第130話 ハルサキ家は私情で動く

 少しだけ笑顔を取り戻してくれたシオリに対して、俺は旅の話を始める。

 皆と別れて精霊の森に逃げ込んだ事。

 精霊の森で修業して、勇者と再び旅に出た事。

 魔物領とキズナ遺跡で悪魔を倒して、やっとここに辿り着いた事。

 時折冗談を入れながら話して居ると、シオリは少しずつ元気になり、話が終わる頃にはいつもの笑顔を取り戻してくれた。


「……とまあ、色々とあった訳だ」


 話を区切り、小さく笑う。

 嬉しそうなシオリの表情。

 それを見て、心の中でほっと息を付く。


「ミツクニは相変らずだね」


 ふふっと笑いながら言ったシオリに対して、首を傾げて見せる。


「いつも他の人の為に頑張ってる。私、そういう所が凄く好きだよ」


 その言葉に虚を突かれてしまい、顔が熱くなる。

 それを見て、満足そうな表情を見せるシオリ。

 ハッキリ言って、とても可愛いです。


(これで、勇者ハーレムじゃ無ければ……)


 親友役である俺は、勇者ハーレムに手を出した時点で死ぬ(かもしれない)。

 キズナシステムが完成した今、その誓約は既に崩れたのかも知れないが、リズとの約束もあるので、迂闊に踏み込めなかった。


「ねえ、ミツクニ」


 頭を掻きながら首を傾げる。


「好き」


 追加攻撃。


「凄く好き」


 連続攻撃。


「言葉に出来ないくらいに好き」

「いや、もの凄く言葉にしてるけど……」

「これは、今まで溜めて居た分」


 そう言って、片目をパチリとする。

 ううーむ。どうしようこれ。

 もういっその事、死んでしまうか?


(……否ぁぁぁぁ!!)


 我慢! ここは我慢だ!

 とりあえずいつもの苦笑いを返しておけ!


「ふう……満足しました」


 全て言い切ったというような表情。

 多分、言葉にしたかっただけなのだろうな。

 シオリの想いに答えたら死ぬし、そう言う事にしておこう。


(しかし……)


 シオリの隙をついて、ちらりと後ろを向く。

 そこに居たのは、相変わらず殺気を放って居るメイド達。

 下手な事を言うと、一瞬で殺されそうだ。


(ああ、なるほど。そう言う事か……)


 その姿を見て、ピンとくる。

 シオリの言葉責めは、俺を攻撃しようとしたメイド達への嫌がらせだ。

 それを証明するかのように、シオリがメイド達を見てニヤニヤして居るし。


(やれやれ……)


 仲が良いのは良い事だが、俺を使ったやり取りは勘弁して欲しいな。

 間違えば俺、死ぬからね?(どちらにしろ)


