第88話

 ヴェイルさんと、ヌイさん――2人の「機械人形」たちは無言を保ったまま、じっとこちらを見据えてくる。

 ……能面のごとく固い表情と、虚ろに濁った瞳。その冷え切った視線から生気らしきものは感じられず、まるで監視カメラのような機器を通じて誰かに観察されているような印象だ。

そのせいか、こうして対峙していると緊張よりも得体のしれない不快さが込み上がってくる。だけど――。


「(正体を見せろ、と言った時……明らかに彼女たちは意表を突かれた感じに「動揺」していた。それに……)」


 サロメを追ってこの部屋を出ていっためぐるさんとすみれさんに対して、なぜか2人は攻撃を仕掛けるどころか、その素振りすら見せなかった。私たちの牽制によって邪魔されたとしても、その機動性をもってすれば先回りすることも可能であったはずなのに、だ。

その反応ひとつをとってみても、ただ与えられた命令だけを遂行するはずの「機械人形」としては奇異なものに映る。だからこそ私は、なんとか2人と接点を取りつなごうと言葉を重ねて話しかけていった。


「……答えてください、ヴェイルさんにヌイさん。あなたたちは今、「意思」らしきものを私たちに見せましたよね? それはいったい、どういう――」

「――――」


 私の問いかけに対する答えは、直後に放たれた銃弾の嵐となって返される。もっともその反応は十分に予測できていたので、私はなっちゃんとともに左右へ飛び退ってそれを回避。そして改めて二人に向き直りながら、やはり、といっそうの確信を深めた。


「(反撃に、感情がこもっている……機械的な動きじゃない)」


 そう……姿形だけが本人たちに似ている「戦闘人形」であれば、どれだけ話しかけてみたところで無反応かパターン化された迎撃を繰り出してくるだけだろう。だけど、今の攻撃は明らかに私が投げかけた言葉に「反応」を示した動きだった。

まるで、答えることを拒絶するか、あるいは別の意図を込めるかのように――。


「(その「意思」が敵としてのものなのか、その逆なのかはまだわからない。でも……)」


 もし本当に「人形」でないのだとしたら、めぐるさんたちのためにもそこに隠された「意思」の中身を突き止めなければならない。そう考えた私は攻撃に対しての備えに万全の気を払いつつ、2人に声をかけていった。


「私の言葉、聞こえているんでしょう? なのに、どうして感情を隠そうとするんですか?そもそもあなたたちは――、っ?」


 銃弾の猛攻を警戒して間合いを広くとっていた私のもとに、対峙するうちの片割れ――少年とおぼしき姿のヌイさんが急接近をかけてきたかと思うと、両腕に出現させた光の双剣で斬りつけてくる。その攻撃を電磁の障壁で弾き飛ばし、体勢を立て直すべく後退……と見せかけて、私は背後に回り込んでいたなっちゃんとポジションを入れ替えた。

 すれ違いざま、彼女は振りかぶった大剣を鋭く斬り放つ。その一撃は相手が受け止める光線剣もろとも身体を跳ね飛ばして、そこへさらに追撃――をかけようとしたところに、襲いかかる銃弾の連撃。なっちゃんはそれを難なくかわしながら、私のいる場所まで戻ってきた。


「……姉さん、平気?」

「えぇ、ありがとう――っ、また来ます!」


 距離をとっていた私たちに目がけて、ヴェイルさんの腕から今度はミサイルが立て続けに発射される。そのいくつかを電撃で叩き落とし、残りは命中する寸前で回避。さっきまで立っていた床は炸裂によって吹き飛び、爆風とともに焼け焦げた臭いが鼻をついて思わず顔をしかめた。


「……話をするのは現状、難しそうですね」


 聞き出したいと言うのなら、まずは拳で語れ……か。実に非論理的な力押しの発想だが、この際はそれが一番の手段なのかもしれない。それに、この状態を見過ごしてめぐるさんやすみれさんたちと戦わせるのは危険であり、それ以上に不憫だろう。


「……姉さん。これを――」


 するとその時、なっちゃんは私に向けて大剣の柄、そしてメダルを掲げてみせる。それはキャピタル・ノアの筆頭司祭、ジュデッカ・ジェナイオさまが私たちに託してくれたパワーアップアイテム、『アクセラモード』発動用のブースターキットだった。


