第112話

「へっ……また性懲りもなく、おかしな恰好になりやがったな。仮装行列にでも参加する気か、お前らは?」


 私たちの究極形態を目にしても、ブラックカーテンは勝ち誇るように嘲り笑いを浮かべながら壇上から悠然と見下ろして、構えすら取ろうとはしない。

 めぐるならともかく、『光』の属性しか持たない私たちがどう変身しようとも、さしたる脅威ではないということか。……その傲岸な態度にムッとなって思わず言い返そうとしたが、それを制するように葵お姉さまがそっと優しく私の肩に触れると、視線だけはブラックカーテンを見据えながら小声で囁くように言った。


「……侮って油断してくれるのであれば、かえって好都合です。その隙を突いてダメージを少しでも多く与えて、状況をこちらのペースに持ち込みましょう」

「お姉さま……」

「今考えるべきなのは、あの男の野望を阻止すること。……悔しい気持ちはよくわかりますが、ここは耐えてください」


 そう諭されたことで、私は逸りそうになった短気を抑え込み、ぐっと息をのんで頷く。

 確かに葵お姉さまの言うとおりだ。ブラックカーテンの力にはまだ底知れなさがある上、この『アルカンシェル・フォーム』はあくまで「理論上」可能というだけの窮余の策。実用試験はデータ収集のために何度か行ったものの、正直に言っていつ変身が解除されるかもわからない不安定な代物だった。

 ならば、使えるものは全て利用させてもらおう。とにかく今は目の前の敵を倒すか、最低でもその野望を阻止することだけを考えなければ……!


「いくわよ遥、葵お姉さま! 食らいなさい『エレメンタル・ボム』っ!!」


 掛け声とともに前へと飛び出した私は、虹色に染まったネコ型のボムをポシェットの中からいくつも取り出し、ブラックカーテン目がけて投げ放つ。それは、『火』と『水』の力を解き放って炸裂し、温度を上げられた水流は瞬時に高熱の水蒸気となって周囲に濃霧をつくり上げた。


「はんっ……なんだ、ここでサウナでも楽しませてくれるってのか? こんな子供だましで、俺が倒されるとでも――」

「『アイシクル・アロー』!!」


 そこへ間髪入れず、葵お姉さまの弓から冷気をまとった矢が放たれる。一条の射撃は途中で分散して無数の氷の礫となり、それぞれが霧の中を駆け抜けることで鋭く尖った氷柱の槍へと変化して襲いかかった。


「っ……だから、氷の塊をぶつけられたからって、なんともねーっての。お前らのお遊びに付き合ってやるほどひまじゃねーんだよ。……ん?」

「『ダイヤカッター・トルネード』っ!!」

「ぐっ……ぐぉおぁぁぁぁっっ!?」


 遥の繰り出した跳び蹴りは、足の先で円錐状に硬化した物質を伴って巨大な「銛」と化す。最初はそれを見ても、ブラックカーテンはさして脅威と感じたふうもなく出現させた結界で跳ね返そうとしたが……その余裕の意に反して彼女の蹴りは魔術のバリアをガラス板のように粉砕し、男の腹部へと深々と突き刺さった。

旋風とともに遥のトルネードは高速で回転して火花を上げながら、その肉体を容赦なく削り、えぐり取っていく。まるでそう、巨大なドリルのように。


「っ、て……てめぇぇぇえぇっっ!!」


 苦痛と怒りに顔を歪ませながら、ブラックカーテンは背後から出現させた無数の『黒い手』を次々に伸ばして、遥に反撃を試みる。だけど彼女は、それが届くぎりぎりのタイミングで後ろに飛びすさると、それらをことごとくステップ、ジャンプでかわしていった。

 さらに、注意が行き届かない死角からの攻撃には、素早くアローをつがえた葵お姉さまが冷静に、そして的確にことごとくをはじき返す。まさに、絶妙の連係プレイ。お互いの呼吸を読み、思考と動きを誰よりもよく知るからこそ可能な、神業といっても過言ではない攻撃だった。


「……っ、くっ……!」


 『黒い手』の猛攻から逃れ、後退してきた遥は大きく間合いを取ったところで油断なく身構えながらも、わずかに顔をしかめて声をもらす。

 いくらスーツとメダルの補正がかかっているとはいえ、さすがに傷ついた足での攻撃は諸刃の剣だったようだ。それでも、先ほどと違って敵にダメージを与えたことは確かであり、作戦が狙い通りに進んだことで私たちは手ごたえを感じていた。


「ぐっ……な、なるほどな。熱膨張を利用して、こちらの体組織を弱体化させることで攻撃の威力を高めたってわけか。イデアの無能力者どもが考えたにしては、悪くねぇぜ……」


 予想外のダメージを負わされたことに、ブラックカーテンは若干の困惑を見せながらもまだ余裕があるとでも言いたいのか、不敵な笑みを私たちに差し向けてくる。

 熱膨張。物質に急激かつ極端な温度変化を与えることで分子組成を不安定にさせる、化学反応の応用だ。この効果を与えることで地球上に存在するあらゆる物質はその硬度を失い、ダイヤモンドなどの頑丈なものであっても容易く砕くことができるのだという。

