第110話

『……すみれ、先に言っておきますね。ここは、あなたたちが訪れた魔界エリュシオンとは違います。また、運命的な分岐によって並列的に生まれた可能性の世界――数多に存在する『平行世界』や、『鼓動を止めた世界』のどれでもありません。だから、これから目にする光景はもはや「現実」ではなく、起こりうる可能性すらも完全に失った「幻想」だと捉えてもらっても結構です』

「ど……どういうこと?」


 天使ちゃんの説明に要領を得ない思いを抱きながら、私は周囲をぐるりと見渡す。

 息がつまりそうに感じるほどの重苦しい気配と、静寂に満ちた空間。なにより苦い記憶が鮮明に呼び起こされるこの光景は、少し前に訪れた『エリュシオン・パレス』の謁見の間と寸分たがわないものだ。

 その証拠に奥の方には階段状になった壇があり、その最上部に下ろされた天蓋の幕越しにうっすらと玉座の影が浮かんでいる。さらに、そこから伝わってくるおぞましい「波動」もまた、あの時に味わった「魔王」のそれと同じ圧倒的な存在感を示していた。


「(『エリュシオン・パレス』で、私は魔王のメダルの力で意識を奪われためぐると対峙することになったんだ。そして、彼女を取り戻した後はクラウディウス――かつてのカシウス・アロンダイトの野望を阻止するべく、死闘を繰り広げた……)」


 人間界と魔界を形成する平行世界の構造を組み替え、未来を改変することで愛する人を取り戻そうとしたカシウス。その狂おしくて強い想いには確かに共感もあったが、だからといって全ての世界を崩壊させようとする行為を認めるわけにはいかず、私はめぐるとともに魔王化した彼と戦った。そして、探索の途上で仲間となったエリュシオンの2人の巫女――アインとエンデの『神器』の力を借りることで辛うじて勝利を収め、最悪の危機を回避したのを見届けてから元の世界へと帰還したのだ。

 ……その時のことをはっきりと覚えているからこそ、いま目にしているものがそれとは違う、と言われても理解ができず、正直戸惑ってしまう。いったい天使ちゃんは、これから私に何を見せるつもりなのだろう……?


「無限に分岐して存在する『平行世界』でも、未来を失って魔界エリュシオンへと収束する『鼓動を止めた世界』でもない世界……だとしたら、ここはどこだというの?」

『……世界構造から抹消された、いわば黒歴史というものです。女神アストレアによって『ワールド・ライブラリ』の泉の深層に存在するという氷と闇の牢獄『ニヴルヘイム』へと封印された、あなたの持つレイヤージャンプの能力を用いてもたどり着くことのできない「ゼロ」の世界……そう言えば、理解してもらえるでしょうか』

「抹消された……黒歴史……?」


 言葉を尽くしてくれる天使ちゃんには申し訳ないけれど、それでも私は理解に至ることができず、首をひねって思案に暮れる。

 以前、天使ちゃんは言っていた。世界を「生き物」にたとえた場合、継続した未来を築き上げることで「生きて」いるものが私たちの存在する『人間界(イデア)』で、逆に未来を失ったために死後の場所に行き着くものが『魔界(エリュシオン)』なのだと。だからこそ、魔界から発せられた波動エネルギーは輪廻転生の理のように「生前」に存在していた人間界へと流入し、循環する仕組みになっているという。

 なのに、その構造から外れた……いや女神さまによって「生きる」ことも「死ぬ」ことも許されなかった世界がある……? だとしたらその「黒歴史」は、なぜそのような「処置」を行われるに至ったというのか。


「封印して、なかったことにしなきゃいけない世界って……何があったの? アストレアさまが死んでしまった悲劇の世界でさえも、平行世界の構造から外されていなかったのに――、なっ!?」


 怪訝な思いのまま視線を移動させた私は、ふと目を向けた先に人の姿を確かめてぎょっ、と目をむく。

天使ちゃんとの会話に気をとられて全く気が付かなかったが、どうやら玉座の壇の反対側に見える扉から何者かが中に入ってきていたようだ。「それ」は長い髪をまとめ上げて、瞳に鋭い輝きを宿しながら薙刀状の武器を構えている。そして――!


