第111話

 意識を取り戻したすみれが、もう一人の天使ちゃんからとある「秘密」を聞かされていた頃と前後して――。

 対峙するブラックカーテンから衝撃的な事実を聞かされた私たちは、絶望のあまりその場に立ちすくんでいた。


「大量の『エリュシオン・メダル』を、体内に取り込んだ……っ? じゃ、じゃああんたのその力の源は……!?」

「……あぁ、そうだ。エリュシオンの民の魂を封じ込めた『マナ』の結晶が、この俺の力となってるのさ。それも、1つや2つじゃねぇ……エリュシオンで眠ってた連中はもちろん、『平行世界』に散らばっていった奴らの分も含めて――な」

『なっ……『平行世界』のメダルたちまで!?』


 その言葉を受けて、隣で浮かんでいた天使ちゃん――エリスが驚きの声を上げる。ただ、それがどういう意味を示すのか分からなかった私が「どういうこと?」とたずねかけると、彼女は沈痛な表情を浮かべながら口を開いていった。


『これまで長い歴史の中で……エリュシオンの民は、人間界への門を何度も開いてきたの。それは、ダークトレーダーたちのように波動エネルギーの流出によって弱体化した魔界を復活させるため、という大義を持っていた者もいたけれども、そのほとんどの動機は徐々に衰退しつつあった世界を離れ、新天地を求めてのことだった……』

「つまり、侵略ではなく……移住のためにエリュシオンを、捨てた……?」

『そう考えてもらって構わないわ。だけど、元々は無かった『時間』の概念に縛られることになった彼らはやがて寿命を迎え……それぞれの場所でメダルに姿を変えて悠久の眠りについたの。それらは無数に枝分かれした『可能性の世界』――『平行世界』の各所へと点在し、メダルそのものや、その力の影響を受けて変質した美術品や宝石といった類の代物は『聖杯』の一族、アスタディール家の管理と庇護を受けることになった』

「それってまさか、……『聖杯のカケラ』と、同じ……!?」


 はっ、と思い当たるものが頭に浮かんだことで、私はエリスがこれほどに驚愕した理由を理解する。

 つまり、ブラックカーテンは私たちの世界だけでなく他の『平行世界』にも手を伸ばし、そこに存在した『聖杯のカケラ』や『エリュシオン・メダル』――エリュシオンの民の魂を奪って自らの中に取り込んでいたということだ。

覚醒して『闇』の力を受け入れためぐるさえも凌駕するパワーと、恐るべきほどの生命力……それは、たった1つでも人知を超える波動エネルギーを秘めた『エリュシオン・メダル』によってもたらされたものだったのだ。


「まぁ連中は時間の概念を失って、ろくに生きてる意味も持たず惰眠をむさぼってたんだ。だったら有効活用してやったほうがお互いのためってやつだろ? ん?」

「……っ、ぐ……ぅ……っ……」


 めぐるの胸ぐらをつかんでその小さな身体を吊り上げながら、ブラックカーテンは勝ち誇るように言い放つ。だけど彼女はそれに抗うどころか両手足をだらり、と垂れたまま反応を示さず、わずかにうめき声だけが漏れるだけで身じろぎさえできない様子だった。


「……ぅ……ぁ……」

「ふん、まだくたばってねーか。人間ごときの『兵器』にしては、なかなか頑張ったほうだな。さすが、エリュシオンの『血』を混ぜてつくり出しただけのことはあるぜ。――だが」


 にたりっ……と怖気をもよおす恐ろしい笑みを浮かべると、ブラックカーテンは空いたもう一方の手をめぐるの腹部目がけて突き出す。そして、もはや悲鳴も上げられないほどに衰弱した彼女の体内から金色に輝く「それ」を抉りだすようにつかみ取った。


「なっ……あれは、まさか……!?」

「ったく、ずいぶん面倒をかけさせられたが、ようやく手に入れることができたぜ。これで『光』と『闇』のマナを吸い取ったメダルが揃ったってわけだ――そらよっ!」


 そう言ってブラックカーテンはめぐるの身体を、まるで用済みとばかりに壇上から軽々と放り捨てる。彼女は受け身も取れないまま床を跳ねて、転がり……痛々しいまでにいびつな姿勢で動かなくなってしまった。


「め……めぐるっ!」


 私は全身の激痛を必死に耐え、ふらついて何度も倒れそうになりながらもめぐるのもとへと駆けつける。そして彼女の身体を抱きかかえると同時に、その衣装は戦闘スーツから聖チェリーヌの中等部の制服へと変わっていった。

 変身が解けたということは、奪われてしまった「あれ」はおそらくブレイクメダルだろう。いや、そんなことよりも今はめぐるの安否を確保するほうが先だ……!