 ただ、奇策とはいえ遥の渾身の必殺技をまともに受けておきながら、まだ立っていられるとは……やはりこのブラックカーテンという男は、その気宇壮大な野心もそうだが今までの相手とはけた違いのとんでもない強敵だと、改めて認めざるを得なかった。


「っ、がはっ……!」


 とその時、ブラックカーテンが腹部をおさえながらせき込み、身体をくの字に折り曲げてその場にうずくまる。さらにその動作の直後、金属特有の甲高い落下音が床を叩いていくつも鳴り響き、そのうちの1つがからん、からんっと壇上の階を跳ねながら私たちの目の前にまで転がってきた。


「……! これって、メダル……?」


 念のために、私はそれを拾い上げて手に取る。表面には幾何学的な文様を描いたレリーフを施され、中から伝わってくる鼓動のようなエネルギーの気配……。

まさしくこれは、エリスの偽者を動かし、めぐるがブラックカーテンとの戦いの際に用いていた『エリュシオン・メダル』だった。


「おそらく、ブラックカーテンが体内に取り込んでいたものだと思います。あの男は、血肉の代わりに膨大な数のメダルで自らの身体を構築している……ということでしょうか」

「……けっ、虫も殺せねぇような顔をしてるくせに、洞察力だけは大したものだな。あぁ、その通りだ。俺の身体は、ほとんどの部分がアスタリウムの結晶体――メダルで構成されている。エリュシオンの民の意思と魂がそれぞれに詰まった、命そのものをな……!」

「なっ……!?」

「このメダルには、単体だけでさっき見たダークフェニックスの「人形」――ルシファーに等しい力があって、俺が消費すると勝手に波動エネルギーを供給する仕組みになっている。つまり、このメダルがある限り……俺は無限に回復するのさ。命を奪えるような輩は金輪際存在しないってわけだ」


 そう言ってブラックカーテンは足下のメダルを掴み取り、傷ついた腹部へと押し当てる。すると、その傷が修復されるとともに大半は体内へと吸収されていった――が、そのうちの数枚は変化せず、その形状のままこぼれるように床へと落下した。


「ちっ……『光』の波動に当てられて、結合力が緩まったってわけか。まぁいい、俺の意のままにならねぇメダルなんぞ、こっちから願い下げだ……ッ!」


 不快そうに鼻を鳴らしながら、ブラックカーテンは散らばったメダルを壇上から足蹴にする。……仮にも人の魂が宿るメダルを、まるで石ころのようにぞんざいに扱うその態度に私は憤りを覚えたが、同時に敵の力の根源と仕組みの一端に気づいて思考を巡らせた。


「(ブラックカーテンの力は、メダルから得たもの……ということは、メダルとの結合状態を引きはがすことができれば、ひょっとして……!?)」


 その時、ふいに鋭い視線を感じた私は、いつの間にか俯いていた顔を上げる。そして目を向けると、そこには私を見ながらにやり笑いを浮かべる、ブラックカーテンの嫌らしい顔があった。


「――はっ! そこのチビ女、俺を倒せる妙案を思いついたぞー、ってな顔してやがるな。だが言っておくが、この程度のメダルを失ったところで俺は痛くもかゆくもねぇ。俺が支配しているエリュシオンの魂は、ざっと億単位……勝ち目があるなんて淡い希望は、さっさと捨てたほうが身のためだぜ」

「……っ……」


 ブラックカーテンの無情な宣告に、私はわずかに抱きかけた期待に冷水を浴びせられたような感覚がして、思わず心が挫けかけてしまう。

 今の調子で戦いを続けても、ブラックカーテンから奪取できるメダルはせいぜい、100か200……。もし、本当にやつがメダルを体内で数億も所有しているのだとしたら、その程度の損害は脅威でもなんでもなく、誤差の範囲でしかないだろう。

 そんな、圧倒的な戦力差を持つ敵を相手にして、私たちがやろうとしていることに意味があるのだろうか……?

だけど、それを聞いても遥は輝く光を宿した瞳に力を、みなぎらせている。葵お姉さまもまた凛とした表情のまま弓に矢をつがえ、敵を見据える姿にはわずかな揺るぎもなかった。


「(そうだ、ここで諦めてどうする……!)」


後輩のめぐるがあれだけ悲壮な覚悟を決め、私たちには見せたくなかったであろう自分の『闇』で戦いを挑んでくれたのだ。ここで踏みとどまらなければ、今後どんな顔で彼女に会えと言うんだ――?