『……やっと、会えたわね。魔王ディスパーザ……!』


 氷のように冷たい声を凛と響かせ、巫女装束にも似た姿の「彼女」が壇上へ呼びかける。それは、私と同じくらいの年頃の少女――いや、それどころか「私」そのもの……!?


「ど……どうして私が、ここに……っ?」


 いや、驚かされたのはその雰囲気だった。遠目に見てもぞっと怖気がするほどに精悍で、刃物のように鋭い気配をまとっている。

 まるで、そう……酷薄で無機質な気配は人間というよりも先ほど対峙したメアリ「たち」にも近しく、それが自分と同じ姿をしているせいで言い知れぬほどの不快さが胸の奥からこみ上げてくるのを抑えられなかった。


『――ふっ……』


 さらに、その言葉を受けて「魔王」と呼ばれた壇上の人物は玉座から立ち上がると、帳の向こうから姿を見せる。

……ここに私の姿をした存在が現れた以上、確かに予測はしていた。だけど、やはりその顔を見た瞬間、私はがんっ、と激しく頭を殴られたような衝撃を覚えて……思わず気を失いそうになってしまった。


「め……めぐる……!?」


 愕然と目を見開きながら、私はその姿を凝視する。

 めぐるの衣装は……見覚えがある。以前、魔王のメダルによって意識を乗っ取られていた時に彼女が着ていた、真紅のドレスと同じものだ。

 そして、その姿で「私」と対峙するその在りようを見ていると、いやでもあの時の光景、そして悲壮な覚悟を胸に抱いた記憶が脳裏に蘇ってきてしまうので……全身に走り抜けていく震えを必死に抑えようと、私は食い破ってしまうかと思うほどに強く、唇をかみしめた。


『……ここまでよくぞたどり着いたな、小娘。まずは褒めてやろうぞ――』


 にたり……と口元を歪めながら、「めぐる」は光を失ったように虚ろな瞳から圧迫せんばかりの狂気と殺気を放ち、それを感じた私は対峙しているわけでもないのに戦慄を覚える。

 ……違う。目の前で立つ「私」にも違和感があったが、壇上の少女はあの明るくて快活な、愛らしい笑みを絶やさない「めぐる」とは似ても似つかない。それはまさにヒトの形をした魔物、あるいは「バケモノ」と呼ぶにふさわしい存在だった。

 そして、それを無言で受け止める「私」の顔には躊躇も悲哀も存在せず、あるのは激しい憎悪だけだ。明らかに彼女は、「めぐる」のことを敵だと認識して……親友としての想いはおろか、知己に向ける情なども一切持っていない様子だった。


『……魔王。あなたは、ここで終わりよ。私がこの手で、あなたを葬ってあげるわ』


 そう言い放ってぎらり、とおぞましい輝きで刃をひらめかせた「私」は、薙刀を構えると腰を落として戦闘態勢に移行する。

 ……2人の周囲には他の何者も存在せず、またお互いに誰かの到着を待とうとする様子もない。ただ相手を見据え、息を整え……文字どおりに真剣勝負の様相だけが、そこには存在していた。


「どっ……どういうことなの、これは? なんで私は、めぐるのことを魔王って……!?」

『……見たままのとおりです。幼少期に『大鏡』で命を落としためぐるは、エリュシオンへと招かれ……先代魔王の力と意思を受け継いで、魔王として君臨するのです』

「……っ……!?」


 そういえば、と思い出す。あの時もめぐるはエリュシオンからやってきた使者、エンデによって巫女『エリューセラ』の資格者として連れ去られたのだ。つまり、彼女が魔界に行くことは運命的な必然であったということになる。

と、いうことは……私が『大鏡』のほとりで出会い、湖の底に引きずり込まれためぐるを救い出さなかったとしたら、こういう未来が待っていたということ……?


「こ、これが……あなたが言ってた、もうひとつの「未来」……?」

『はい。そしてその結末は、考えられる限りでも最悪の事態を引き起こすことになりました』

「さ、最悪の事態……!?」


 それがどういうものなのかを問いただそうとしたその瞬間、勢いよく地を蹴った「私」が高く跳躍して薙刀を振りかざす。そして、真下で悠然と構える「めぐる」に向かって微塵の容赦も見せず、鋭い斬撃を放っていった――!


