第138話 魔女とキモオタは仲良し

 兵士の警告で謁見の間がパニックとなり、一同が空を見る為にテラスへと駆け出す。

 皆がテラスに出てから、ゆっくりとそれに合流すると、一同は空を見て呆然として居た。


(これは……)


 先程まで晴れて居たはずの空。

 青かった空間は黒に染め上げられて、物々しい雰囲気を醸し出している。


「軽く見て、千体と言った所かのう」


 最後に来た王が、皆の後ろから口を開く。


「大丈夫なのか?」


 俺が尋ねると、王が鼻で笑った。


「空にはワシ特製の魔法壁を張っておる。悪魔風情がいくら攻撃しようと、破れるもんじゃないわい」


 異世界召喚された人間は、各々がチートの能力を持って居る。

 王の場合は圧倒的な魔力。

 そんな彼の力で守られて居るのであれば、悪魔も簡単には帝都に入って来られないだろう。


「しかし、このままではちといかんのう」


 王の言葉に首を傾げて見せる。


「攻撃を受け続けると、魔法壁を破られるのか?」

「それは無い。じゃが、あの距離じゃとこちらからの攻撃が出来ん」


 その言葉に、更に疑問が浮かんで来る。


「リズやヨシノさんに頼んで、下から魔法攻撃をすれば良いじゃないか」

「それはそうなんじゃが……」


 王が言葉を濁す。

 すると、横に居たヨシノが口を開いた。


「この世界の魔法は、地面から離れるほど、力が弱くなるのです」


 初めて知った事実に、一瞬言葉を失う。


「……どうして、弱くなるんですか?」


 質問すると、今度はリズが口を開いた。


「魔法と言うのは、この星の力を借りて使うの。だから、地面から離れるほどその恩恵が減って、魔法の効果も薄れる」


 つまり、あの距離の敵に攻撃するには、威力が足りないと言う事か。

 良く考えてみると、今までに見てきた魔法も、地面から発生する魔法が多かったな。

 だけど、メリエルやリンクスは、空中にも強い魔法を展開して居たような気がするのだが。


(……まあ、天使と賢猫だからな)


 彼女達が所かまわず魔法を使えるのは、彼女達がチートキャラだからだろう。

 そうなると、あそこに居る悪魔達を倒すには、接近する必要がある訳で。


「空を飛ぶ魔法を使える人間は、ここには居ないのか?」


 静まり返るテラス内。

 地面から離れるほど魔法が弱くなるのなら、空を飛ぶ魔法自体が無いと考える方が自然だろう。


「でもまあ、悪魔もこちらには入って来られないみたいだし……」


 楽観的な事を口にしたその時。

 謁見の間に再び兵士が飛び込んで来る。


「大変です!」


 物々しい雰囲気の兵士。それを見て吉報と思った者は、誰も居ないだろう。


「街の入り口から大量の魔物が!」


 再びざわつく謁見の間。


「現在街に居る兵士達で対応しておりますが! 先頭に居る黒いフードの女が止まらず! 今こちらに向かって……!?」


 言葉の途中で目を見開く兵士。俺はすぐに異変に気付き、素早く振り返る。

 いつの間にかテラスの縁に立って居る人影。

 黒いフードの女子。


「はあああああ!」


 掛け声と共に紅色の双剣を手に取り、リズに向かって飛び込んで来る。

 複数の人間から放たれる魔法防壁。

 しかし、女は止まらない。


「女王!」


 声を上げる群衆。リズも対応が遅れてしまい、双剣の刃がリズに迫る。


(……!)