「めぐる……しっかりして、目を開けて!!」


 私は声を枯らして呼びかけるが、めぐるの表情は青ざめて生気を失っており、息遣いもほとんど感じないほどに弱い。

この城の内部には、大量の瘴気が充満している。シールド機能を持ったスーツを着てない状態では危険だ、だけどどうすれば――? ぐったりとなって動かない彼女の様子に言い知れぬ恐怖を覚えながら、とにかく身体の各所の傷から流れ出る血だけでも止めないと、と考えて腰のポシェットを引き寄せた……その時だった。


「ここは、私に任せてくれ。今なら、まだ……!」

「……えっ?」


 いつの間に追ってきてくれたのか、私の背後にいたミスティナイト――唯人お兄様が胸ポケットから小さなメダルを取り出して、めぐるの横にしゃがみ込む。そして、それを彼女の胸にあてがい、何か聞き取れない言葉を小声で呟き始めた。


「……っ……!?」


 唖然と見つめる私の目前で、めぐるの胸に置かれたメダルが体内へと吸い込まれていく。すると、その効果があってのことなのか……めぐるの顔色がわずかながらも赤みを浮かべ、苦悶とはいえ表情が戻っていくのがはっきりと分かった。


「ゆい――ミスティナイト、それは?」

「……君たちが開発した『ブレイクメダル』の、いわば簡易版だ。キャピタル・ノアのジュデッカ司祭から、もしもの時のためにということで無理を言って預かってきたのだ」

「ジュデッカさまが……!?」


 そういえばジュデッカさまは、めぐるとすみれの変身アイテムである『ブレイクメダル』の量産について研究中だと話していた。その開発がどこまで進んでいるのかはあいにくと聞いてなかったが、その途上の試作型を万が一の事態を想定して、この人に託してくれたのだろう。

 そのおかげで、辛うじてだけどめぐるの一命を取り留めることができた。……ただ、状況は好転の兆しもなく、むしろ最悪へと突き進みつつあった。


「ブレイクメダルか……くっくっくっ……! これだけ強力な波動エネルギーを蓄積した結晶体があれば、俺の持つ全ての『エリュシオン・メダル』を統合することもできる。その力をもとにして世界をゼロに戻し、今こそ新たな世界を創り上げるってわけだ! 大魔王ゼルシファー様が神として君臨する、我々の理想郷をなっ!!」

「理想郷……ですって?」

「そうだ……! 俺は人間界にも、エリュシオンにも興味はねぇ! 俺の望みはただ一つ……ゼルシファー様とお会いすることだけだ!!」

「っ、あんたもなの……!?」


 陶酔した表情と、どこかで聞いたような台詞。……あのメアリのことが頭に思い浮かんで、ぎりっとこぶしを握り固める。

 アリ女といい、この男といい……世界の全てを引き換えにしてでもあの悪魔と会うことを望む思考が、私には理解できない。それほどの魅力が、あいつにあるとでもいうのか?

 と、そんな激した思いで身を乗り出しかけた私を遮るように、エリスが静かな動きで目の前に移動する。そしてブラックカーテンを見上げながら、努めて感情を押し込めるような声で口を開いていった。


『……大魔王復活のためだけに、この世界の構造全てを壊す? 支配する者もいない……大地や海、空、時間さえも存在しない世界をつくり出して、お前は何を得るつもりなの?』

「何を得る……? はんっ、貴様に話したところで理解できるかっての! そもそも……っと、そこにいるちっこいの。お前の波動は以前にも感じたことがあるやつだな。……確か、エリスとか言ったか?」

『…………』

「はっ……! ゼルシファー様に吸収されてくたばったと思ってたやつが、まだ生きてたとはな! だが、もう遅い……全ては無へと帰し、真の意味での『闇』がこの世界を支配するのさ! そしてお前らは、それに対して何もできない……そう、何もなっ!!」

「……っ……!!」


 両手を広げて高らかに勝ち誇るブラックカーテンを憎々しい思いでにらみながら、私は意識を失ったままのめぐるを背後に隠し、歯を食いしばって立ち上がる。すると、その左右にそれぞれ遥と葵お姉さまが並びかけ、私の手を握って支えてくれた。


