第113話

 輝くプラズマの奔流がブラックカーテンへと襲いかかり、臨界を越えた瞬間それは轟音とともに炸裂する。

 通常の炎をはるかに凌駕する、超高温のフレア。同時に放たれた波動エネルギーの「結界」によってその範囲は限定されているものの、私たちのいる場所にも反動で返ってきたその熱風は嵐となって荒れ狂い、その激しい勢いに思わず顔をしかめた。

 『シャイニング・ラジエーション』。波動エネルギーの放出によってプラズマ化した空気中の粒子が極小規模の核融合を引き起こして、その灼熱で敵を焼き尽くす……私たち快盗天使の究極ともいえる合体技だ。これは『水鏡』で復活寸前だった大魔王ゼルシファーさえも焼き尽くすほどの威力を持つが、あまりにも強力すぎる上に攻撃範囲が広域に渡るため、これまでは使用する場所とタイミングが難しい、諸刃の剣ともいえる危険な技だった。


「(特に、この合体技を閉鎖空間内で放つためには波動エネルギーによる障壁で反応範囲を限定し、熱波と衝撃の拡散を封じ込めることが必要。それがこの、『エレメンタル・メダル』の本当の役割……!)」


 ただし、それも現状では実用試験をクリアしていなかったので、今回がぶっつけの本番となってしまった。だからこそ、技を使用する前に葵お姉さまが心配してくれたのだけど……なんとか想定の機能が働いてくれたことに、私は心から安堵を覚えていた。


「……っ……?」


 するとその時、警告を知らせる音が猫耳型レシーバーから鳴り響いて私のポシェットのチェリー部分から4つのメダルが弾き出されて床に転がり落ちる。それぞれの表面からは蒸気、そして火花がふき上がり、機械が焦げるようなにおいが立ち込めていた。


「(オーバーヒート……ぎりぎりのタイミングだったんだ……)」


 足元に散らばったメダルを慎重に拾い上げながら、私は機能を停止した『エレメンタル・メダル』に無茶をさせてしまった謝罪と、最後まで耐えてくれた感謝の言葉を口の中で呟く。

 本当に、危ないところだった。時間にしてコンマ何秒かでも早くリミットを迎えていたら、私たちの必殺技は有効な一撃どころか力場が崩壊し、自爆の可能性も大いにあっただろう。

まさに、間一髪……これを「奇蹟」と呼ばないのだとしたら他に適切な言葉が見つからず、それが起こりえなかった最悪の状況が一瞬頭をよぎったことで思わず、悪寒を覚えた。


「……あいつは、どうなったの……?」


 『アルカンシェル・フォーム』が解除されて通常のスーツに戻ったことを確かめながら、私は見る影もなく崩壊した玉座と階に目を向ける。

 核爆発級の炸裂によって濛々と生み出された土煙が視界を覆って、向こうにある景色がよく見えない。まさか回避されたとは思わないが、ブラックカーテンはどこに――? そう思って目を凝らしかけた私たちの前に、ゆらり……と揺れる影が浮かび上がってくるのが映った。


「ぐっ……ぐぉぉおおっっ……!!」


 猛獣が断末魔にあげるような咆哮を上げながら、瓦礫と粉塵の中からブラックカーテンが姿を現す。

 ほんの少し前まで、私たちを侮蔑するように悠然と佇んでいた気配は微塵もなく……服どころか全身が傷だらけの醜い有様だ。そして、無数の傷口からは赤黒い血にまじって大量のメダルが魚のウロコのように絶え間なく、バラバラと剥がれ落ちていた。


「ぐ……はっ……!!」


 2歩、3歩とよろめいたブラックカーテンは、もはや立ち続けることもままならないのかがくり、と膝を折ってその場に崩れ落ちる。

 『シャイニング・ラジエーション』によって受けたダメージもさることながら、メダルが自分の身体から離れていくことでおそらく、加速度的に力を失っているのだろう。全身から漂っていた脅威的なオーラはすでに消え失せ、ボロボロになったその姿は傲岸不遜だった先ほどの態度とはあまりに対照的で、むしろ哀れにも見えた。


