第137話 空っぽの勲章

 謁見の間に静けさが走る。

 女王の前で地に膝を付き、うずくまる男。

 その男の前で、凛として立つ女王。

 その光景は、何も知らない人間から見れば、勲章授与式そのものだった。


(くそっ……!)


 言いたい事は山ほどあるのだが、まだ腹の痛みが回復して居ない。

 最初に投げた緩めの鉄球は、俺を油断させる為の伏線だったのか。

 いつもなら気付けたはずなのに、懐かしさに安心してしまい、完全に油断して居た。


「それでは、第一に……」


 そんな事を考えて居る俺を無視して、リズが手に持って居た小箱を開く。

 中に入って居たのは、三つの小さな勲章。


「魔物と人間の和平を成立させた功績を認め、平和勲章を授与するわ」


 三つ並んだ、右側にある勲章。

 太陽と月が並んで掘られて居る、金色の勲章。


「リ、リズ……」

「そして、二つ目……」


 やっと出た声を無視して、授与式を続ける。


「勇者と共に多くの悪魔を滅ぼした功績を認め、白銀翼撃勲章を授与」


 左側にある、銃をクロスさせた銀の勲章。恐らく、俺の戦い方に合わせて作ったのだろう。


「そして、最後に……」

「リズ……!」


 大声が出たと思った瞬間、横から冷気が発生して、俺の言葉と行動を封じた。


(師匠!?)


 鈍くなった体を必死に動かして、ヨシノを思い切り睨み付ける。

 真っ直ぐに向けられる優しい笑顔。どうやらヨシノも、これを『良し』としたようだ。

 だけど、俺は……!


(違うだろ!)


 このやり方じゃ駄目だ!

 こんな事! 俺は望んで無い!!


「最後の勲章は……」


 リズ!


「勲章は……私の事をずっと信じてくれた、お礼の勲章」


 息が、止まる。


「手作りだから、少し不格好だけど」


 中央にある勲章。

 長方形の板の天辺に『へ』の字が突き刺さったような、紅色のペンダント。


(ここで……)


 不格好でありながら、温かみのある形。

 それが何を模して居るのか、俺は知って居る。


(ここで……それを出すのか)


 リンゴ味のパックジュース。

 魔法学園に居た時、リズの機嫌が良い時にくれた飲み物。

 俺とリズの、何事にも縛られて居なかった時の、思い出の品だった。


(……)


 呆気に取られた俺を見て、少しだけ恥ずかしそうな表情を見せるリズ。

 伝わって来る。

 彼女の強い想いが。

 言葉にせずとも。


(それなら、俺は……)


 瞳を閉じる。

 時間を止める。

 ヨシノから受けて居た冷気が止まり、体が動くようになる。


(俺の選択は……)


 目の前にある三つの勲章。中央の勲章だけを手に取って、後ろに下がる。

 そして、時間を動かす。


「……!?」


 突然の事態に周りが黙る。

 五秒。

 周りの人間が我を取り戻し始めた所で、ようやく俺も動けるようになった。


「ミツ……クニ?」


 目を丸めているリズ。

 そんな彼女の目の前で、俺は精霊王から貰った首飾りを出し、手に持った手作り勲章を首飾りに取り付ける。


「ったく……勝手に話を進めるんじゃねえよ」


 その声で、周りが完全に我を取り戻した。

 起こった事が理解出来ずにざわつく周囲。


「静まりなさい!」


 リズの大声。

 その言葉に周りは困惑したが、女王の命令なので静まり返る。


「ミツクニ。これは、どういう事かしら?」

「どうもこうも無いだろ」


 分かって居るさ。

 俺の事を無理やりでも英雄に仕立てて、街の人達が復讐出来ないようにしたいんだろう?

