第2話 ファーストコンタクト


 魔法学園『マジックアカデミー』。


 各地方から魔法使いの卵達が集まり、世界を脅かす存在に立ち向かう特別な学園。

 後に勇者となるヤマト=タケルは、極東地方で静かに暮らして居たが、スカウトに目を付けられて、高等部から学園に編入して来た変わり者。

 学園のある町に来た初日に魔物と遭遇して、町を守る為に戦ったのだが、己の魔力が暴走して、逆に町を半壊させてしまう。

 そんなエピソードがあり、彼の名は既に学園中に知れ渡っていた。


「テンプレのような設定だな」


 勇者のプロフィールを見ながら、大きくため息を吐く。

 魔法学園なのに剣の使い手。秘められた魔力は超一流なのに、制御が出来ない。性格は真っ直ぐで、運の良さだけは一級品。


「つまり、初期設定の勇者って訳だ」

「そういう事ね」

「ラブコメ勇者の初期設定なんて、面倒の塊でしかない気がするんだが?」

「それはお互いさまでしょ?」


 その通りでございます。

 しかも、私は勇者と違って、伸びしろの無いモブ野郎です。


(さて、そんなモブ野郎の俺が、どうやって勇者に近付こうか……)


 屋上から双眼鏡でヤマトの動向を窺う。

 後に勇者になる人物ならば、監視している俺達の存在に気付いても良いはずなのだが、残念ながらその気配は全く無い。


「こういう時、親友って言うのは、大抵勇者の前の席なんだけど……」

「あら、分かっているじゃない」


 なるほど、流石は異世界。そういう所は面倒じゃなくて助かります。


「それじゃあ、俺の方は大丈夫そうだな。リズの立ち位置は?」

「勇者の幼馴染の親友って所かしら」


 流石は異世界。そういう所が面倒で困ります。


「まさか……リズも勇者ハーレムの一角じゃないだろうな」

「冗談。誰とでも仲良くする優柔不断男なんて、好きになる訳無いじゃない」

「まあ、普通はそうなんだけどね……」


 それが成立してしまうのが、ラブコメや恋愛ゲームの基本だ。


「一応先に言っておくけど、リズが勇者ハーレムに巻き込まれたら、俺は親友役をやめるからな」

「巻き込まれる気は更々無いけど、そしたら彼方も死ぬわよ?」

「構わない! ボッチになるくらいなら、世界を巻き込んで死んでやるわ!」


 俺を召喚した彼女には、責任を取って貰わなくてはならない。

 そう、あくまでも責任だ。

 決してモテモテになる勇者へのひがみとかでは無いからね!


「それじゃあ、最初の問題は解決したし、スキップされるであろう入学式に行くか」


 俺達は勇者の監視を止めて、教室へと歩き出した。



 無事に入学式がスキップされて、休憩時間が訪れる。

 この時間こそ、勇者と親友になる為に用意された、最初のゴールデンタイム。

 ここで勇者の心の隙間に入り込み、全幅の信頼を獲得する事で、勇者は親友役である俺の傀儡へと変わっていくのだぁぁ!


(……とは言え、知らない人間に声を掛けるのは緊張するなあ)


 後ろの席で静かに座って居る勇者。

 声を掛ける難易度は高くないはずなのだが、俺のコミュニケーション能力があまり高くないので、どのタイミングで話し掛ければ良いか分からない。

 しかし、このままタイミングを待ち続けても、話が進まない。

 そう思い、覚悟を決めて後ろを向こうとした、その時だった。


「ヤマト君?」


 ポツリとそれを言ったのは、勇者の横に座っている女子。


「やっぱり! ヤマト君だよね!」


 ピンク色の長髪にパッチリとした瞳。形の整った鼻に憂いを含んだ唇。きっちりと着こなされた制服には、ワンポイントで桜のピンバッチが付いている。

 この女子は、もしかして……


「十年ぶりだね! 元気だった!?」


 やっぱり!