「ここで、倒す。……2人のために」

「なっちゃん……」


 どうやら、なっちゃんも私と同じことを考えていたようだ。確かに、メアリの大群を相手にしても鎧袖一触に倒してみせたあの高機動形態をもってすれば、たとえヴェイルさんたちがメダルの力で立ち向かってきても負ける気がしない。

ただ、懸念があるとすれば――。


「(再起動を行うには、最低でも3時間以上を空けるように、とジュデッカさまは言っていたけど……)」


キャピタル・ノアを出立する前に伝えられた注意の内容を思い出しながら、私は自分の手首にはめられたブレスレットの液晶画面を覗き見る。そこに表示されていたチャージ時間は、まだほんの少しだけ3時間に足りていなかった。

 ……とはいえ、今は迷っている時間はない。私は意を決して顔を上げると、同じく手元にメダルを出現させながらなっちゃんに振り向いていった。


「……行きましょう、なっちゃん!」

「っ、了解……!」


 私となっちゃんは変身フォームのモードを切り替え、波動エネルギーの発生源となっている髪飾りのリミッターを解除する。刹那、私たちの全身は電撃をまとう光に包まれて――瞬く間にスーツは高機動形態『アクセラモード』へと変わっていった。


「ぐっ……!?」


 だけど、圧倒的な力が四肢にみなぎると同時に痛みというよりも痺れに近い感覚が襲いかかり、思わず意識が遠のきかける。そして、懸命に気持ちを奮い立たせながら歯を食いしばったその瞬間、……なぜか脳裏に、奇妙な光景が映し出された。


 それは、どこかの家のリビング。私の隣にはなっちゃんがいて、テーブルを挟んだ向こうには優しく笑う……男の人が……。


「――姉さんっ……!」

「えっ……?」


 なっちゃんが呼び掛ける声を聞いて、はっと息をのんだ私は我に返る。

 おそらくさっきの映像は、アクセラモードの連続使用に伴った副作用だろう。……見覚えのある光景が唐突に蘇ってきた違和感は気になったが、それでも今は目の前の相手に対処することが先決と思い直した私は呼吸を整え、改めて戦闘態勢をとった。


「(あまり時間はかけられない。一気に攻撃をかけて、2人の戦闘能力を喪失させる……!)」


 活動に制限がある以上、下手な小細工などは思わぬ逆襲につながる恐れがある。ここは力を出し惜しみせず、短期勝負が得策だろう。

そう考えた私は、なっちゃんに目で合図を送る。それを受けて彼女はかすかに頷き返すと、先ほどの突進をはるかに上回る速度でヴェイルさんたちに攻撃を仕掛けていった。

そして、間合いに入る寸前で横に鋭く跳んだ――かと思うと、2人の側面から接近をかけ勢いよく斬りかかる――!


「はぁぁぁあっっ!!」

「――っ……」


 あまりにも俊敏な動きに身構えが追いつかないのか、ヴェイルさんは反射的に展開した障壁によってその攻撃をかろうじて受け止める。ただ、そのために動きを止めてしまった様子を見てとった私は、そのスキを逃さず頭上へと両手を振り上げて……つぎ込んだ電撃の力を巨大な雷球へと変えていった。

 そして――!


「ライトニング・エクスキューション!!」


 渾身の力と思いで投げ放った一撃は、跳躍して離れるなっちゃんと入れ違いに2人へと襲いかかり、命中する。強烈な電磁の嵐はあらゆる物質をとらえて離さず、アンドロイドの彼女たちがその脅威から逃れることは不可能だった……!


「「……っ……!?」」


 電磁の網によって動きを封じられた2人は身体をのけぞらせながら、悲鳴こそあげないものの激しい振動によって揺さぶられる。金属、そして内部回路の灼けるような嫌な刺激臭が立ち込める中、衝撃に耐え切れなくなったのかヴェイルさんとヌイさんは文字通り糸の切れた「人形」よろしく、その場にがっくりと膝をついた。


「なっちゃん!」

「了解っ……『クロスブレード』!」


 その言葉に応え、なっちゃん愛用の大剣が光の刃を前後に備えた「両刃の大剣」へと変貌する。そして一気に2人のもとへと急接近をかけたなっちゃんは、相手を至近にとらえると息をつく間もなく十字に斬撃を放った。

 狙いは、2人の身体――ではなく、彼女たちの武器が内部に仕込まれたその両腕。それさえ無力化してしまえば抵抗の術を失ってしまうはず……!


