第30話 罠と信頼
魔法学園で行われている武術大会。
メイン会場では各学年の代表達が力を発揮して、大いに盛り上がっている。ヤマトはそのメインの大会に出て、勇者らしく順当に勝ち上がっているようだ。
それに対して、親友役である俺と言えば……
「マスター。その配置ではバレバレだ」
「すみません。すぐに直します」
華やかな大会の裏で行われている模擬戦で、戦術師匠であるベルゼに指導されながら、せっせと罠を仕掛けていた。
罠を仕掛け終わり、額の汗を袖でぬぐう。
「それにしても、地味な光景だな……」
「仕方ない。準備段階の光景とはそういうものだ」
「まあ、そうだよなあ」
そう言いながら小さく笑う。
誰も見て居ないであろう模擬戦で、勝つ為に必死に罠を仕掛けて回る俺。
全く……誰が見ても勇者じゃなくて親友役だよ。
「さてと、準備は出来たな。それじゃあ師匠に連絡して……」
「もう来てるよ」
声が聞こえて振り返ると、足元にリンクスがちょこんと座っていた。
「師匠、そっちの状況は?」
「あの金髪娘。ミツクニのやり方にカンカンだったよ」
俺は試合開始と同時に、卑怯な手を使ってミフネを倒した。それを考えれば、あのエリスが怒るのは必然だ。
「予定通りだな」
俺の言葉を聞いて、リンクスが鼻で笑う。どうやら、この状況を楽しんで居るようだ。
「それじゃあ、今度はそのエリスを、攻撃しに行きますか」
リンクスとベルゼは頷き、それぞれの場所へと移動して行った。
見晴らしの良い中央廊下に立ち、周囲を軽く警戒する。
そこには、俺以外誰も居ない。しかし、もう少しでここにエリスが来るのを、ベルゼの監視のおかげで分かっていた。
やがて、廊下の先からエリスが現れる。
「ミツクニ……見つけたわよ」
遠くから鬼の形相で俺を睨み付けて来る。
「アンタねえ。あんな卑怯な方法でミフネを倒して、恥ずかしくないの?」
「スタングレネードの事か? あれは立派な武器だぞ?」
「そこじゃなくて、その前にやった事よ!」
叫びながら、ゆっくりと近付いて来るエリス。
「仲間と話している途中で閃光攻撃って! そんなの卑怯以外の何物でも無いじゃない!」
「俺はきちんと開始の時間を待ってから、攻撃をしたんだけど」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
怒号を放ったエリスに対して、俺はわざと鼻で笑って見せた。
「俺は弱いからな! そういうやり方でしか、お前等に勝てないんだぜ!」
「自信満々に言うな!」
「黙れ! 勝てば良いんだよ勝てば!」
卑怯上等! 俺は勇者じゃないからな!
勝つ為なら何でもやってやるぜ!
「頭に来たわ! 手加減しようと思ってたけど! もうしてあげないんだから!」
「ひゃっはー! 上等だぜぇぇぇぇ!!」
わざと阿保っぽく挑発して怒りを煽る。
怒れ怒れ。
それこそ、俺達の思惑通りだ。
「おらおらぁぁ! かかってこいやぁぁぁぁ!」
「言われなくても分かってるわよ!」
我を忘れてエリスが突進してくる。
それと同時に、俺は目の前にグレネードを転がした。
「アンタ! また……!」
咄嗟に目をふさぐエリス。
しかし、そのグレネードは、ミフネに使った物とは違う物だった。
次の瞬間、破裂したグレネードから大量の煙が巻き起こる。
「なっ……!」
予想外の出来事に混乱するエリス。その隙を見計らい、俺は彼女の後ろに回り込んで、電気警棒を叩き込もうとする。
「効かないわよ!」
エリスは素早く呪文を唱えて、魔法障壁でその警棒を防御した。
やがて煙が晴れて、二人の姿が露わになる。
「ミツクニ! いい加減にしなさいよ!」
「うるさい! これが俺の戦い方だ!」
「もう良いわ! すぐに倒してあげるんだから!」
エリスが爆裂呪文を唱え始める。
流石にそれを食らったら死ぬので、俺は全力で逃げ始めた。
「こら! 逃げるな!」
「ひゃっはー! ついて来られるならついて来なぁぁぁぁ!」
詠唱を止めて追いかけて来るエリス。
廊下を駆け抜け、階段を滑り降り、教室の中に飛び込む。そんな俺を追いかけて、エリスも教室の中に飛び込んで来た。
(掛かった!)
