第104話 親友役は誰とでも話せます

 午後の暖かな陽気。

 木漏れ日が差し込む場所に洗濯竿を設置して、背負っていた洗濯籠を下ろす。


「ふう……」


 額から零れた汗をぬぐって空を見上げる。

 日差しがとても眩しい。

 森の中で過ごす俺にとって、日差しは外界の生命を強く感じる自然の一つだった。


「今日も良い天気だなあ」


 洗濯籠に入っている真っ白なシーツ。それを一枚二枚と洗濯竿に掛けて、全部描け終わった所で腰に手を当てる。

 シーツが光に照らされながら揺れる光景は、とても綺麗で俺に元気をくれた。


(しかし……)


 ふうと息を付き、自分の手を眺める。


「俺も家事に慣れちまったもんだなあ」


 そんな事を言って、静かに笑う。

 食事、洗濯、掃除。

 精霊の森に住むようになってからは、家事の全てを俺がやって居た。


(魔法学園で色々習っておいて良かったな)


 勇者ハーレムの一角。家事担当のサラ=シルバーライト。

 異世界に来て、自分の事は自分でしなくてはならなくなった俺に、生活の基本を教えてくれた。

 今は会えなくなってしまったが、元気にしているだろうか。


(……考えても仕方が無い)


 そう思い、小さく首を横に振った。


 風に揺れる洗濯物を眺めながら、近くにあった切り株に座る。

 勇者や仲間達が戻って来たら、また忙しい時間が始まる。それまで、少し休憩するのも良いだろう。


「……ん?」


 そんな事を思っていると、俺の前に一匹の精霊が現れる。


「何だ。お前か」


 白い光を放つ精霊は、干したシーツの合間を楽しそうに飛んだ後、足元にあった洗濯籠にふわりと舞い降りた。


「お前も暇な奴だなあ」


 その言葉に反応して、白い光が赤に変わる。


「おいおい、そんなに怒るなよ」


 赤い光が2、3度大小に光り、元の白色に戻る。


「ああ、うん、悪かったって」


 その後も光は青や緑などに変わり、その度に俺は言葉を返す。言葉こそ発して居ないが、こいつの言っている事は何故か伝わって来た。


「お前、そんな事ばっかり言ってると……」


 精霊との会話が続き、冗談話で盛り上がり始めた、その時だった。


「ミツクニ君?」


 シーツの奥から声が聞こえて、ビクリと肩を震わせる。

 その先から現れたのは、ヤマトだった。


「ヤ、ヤマト!?」

「びっくりしたあ! 急にミツクニ君の声だけが聞こえて来るんだもん!」


 突然の襲来で呆気に取られてしまったが、すぐに冷静さを取り戻し、小声で精霊に話し掛ける。


「ヤマトにあの事は内緒だからな」


 オレンジ色に変わる光の玉。

 どうやら、分かってくれたようだ。


「さっきから何一人で話してるの?」

「え? ああ、一人じゃねえよ。こいつと話してたんだ」


 俺が光を指差すと、光が宙を舞う。


「……精霊?」

「ああ。そうだ」


 精霊はヤマトの周りを飛んだ後、俺の差し出した左手に舞い降りた。


「名前はマクスウェルだってさ。まあ、長いから俺はウェルって呼んでるけど」


 俺の言葉に目を見開き、口をパクパクさせているヤマト。その態度に疑問を持ち、首を傾げて見せる。


「どうした?」

「ミツクニ君……」


 ヤマトが息を飲み、言葉を溢す。


「精霊と話せるの?」

「……は?」


 その言葉に、今度は俺が首を傾げる。


「ヤマトは話せないのか?」

「……うん」

「嘘だろ?」

「話せないよ」

「精霊魔法とか使ってるじゃねえか」

「あれは契約した言葉を使って、そういう動きをして貰ってるだけだよ」


 それを聞いて、反対側に首を傾げる。


「……マジで?」

「マジで」


 そして、少しの間時が止まる。

 時間の停止が解けた瞬間、俺の背中から冷や汗が噴き出した。


(やっべぇぇぇぇぇぇ!)