『……どうやら、クルミの予測が当たっていたようね。大量の『エリュシオン・メダル』の力を、同化したメダルによって支配し、維持する……ある意味で効率的な手段だったのかもしれないけど、それは諸刃の剣だった。……大したものだわ』


 そう言ってエリスは私の側にやってきて驚きを交えながら、称賛の言葉をかけてくれる。

 支配下に収めたメダルの数は億単位だ、とブラックカーテンは豪語していたが、それぞれが膨大な力を持つメダルを一個体だけで抑え込むことなど、相当の無理がかかっていてもおかしくない。確かに対峙した当初はその強大な力を前にして圧倒されたものの、よくよく考えてみれば自壊は当然で、時間の問題でもあった。


「(……。だけど)」


同時に、私の胸に小さな疑念が沸き起こる。そこまでのリスクをブラックカーテンが理解していなかったとは思えないし、それを自らの身体によって実践したのはなぜなのか、と。

これまでのブラックカーテンは、その名前の通り「黒幕」として私たちの前には姿を現すことなく陰謀を企んでいた。その捨て駒、あるいは陽動としてメアリやアンドロイドの姉弟が私たちの前に何度も立ちふさがってきたが、やつ自身が敵として攻撃を仕掛けてきたのは本当に、今回が初めてだったのだ。

そこまで慎重な暗躍で動いていたブラックカーテンが、あえて不安定な強化状態で決戦に臨んだ……? そこに何か、矛盾のようなものはないだろうか――。


「……っ、や……やってくれたな、テメェら……! 紛い物の『天ノ遣』のくせに、そんな技を隠していたとは、思わなかったぜ……!」


 口から血を吐き出してむせこみながら、ブラックカーテンはぎろり、と目をむいて私たちを睨みつけてくる。

 眼光には鋭さがあるものの、息も絶え絶えになったその様子を見る限りこれ以上の戦闘は難しい……いや、不可能だろう。そう思い直した私は一瞬浮かびかけた不安を振り払い、自分自身を奮い立たせる意図も含めてやつに向き直っていった。


「……終わりよ、ブラックカーテン。その力の源になっていたメダルは、もうあんたの思い通りにならないわ。大人しく降伏しなさい」

「降伏……だとっ……?」

「あなたの犯した罪は、到底許されるものではありません。ですが、これ以上戦闘を続けたところで得るものは何もないはず。なによりもその身体の状態では、自身の被害を拡大するだけでしょう……違いますか?」

「……っ……!」


 諭すように淡々と述べる葵お姉さまの言葉を受けて、ブラックカーテンは顔を伏せるとうなだれるような仕草を見せる。

 自分の不利な状況を悟ったことで失望し、落胆したのか……そう感じた私は、さらに言葉を重ねようと口を開きかけた――その時だった。


「ふっ……ふふふ、ふははははっ! バカ言ってんじぇねぇよ……テメェら、大事なことを忘れてんじゃねーのか……?」

「えっ……?」


 突然のけぞっておとがいを反らし、ブラックカーテンはその喉から狂ったように哄笑を響かせる。そして、その極端すぎる態度の変容に違和感を覚えて絶句する私たちを再び鋭く見据えると、やつはその口を不気味すぎるほどに吊り上げ、禍々しく尖った歯をむき出しにしながら高らかに叫んでいった。


「そっちと同じように、……こっちにも、切り札があるってことだ……しかも、とっておきのやつがなっ!!」

「――なっ? そ、それは……!?」


 ブラックカーテンが掲げたものを見た私たちは、あっ、と声を上げて戦慄する。それは、2枚のメダル――めぐるの身体から力ずくで引きはがして、すみれからも同様に奪い取ったという私たちの波動エネルギー研究の集大成、『ブレイクメダル』だった。


「たとえ、テメェらが神だの、奇蹟だのの力を使ったとしても……俺の野望を止めることは、できっこねぇ……いや、させやしねぇ! 「私」のこの、ゼルシファーさまへの想いが……こんなところで、こんなやつらに止められて……たまるかぁぁッッ!!」

「っ、ブラックカーテン……!?」

「お前たちに、教えてやる……! 世界を壊すのも創り出すのも、始まりはすべて同じ……正義でもなく悪でもない、ただひとつの「愛」なのだとなぁぁっっ!!」


 その宣言とともにブラックカーテンはブレイクメダルを口の中に入れ、ごくり、と丸飲みで嚥下する。すると、唖然と固まる私たちが見ている前でその身体が白とも黒とも、光とも闇ともつかぬ彩りに包まれて……それは急速に膨れ上がると、巨大な「異形」の姿と化していった。