 こいつはラブコメヒロインの王道! 幼馴染ヒロインだ!


「もしかして……シオリ?」

「そうだよ! シオリ=ハルサキだよ!」


 勇者を前に興奮気味のシオリ。

 全体の雰囲気から見て、運動も勉強も出来る万能清純派ヒロインと言った所か。


「懐かしいなあ。小さい頃はいつも一緒に遊んでいたよね」

「そ、そうだね……」


 その受け答えに、少々うんざりしてしまう。

 おいおい勇者さんよ。折角ヒロインが良い感じで話し掛けてくれたのに、口籠るとはどういう事だ?

 

「あの頃は何をしても楽しかったなぁ……」


 遠い瞳で思い出に浸るシオリ。それに対して、何も言えない勇者。

 この流れは……少々不味い。


(ここは話を盛り上げて、連絡先を交換する場面だろう!)


 ゲームであれば、フラグが立った時点で連絡先を交換するのに、二人にはその気配が全く無い。

 話しの流れは完全にラブコメ展開だったのに、どうしてそういう所だけリアルっぽいのだろうか。


(ええい! 仕方無いな!)


 このままでは話が進まないので、俺は勇気を振り絞って振り向いた。


「ヒューヒュー。お二人さん、お熱いねえ」


 いつの時代の声掛けだよ!

 でも、もう止められないぜ!?


「俺はミツクニ=ヒノモト。よろしくな。アンタらの名前は?」

「ぼ、僕はヤマト=タケル……」

「私はシオリ=ハルサキ。よろしくね」


 多少強引な介入だったが、二人が純粋キャラのおかげで助かった。

 折角だし、このまま話を進めてしまおう。


「さっきの話を聞いちまったんだけど、ヤマトとシオリって幼馴染なのか?」

「うん。小さい頃に、一緒に極東に住んで居たんだ」

「へえ、極東か。遠い所から来たんだな」


 既に知っている情報だったが、初めて聞いたかのように笑いかける。

 とにかく、今は話を繋げる事が重要だ。


「所で、ヤマトってこの町に来た初日に、魔力暴走を起こしたんだよな?」


 それを聞いたヤマトが苦い表情を見せる。

 この話題が彼にとってマイナスの発言だと言う事は分かって居たが、この学園に通う人間であれば、この話題を避けて通る事は出来ない。

 しかし、案ずる事は無い。

 マイナス発言というのは、言い方によってプラスに変わるのだ。


「周りはヤマトの事を悪く言ってるみたいだけど、結果的にヤマトは町を救ったんだろ? それって凄い事だと思うぜ」

「そう! 私もそう思う!」


 話に割り込んで来たのは、シオリだった。


「建物は壊れちゃったけど、ヤマトは沢山の人を魔物から助けたんだよ!」

「そうそう。魔力の暴走なんて、これからこの学園で魔法の特訓をして、起こらないようにすれば良いだけじゃないか」


 まさか、シオリが話に割り込んで来るとは思わなかったな。

 もしかして、これは最初から、勇者に気があるパターンなのか?


「ほら、ミツクニ君もそう言ってるし、元気を出して!」


 ……あれ? なんか違うな。


「でも、ミツクニ君が私と同じ事考えてるとは、思わなかったなあ」


 うっとりとした表情でこちらを見ているシオリ。

 まさか、このパターンは……


「もしかして、私達って似てるのかもね!」


 あ、ヤバい!

 これは俺の好感度が上がる奴だ!


「そ、そうだな……似てるのかもな……」


 不味い不味い不味い!

 俺にフラグを立ててどうするんだよ!