 自分の失態に思わず苦笑いが出る。


(勇者が話せないのに俺が話せるとか! 普通は考えられないだろ!)


 起きてしまった出来事に心で文句を言うが、もう後戻りは出来ない。

 ここは、何とか誤魔化すしかない。


「ああ! そう! これだ!」


 胸元からアクセサリーを取り出す。

 それは、精霊王から貰ったペンダント。


「この精霊王のペンダントのおかげで、こいつらの言葉が何となく分かるんだよ!」

「それなら、僕も持ってるけど」


 そう言って、胸元をまさぐるヤマト。

 むむ、何か少しエッチだぞ?


「ほら」


 取り出されたのは、木で作られたひし形のペンダント。

 形こそ丸とひし形だが、埋め込まれている宝石は全く同じものだった。


「ポラリスから貰ったんだ。これで、精霊との契約が楽になるって」


 ……

 そう言えば勇者ハーレムには、精霊王の孫が居ましたね。


「いやいや! 俺のは精霊王直伝だから!」


 ヤマトが貰ったのは孫の奴! 俺が貰ったのは王の奴! 良く分からないけど、そう言う事にしておけ!


「いやー! やっぱり精霊王は凄いアイテムを持ってるなあ!」


 苦しい! 正直苦しい!

 突っ込まれたら言い訳出来ねえ!


「なるほど……うん、そうだね」


 苦しい言い訳にも関わらず、ヤマトが納得した表情を見せる。

 流石は勇者! 素直って素敵だね!


「それにしても、マクスウェルかあ」


 ヤマトがウェルに手を伸ばす。

 しかし、ウェルはヤマトの手をすり抜けて、再び俺の肩に舞い降りた。


「何だ? 何か知ってるのか?」

「いや、知ってるって訳じゃ無いけど」


 ヤマトがふふっと笑う。


「精霊の伝承で、マクスウェルっていう精霊の話があるんだ」

「へえ、そうなのかあ?」


 空返事を返す俺。


「マクスウェル。数多く居る精霊の中でも、特に異質の存在」

「……は?」

「それと契約せし者は、時を歪ませる事すらも可能となるであろう」

「何ですと?」

「まあ、大昔に絶滅したって話だけどね」


 その言葉を聞いて、再び冷や汗が噴き出した。


「同じ名前だけど、流石にそのマクスウェルじゃないよね!」

「そ、そうだな。はは……」


 成程、そう言う事か。

 だから『あんな事』が出来るようになったのか。


(いやー……笑えないぞ?)


 契約て。俺とウェルはそんな重苦しい事はしてないんだが?


(全く……)


 大きく息を付き、顔を引きつらせる。

 魔王、天使、遂には時を操る精霊と来た。

 本当に俺の『周り』は、チートキャラクターばかりだなあ。


(そして、肝心の俺は貧弱のまま……と)


 この貧弱こそが、全ての元凶。

 これのせいで、俺はこの森から出られなくなり、皆にも沢山迷惑をかけた。

 しかし、いつまでもこの思いを引きずる訳にもいかない。


(今はとにかく、やれる事をやるだけだ)


 そう思い、腿を叩いて元気に立ち上がった。


「洗濯も終わったし! 皆の所に帰るか!」


 俺の言葉に笑顔で頷くヤマト。

 洗濯籠を左わきに抱えると、ヤマトが小走りで近付き、俺の右ひじに手を回す。


「おい、くっ付くなよ」

「やだ」

「頼むって。またミントにぶっ飛ばされちまうだろ?」

「大丈夫だよ。僕が治療してあげるから」


 勇者と仲良くして居ると、ミントの機嫌が悪くなり、ぶっ飛ばされる。

 そう。魔王である、あのミントさんにだ。

 そりゃあ治療が必要にもなるわな!


(マジで勘弁してくれ……)


 女子と腕を組む喜びと、その後に訪れる痛みの間で揺らぐ。

 俺は魔力が無いからすぐに回復するけど、痛いのが好きって訳では無いからね?


(やれやれ……)


 離れないヤマトを見て覚悟を決める。

 良いだろう。

 勇者がそうしたいのならば、親友役である俺は、それを受け入れようじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る