「なっ……!?」


 その「ヒト」とは似ても似つかぬ容姿に、私たちは驚きと嫌悪と、……なによりも恐怖を覚える。

 無数の鋭く、節くれだったつややかな肢と、それが支える漆黒の躰。その頭部には赤く妖しい光を宿した眼がぎょろり、と輝いて――。


「っ……「蜘蛛」……!?」


 シルエットだけで言えば、そう表現するしか形容が見当たらない。ただ、その巨躯と全身から漂ってくるおぞましい気配は、少なくとも私たちの知る同種のそれとは明らかに違う「バケモノ」だった。


『っ……これは、『魔獣アリアドネ』っ……!?』


 そこへ、ブラックカーテンの変貌した全容を見ていたエリスがはっ、と何かを思い出したように息をのむ。その名前が何を示したものかは私には理解できなかったが、彼女の表情は今までになく青ざめて固まり、その目に浮かんでいた感情はまさしく「絶望」以外の何物でもなかった。


「エリスさん……魔獣アリアドネとは、いったいなんですか?」

『……かつて、人間界を滅亡の危機に陥れた、大魔王ゼルシファーの下僕のひとつよ。北欧神話のフェンリルと並んで神々にすら匹敵する伝説の魔獣として恐れられた、まさに「災厄」の象徴……!』

「そ、そんな……! じゃあ、ブラックカーテンがその魔獣だったってこと!?」

『……わからない。だけど、アリアドネはその心臓部となっていた『マナ』の結晶体を女神アストレア様が奪ったことで力を失い、地下迷宮の奥深くに封印されたと聞いたわ。そして肝心の結晶体は『ワールド・ライブラリ』の中央の泉の底深くに沈められて、2度と復活ができないようになっているはず……なのに……!』

「だったら、あれは何なのよっ? あんな化け物を相手にして、私たちはどう戦えばいいっていうの!?」

『それは――、!?』


 エリスへの問いかけの答えが届くよりも早く、殺気を感じた私たちは反射的に左右へと飛びすさる。刹那、さっきまで立っていた場所に巨大な肢がまるで槍のように突き刺さり、石の床をまるで砂糖細工のように粉々に砕いていった。


「くっ……遥、葵お姉さま! もう一度『アルカンシェル・フォーム』を――、!?」


 2人に向かって声をかけながら、私は『エレメンタル・メダル』を装填すべくポシェットのチェリーに近づけるが、……それを拒むように猫耳型レシーバーから警告音が鳴り響き、目の前に赤い文字で『REFUSED(起動不能)』と表示された立体スクリーンが無情の現実を突き付けてくる。

 そもそも、先ほどブラックカーテンに大ダメージを与えた先ほどですら、明らかにマシンスペックを超えた奇跡的な稼働だったのだ。もう一度それと同じ力を、しかもこの短時間のインターバルで引き出そうと考えるほうが虫のいい話だろう。だけど……っ!


「――っ、くっ……!!」


 そこへ容赦なく、巨大蜘蛛と化したブラックカーテンの攻撃が繰り出される。その動きは見かけに似合わず俊敏な上、圧倒的な破壊力で……私たちは徐々に、そして確実に追い込まれていった。


『――クルミ! それと遥と葵も、とにかく自分の身を守ることだけを考えて! ここは、私が食い止める……!!』

「っ、エリス!? あんた、何をするつもりなのっ?」

『このままじゃ、アリアドネは世界を破壊して、食いつくす……! だったら、『管理者』として私ができることは……ひとつだけ!!』


 そう言ってエリスは、次々と襲いかかる巨大蜘蛛の肢をすり抜けるようにして飛び、床に残されていた『エリュシオン・メダル』のひとつに近づく。そして、それを拾い上げて胸の前にかざすように掲げると、その身体は光に包まれてゆき――天使ちゃんの小さな姿から神衣をまとったエリス本人へと変身していった。


