第102話

「そらっ、お前たちの力を見せる時が来たぜ。しっかり戦えよ、『ルシファー』どもっ!」

「「――――」」


 高らかに宣うブラックカーテンの掛け声に反応し、『ルシファー』たちはその瞳を金色に輝かせながらゆっくりとした動作と足取りで私たちの前へとやってくる。

 ……個々から伝わる、ぞっとするほどに冷たくて禍々しい気配。ほんの少し前に対峙したテスラとナインの「偽者」とは比較にならないその威圧感は、まさにかつて聖杯戦争で何度も煮え湯を飲まされた最凶の敵、『ダークフェニックス』そのものだった。


「これが……あんたたちの計画した、『ルシファー・プロジェクト』の成果……っ?」

「ま、そういうこった。超常的な存在の『天ノ遣』に対抗するには、それと同じ資質と能力を持つ『人造人間』を量産すりゃいい。んで、そのサンプルとして生み出されたのがそこのちっこいやつの元の姿……エリス・フィリウスってわけだ。お前たちも、その中身くらいは聞いて知ってただろ?」

「…………」


 ブラックカーテンの言うとおり、その計画自体の存在と経緯についてはキャピタル・ノアの筆頭司祭であり私の伯母、ジュデッカさまが「話してもいい範囲まで」という条件付きで教えてくれたので、私たちもある程度は把握していた。


 × × × ×


……現在のキャピタル・ノアの当主、リリカさまが誕生する少し前のことだ。空位が数年続いた当主の座に、アスタディール家の遠縁にあたる幼い女の子が就くことになった。

名前は、エリス・アスタディール。年少ながらも『聖杯』の力を持つ彼女の存在は後継者問題で揺れていたキャピタル・ノアの混乱を収め、権力を手中に収めんと企む元老院や貴族たちの暗躍をひとまず抑えることに役立ったという。

だけど……エリスが当主になってから間もなく、大きな事件が2つ起きた。

ひとつは、本家の血を引くリリカさまの誕生が明らかになったこと。正統な後継者の資格を持つ彼女の存在は、「純血」を建前上の理由としてエリスの当主就任に難色を示してきた反対勢力を刺激し、再び対立構図を生み出す結果となった。

この、一触即発の危機を見事に鎮めたのが……さっきも話した、ジュデッカさまだ。私が誰よりも尊敬するあの人は、リリカさまを新たな当主とする代わりにエリスを代理後見人の立場に置き……その地位を保持することで両方の勢力が折り合いをつけることができるように働きかけ、一応の決着をつけた。

 だけど、もうひとつの事件……そのために行われた調査活動によって、とんでもないことが判明したのだ。

 それは、エリス・アスタディールがアスタディール家の血を引く者どころか、「人間」ですらなかったという事実だった――。


 × × × ×


「(エリス……彼女はアスタディール家当主の座を簒奪して、その権威と聖杯の力を手中に収めんとする連中がつくり出した「人形」――『人造人間(ホムンクルス)』だった……)」


 その後の運命は、私が伝え聞いただけでも「過酷」と一言で語ることなどできない、悲惨なものだった。

良心の呵責に耐え切れなくなったエリスの両親は、彼女をジュデッカさまに託して自らその命を絶った。さらに彼女もまた、リリカさまを擁する過激派の連中の手で幽閉され……明日をも知れぬ立場へと追い込まれた。

そのことを知ったジュデッカさまは首謀者たちを捕え、懸命にその安否を確かめようとした。

だけど時すでに遅く、彼女は失踪。その後の消息は、完全に途絶えてしまっていた――。


「(……そしてエリスは7年後、再びキャピタル・ノアに姿を現した。大魔王ゼルシファーの忠実なしもべ、ダークフェニックスとして――)」


敵として私たちの前に立ちふさがってきたエリスは、完全に魂を「悪しき意思」によって支配されていた。

それは、大魔王たちの妖術や洗脳の結果なのか、それとも長年積み重ねられた憎悪と恨みの感情が生み出したものなのか……今となってはもう、本人ですらわからない。ただ、結局そこでも彼女は大魔王にとっては復活のための「道具」でしかなく、土壇場で裏切られた末にその力と、命さえも奪われることになってしまった……。


