第6話 大和撫子はうっかり属性

 魔法学園の落ちこぼれである俺とヤマトは、学生寮の近くにある訓練場で、毎日早朝トレーニングを行っている。

 その甲斐もあって、最近のヤマトは魔力を暴走させる事も無く、幾つかの魔法を使えるようになった。

 授業を通して剣の実力も学生達に知れ渡り、ヤマト名は良い意味で学園に広まり始めていている。

 それに対して、異世界に召喚されただけの、凡人である俺は……


「ふぁいやぁぁぁぁぁぁ!」


 早朝トレーニングの甲斐も無く、未だに魔法の一つも使えなかった。


「どうしろと!」


 無駄に突き出した両腕を空に掲げて、思い切り芝生に倒れ込む。

 俺が異世界転移された本来の目的である、勇者ハーレムの作成は順調だ。

 しかし、せっかく異世界に来たのだから、魔法ぐらいは使えるようになっても良いじゃないか!


「リズだ! 全てはリズのせいなのだ!!」

「まあまあ、ミツクニ君」


 頭の上からヤマトの声が聞こえて来る。


「僕だって魔法が使えるようになったんだから、きっとミツクニ君も出来るよ」


 流石は勇者様。お優しいのですね。

 しかし! 貴様は勇者! 俺は親友役として呼ばれただけのモブ!

 最初からポテンシャルが違うのだよ!


「……まあ、それはそれとして」


 負の感情を頭からもみ消して、ゆっくりと体を起こす。


「まさか、ジャンヌが早朝訓練に参加してくるとはね……」


 視線の先にある大樹の日陰で汗を拭いている、白長髪のスーパーモデル。魔族第三師団の団長、ジャンヌ=グレイブ。

 先週勇者ハーレムに登録されたヒロインなのだが、その肩書きから分かる通り、人間の敵であるはずの存在だった。


「私はミント様の動向を、本国にお伝えする義務がある。それに、ヤマトは剣の腕が立つからな。修業も出来て一石二鳥と言う奴だ」


 汗を拭き終わり、朝日が反射する髪をサラリと揺らす。

 本当に綺麗な女性だ。彼女が勇者ハーレムの一角だと考えると、ヤマトに対して憎悪の念が沸々と湧き上がって来る。


「みつくに! 魔法使えない! 格好悪い!」


 近くに居たミントがケラケラと笑いながら、俺の横に飛び込んで来る。

 仲間になってからは行動を共にしているのだが、今日はジャンヌが居るおかげで、いつもより楽しそうだ。


「貧弱! キモオタ! 大好き!」


 楽しそうにディスってくるミント。

 うむ。せっかく馬鹿にされている事だし、ここで改めて、俺とヤマトを比べてみようじゃないか。


 勇者、ヤマト=タケル

 一流の剣使い。凄まじい魔力を秘めていて、今は上手く扱えないが、いずれ最強の魔法剣士になる。現在のハーレム状況は、万能幼馴染み、ツンデレ魔法使い、家庭的女子、魔物の美人剣士。


 親友役、ミツクニ=ヒノモト(俺)。

 勇者ハーレムを作る為に、親友役として召喚された凡人。魔力無し。チート無し。最近覚えた技は、鉄球を使ったキャッチボール。勇者ハーレムと仲良くなると死ぬ(かも知れない)。現在の仲間は、召喚者であるリズ(偽の許嫁)とロリ魔王。


 以上。


(……うん! 仕方ないよね!)


 どう考えても、ヤマトが勇者で俺が親友役だ。

 だけどね。もう少し勇者に対して、厳しくしても良いのではないかと……


「ヤマト=タケル!」


 そんな事を考えていた矢先に、トラブルの香り。立ち上がって周囲を見渡す。

 視線の先に現れたのは、和服姿の女剣士だった。


「やっと見つけました!」


 ああ、うん。これ知ってる。

 女侍が突然現れて、勇者にうっかりどっきりする、あの展開ですよね。


「彼方にはずっと言いたかった事が……」

「まあ待て」


 ヤマトと女子の間に入り、女子を眺める。

 腰まで伸びる透き通った黒髪。雪のように白い肌。艶めく赤い唇。

 ……もう何となく分かって居るのだが、一応聞いておこう。


「君、名前は?」

「名を名乗るなら自分からでしょう!」

「俺はミツクニ=ヒノモト」

「私はミフネ=シンドウです!」


 やっぱりハーレム候補じゃねえか!


「それで? 最初は悪い噂ばかり流れていたヤマトだったけど、最近は良い噂が流れ始めて、ついでに剣の腕も一流だから、偶然を装って強引に手合わせをしに来たミフネさんが、一体何の用?」

「……こ、心が読まれている!?」


 言ってからハッとした表情を見せる。

 うっかり和剣士の様式美ですね。思わず顔がニヤけてしまいます。


「ち、違います! 私はただヤマトさんと手合わせ……じゃなくて! 普通にトレーニングをしていたら! 偶然彼方達を見つけただけです!」

「その割には完全武装みたいだけど」

「そ、そうです! トレーニングの時は完全武装なのです!」


 いつもならここでリズの鉄球ツッコミが炸裂するのだが、今日は彼女が居ないので、やりたい放題だ。

 いやあ、自由って素晴らしいなあ。こんな時間がずっと続けば良いのに。


「ミフネさんは綺麗ですね」

「……な、何ですか突然!」


 こういうタイプのキャラは直球に弱い。恋愛ゲームの基本だ。

 どうせ後で勇者ハーレムに入るのだから、今は俺の好きなようにやらせて貰おう。


「早朝トレーニングも全力でやっていたりしてさ。そういう一生懸命な所、凄く好感が持てるなって」

「や、やめてください! 知っているのですよ! 彼方が女の敵だというのは!」


 それはリズが付けた偽の設定であり、本性は恋愛ゲーム好きの引きこもりだよ?