 確かにそのやり方ならば、街の人は黙るさ。

 だけどな……


「こんなやり方は、俺達のやり方じゃない」


 リズも、ヨシノも、シオリも。

 俺がこんな事を望んで居ない事を、本当は分かって居たはずだ。


「ミツクニ! 駄目だよ!」

「うるさいな」

「少々わがままが過ぎませんか?」

「師匠、俺は元々こういう人間です」


 ヨシノとシオリに言葉を返す。

 リズは……何も言って来ない。


「ほらのお。こうなると言ったじゃろうが」


 静寂を切り裂く老人の声。

 そして、右の群衆の奥から現れる老人。

 俺のクローン元、王。


「じじい……」

「久しぶりじゃのう」


 アロハシャツに七分丈のジーンズ。キズナ遺跡に居た時と、全く同じ格好だった。


「死んだ事にしてたんじゃないのか?」

「王は既に死んどるよ。ワシャただのジジイじゃ」


 そう言い放ち、ふぉっふぉと笑う。

 言いたい事は山ほどあったが、一番言いたかった事だけを口にする。


「リズを女王にする為に、俺を使って脅迫したってのは本当か?」

「さて、どうじゃったかのう?」


 王が白い髭を擦る。


「まあ、それっぽい事は話したが……それでもリズは女王には……」


 その時。

 俺は既に、王の後ろで銃を構えていた。


「……は?」


 王がその事態に気付くのに、七秒。

 俺はもう、いつでも銃の引き金を引ける。


「次に同じような事をしたら……殺す」


 ゴクリと息を飲む王。

 額からは、冷汗がにじみ出ている。


「……精霊の森で相当鍛えたようじゃのう」

「お前のおかげでな。何とか大切な人を守れるくらいにはなったよ」


 お前は俺と同じだから、分かるだろう。

 これは、脅迫じゃない。

 命令だ。


「……分かった。心がけよう」


 俺の命令に対して、王が簡単に折れる。

 普通であれば嘘だと思うのかも知れないが、相手は俺のクローン元だ。この状況で嘘を吐く事が何を意味するか、誰よりも理解して居るのだろう。


「しかし、お主も頑固な奴よのう」


 俺が銃を引いたのを確認して、王が振り返る。


「少しはリズ達の想いに、答えてやっても良いじゃろうて」


 俺だって、出来る事ならそうしたいさ。

 だけど、このやり方は駄目だ。


 俺が英雄になれば、街人達の怒りの矛先は、俺を英雄に仕立てた彼女達に向けられる。

 そして、彼女達の立場ならば、それを黙らせる事も出来るだろう。

 でも、そうなった時、街人達の怒りはどうなる?

 真実を見極める事も出来ないのに、目の前の現実だけを受け入れて、ただ諦めろと?


 そんな事になるくらいなら! 俺が殺人犯で居る方がマシだ!


「……今はまだ、答えは出せない」


 銃をホルスターにしまい、真っ直ぐにリズ達を見つめる。


「だけど、いつか必ず答えを出す。皆が納得出来るような答えを」


 悲しそうな目でこちらを見て居るシオリ。

 少し怒った笑顔のヨシノ。

 そして、俯いたままのリズ。


「……して」


 そんなリズが、小さな口を開く。


「……どうして」


 一筋の涙と共に。


「どうしていつも、貴方の事を守らせてくれないの……?」


 絞り出されたその言葉。

 静かに向けられる悲しい瞳。

 その表情に……俺の心が揺れる。


(何を……言って居るんだ?)


 ゆっくりと頭に血が上る。


(俺の事をいつも守ってくれて居るのは、お前達だろう?)


 いつもいつもいつも。

 守られてばかりだから。

 それを返す為に。

 想いに答える為に。

 俺は……


「俺は……!!」


 声を上げようとした、その瞬間。

 轟音と共に、城が大きく揺れる。


「大変です!」


 入り口から駆け込んで来る兵士。


「空から大量の魔物達が!!」


 その言葉と同時に、ポケットにしまって居た手帳が振動する。

 それは、世界を滅ぼす予言の発動。


 異世界というのは、いつもいつもいつも。

 大切な人達との絆を、一番良い所で揺るがせてくれる。

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