『はぁぁあぁっっ!!』

『っ、……でやぁぁぁっっ!!』


 「私」の攻撃を「めぐる」は片手で受け止めながら、空いたもう一方の手から闇の波動を生み出す。それは螺旋を描いて相手の身体を包み込もうとするが、「私」はそれよりも早く空中で向きを変え、波動の渦を切り裂いて後方へと飛びすさった。


『やるではないか、小娘。さすがは、『天ノ遣』最強とうたわれた資格者だ……!』

『……魔王に褒められても、全然嬉しくはないわ。――っ!!』


 「私」と「めぐる」は、それぞれが手に持った武器でもって刃を交え、ひたすらに相手を仕留めんと間断なく攻撃を仕掛けていく。

 どちらかが操られてでも、強制されてでもなく……明らかに自分の意思で、2人は相手の生命を奪うことだけをただ考えている様子だった。


『消えなさい、魔王……! お前は、私たちの世界にとっていらない存在なのよ!』

『その言葉、そっくり返してやるぞ! 貴様ら人間こそ、我らエリュシオンの民にとっては不倶戴天の敵だ……!』


「……っ……」


 ……私はいったい、何を見せられているのだろう。思わず嘔吐したくなるほどの不快さに口元をおさえながら、思わず目を背けてしまう。

 なによりも大切だと思っている「あの子」と同じ姿をした少女を、自分と瓜二つの存在が本気で殺そうとしている。これが悪夢でないのだとしたら、いったいなんというのだろう。

 ただ、そんな中でも魔王と化した「めぐる」は挑発をはさんでは魔剣のようなもので斬りかかり、対する「私」もまた殺意をみなぎらせながら迎え撃ち……互いに深く、そして鋭く傷つけ合っている。

その剣戟の響きと狂気の叫び、さらに苦悶の声が私の心を苛み……ただ見ているだけのはずなのに全身を切り刻まれるような痛みと苦しさが伝わってくるようで、とても正視に耐えられるものではなかった。


「……天使ちゃん。なんであなたは、こんなものを私に見せるの……?」


 だから、言った。言わずにはいられなかった。そして言葉に出してはじめて、私は自分の両目から大粒の涙が流れていることにようやく気づいた……。


「あなたはさっき、これは現実のものじゃない……幻想のようなものって言ったわよね? だったらこんな悪夢は、もう存在しないってことでしょう!? めぐるが魔王になるかもしれない可能性があったとしても、わざわざそれを見て確かめる必要なんてなかったはずよ! なのにっ……!!」

『……辛い思いをさせることになるとは、わかってました。酷いものを見せることになって、本当にごめんなさい。……でも、知っておいてもらいたかったのです。如月家に課せられた宿命、本当の役目というものを――』

「如月家の、宿命……?」


 淡々と告げる天使ちゃんに、私は涙をぬぐいながらその言葉をそのまま返すことしかできない。

 如月家の、宿命……? それがどうして、「めぐる」と血みどろの戦いを繰り広げることにつながるというのだろう。私が知らない真実が、まだ他にあるということなのか?


『すみれは、疑問に思ったことがありませんか? 神無月、水無月、葉月……そして如月。『天ノ遣』としての役目を課せられた家は、全て12の暦月から名を得ています。なのに、天月だけはそうじゃない……同じ『天ノ遣』でありながら、どうして彼女たちは法則性から外れた姓を与えられているのか。そして、なぜ天月「だけ」なのか……』

「それは、……」


 意外な方向からの質問に、私はとっさに答えを出すことができず口ごもって思案する。

 確かに、以前から不思議に思っていた。旧暦の姓を持つ私たちと違い、『天ノ遣』でありながらどうしてめぐるだけが「天月」という特殊な苗字なのだろう、と。

 ただ、古からの決まりがあったとは特に聞いていなかったので、それほど気にすることもなく答えを確かめたりしなかったのだ。


「っ、まさか……!?」


 はっ、と恐ろしい予感が頭をよぎり、それは思考と教わった知識によって連想からひとつの「解」を導き出していく。

 『天ノ遣』とは、「天」――つまり神様や天使のことを意味して、その使いのことを指しているのだとずっと思っていた。

 だけど、……もし「天」の文字に、私の良く知るもう一つの意味が込められていたのだとしたら……?


