第73話 やりすぎ駄目、絶対

 狂人達というのは、時に我々の考えて居る斜め上の行動を取る。

 その行動は、常人にとって理解し難い事が多いのだが、それを見た常人は、理解出来ずとも圧倒されてしまう。

 例えば、今の俺が置かれて居る状態がそれだ。


「電撃スイッチオン!」


 フランが謎のボタンを押すと、遺跡の周囲に電磁棒が飛び出して、襲って来た魔物達を痺れさせる。


「催涙スイッチオン!」


 続けてミリィがボタンを押すと、その電撃棒に穴が空き、そこから催涙ガスが発生する。

 電撃と催涙ガスの同時攻撃。

 その場所に居た魔物達は、それぞれに悲鳴を上げて、その場に倒れて行った。


(これは……本当に酷いな)


 遺跡の屋上でその地獄絵図を眺めながら、思わずため息を吐く。

 なぜこんな事が起きてしまったのか。

 その理由を説明する為に、この戦闘が始まった少し前に遡る事としよう。



『警告、魔物の群れが攻めてきました』


 フラン達が各々の研究施設に足を運んだ後、それは突然鳴り響いた。

 俺は直ぐに中央施設から出ると、全力疾走で屋上へと駆け上がる。

 そこから見えたのは、魔物側の大軍勢だった。


「ミツクニさーん」


 どこからか声が聞こえて、周囲を見回す。すると、地面の端にスピーカーらしきものがあり、そこから声が聞こえて来た。


「フランか?」

「そうでーす。研究施設に放送マイクがあったので、それで交信していまーす」


 少し弾んだ声で語るフラン。きっと、研究施設に色々な機械があって、興奮しているのだろう。


「魔物側の軍が攻めて来たんですよね?」

「ああ、東側から来てる」

「なるほどぉ。そうですかそうですかぁ」


 スピーカーの先で小さく笑うフラン。

 嫌な予感がしたので、早めに尋ねてみる。


「なあフラン、何か企んでないか?」

「いえいえ」


 質問に対して、フランがすぐに否定する。


「別に私は、研究施設に設置してあった迎撃システムを使ってみようだなんて、一ミリも思っていませんよ?」

「使う気満々じゃねえか」

「いやあ、そんなそんな」


 フランがわざとらしくエヘヘと笑う。

 見た事も無い謎の機械が目の前にあって、そこに狂化学者であるフランが居たら、使わない訳が無いだろう。


「頼むから、使うなら危なくない感じの奴を使ってくれ」

「え? 使っても良いんですか?」

「駄目って言っても使うだろ」

「いやあ、どうでしょうねえ?」


 こいつ……俺が許可する事を分かって居て、わざと茶化して居るな?

 しかし、フランは約束を守る女子だ。

 危険な物を使うなと言えば、本当に危険そうな装置は使わないだろう。


「ミツクニさーん」


 再びスピーカーから声が聞こえる。

 この声は……ミリィか?


「この錬金施設、凄いです!」


 話しているミリィの声が弾んで居る。きっと彼女も、今までに見た事の無い装置を見て、興奮して居るのだろう。


「錬金釜が迎撃システムと連動していて、錬金した物を外に射出する事が出来るみたいで……!」

「頼むから、危ない事はしないでくれ」

「大丈夫です! 今回作成したのは催涙ガスですから!」


 それなら殺傷力は無いか。

 しかし、危険な物に変わりはないぞ?


「そう言う事なので、使ってみますね!」

「おい、ちょっと待て……」

「それでは……!」


 フランとミリィの声が重なる。


『戦闘スタート!』



 ……で。

 その結果が、これだ。


「た、助けて……!」


 悲鳴と共に倒れて行く魔物達。

 自分達が狂人達の実験に付き合わされて居るだなんて、全く思って居ないだろうな。


「ミツクニさーん。次は落とし穴でーす」


 フランの声に少し遅れて、魔物達が居る場所の地面が割れる。


「ミツクニさん! 睡眠ガスです!」


 ミリィの声と同時にガスが発生して、魔物達が次々に倒れて行く。


「ミツクニさーん」

「ミツクニさん!」


 一応ではあるが、俺に報告してから装置を使っている事は、褒めておこう。

 だがしかし、流石にやり過ぎだ!


