 再始動

 自分の部屋を片付けて、必要な物を便利袋に入れて、靴を冒険用に履き変える。

 全ての準備が整った俺は、一度ゆっくりと息を吐き、部屋の外へと歩き出す。


 この部屋に住み着いて、丁度三ヶ月。


 過去の出来事を全て忘れて、ここで平和に過ごせれば良いのにと、何度も考えた。

 だけど、俺の心の底にある本音が、それを許さなかった。


 己の想いを殺し続けた三ヶ月間。

 それも、今日で終わりだ。


 大樹の家から外に出ると、仲間達がこちらを見て並んで居る。

 そのいで立ちは、全員がフル装備。

 久々の真面目モードに思わず笑うと、それにつられて皆も笑う。

 楽しい。

 これから沢山の困難が待って居ると言うのに、心の底から楽しい。


「何か言いたい事がある人は?」


 俺の質問に対して、誰もが首を横に振る。

 全員が同じ気持ち。

 そんなのは、質問しなくても分かって居た。


「それじゃあ、行くか!」


 俺の号令に、皆が拳を振り上げた。



 綺麗に草が刈り取られた小道を、皆で楽しく話しながら歩く。

 周りには沢山の精霊達。俺達が森を出て行くと知って、見送りに来てくれたようだ。


「皆、世話になったな」


 そう言って手を振ると、精霊達が楽しそうに周りを飛び回る。

 最初に見た時は同じ塊の集団だったのに、今は個々が別の存在に見える。

 きっと、ここに住み続けた事によって、それに気付けたのだろう。


「そのうちまた来るからさ。楽しみに待って居てくれよ」


 その言葉に反応して、精霊達が黄色に光る。

 黄色い色は、喜びや楽しみの色。

 例外もあるようだが、今回は全員そういう感情のようだった。


(楽しかったなあ……)


 精霊達とのやり取りを思い出して、小さく笑う。

 まあ、主にボコボコにされた思い出ばかりなのだが、それでも楽しかった。


「じゃあな。また会おうぜ」


 森の奥へと帰って行く精霊達。

 しかし、一匹だけは帰らずに、俺の肩へと舞い降りた。


「お前は帰らないのか?」


 肩の上で赤く光るマクスウェル。


「冗談だよ。一緒に行こう」


 それを聞いて、マクスウェルの光が黄色く変わる。俺はふっと笑った後、マクスウェルを肩に乗せたまま歩き出した。



 刈り取られた草が少しずつ伸び始めて、膝の所まで来る。

 それは、もう少しで精霊の森を抜けるという証。この森は外敵から身を守る為に、外に行けば行くほど緑が生い茂っていた。


(さてと……)


 軽く首を鳴らして準備運動をする。

 ここから先は、世界を滅ぼすと言われている悪魔が存在する、過酷な世界。


(まあ……大丈夫だろ)


 そう思い、空を見上げる。

 それぞれに飛び立ち、森の周囲を確認しているミントとメリエル。彼女達が居れば、早々に不意打ちを食らう事も無いだろう。


「ミツクニ、緊張しているのかい?」


 木の上から声を掛けて来たのは、賢猫リンクス。

 俺は小さく息を吐いた後、リンクスを見ずに口を開いた。


「緊張はするさ。外は久しぶりだからな」

「そうかい。しかし、気後れはして居ないようだねえ」


 それを聞いて、鼻で笑う。

 気後れなどするはずも無い。

 何故ならば、俺はこの時の為に、ずっと我慢をして来たのだから……


「ミツクニ君?」


 そんな事を思っていた矢先、正面から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 少しの沈黙の後、茂みの先から現れたのは、勇者ヤマト=タケルだった。