「ライトニング・クロススラッシュっっ!!」


 こと接近戦においてのなっちゃんの強さは、遥さんたちでさえも追随を許さないほどの破壊力を持つ。そのすさまじさと正確さを備えた剣撃は2人の両腕をとらえ、防御のスキすら与えることなく打ち砕いた。


「「――っ……!!」」


 金属のひしゃげる鈍い音が轟き、迸る火花が弾けるように乱れ散る。吹き飛ばされた2人の身体は遠く離れた壁に激突し、砂塵と瓦礫とともに床へと叩きつけられた。


「(終わった……?)」


 その圧倒的すぎる手応えに、私は思わず駆けよって二人の様子を見る。彼女たちはぎしぎしと軋む音を立てながら何とか立ち上がろうとしていたが、その動きだけを見るともはや戦闘を続行することは難しいように思われた。


「動かないでください。敵対だけしないと約束してくれるのでしたら、これ以上は――」


 そう、無駄だとは内心思いつつも言葉をかけて、万一の反撃に備えた――その時だった。


「……、テ……」

「え……っ?」

「……ヤク、ニゲ、テ……」


 ノイズが混じり、囁くようなか細い声でヴェイルさんが必死にそんな言葉を喉から絞り出すのを聞いた私は、それはいったいどういう意味なのか、と反射的に身を乗り出す。――だけど次の瞬間、紅に染まったその瞳にかっ、と光が宿り、ぎょろりと妖しい動きで焦点がこちらへと向けられた。

そして――。


『……なるほど。さすがは、あのダークトレーダーが残した最後の遺産だな。『天ノ遣』の持つ力と比べても、まったく遜色がねぇ……』

「……っ……!?」


 ヴェイルさんの口から吐き出された粗野な男の声に、私は身を引きながら目を見開いて彼女の顔を見つめ返す。焦点の合わない両眼には、困惑するこちらの姿が映っているようにも感じられて、……思わずぞっとした戦慄と嫌悪感を覚えずにはいられなかった。


「あなたは、いったい何者ですか……?」

『くくくっ……そう言われてあっさり素性を明かすようじゃ、黒幕とは呼べねぇだろ。空気読めよ、なぁ?』


 軽薄な口調。だけどその声には禍々しさがあり、話の相手である私たちのことを明らかに見下す傲慢さと、威圧感があふれ出ていた。

 まるで、そう……かつて遥さんたちと戦ったあの「大魔王」のような……。


『さて、と。お前たちのそれが、エリュシオン復興のためダークトレーダーによってつくり出されたものだっていうなら、この俺がもらい受ける正当な理由はあるってわけだ。だから、ありがたくいただくとするぜ……!』

「な、何をする気ですか――、っ!?」


 すると、倒れていたはずの2人が前触れもなくむくり、と起き上がり、私たちが身構えるよりも早く視界から消える。そしてはっ、と気配を感じた時にはこちらを挟み込むようにして前後に立ち、破壊されて動かないはずの両手をかざす姿が目に映った。


『まっ、ヤツの功績に免じてここでは殺さないでおいてやるよ。アスタリウムの純結晶がなかったとしても、お前たちは貴重な実験サンプルだからな……!』

「くっ……ファントム・インパルス――、きゃぁぁぁっっ!?」


 抵抗をすべくヴェイルさんに雷撃を繰り出そうとした私の背後から、激しい衝撃が伝わってくる。苦痛に顔をしかめながら振り返ると、……その視線の先に立っていたヌイさんが不気味な笑顔を浮かべているさまが目に映った。


『だから、大人しくしとけって、な? 暴れるだけ、キツさが増えるだけだぜ』


 その言葉とともにヌイさん、そしてヴェイルさんがおもむろに前へと突き出したその手から、闇のオーラをまとった波動が私たちに目がけて放たれる。

空気とも液体とも違う、そのおぞましい何かは私たちの身体を包み込み、そして――。


「……っ、めぐ……すみれ、さ……っ……!!」


 私たちの意識は、そこで途絶えた。

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