第4話 家庭的ヒロインは影が薄い
「大変だあああああ!」
廊下から聞こえた突然の大声に、クラス内がざわつく。俺はリズの居ぬ間にシオリと楽しく会話をしていたので、少し腹が立った。
無視して話を続けようとしたのが、優等生のシオリが気にし始めたので、仕方なく先程の叫び声に話題を変える。
「何かあったみたいだな」
「そうだね。どうしたんだろう」
「気になる?」
「うん、少しだけ」
「それじゃあ、俺が話を聞いて来るよ」
シオリが嬉しそうに微笑んだので、小さく頷いて席を立つ。
廊下に出て辺りを見回すと、近くに居た男達が神妙な面持ちで会話をしていた。
「どうかしたのか?」
「D組のサラさんが、フテネ病にかかったらしいんだ……」
「フテネ病?」
「ああ。恐ろしい病気だ。さっき保健室に運ばれたらしい」
村人A、Bのような説明ありがとう。
しかし、サラと言えば、どこかで聞いた事のある名前だな。
「サラ=シルバーライト。勇者ハーレムの一角よ」
そうそう。生徒手帳に書いてあるハーレムリストの中に、そんな名前があったな。
「不味いわね。このままでは、勇者ハーレムが作れなくなるわ」
振り向いた先に居たのは、鉄球でお手玉をしているリズ。
殴るの? ねえ、それで俺を殴るの?
「ぼうっとしていないで、さっさと行くわよ」
「行くって何処へ?」
「保健室に決まっているでしょう?」
「その前に、俺はシオリに事情を……」
「もう話したわ」
「いやいや、こういう時は、話を聞きに行くと言った俺が……」
「殺すわよ?」
「すみません。すぐに行きます」
クルリと振り向き、速足で歩き出すリズ。俺は頭を掻いた後、黙ってその後ろ姿を追いかけた。
保健室に辿り着き、静かに扉を開ける。
仄かに消毒液の香りが漂う清潔な室内。
その先にあるベッドの前に、見覚えのある男が立っていた。
「ミツクニ君……」
不安そうな表情でこちらを見るヤマト。
流石は勇者。既にこの事件に関わっているとは。
「ヤマト、一体何があったんだ?」
「僕が廊下を歩いていたら、彼女が目の前で倒れたんだ……」
ヤマトの横まで移動して、眠っているサラとやらを眺める。
緑色のショートカット。ほんのりと赤い頬。整った容姿。
何となく分かって居た事ですが、やっぱり勇者ハーレムの子は可愛いですね。
「彼女の病気、フテネ病って言うらしいな。大丈夫なのか?」
「……このままだと、不味いみたいなんだ」
そう言った後、ヤマトが唇を噛み締める。目の前でサラが倒れたので、責任を感じているのだろう。
だからこそ、彼は次にこう言うのだ。
「僕が……何とかする」
うむ。それでこそ勇者だ。
「解決策はあるのか?」
「シデン山の山頂付近に、フテネ病に効く薬草があるんだ」
「へえ。良く知ってるな」
「僕の地方でも、フテネ病が流行った事があったから」
異世界特有のご都合展開は、こちらにとっても好都合だ。ここは流れに任せて、ヤマトに頑張って貰う事にしよう。
「それじゃあ、僕は行ってくる……」
「待ちなさい」
行こうとしたヤマトをわざわざ止めたのは、後ろに居たリズだった。
「あの山はとても危険よ。一人で行くべきじゃないわ」
神妙な面持ちでリズが言う。
「そういう事だから、仲間を連れて行きなさい」
はい、ちょい待ち。
それはつまり、目の前に居るヒロインを攻略する為に、他のヒロインを連れて行かせると言う事ですよね?
他人のイベントを利用して、他のヒロインの好感度も上げる作戦か!
「いえ、ここは僕が一人で行きます!」
「だから、ヤマト一人では危ないと……」
「大丈夫です! 行ってきます!!」
助言を無視して走り出すヤマト。リズが慌てた表情でそれを止めようとする。
それを体で制したのは、俺自身だった。
「……ミツクニ。どきなさい」
「どかねえ」
「聞こえなかったの? 一人では本当に危険なの」
「リズがそこまで言うって事は、どうやらそうみたいだな。だけど……」
リズに近付き、紅色の瞳を真っ直ぐに見ながら言った。
「ヤマトが男を見せてんだ。それを邪魔するのは許さねえ」
そう。これは、ヤマトが初めて自分から動き出したイベントだ。ここで俺達が口を出すのは、野暮ってもんだろう。
「……仕方ないわね」
ため息を吐くリズ。それに対して、俺はニヤリと笑って見せた。
ヤマトが居なくなった事を確認した俺達は、改めてサラの寝顔を覗き込む。
やっぱり凄く可愛いなあ。治せるものなら俺が治して差し上げたい。
「なあ、リズ。フテネ病って、そんなにヤバい病気なのか?」
「そうね。このままだと彼女は……」
リズが唇を噛み締める。
「……一カ月後に起きるわ」
「死なないのかよ!」
お見舞いが一人も来ない理由はこれか!