「これも何かの縁だし、連絡先を交換しない?」

「え? いや、えーと……」

「シオリ。こんなキモオタと仲良くしては駄目よ」


 俺達の会話に横から割り込んで来る女子。

 肩まで伸びた紅黒髪。鋭くとがった赤い瞳。そして、小さな唇。

 俺を召喚した魔法使い。リズ=レインハートだった。


「こいつは女たらしのゲス野郎だから」


 肩に掛かった髪を払い、虫を殺すような目で俺を見つめる。

 正直、話に割り込んでくれて助かった。

 もう少しで、俺がヒロインに惚れてしまう所でしたよ。


「彼方がヤマト君ね? 私はリズ=レインハート。シオリの親友よ」


 シオリの前の席から手を差し出すリズ。その手をヤマトが恥ずかしそうに握る。


「リズ、ミツクニ君と知り合いなの?」

「ええ。許嫁よ」


 簡単に言ったその一言に、その場に居た全員が凍り付く。

 ……そんな設定は、俺も聞いて居ないんだが?


「こいつ、私という女が居るのに、いつも他の女と仲良くしようとするの。だから、この学園に呼び寄せて、首輪を掛ける事にしたのよ」

「へ、へえ……中々ハードな関係なんだね」


 シオリが顔を引きつらせる。ヤマトなど完全に固まってしまって居た。


「そういう事だから、こいつが他の女に手を出していたら、私に報告して頂戴」


 ヤマトの手を離して微笑むリズ。

 どうやらリズのおかげで、このピンチは何とか回避出来た様だ。

 ……俺は女たらしという、残念な設定になってしまったけれど。


「……と、とにかくだ! 近い席になったんだから、これからよろしくな!」

「そ、そうだね! よろしくね!」


 俺の言葉に同意して、場を和ませようとしてくれるシオリ。

 やっぱり良い子だなあ。勇者ハーレムに入れたくないぞ。


「それじゃあ、皆で連絡先を交換しようか!」

「そうだね! やろうやろう!」


 シオリが連絡用の生徒手帳を取り出す。ヤマトはモジモジとして居たが、シオリの後押しもあって、何とか全員が連絡先を交換する事が出来た。



 放課後。俺達は屋上へと足を運び、双眼鏡で下校中のヤマトを監視する。

 ヤマトは帰り道が分からなくて困って居たが、すぐに建物内からシオリが現れて、二人仲良く学生寮の方へと歩いて行った。


「ヤマトめぇぇぇぇ……! シオリの優しさに付け込みやがってぇぇぇぇ!」

「私の親友を呼び捨てにしないで。このキモオタ」


 そう言いながら、パックのリンゴジュースを投げて来るリズ。

 俺がそれをキャッチすると、リズはふっと笑って自分のジュースを飲み始めた。


「それにしても、まさか許嫁とはね」


 リズがストローから口を離して睨み付けて来る。


「あの場を凌ぐのに、一番適した言葉を選んだだけよ」

「そうかも知れないけど、普通あんなに堂々と言えるか?」

「世界を救う為なのだから、仕方が無いわ」


 恋人では無く、腐れ縁的な許嫁。

 俺に首輪を掛けつつも、二人に距離を取られない、絶妙な言い回しだった。


「とりあえず、第一関門はクリアって所か」

「そうね。あの様子だと、簡単に仲良くなりそうだし」


 それを聞いて、鼻で笑ってしまう。


「ふっ、甘いな。シオリみたいなタイプは、誰にでも優しくて理想が高いんだよ。まさに王道ヒロイン。今のヤマトなど、足元の虫程度にしか思っていないだろう」

「大丈夫よ。シオリは虫にも優しいから」

「虫に恋心を抱く女子が居るか!」


 そう。勇者はヒロインにとって、まだ虫程度の存在でしかない。これから俺とリズで、あの勇者を虫から男に育てなければいけないのだ。


「前途多難だなあ」

「それでも、やるのよ」


 真っ直ぐに見つめて来る偽の許嫁。それを見て、取りあえず笑って見せる。


 突然この世界に召喚されて、勇者ハーレムを作れと言われた。

 本当は嫌々だったが、そうしないと世界が滅ぶらしいので、今日はそれで良しとする事にしよう。

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