「大丈夫、クルミちゃん? こんな時だからって、無理しちゃダメだよ」

「え、えぇ……遥こそ、大丈夫なの?」

「もちろんっ! こんな怪我、大したことないって」


 そう言って遥は、元気づけるように笑ってくれる。……が、知っていた。私をかばった時、遥はその衝撃を少しでも防ごうとしたことで右足に傷を負って、その痛みをこらえていることを。

そして葵お姉さまも、左手に力が入らない様子を顔にも出すことなく隠している。キックを得意技にしている遥が足を、弓矢が武器の葵お姉さまが腕を負傷……残った対抗策は私のボムくらいのものだが、それだけで全力のめぐるですら敵わなかったブラックカーテンにどうこうできるとは思えない。


「(どうすれば……このままじゃ、世界は……っ!)」


 と、そんな八方塞がりの悲観から思わず心が挫けそうになった――その時だった。


「……。ね、クルミちゃん。『エレメンタル・メダル』は最大、4つまで同時起動が可能なんだよね?」

「えっ? あ、うん……そうだけど――、ってまさか!?」


 ぎょっ、と驚いて私は、横に顔を向ける。見ると遥は、凛とした表情で顎を引き、すでにその手には4つの『エレメンタル・メダル』が握られていた……。


「だ……ダメよ遥っ! 『エレメンタル・メダル』は波動エネルギーを4つに分割することで、その力の反作用と暴走を抑えてるのよ!? それなのに同時起動なんてしたら、あんたの身体が持たないわっ!!」

「そうかもしれない。……でも、他に手はないよ」

「そ、それにあんた……足がっ……!」

「大丈夫だよ。これくらいなら……耐えてみせる。だって私たちも、ツインエンジェル……それに、めぐるちゃんやすみれちゃんの先輩だから、ねっ!」

「遥……っ……」

「……そうですね。確かにここより後ろに、「後」はなし。できる手段は、すべてやるしかありません」


 そう言って葵お姉さまもまた、その手に4つの色のメダルを持ってゆっくりと、そして力強く頷く。その覚悟を決めた表情を見せられてしまっては、私もこれ以上2人を止める言葉が思いつかなかった。


「(私たちのやろうとしていることは、無駄なのかもしれない……でも……)」


 私は意を決して、俯きそうになった顔を上げる。

立場上反対を唱えたものの、思いは遥と葵お姉さまと同じだ。そう……今はできることを精一杯やるだけ……っ!


「エリス先輩……ミスティナイト様と、めぐるちゃんのことをよろしくね。それから……」

『えぇ、わかってるわ。もしもの時は、どんな手段を使ってでもすみれも含めた全員をこの城から脱出させてみせる。……安心して』


 その言葉を受けて、私たちはそれぞれに頷きあい、戦闘態勢をとる。そして軽く息を吸い込むと、壇上でこちらを見下ろすブラックカーテンを鋭く見据えながら叫んでいった。


「それじゃ、準備はいいっ? 『エンチャント・マキシマム』!!」

「「『エンチャント・マキシマム』!!」」


 私に続いて掛け声を合わせながら、遥と葵お姉さまは手の甲の水晶にメダルを続けざまに装填する。私もまたポシェットのチェリー部分に4つのメダルをかざし、それに呼応して目の前に出現した立体スクリーンに左手を突き出した。


「アスタリウム結晶、相転移反応を確認! トリニティ・レゾナンス=クワドラブル、フルパワーチャージ!!」

『了解(ラジャー)、ホーリードライヴ臨界点突破。『光翼』、最大規模で展開します――』


私のネコ耳型増幅器の内蔵スピーカーから合成ボイスが響き渡り、まさかこんな場面で使うことになるとは思ってなかった統合シークエンスが処理を開始する。すると、無数の光の粒がきらきらと弾けながら私たちのもとへと集まってきた。

瞬く間に私たちの全身は、メダルから発せられた七色のオーラに包まれてゆく。そして背中に出現したマントは鮮やかな虹に染まり、巨大な4対8枚の翼となって大きく広がっていった……!


「「ツインエンジェル、『アルカンシェル・フォーム』!!」」


 『虹』の言葉を冠した装備を身にまとい、私たちは最強の敵に立ち向かう。

 空へと描く七色の架け橋が未来、そして希望へとつなげられるように――。

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