だけど、エリスはゼルシファーを倒した後……リリカさまの献身、そして遥と葵お姉さまがもたらした「奇跡」の発現で救われた。

そして、紆余曲折の果てに過去と決別してかつての「友達」とも再会した彼女は、自分の居場所を見つけ出すことができたのだ――。


「(それなのに、このブラックカーテンという男はっ……!)」


 エリスが今、どう思って何を考えているのか……想像するだけでも、痛ましくて苦しい。なにより私は、目の前で人を食った態度を続ける男に対して胸の内から爆発しそうな怒りを抑えることができなかった……!


「いやー、ここまできっちりコピーするのはなかなか骨だったぜ。基礎のサンプルを残してくれたダークトレーダーには、マジで感謝だな。……どうだ、ダークフェニックス? 昔の自分にもう一度会えて、嬉しいか? しかもこんなにたくさん――」

「……っ……!!」


 天使ちゃんの姿をしたエリスが、怒りの表情を浮かべる。そして私もまた、自分でもよくわかるほどまなじりを吊り上げ、奥歯をかみ砕かんばかりに噛みしめていた。


「ブラックカーテン……あんたはっ……!!」


 ……ここまでの怒りを覚えたことは、今までにもおそらくなかったと思う。

 いろんな悪人と戦ってきた。その中にはテスラやナイン、エリスのようにお互いの気持ちを理解することで仲の良い関係を築くことができた子もいた。

 だけど……こいつだけは、無理だ。言葉の端々に他者への侮蔑があり、しかもそれが当然の権利だと思っている。少なくともその感情や思考を理解することはできなかったし、またわかろうとする行為すら厭わしくて考えたくもなかった。


「この……外道者が……!!」

「ん? くくっ……確かに、言いえて妙だな。逆に誇らしいくらいだぜ」

「っ、許さない……! 貴様だけは、絶対に……!!」


 そう言ってエリスは、かっ、と全身から光を放ちながら内に秘められた力を解放させる。そして、さっき私たちのピンチに駆けつけてくれた時のように天使ちゃんから再び元の姿へと変身――しようとしたけれども、その身体は具現化される寸前で幻のように消え去る。さらには宙に浮かぶ力も失ったのか、床にぺたん、と落下してそのまま座り込んでしまった。


「なっ……ど、どうして?」

「あー、無駄だぜ。この場所で元の姿に戻るには、マナの量が少なすぎるからな。大人しくそこで見てろって」

「……っ……!」

「んじゃ、始めるとすっか。ゼルシファー様を守りたまわん新たなしもべ、『ルシファー』――さぁ、存分に戦えっ!」


 そう言うとブラックカーテンは厭味ったらしく右手を上げると、パチン、と指を鳴らしてみせる。すると、それを合図に『ルシファー』たちは顔を上げると、虚ろな表情のままその手に禍々しいつくりの大鎌を構えた。


「っ! 来るよ、クルミちゃん!」


 遥の警告が聞こえるよりも早く、『ルシファー』たちはその全身から灼けるような熱気を放っていく。そして――。


「「――『フェニックス・エクスプロージョン』」」


 抑揚のない声とは裏腹に大鎌が一斉に鋭く振り抜かれ、紅蓮を彩った無数の業火がその刃から放たれる。それは縦や横、斜めの弧となって四方から飛来し、まるで炎の竜がとぐろを巻いて私たちに襲いかかってくるようにも映った。


「くっ……エリスっ!!」


 私はとっさの反応で床に転がる天使ちゃんを右手で拾い上げると、逆手に向けた左手をポシェットの中に突っ込み掴んだボムを目の前に放り投げる。そして、炸裂によって生じた爆風の勢いに身を任せつつ、バックステップで素早くその場から飛び退った。