「ミツクニ」


 空から声が聞こえて、そちらに視線を向ける。

 そこに居たのは、偵察に出して居たベルゼ。

 俺が頷いて見せると、ベルゼも上下に動き、俺の横にふわりと降り立った。


「どうだった?」

「うむ。我々の予想通りだった」

「そうか」


 俺達のやり取りに対して、シオリが首を傾げる。

 シオリ達には悪いけど、この件は秘密裏に……


「街に悪魔が潜伏して居るのですね?」


 俺達の隠し事を言ってしまう女性。

 その声の主は、シオリの後ろに居た、ヨシノ=ハルサキだった。


「それで、どうするのですか?」


 シオリの横まで歩き、優しい目で俺を見詰める。とても残念ではあるが、こうなってしまっては、もう隠す事は出来ないだろう。


「勿論、排除します」


 俺の言葉にヨシノが頷く。


「それでは、説明を」


 言葉を促してくるヨシノ。

 それに頷くと、ベルゼが空中に街のマップを表示した。


「これが、現在街に潜伏して居る、悪魔の居る場所だ」


 マップに赤い印が表示される。

 ざっと見て、三十体くらいか。

 それらが何事も無いかのように、街の中を徘徊して居た。


「この動きから察するに、シオリを攻撃した奴と同じタイプの悪魔だろうな」

「うむ。この中の一体が街人に化けて居るのを、この目で視認した」


 ベルゼの言葉を聞いて、うーんと唸る。

 街人に擬態して居る悪魔。

 怪しまれずに街人を奇襲出来るはずなのに、何故かそれをして居ない。


「沢山の兵士が監視して居るから、その隙をついて街人を襲って居るのか?」

「その可能性が高いが……」

「違います」


 それを言ったのは、ヨシノ。


「その者達の仕事は、街人を誘導する事です」


 その答えに首を傾げて見せる。


「この街では今までに一度も、街人が街人を襲うと言う話は出て居ませんから」

「それは、つまり……」


 ヨシノが頷く。


「街人に化けた悪魔が誘導をして、ミツクニさんに化けた悪魔が攻撃をして居るのです」


 なるほど。

 だからこそ、俺が大量殺人犯になって居る訳だ。


「……思ったより厄介だな」


 思わず口にした言葉にヨシノが頷く。


「街人に化けた悪魔は、実害を出さずに生活をして居ます。その中には、家族を持って居る人間に化けた者も居るでしょう」

「そうなると、そいつを攻撃すれば、その家族から反感を買ってしまう……か」


 悪魔は人間とは違い、命を落とすと灰になる。

 しかし、灰になるからと言って、家族と同じ顔をして居る者が消されたら、消した者に負の感情を抱くのは当然だ。

 そして、これに関しては、もっと不味い事がある。


「悪魔が化けて居る人間は、もう悪魔に殺されて居るだろうな……」


 その言葉に、ヨシノとベルゼが頷く。

 それが意味する事。

 街に居る人間にとっては、目の前で擬態して居る悪魔が、化けて居る人間そのものだという事。

 これにより、悪魔を倒した時に、恨まれる可能性が格段に跳ね上がる。


「そうなると、師匠達は悪魔に攻撃出来ませんね」

「それは、ミツクニさんも同じなのではありませんか?」


 ハルサキ家は、代々この街を守る貴族の名家だ。例え相手が悪魔だと分かって居ても、この状況では手を出し難いだろう。

 それに対して、俺はと言うと。


「俺は攻撃出来ますよ」


 あっさりと答える。


「だって俺は、大量殺人犯ですから」


 そう。

 俺は既に、大量殺人犯と認定されている。

 擬態して居る悪魔を殺した所で、俺への恨みが増すだけだ。


「駄目!」


 そんな俺の考えを吹き飛ばす、女子の声。

 声の主は勿論、シオリ=ハルサキ。


「ミツクニは誰も殺してない! 殺人犯なんかじゃないんだから!」


 シオリならそう言うと思ったよ。

 だけど、悪いな。

 もう、そういう段階の話じゃないんだ。


「……悪魔を倒さなければ、また沢山の街人が殺される」


 そう言って、真っ直ぐにシオリを見る。


「そして、街人を殺した悪魔は、その人間に成り代わり、また違う人を傷付ける」


 その繰り返しだ。

 誰かが終止符を打たない限り、悪魔が作った最悪の輪廻は終わらない。


「だから、街の人が傷付く前に……俺が殺る」


 大切な人に擬態した悪魔達に、心も体も傷付けられて、絶望のうちに命を散らす。

 そんな事をさせるくらいならば、俺が悪魔を倒して、悪魔だったと気付かせた方が、まだ救われる。

 それでも恨むと言うなら、俺の事を恨めば良い。

 その恨みが、大切な者を失った辛さを、和らげてくれるのだから。


「そう言う事だから、ここは俺に任せて……」


 青の刃。

 ……違う。

 これは、氷だ。


「話を勝手に進めてはいけませんよ」


 目の前に突き立てられた氷を溶かし、こちらを見詰めて来る女性。

 氷の魔法使い。ヨシノ=ハルサキ。


「シオリを傷付けた悪魔を、私達が体裁の為に諦めるとでも?」


 笑顔で首を傾げて居るヨシノ。

 そして、再び後ろからの殺気。

 振り向いた先には、今にも飛び出しそうなメイド達が居た。


「改めて、皆で悪魔を倒す手段を考えて下さい」


 頭の後ろから、ヨシノの声が聞こえる。

 抑揚の無い、ただひたすらに優しい声。


(ああ……そうだったなあ)


 すっかり忘れて居た。

 この人達は、俺と同じ人種だった。


 己の立場など、どうでも良い。

 大切な人を傷付けられて、黙っては居られない。

 そんな人達。


(……まあ、仕方ないか)


 本当は一人で全て殺りたかったが、彼女達がそう言うのならば仕方が無い。

 今日の所は皆で殺る事にしよう。

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