「困ったわね。これじゃあ、ハーレムイベントが進まないじゃない」
「いや、それ以前に、ヤマトが命懸けで薬草を取りに行ったんだけど……」
リズが睨み付けて来る。
「これでヤマトが死んでしまったら、ミツクニを絶対に許さないわ」
「物騒な事を言うなよ」
「当然じゃない。だって、世界が滅んでしまうのよ?」
その言葉に対して、俺は鼻で笑ってしまった。
「……何が可笑しいのかしら?」
懐から鉄球を取り出して、俺の頬に押しつけて来るリズ。
どうやら彼女は、俺が思っていたよりヤマトの事を見ていなかったようだ。
「ヤマトはさ……本当に強いんだよ」
鉄球を頬に押しつけられたまま、真剣な表情でリズを見詰める。
「あいつ、授業では皆に遠慮して、手を抜いて居るんだ」
最近ヤマトと始めた早朝トレーニング。
魔法の扱いはまだまだだが、剣の実力は半端じゃない。剣術の素人である俺の目では、既に彼の剣筋を捕らえる事すら出来なくなって居た。
「そういう事だから、今回は仲間が居ない方が良い。居れば返って邪魔になる」
いつものように茶化さずに、真っ直ぐにリズを見詰め続ける。
彼女ならば、きっと分かってくれるはずだ。
「……仕方ないわね」
ふうとため息を吐き、俺の頬に当てていた鉄球をしまう。
……と、思ったのに、しまう前に一発殴られた!
「なんでだよ!」
「何か腹が立ったから」
「それ鉄球だからな!? 打ち所を間違ったら死ぬからな!?」
「それはそれで面白いわ」
ふっと笑った後、リズが改めて鉄球しまう。
それにしても、慣れというのは本当に恐ろしいな。ツンデレ攻略イベント以来、鉄球でのツッコミが多くなったのだが、最近は耐えられるようになってきたぞ。
もしかして、俺も知らぬ間に強くなってるのか?
「キモオタ」
「いきなりひどいな」
「お喋りはこれくらいにして、そろそろ薬を作るわよ」
その言葉を聞いて、思考が一瞬停止する。
「……ええと、それはつまり、どういう事なのでしょうか?」
「ヤマトの地元ではまだみたいだけれど、フテネ病の治療薬はもう開発されているの」
「最初から無駄足かよ!」
「そんな事は無いわ。薬草を持って来れば、直ぐに起きる特効薬を作れるし」
「成程! それなら結果オーライだぜ!」
そう言う事なので、リズと一緒に薬を作り、保健室でヤマトを待つ事にした。
薬草が生えているシデン山という場所は、魔法学園から一時間程で行ける場所にあるらしいのだが、山中に危険なモンスターが居て、一般人が登るには困難な山らしい。
しかし、それはあくまでも一般人が登ったらの話であり、薬草を取りに行ったヤマトは勇者である。
「ただいま……!」
往復でたったの三十分。これこそが勇者補正。
愛は時に、常識を越えるのだ。
「薬草を……持ってきたよ」
「お疲れ様。今私達の作った調合薬と合わせるから、少しだけ時間を頂戴」
ヤマトから薬草を受け取り、細かく刻んで調合薬に入れる。フラスコに入っていた緑の液体は、淡い光を放ち、紫色へと変化した。
(不味そうだな……)
意識があったら飲みたくない色の液体を見て、ゴクリと息を飲む。
「さあ、完成よ」
リズがサラの前に立ち、薬を飲ませようとする。
しかし、薬を口元でピタリと止めて、わざとらしく言った。
「駄目……飲んでくれないわ」
当たり前だ。飲ませようとして居ないのだから。
……いや、違う! まさか! ヤマトにあれをやらせる気か!
「ヤマト! 口移しよ!」
やっぱりそう来たか!
「ほら! 早く!」
冷静に考えれば口移しの必要は無い! だが、ヤマトは疲労で思考が鈍っている!
やるのか! やってしまうのか!?
「……やっぱり無理!!」
ヤマトが持って居た薬をサラの口元に当てる。すると、元々口移しの必要が無かったサラが、普通に薬を飲んでくれた。
少しの間を置くと、サラがゆっくりと目を覚ます。
「やったわね」
ヤマトに微笑みかけるリズ。それに微笑みを返すヤマト。
俺にはリズの笑顔の先にある、「ちっ」と言う感情が見えてしまったのだが、無事にサラが目覚めたので、それ以上は考えない事にした。
「あ、あの……私……」
サラはゆっくりと体を起こして、少し困った表情をこちらに向けてくる。
そんな彼女に対して、リズが畳み掛けた。
「貴女はフテネ病に掛かってしまったの。でも、ここに居るヤマトが命懸けで薬を取ってきて、貴女を助けてくれたの」
はい、ご丁寧な説明、ありがとうございます。
薬を調合した俺達の手柄は一つも無し!
「……そうですか。ありがとうございます」
深く頭を下げた後、キラキラとした目でヤマトを見つめるサラ。
やり方はどうであれ、どうやら二人の間には、無事に恋愛のフラグが発生したようだった。
放課後。いつものように屋上からヤマトを監視する。今日は玄関で待っていたサラと合流して、楽しそうに学生寮に帰って行った。
それにしても、今回はサラの手作りお菓子付きの下校か。
「あのボンクラ勇者がぁぁぁぁ! 他にも女が居る癖にぃぃぃぃぃぃ!」
「何もしなかった分際で、吠えるんじゃないわよ」
「……すみません」
今回の俺は、勇者をの事を信じて、危険な山に一人で送り出しただけ。
いやー危ない危ない。
間違ったら世界が滅んでいたよね!
「これで三人目ね」
「そうだな。順調すぎて腹が立つな」
リズがいつものように、パックジュースを投げて来る。
「今日のミツクニは、少しだけ格好良かったわ」
「……え? どこが?」
「さあ、どこかしら?」
鼻で笑って俺を見る偽許嫁。
褒められたのか、それとも皮肉なのか。表情では良く分からないな。
……きっと皮肉だろう。いつもの事だし。
とにかく、今日も勇者ハーレム計画は順調だ。
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