『――その通りです。やはりあなたは、気づいてくれましたね』


 すると、私の考えていることが伝わったのか……天使ちゃんはそう言って重々しく頷く。そして厳かな口調のまま、言葉を繋いでいった。


『『天ノ遣』の名には、2つの意味があります。ひとつはあなたたちがよく知る、神や天使に派遣された存在のこと。そしてもうひとつは、対魔のためにその「天」が生み出した決戦兵器――『天月』の一族の血を引く人間を、文字通り「使役」する立場というものです』

「なっ……?」


 衝撃の事実に、私は眩暈にも似た衝動を覚えて気絶しそうになる。

 天月家の人間……つまり、めぐるを使役する……? そんな非人道的な役割を、如月家が担っていたなんて初耳だ。もしそれを事前に聞かされていたとしたら、私はめぐるを絶対に自分のパートナーに選ぼうとは考えなかっただろうし、それどころか接点を持つことすら拒んでいただろう。

 なぜなら、それは……『天月めぐる』という存在を「ヒト」ではなく「モノ」として扱うということになるからだ……。


『天月家は、『聖杯』と呼ばれるアスタディール一族を守護する家門の中でもとりわけ強い能力者によって構成されていました。その力の源は、聖なる祝福によって浄化・軽減された『光』の波動エネルギーではなく、ありのままの波動……『闇』によるものなのです』

「……っ……!」

「それゆえ、めぐるは『天ノ遣』の血筋を引くと同時に、『闇』の力の素養を生まれながらに持つことになりました。いわば彼女は、勇者にも魔王にもなれる「特殊」な存在といっても過言ではないでしょう」


 今まで、誰からも聞いたことのない……そして、おそらくは『天ノ遣』はもちろんのことキャピタル・ノアの当主アスタディール家や元老院でも知りえている者はほんのわずかとしか思えない話を告げられた私は、驚愕のあまり感情が焼き切れたように頭の中が真っ白になってしまう。天月家……そして、その血を引くめぐるがそれほど恐ろしい存在だなんて、まさか思ってもみなかったことだったからだ。

確かに、みるくちゃんの話によるとめぐるを『天ノ遣』の役目につけようと提案が出た時……神無月家当主たちは、明かせない秘密を理由にして反対したという。だけど、結成後はツインエンジェルBREAKとしての活動を止めるように言われたことはなかったし、これまでにもそんな危機を感じたことは一度だってなかった。それなのに……。


『……それは、すみれ。防波堤としてのあなたがいてくれたからです』

「えっ……?」

『『如月』の人々は、その名前に込められた「天の光を受けて輝く月の如し」の意味どおり天月家の人間を支え、管理する役目を担っていました。そして『神無月』の者は、神――「天」が現出していない平時の状況においての『天ノ遣』として設けられたのです。……もっとも、その後『天月』がその存在を抹消されるという憂き目にあったことで、必然的に『神無月』と『如月』の立場と役割は変化することになってしまいましたが……』

「『天月』が、抹消……っ? どういうことなの、それは!?」

『……強力すぎたのです。『天月』の資格者は神にも匹敵するほどの強大な力を有していたため、魔を滅ぼすだけでなく神さえも破壊せしめる『災厄』と化し……事実、過去において大魔王がもたらした規模に匹敵する悲劇が起きたことがあったそうです。それこそ、神話に出てくる『神々の黄昏(ラグナロック)』を招くきっかけとなった、聖獣のように……』


 聞いたことがある……その聖獣は北欧神話に出てくる『フェンリル』だ。元々は神の血を受けて生まれたというが、最終的に力が暴走して神々を襲い、その血肉を食らったという。

 ……だとしたら、その化け物がめぐるだというのか。嫌悪感と同時に恐怖がわき上がり、血の気が引くような悪寒を覚えずにはいられなかった。


『だからこそ……人間界に恨みを持つエリュシオンの野心家たちが、そんな逸材を見逃すわけがなかった。……もうおわかりですよね? つまり、あの事故――いえ、あの「事件」は最初からめぐるの命を狙った罠だったのです。あなたたち2人が出会い、心を通わせることで生まれる波動のハーモナイズ効果を逆手に取ることで肉体ごと意思と魂を連れ去り、新たな魔王を誕生させようとしていた……』