「メリエル! ミント!」


 俺の掛け声に応じて二人が現れる。


「みつくにー。どうしたのー?」

「うちの狂人達が暴走して、魔物達がピンチだ!」

「それで、どうすれば良いのですか?」

「スケルトンを使って、怪我人を遺跡内に収容してくれ!」


 それを聞いた二人が目を丸める。


「攻めて来た魔物達を助けるのですか?」

「ああ。だって、見ろよ」


 魔物達が攻撃を受けている場所を指差す。

 電気、ガス、落とし穴……

 無限に繰り返されるその攻撃風景は、見るに耐えない状況だった。


「流石に可哀想だろ……」

「確かに……」


 メリエルがごくりと息を飲む。

 死の天使さえも唸らせる地獄の光景。

 本当に危険なのは、敵じゃなくて勇者ハーレムなんじゃないか?


「とにかく頼む。このままじゃ全滅だ」

「わかったー!」

「分かりました」


 そう言って、ミントが大量のスケルトンを召喚する。

 メリエルがスケルトンを操作して、次々と魔物達が遺跡内に運ばれて来る。

 運ばれて来た魔物達は全員がボロボロで、既に戦意を失っていた。


「よし! 後は怪我を治せば……!」


 そこまで言って、ハッとする。

 怪我を……治す?


「不味い!」


 忘れていた事を思い出して走り出す。

 今この遺跡に存在して居る、メリエル以外に治療魔法を使える人間。

 そんな人間は、あの人しか居ない!


「皆! 大丈夫か……!?」


 医療施設に辿り着き、大声を上げる。

 しかし、既に遅かった。


「あらぁ、ミツクニ君」


 魔物達にマウントを取って、治療魔法をかけまくって居る痴女。

 保健室のエッチなお姉さん、テレサ=マージン。

 治療された魔物達は、地面に倒れて小さく痙攣していた。


「何をしたんですか!?」

「勿論治療よぉ」

「治療してこんな状態になるか!」


 幸せそうな表現をしながら、うめき声をあげている魔物達。きっと、壮絶なセクハラ治療が行われたのだろう。


「うふふ……やっぱり魔物って元気ねぇ。ほら、こんな所がこんなに……」

「言ってはいけなぁぁぁぁい!」


 言葉の途中でテレサの言葉を遮る。

 これは健全な物語なので、エッチな発言は控えて頂きたい!


「とにかくぅ、怪我は治しているから大丈夫よぉ」

「治ってすぐに天国行きだけどね!?」

「あらぁ? こんなに大勢を瞬時に治療出来るのなんてぇ、私か死の天使くらいなのだからぁ、もっと感謝して欲しいわぁ」


 それは……確かにその通り。

 異世界を旅して周った時も、メリエルやテレサのように、魔法で他人を瞬時に回復出来る人には出会わなかった。

 恐らく、治療魔法と言うのは、とても難しい魔法なのだろう。


(……まあ、何と言うか)


 黙ってテレサを見つめる。

 治療方法は何とも言い難いが、運ばれて来る魔物達は直ぐに元気になって、地面に転がっている。

 結局の所、治療は出来ている様なので、それ以上は言わない事にした。


「ミツクニさーん」


 部屋の入り口から声が聞こえてくる。

 振り向いた先に居たのは、やり切った表情をして居るフランとミリィ。


「魔物達は無事に全滅しましたー!」

「無事にって、あのなあ……」

「大丈夫です。一人も殺して居ませんから」


 フランがそう言うのだから、魔物は一人も死んで居ないのだろう。

 しかし、これだけは言っておかなければならない。


「お前達……」

「はい?」

「何でしょうか?」


 二人が首を傾げる。


「……もう魔法学園に帰れ」


 その言葉を聞いて、二人の時間が凍る。


「……え?」


 最初に声を上げたのは、フラン。


「どうしてですか? こんなに効率良く敵を制圧したのに」

「その成果だけは評価しよう」

「ですよね! ですから、これからも私達の力で……!」

「黙れ小娘!」


 二人を睨みながら、地面に転がって居る魔物達を指差す。


「見ろ! この怯え切った魔物達の姿を!」

「どちらかと言えば、幸せそうな表情をしていますが……」

「それはそれ! これはこれ!」


 手を交互に動かして、都合の悪い事柄を放り投げる。


「お前等の事だから! さっき使った兵器よりエグイ兵器を作る気だろ!」

「いやいや、そんな事は考えてませんよぉ」


 ニヤニヤを隠せないフラン。ミリィは呆けて居るが、天然だから絶対に作ってしまうだろう。

 この二人をこの遺跡に置くのは、危険すぎる。


「やりすぎ駄目! 絶対!」

「大丈夫ですよ。次はもっと気持ち良く、瀕死状態になれるように……」

「良いから帰れぇぇぇぇ!」


 俺は頭を抱える。

 この二人の事が嫌いな訳では無い。むしろ、勇者ハーレムの中では好きな方だろう。

 だけど、それでも一緒には居られない。

 勇者の親友役である俺ごときでは、彼女達を制御する事は出来そうに無い。

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