次の瞬間、教室の入り口に仕掛けていた罠が発動して、教室内に光が拡散する。
「目が! 目がぁぁぁぁ……!」
両目を押さえてジタバタするエリス。
そんなエリスにゆっくりと近付き、優しく電気警棒を押しつけた。
「ミ、ミツクニ。アンタ、何処まで……」
「まあ、そう言うなって」
倒れそうになったエリスを優しく支えて、お姫様抱っこする。
「お前なあ。むやみに相手との距離を詰めるなよ」
「う、うるさいわね……どうしてもアンタに一撃食らわせたかったのよ」
「その気持ちは分かるけど、もし罠が閃光じゃなくて爆発だったら、死んで居たかも知れないんだぞ」
それを聞いて、エリスが目を見開く。
「エリスは強力な魔法が使えるんだから、後ろから仲間を助けてあげるのが、一番戦力になるんじゃないのか?」
「……それは、そうだけど」
「怒りに任せて相手に翻弄されるなんて、エリスらしくないって」
エリスが何かを言おうとしたが、結局言わずに黙り込む。それを確認した後、俺はエリスを教室の隅にゆっくりと降ろした。
「それじゃあ、俺はもう行くから、エリスは回復するまできちんと休めよ」
そう言って、俺は教室を出て行く。エリスは何も言わずに、その場で呆然としていた。
周りを警戒しながら中央廊下に戻ると、リンクスとベルゼがそこで待っていた。
「マスター。終わったのか?」
「ああ、エリスは無事に倒せたよ」
それを聞いたリンクスが鼻で笑う。
「全く、骨の無い奴等だねえ。ミツクニごときの作戦にまんまと嵌って」
「仕方ないだろ。この世界にはこんな戦術が無いんだから」
俺達が使っている搦め手の戦術は、攻撃魔法の撃ち合いが主流であるこの世界では、ほぼ使われていない。そんな攻撃をされてしまったら、流石の勇者ハーレムでも対応出来ないのは必然だろう。
「何にせよ、後はシオリだけだな」
「そうだな。しかし、そのシオリとやらは、中々に厄介なようだ」
それを言ったのは、偵察ドローンでシオリを監視しているベルゼ。
「我々の戦い方に気付き、自分からは動かない戦術を選んだようだ」
「そうか。流石はシオリだなあ」
勇者ハーレムの才色兼備、シオリ=ハルサキ。彼女に姑息な手は通用しそうに無い。
「結局、最後は正面対決か……」
「はっ! 真っ向勝負じゃミツクニに勝ち目は無いねえ」
「分かってるよ」
俺はゆっくりと歩き出す。
「でもまあ、親友役は親友役らしく、地味な戦い方をして勝つさ」
廊下を歩き、目的の場所へと足を運ぶ。
辿り着いた場所は、旧校舎の屋上。
扉を開けると、屋上の端でシオリが静かに佇んで居た。
「ミツクニ……」
「よう、シオリ」
軽い口調で挨拶すると、シオリが静かに微笑む。
「二人を倒して来たんだね」
「ああ。連携されると絶対に勝てないからな。分断して倒した」
「そっか。流石だね」
微笑んで居るシオリに向かって、ゆっくりと歩き出す。
「シオリ。下宿での会話、覚えてるか?」
「うん。覚えてる」
「そうか。だけど、もう一回だけここで言うよ」
シオリの五メートルほど前で立ち止まる。
「俺には、大切なものがある」
シオリに向かって真剣な表情を向ける。
「俺にとって大切なものは、俺の周りに居てくれる魔物達……」
辛そうな表情を見せるシオリ。
「……そして、俺の事を助けてくれる仲間達だ」
それを聞いたシオリが目を見開く。
「俺は他の人間と比べて、体の耐久力が低い。だからこそ、簡単に怪我をして、その度に仲間に心配を掛けてしまう……それでも俺は、自分の力で大切な人達を助けたいんだ」
あの時は、怒りに我を忘れて言えなかった。
だけど、今ならば言える。