「なっ……それって、つまり――、!?」


 その時、不快極まりない音が2つ、ほとんど同時に鳴り響く。それを耳にした私が、戦慄とともに振り返って目を向けると――。


『ぐっ、うぅっ……!?』

『……が、はっ……!』


 「めぐる」は腹部を薙刀状の武器によって貫かれ、「私」は相手の魔剣の斬撃を肩から胸元にまで受けて……ともに血を吐き、その場に重なり合って倒れる。

二人の身体からあふれ出す、おびただしい量の鮮血。あっという間に床は真紅が広がってゆき……それぞれはピクリとも動かず、完全にこと切れてしまっていた。


「っ……相打ち……っ!?」


 決め手のない戦いがどのような結末を迎えるのかは予想できていたが、悲惨すぎる有様を目の当たりにした私は、たまらず駆け寄ろうと足を踏み出しかける。

……が、その時だった。


『はーっはっはっはっ! いやいや、ご両名ともお疲れさん。なかなかいい見世物を見せてもらったぜ……!』


 そう言って、部屋の奥から漆黒の霧が広がってきたかと思うと……やがてそれは、人の形となる。そして露わになったその姿は、軽薄そうな青年にもとれる男の容貌をしていた。


「っ、まさか……あれは……?」

『……ブラックカーテン。アストレアさまから伝えられた姿のとおりなので、間違いはないでしょう』

「……っ……!」


 ぎりっ、と爪が掌に食い込むかと思うほどにこぶしを握り締める。

 さっきも私は、この男の悪辣な罠にかかって取り返しのつかない失敗をしてしまったと思っていた。だけど、この世界でもやつは「私」と「めぐる」を戦わせるために、暗躍していたということか……っ!


『……そういうことです。あなたとめぐるは、それぞれが光と闇の力を持つ資格者。だからこそやつは、片方を闇落ちさせてもう一方と戦わせたのです。大魔王復活のための贄にするために……』

「そん、なっ……!」


 その説明を聞きながら、私はようやくこの世界の存在を女神が否定し、平行世界から抹消したわけを理解した。もし、この顛末を可能性のひとつとして残していたとしたら、人間界と魔界の関係はもっと早い段階で崩壊するか、あるいは逆転することになっていただろう。私だって、この光景は記憶から消し去りたいほどの厭わしいものだった。

ただ、……同時に疑問も沸き起こる。私は必死に自分を励ましながら、天使ちゃんに顔を向けて尋ねかけた。


「で、でも……いったいどうやって、女神さまはこの『黒歴史』を封印したの? それに、「私たち」を生贄にして大魔王がここで復活したのだとしても、女神さまはそれすら止めるだけの強大な力を持っていたってことでしょ!? だったら、なんで……っ!」


 思いを言葉として紡ぎあげながら、……不敬な罰当たりかもしれないけれど、私は怒りを感じてしまう。まるで、自分たちが女神さまの掌の上で弄ばれているような……理不尽さと不快な気分がこみ上げてくるのを抑えられなかった。

なぜ、それだけの力を持っていながら女神さまは、私やめぐるにこれほどの過酷な試練を課してくるのか。そしてこれまで、私たちの危機に対して手を差し伸べないどころか、意思さえ示そうとしてこなかったのは、どうしてなのか。

……私は、まだいい。一番腹立たしいのは、めぐるの扱いだ。あの子が悩み、辛い思いに耐えているところを見ていながら力になろうともしなかった理由は、いったい……!?


『……。それは、私自身が『ワールド・ライブラリ』の管理者を務めてから、ずっと抱いてきた一番の謎にもつながる質問です。そして私は、あなたたち2人がこの世界でその命を落としたことで、その答えを知ってしまったのです』

「謎に対する、答え……? それってなんのこと――、なっ!?」


 天使ちゃんにたずねかけようとした私は、ふと背後に違和感を覚えてとっさに振り返る。そして、目を向けた先に見たもの……それは――。


「これが、天月家が背負ってきた呪い……そして、如月家に課せられた本当の役目なのです。如月すみれ……あなたは、これを受け入れることができますか?」

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