「それに! 彼方には許嫁が居るのでしょう!」

「そうだけど、あれは親同士が勝手に決めた事なんだ。だから、俺はこの学園で、本当に好きになれる女子を探すつもりで居る」


 震えているミフネの手をそっと握る。


「ミフネさん……どうか噂に惑わされないで。目の前に居る俺を見て欲しい」


 よし! 調子に乗りすぎた! 自分で言っておきながら凄く恥ずかしいぜ!

 しかし! ミフネが勇者ハーレムの一角である限り、どうせ一定以上仲良くなれないのだよ! コンチクショウがぁぁぁぁ!


「あ、彼方は……」


 顔を真っ赤にして俯くミフネ。


「……彼方は、色々と苦労をなされているのですね」


 ……んん?


「私、ずっと勘違いしていました……」


 何だ? この展開は?


「噂を信じて彼方の事を悪く見て……自分が恥ずかしいです」


 ああ!? こいつは不味い!

 シオリの時と同じ展開だ!


「……は、はーい! 今までの発言は全部冗談でしたー! 本当は皆の言う通り、女たらしのキモオタ最低野郎でーす!」


 苦しい! 凄く苦しい!

 だけど彼女は清純派だ! これで彼女は改めて、俺の事を女の敵と認識……!


「あの許嫁の方に、そうしろと命令されているのですよね?」


 こういう時に限って上手く行かねえ!


「分かりました! 私、今からあの許嫁に、一言物申してきます!」


 それはダメ! 一番ダメ!

 俺が殺されるから!


「……ま、待ってくれ!」


 握っていた手を強く握る。


「確かに女たらしって言うのは嘘だ! でも、キモオタ最低男って言うのは本当なんだ!」

「大丈夫です。私には分かっていますから」

「違う! 違うんだって!」


 下手に嘘を上塗りするのは不味い!

 ここは真実で誤魔化すんだ!


「俺は本当に最低野郎で! 今までの言葉も! 君が困る事を分かっていて言ったんだ!」

「……そうなのですか?」

「そう! 本当は許嫁の事も大事に思ってる! だから、物申すのだけはやめてくれ!」


 少しの沈黙の後、ミフネが口を開く。


「……分かりました」


 ああ! 分かってくれましたか!

 助かった! これで死なずに済みます!


「あの……手を」

「ああ、ごめん」


 強く握っていた手を慌てて放す。

 いやー本当に危なかった。一歩間違えば本当に死ぬ所でした。


「そういう事だから、俺の事を一発ぶん殴って、ヤマトと改めて手合わせを……」

「でも、仲良くなるのは自由ですよね?」


 ぽつりと言って、顔を上げるミフネ。

 その頬は、ほんのりと赤く染まっていた。


「例え許嫁が居ても、友達になるのは構いませんよね?」


 ミフネが優しく微笑む。

 ……成程なあ。これが勇者ハーレムか。


「……ミツクニ=ヒノモトです」

「ミフネ=シンドウです」


 改めて手を差し出してくるミフネ。

 その白い手を、今度は優しく握る。


「ほら、ヤマトと剣の訓練をしに来たんだろ? 行ってきなよ」

「ふふ……ミツクニさんには敵いませんね」


 そう言うと、手を離して歩き出す。

 やがて、ヤマトの前に立ち、一礼してから腰の刀を抜いた。


「ヤマトさん。お手合わせ願います」


 凛とした表情でヤマトを見据えるミフネ。ヤマトも真剣な表情で剣を構える。

 その光景は、時代劇の名シーンを切り取ったように美しく、思わず見とれてしまった。


(……本当に、綺麗だな)


 勇者ハーレムを作らないと、世界が滅ぶ。

 それはつまり、ミフネがヤマトを好きにならなければ、世界が滅ぶと言う事。

 世界を救いたいのであれば、俺が彼女と仲良くなる事は、絶対に許されない。


(まあ……仕方ないよな)


 世界が滅べばミフネは死ぬ。

 他の勇者ハーレムも死ぬ。


(生きて欲しいもんな)


 それが、親友役として召喚された俺の使命。

 最初から俺に選択肢なんて……無い。


「何格好を付けているのかしら?」


 胸をえぐる鉄球! 吹き飛ばされる俺!

 何だか懐かしいぜぇぇぇぇ!


「モブはモブらしく、黙って泣きなさい」


 震える足でゆっくりと立ち上がる。

 顔を上げた先に居たのは、少し怒った表情をしているリズ。

 

「泣かねえ。俺の涙は……もう枯れちまった」

「死ね」


 再び鉄球! 今度は避ける!


「いつまでも鉄球を食らっている俺じゃないぜ!」

「そうね。それでこそ、私の許嫁よ」


 そう言って、リズがパックジュースを投げつけて来る。

 いつから見られて居たのだろうか?


「何度でも言うけど、ミツクニが勇者ハーレムに手を出したら、殺すから」

「出さねえよ。死にたくないし」


 リズがくれたのは、リンゴ味のパックジュース。

 その味をくれる時は、彼女の機嫌が良い時と気付いたのは、ここ最近の事だった。

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