弱気が漏れそうになってしまった自分を叱咤して、私は顔を上げる。そして視線を左右に立つ遥と葵お姉さまに向け、おもむろに言葉を切り出していった。


「……遥、葵お姉さま。これから数分の間、『エレメンタル・メダル』のリミッターを解除します。そうすることで、変身ツールの『ポケっくる』に波動エネルギーがチャージされるようになるはずなので、私の合図でその全てを使って、「あの技」で攻撃しましょう」

「「あの技」……って、まさか!?」


 詳しく説明をするまでもなく、いち早く私が伝えたいことを察した遥は、驚いて目を丸くする。そして葵お姉さまも口元を引き結び、厳しさを含んだ声で念を押すように言った。


「……本当に、よろしいのですね?」

「はい。……発動はおそらく1発が限界ですが、「あれ」で攻撃すればブラックカーテンの体組織内に大ダメージを与えることができます。それによって、やつの身体を連鎖的に崩壊させるきっかけになれば、あるいは……」


 その策を思いついたのは、先ほどブラックカーテンがメダルを完全に取り込めずに、数枚を取りこぼす姿を見たことがきっかけだった。

 メダルを取り込む、強大すぎる力。それを取り込んだメダル自身から得ているのであれば、その力を弱めることでやつは、大量のメダルを保持することができなくなってしまう可能性が高い。いわば、メダルを過剰に保有している状態そのものが、あの男の弱点にもつながっているのではないか、という見立てだ。

 ……ただもちろん、その読みが外れているというリスクも存在する。ブラックカーテンが自ら語ったように、数百枚のメダルを失ったところであっという間に回復してしまったとすれば私たちは一転窮地に陥り、なすすべもなく蹂躙されるのがおちだろう。

 だけど、……今はこのわずかな期待に、賭けるしかない。そう思い直して私は、精一杯の覚悟を伝えるように葵お姉さまを見つめてその答えを待った。


「クルミさんの読みは、私も期待できるものがあると思います。……ただ、起死回生の策としてはリスクが高すぎるのも事実。選ぶべきかどうかと問われたら、私は――」

「やろうよ、葵ちゃん! 私はクルミちゃんを信じるから、ねっ?」


 そう言って遥が、言葉に重ねるように私の提案に賛同を示してくれる。すると葵お姉さまもまた、「……そうですね」と苦笑しながら小さく、だけどはっきりと頷いていった。


「断る理由なんてありませんよ。賭けるだけの価値は、十分にあると思います。……行きましょう、クルミさん」

「っ、はい……!!」


 根拠としては弱すぎる、私の反撃策。それでも迷いなく信じてくれる遥と葵の優しさには思わず涙が出そうになったが、そんな感傷に浸っている場合ではないとすぐに思い直して私は顔を前方に向け、すでに回復を終えたブラックカーテンを鋭く見据えた。


「くっくっくっ……何をごちゃごちゃ話し込んでやがるんだ。どうやら、口で言ってもまだわからねぇようだな。どれだけあがこうと、テメェらにはなにもできねぇ、全て無駄だってな――、っ!!」


 その声を合図にして左右だけでなく上下、前後から無数の『黒い手』が息をつく暇もなく襲いかかってくる。その攻撃を、散開した私たちは紙一重でかわしていった。


「はっ、……くっ……このぉっ!」


 わずかにかすっただけでも、その部位を通じてしみこむように伝わる、痛みとも痺れともつかぬ感覚。その猛威を必死に耐えながら、私たちはメダルによって生み出されていく波動を体内で練り上げ、凝縮し――と同時に相手の動きに隙を見つけるや、目くらましと牽制を兼ねて反撃を仕掛けていった。


「『エレメンタル・ボム』っっ!!」


 ブラックカーテンの目前にネコ型ボムを投げつけ、先ほどと同じく『火』と『水』の力を発動させて白濁した水蒸気をつくり出す。そこで遮られた視界の死角から葵お姉さまが矢を放ち、動きの機先を制した瞬間に反対側から遥が、床を滑り込むような低空度から疾風の蹴撃を繰り出した。


「『テンペスト・トルネード』ッッ!!」

「ぐっ……? こ、この野郎、ちょこまかとっ……!」


 まるでサッカーのスライディングのように、遥の蹴りはすり抜けながら正確にブラックカーテンの足元をとらえ、そのバランスを崩して転倒させる。それと同時に、私のネコ耳型レシーバーから音が響き……チェリーの飾りから投影された立体スクリーンに『チャージ完了』の文字と、全周がグリーンからオレンジへと変わったグラフが表示された。


「行くわよ、遥っ!」

「うんっ、葵ちゃん!!」

「いつでもどうぞ!」


 それぞれの声がほぼ同時に合わさる中、私たちは肩を寄せ合って両手を胸の前に構える。そして、『ポケっくる』を通じて全身に満たされた波動の力をその一点に集中させ、気合の叫びとともに左右の腕を前に突き出しながら、発現させた聖なる光をブラックカーテン目がけて解き放った。


「「『エンジェルシャイニング・ラジエーション』っっ!!」」


「なっ……ぐわぁぁぁぁあっっ!!」


 七色の奔流に飲み込まれて、男はその『黒い手』とともに光に包まれていった――。

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