「やっぱり、ミツクニ君だ」


 そう言って、無邪気に笑う。

 否。

 笑っては居ない。


「どこに行くの?」


 コクリと首を傾げるヤマト。


「ねえ、何処に行こうとしているの?」


 その顔に滲み出る怒り。

 そして、少しの悲しみ。

 ヤマトの心情がダイレクトに伝わって来て、心が締め付けられる。


「教えてよ。一体どこに……」

「外だよ」


 それを聞いて、固まるヤマト。

 一瞬の静寂。

 やがて、再び微笑み、こちらに向かって歩き出す。


「駄目だよ? 外は危険なんだから」


 一歩。


「ミツクニ君は親友なんだから、外に行く必要なんて無いんだ」


 二歩。


「今ならまだ間に合うよ。一緒に帰ろ?」


 三歩。


「ほら、僕と一緒に……」

「帰らねえよ」


 四歩目は……歩かせない。

 ヤマトと俺の距離は、三メートルほど。


「……何で?」


 ヤマトが首を傾げる。


「何で……」


 ヤマトが唇を噛む。


「何で……!」


 ポロポロと涙を流す。

 泣き虫の勇者。

 俺は真っ直ぐにヤマトを見ながら、静かに口を開く。


「俺は……知ってるよ」


 そして、話し出す。


「俺が精霊の森に住んですぐに、リズが人間領の女王になった事」


 キズナ遺跡で王に殺されそうになった時、俺を逃がしてくれたリズ。

 その後、俺をだしに脅迫されて、人間領の女王となった。


「俺が森に住んで一カ月後、魔法学園が悪魔に落とされた事」


 各々の場所で、悪魔と戦い続けて居た人間達。

 三大拠点の一つであった魔法学園は、戦いに敗れて陥落した。


「その後、悪魔との戦いが激化して、今は人類側が不利になって居る事」


 戦力的には、まだ人類側が勝って居る。

 しかし、魔法学園が落ちた事により、各領の連携が悪くなり、苦戦を強いられて居る。


 俺は……全部知ってるんだ。


「どうして、それを……」


 目を丸めて居るヤマト。

 知らなくて当然だ。

 ヤマトにバレないように、仲間達に頼んで情報を集めて居たのだから。


「それとな……」


 お前は上手く隠して居たつもりのようだけど。


「お前が部屋に脱ぎ散らかしていた服。あれ、戦いでボロボロになった戦闘服を、隠す為だろ?」


 分かるんだよ。

 例え外の世界に行かなくても、外から帰って来るお前の事を見て居れば。

 だって俺は、お前の親友なのだから。


「……」


 言葉を失い俯くヤマト。

 俺はヤマトに近付き、優しく肩を叩く。


「ヤマトは俺を助ける為に、ずっと頑張って居てくれた」


 視線を地面に落とす。


「だけどな……痛いんだ」


 強く瞳を閉じる。


「外の話を聞く度に! 笑顔で帰って来るお前の顔を見る度に! ここが!」


 左手で胸を抑える。


「ここが……! 痛いんだよ……!!」


 平和に生きる。

 仲間達や勇者に守られて。

 それ以外の全てを……無視して。


(そんな事! 出来る訳無いだろう!!)


 心で叫んだ後、唇を噛み締めて空を見上げる。

 澄みきった空気。優しい光が差し込む空。

 今日もこの森だけは……平和だ。


「……俺は弱い。それは認めるよ」


 刃物で深く切られたら死ぬ。鈍器で強く殴られたら死ぬ。

 この世界の人間が生きられる攻撃で、俺は死ぬ。


「それでも、俺はここには居られない」


 皆に望まれた命。

 勇者に守られた命。

 大事じゃないとは言わない。

 それでも、それを賭けてでも、やらなければいけない事がある。


「ヤマト」


 視線をヤマトに戻す。

 相変らず俯いているヤマト。


「一緒に行こう」


 声を掛ける。

 心に秘めていた想いを、全て乗せて。


「俺達とお前で。皆を助けに」


 各地に散らばって居る仲間達。

 俺達ならば、きっと助けられる。


 勇者。

 魔王。

 天使。

 賢猫。

 機械。

 精霊。

 そして、勇者の親友。


 これだけ揃って居て、出来ない事などある訳が無いだろう!


「行くぞ!」


 叫ぶ。

 勇者としてでは無く、ヤマトと言う一人の人間に向かって。


「……」


 想いは届く。

 何故ならば。


「……うん」


 俺とヤマトは、親友なのだから。


「行こう」


 瞳を拭い、顔を上げるヤマト。

 その顔は久しぶりに見る、彼女の本当の笑顔。


「今度は一緒に……!」


 出会って離れてを繰り返した俺達。

 だけど、それはもう終わりだ。


「ミツクニ君と一緒に! 世界を救いに!」


 ……世界?

 ああ、そうか。ヤマトは勇者だもんね。

 でも、俺が一番助けたいのは、各地に散っている仲間達で、世界とか二の次ですから。

 

 でもまあ、勇者が世界を救いたいと言うのなら、親友としてそれも頑張るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る