「え……エリス先輩っ!?」

「っ……強制融合だから、長くはもたない……! とにかく今は、時間稼ぎを――はぁぁぁあっっ!!」


 気合の叫びとともに、エリスの手の中に一振りの剣が出現する。彼女はそれを両手持ちで構え、猛威を振るう巨大蜘蛛めがけて飛び掛かっていった。そして、


「『フェニックス・エクスプロージョン』ッッ!!」


 手に持った剣をエリスが振るうと、その刃から紅蓮の炎が生み出されて巨球を形成する。それは、卵から雛が孵るように内部から形を変えて不死鳥と変化し、大きな翼を広げながら勢いよくアリアドネの頭部、それも顔面に向かって飛び掛かった。

だけど――。


「っ、そんな……!?」


 直撃するかと思った次の瞬間、巨大蜘蛛の顎が大きく開き……その中から粘液が白い弧を描いて解き放たれる。それは、あやまたず炎の鳥を迎え撃つとその全身へ網のように絡みつき、獲物の虫を捉えたように易々と地面に叩きつけた。

 火の鳥は爆発し、炎の柱を天井近くまで噴き上がる。……その一方でアリアドネは全くの無傷で、その身体は爆炎に当てられてもなお、小揺るぎもしない様子だった。


「な……なんてやつなの……!?」


 エリスが放つ最大の必殺技をあっさりと、まるで児戯だとでも言いたげにしりぞける姿を見て、私たちは絶望の思いを抱く。

 こうなったら、一か八か『アルカンシェル・フォーム』に変身して、もう一度『シャイニング・ラジエーション』で攻撃するしかない。そのためには、再装填までの時間をなんとか稼がなくては……!


「……っ!?」


 と、そこへ巨大蜘蛛の目がぎらり、と光ったかと思うと、顎の中から放たれた無数の粘液が弾丸のようにこちらに向かってくる。それは床にべしゃり、と貼りつき、みるみるうちに固まって塊となる様子が目に映った。


「気をつけて! その粘液にとらえられたら、動きを封じられて一巻の終わりよ!」

「了解です……! みなさん、下がって――エンジェルレインっっ!!」


 エリスの注意を聞いて葵お姉さまは、私と遥をかばうように一歩前へと踏み出す。そして素早い動作で放たれた矢は無数に拡散し、敵の粘液を次々に貫いていった。

弓術を得意とする葵お姉さまならではの、見事な迎撃。だけど、その数はあまりにも多い上に第2波、第3波と容赦なく押し寄せてくるので、息をつく間もない……!


「っ、動きが速すぎる……! それに命中しても、粘液が弾けて飛沫が――きゃあぁぁっ!?」


 そこへ鋭く振るわれたアリアドネの巨大な肢が襲いかかり、粘液攻撃に意識をとられて一瞬回避行動が遅れた葵お姉さまは、その猛威をもろに食らって壁際近くにまで弾き飛ばされる。すぐさま彼女は立ち上がって身構えかけたが、……やはり相当のダメージを受けたためか、がくり、とその場に膝をついてしまった。


「ぐっ……ぅ……!」

「危ないっ、葵ちゃん!!」


 さらに、追い打ちをかけるように飛来した粘液が葵お姉さまを捉えたその時――寸前で割って入った遥が、その身体を突き飛ばす。そのおかげでお姉さまは間一髪で難を逃れたものの、その飛沫のひとつが遥の足へと付着し、その粘着に動きを封じられた彼女はその場へ躓くように倒れ込んだ。


「っ、遥ぁぁっっ!!」

『……死ネ、マガイモノノ小娘……!!』

「……っ……!?」


 身構えるどころか立ち上がることもできずに、遥は迫りくる巨大な肢を愕然と見上げている。私は懸命に駆けて必死に手を伸ばすけれども、……その距離は絶望的に遠く、まるでスローモーションのように時が流れて――。


「っ、……あ、あぁっ……!!」


 ……血しぶきが、舞い散る。

肩口から無残に斬り裂かれたその人は、ゆっくりと……その場に倒れていった。


「っ……今度は、間に、あった……な……」

「……。み……」


 驚愕に見開かれる、遥の瞳。そして、その喉から絹を引き裂くように響き渡った、悲痛の叫びは――。


「ミスティナイト様ぁぁぁっっ!!」


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