 紅の刃が彼女に届こうとした、その刹那。

 俺がリズの前に飛び込み、シールドでその刃を弾き飛ばした。


「くっ!」


 身を翻して、テラスの縁に飛び降りる。

 少しの間沈黙が続いたが、風でフードがめくれ上がり、女子の顔が露出される。


「いきなり女王狙いかよ」


 騒然とする周りの人間を差し置いて、俺は彼女に話し掛けた。


「でも、惜しかったな。俺が居なければ、一撃決められたかも知れない」

「いえ。他の方も構えていらしたので、どちらにしろ失敗です」


 残念そうに微笑みを見せる女。

 日本から召喚された異世界人、姫神雫。


「女王の暗殺は失敗した。これ以上ここに居るのは危険じゃないか?」

「そうですね。ですので、私は街に降りて、悪魔のサポートに回りたいと思います」


 小さくお辞儀をする雫。顔を上げると同時に、空に向けて双剣の片方を投げる。

 その双肩剣が魔法壁に当たった瞬間、バリアが弾けて、空の悪魔達が一気に街へと降り立った。


「むむ……!」


 再びバリアを張り直す王。

 しかし、既に半分以上の悪魔が街の中に入ってしまい、街は混乱の渦に飲み込まれた。


「ミツクニ! 何じゃあの娘は!」


 驚きと怒りの表情を向けて来る王。それに対して、俺はいつものトーンで答える。


「悪魔側の味方として召喚された、日本人だよ」

「何じゃと……!?」


 王が言葉を失う。


「それで、ミツクニと仲が良かったようだけれど、一体どういう関係かしら?」


 そんな中で、リズは細い目を更に鋭くして、俺の事を睨み付けて来た。


「キズナ遺跡で戦闘した時に少し話してな。その時に、仲良くなったんだ」

「つまり、敵と仲良くなったという事?」

「敵……か」


 悪魔は人類を滅ぼす厄災で、雫はその悪魔の手助けして居る。それだけを考えると、人類にとっては敵と言って良いだろう。

 しかし、事態はそう簡単に片付かない。


「敵と言えば敵なんだけど、こっちにも色々と事情があるんだよ」

「そう。でも、現状を見る限りでは、その事情も無意味ね」


 リズが街を見下ろす。

 燃え盛る家屋。

 逃げ纏う街人達。

 必死に悪魔と戦う兵士達。

 それは正に、悪魔が絶対的な人間の敵だと言う証明のような光景だった。


「悪魔を迎え撃ちます」


 そう言い放ち、リズが皆を見る。


「ジジイはそのまま空の結界の維持を。壊されたら何度でも張り直しなさい」

「やれやれ、仕方ないのう」

「ヨシノは兵士達を引き連れて、街人達の救出を」

「かしこまりました」

「シオリと私は先程の女を追います」


 その言葉に、周りの人間がどよめく。


「女王自ら行くのか!?」

「危険すぎる!」


 当然の反応。

 しかし、リズはものともして居ない。

 元々周りの声など気にしない性格だからなあ。誰が止めようと、決めたら絶対に行くだろうさ。


「リズ。行く前に俺から忠告がある」


 動き出そうとしたリズに声を掛ける。


「敵に味方するキモオタから受ける忠告は無いわ」

「そう言わずに聞いて行けよ」


 睨み付けて来るリズ。


「彼女には魔法攻撃が効かないんだ」

「そんな事、さっきのやり取りを見たら、一目瞭然よ」

「剣の腕もヤマトと同等かそれ以上だ。だから、リズとシオリだけじゃ危険すぎる」


 そうそう。とても危険なんですよ。

 ですから、ここは俺がお供をして……


「では、私が着いて行こう」


 後ろから渋い男の声が鳴り響く。

 そこに居たのは、黒い袴を着た強面の男。


(ヤ、ヤクザさん……!?)


 いや、違う。

 この人はシオリの親父さんだ。

 彼は勇者ヤマトに剣を教えた師匠なので、魔法が効かない相手には心強いですね。


「良いわ。付いて来なさい」


 リズの声に頷き、三人がテラスから飛び降りる。

 ヨシノや兵士達も入り口から出て行き、俺は取り残されてしまった。


(……俺の事は無視ですかい)


 頼られなかった事にしょんぼりする。それを見て居た王が、ケラケラと笑って見せた。


「敵と慣れ合ったんじゃ。リズの性格ならば、こうなるのは当然じゃろうて」

「まあ、そうだけど……」


 小さくため息を吐く。

 リズにとっては敵だけど、俺にとっては敵じゃないんだよなあ。

 むしろ、どちらが倒れても困る訳で。


「それよりも、お主もとっとと働かんか」

「働かんかって……俺は何も指図されなかったんですけど」

「指図されずとも動くのが、お主じゃろうが」


 それを言われて、苦笑いを見せる。

 流石は俺のクローン元。俺の事を良く分かっていらっしゃる。


「それじゃあ、俺は空の敵でも倒しますか」


 今俺が街に降りると、また大量殺人犯として見られてしまうだろう。それならば、ここで上に居る悪魔を減らすのが、一番現実的だ。


(やれやれ……)


 リズに頼られなかった事を残念に思いながら、ポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは、世界崩壊の予言が書かれた手帳。


『光の都に魔女降り立ち、黒き者達を引き連れて、光を押し潰す』


 それを見て改めて思う。

 この予言は、間違いなく人間が作った予言だと。

 そうで無ければ、雫の事を『魔女』などと書くはずも無い。


 何故ならば、雫も人類を救う為に戦っているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る