「そして、他の何よりも、俺はそんな自分の弱さを、大切な人を守れない言い訳にはしたくない」
この世界に来てから、ずっと思っていた。
俺はこの異世界で、全ての存在に劣る。
しかし、それに甘んじて何もしないなんて、絶対にごめんだ。
「だからこそ、今日はシオリに勝って、それを証明してみせる」
ゆっくりとポケットに手を入れる。
「大切な人を守る為なら……俺は何でもする!」
そして、ポケットの中でボタンを押した。
次の瞬間、シオリの周りが爆発して、地面が崩れ落ちる。
一瞬混乱したシオリだったが、すぐに体勢を立て直して下の階に着地する。それに合わせて、俺はスモークグレネードをシオリに向けて投げた。
「師匠!」
俺の声に合わせて、下で待って居たリンクスが風魔法を放つ。シオリはそれを魔法障壁で防いだが、同時にスモークグレネードが爆発して、辺りが煙に包まれた。
「まだだ!」
煙に紛れてグレネードを投げまくる。
今度は手加減抜きの火薬入りだ。
「おおおおおおお!」
二回。三回……煙の中で何度も爆発するグレネード。
しかし、俺は分かっている。
シオリはそれくらいで、ダメージを受けたりはしない。
「ミツクニ! もうやめて!」
「うるさい! 俺は勝つ! 絶対に勝つんだ!」
張り裂けるほどに声を上げる。
その声に反応して、シオリが両手から光の鞭を伸ばす。
その鞭は投げ入れたグレネードを弾き飛ばして、リンクスと屋上の俺を拘束した。
「ミツクニ……」
やがて、ゆっくりと煙が晴れて行く。
そして、完全に煙が晴れた時、既に勝敗は決していた。
「……シオリ。ごめんな」
シオリの耳に響く、俺の声。
だけど、その声は屋上からでは無かった。
「俺は弱くても戦える事を、証明したかったんだ」
シオリの背中に当てられる電気警棒。
それを操っていたのは、俺自身。
「ミツクニ……どうして」
「あの声はあらかじめ録音して、ベルゼに上から流して貰っていたんだよ」
シオリの背中から電気警棒を離す。
「余談だけどさ。俺の身体強度では、屋上からここに飛び降りる事すら出来ないんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、わざわざ階段を下りて、こそこそシオリの後ろまで来た」
「何それ。格好悪い」
「だよな。俺もそう思うよ」
俺が笑うと、シオリも笑い始める。
やがて、そこに居る全員が笑い始めた。
戦いが終わり、中央廊下に集合する。
そこにはもう、最初の緊張感は無かった。
「いやー。こんな戦い方は誰にも見せられないな」
「大丈夫よ。こんな端っこで行われている模擬戦なんて、誰も見て居ないから」
「それはそうだな」
俺が笑うと、皆も合わせて笑った。
戦いの考察している皆を眺めつつ、俺はシオリに歩み寄る。
「シオリ」
笑顔で話しかけると、シオリも笑顔を見せてくれた。
「シオリには悪いが、これからも俺は戦うからな」
「うん、分かってる。もう止めないよ」
そう言ったシオリの瞳に、もう不安の色は無い。どうやら、俺の言った言葉を、受け入れてくれたようだ。
「でも、一つだけ約束して」
「何だ?」
「本当に危なくなったら、誰かを頼る事」
それを聞いて小さく笑う。
「ああ、分かってるよ」
シオリに言われるまでも無い。
俺は弱い。それは、どうやってもひっくり返らない事実。
だけど、今回の戦いのように、仲間と一緒に戦えば、強い相手にだって勝つ事が出来る。
弱い俺だからこそ、その事を誰よりも知っているんだ。
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