 火山が噴火したような大爆音が轟き、その直後に肌が焼けるかと思うほどの熱風が襲いかかってくる。吹き飛ばされないようその場に踏みとどまって焦げた臭いに顔をしかめながら、私は腕のガードで抱きかかえていた天使ちゃんをその猛威から必死に守った。


「な……なんなの、これは……!?」


目の前に見えるものは、無数の炎の柱……いや、これはもう「壁」だ。そして、その紅蓮の向こうにゆらり……と揺らめく人影は、業火の勢いなど気にも留めないのかゆっくりとその中で歩みを進め、こちらへと迫りつつあった。


「(勝てるの……私たちは、こいつらに……?)」


 恐怖にも近い不安が私の胸の内をよぎり、戦慄の震えとともに熱さによるものではない冷たい汗が、つぅっと額から頬を伝ってゆく。

 魔王城で、ダークフェニックスと対峙した時……私たちはその圧倒的な力とすさまじい妖術、そして強すぎる意思によって何度も攻撃をはね返され、甚大すぎるほどのダメージを負わされてきた。激闘と苦戦の末に何とか彼女を倒すことができたものの、正直言って再戦しても勝てる自信はまったくない。

 そんな強敵が今や、コピーとはいえ10数体……? 目まいどころか気を失ったほうが楽に感じられるくらい、状況はこちらにとって明らかすぎるほどに不利だった。


「(っ……だけど……!)」


 抱え込んでいた天使ちゃんの存在とぬくもりを感じながら、私はふとわきかけた弱気を懸命に振り払う。

そうだ。ここで、くじけるわけにはいかない。そのために私はたくさんの研究を重ねて、そして新たな力を見つけ出したんだから――!


「遥、葵お姉さま! 「青」のメダルをセットして!」


 私は遥と葵お姉さまにそう告げると、左腰のポシェットから「青」のメダルを取り出す。そして、2人の準備ができたのを視界の端で確認してからそれを自分のポシェットのチェリー部分――アスタリウム接続端子へとかざした。


「――行きます! 『エンチャント・アクア』!!」

「「『エンチャント・アクア』!!」」


 私の叫びに唱和するように、遥と葵お姉さまの声が重なる。それを合図にして、目の前に立体スクリーンが出現し、私はそこに表示された入力ウィンドウに実行承認のコマンドを打ち込んだ。


「トリニティ・レゾナンスの青全開、フルパワーチャージ!!」


『了解。ホーリードライヴ、始動――『光翼』、展開します……』


 電子音とともに私のネコ耳から合成ボイスが発せられて、シークエンスが処理を始める。そして、集まってきた無数の光の粒が私たちの身体を包み込み……青色のオーラが背中のマントをふわり、と舞い上げたかと思うと、翼のようなシャドゥが大きく広がった。


「「ツインエンジェル、『ウンディーネ・フォーム』!!」」


 『ウンディーネ・フォーム』はサロメとの対戦の時と異なり、波動エネルギーの変換効率を四大元素の『水』に特化させたものだ。

 確かめるまでもなく、ダークフェニックスの属性は『火』だろう。となると対抗手段は、『水』が最も有効……!


「――エリス! あの連中、全部倒すけど……いいわね?」

「っ……え、ええ。でも……大丈夫なの?」

「わからない……でも、やれるだけやってみるわ!」


 そう告げてから私は敵の集団に向かって突進し、間合いに入る寸前で高く跳躍する。そしてポシェットからネコ型ボムを取り出し、一斉に大鎌を振りかぶる「彼女たち」にめがけて渾身の力を込めながらそれを投げつけた。


「『ハイドロボム・ワイドプレッシャー』!!」

「――――」


 私がボムを投げるとほぼ同時に、『ルシファー』の集団は大鎌から巨大な炎の波を次々に放っていく。それは、空中に浮かんだ私の身体を切り裂かんと襲いかかってくる――が、その直前でボムは炸裂し、爆風の代わりにおびただしい量の水の塊を叩き込んでいった。

 ……まさに、水の「爆弾」。紅蓮の刃によって切り裂かれたそれは消滅するどころか姿を無形へと変え、巨大な手を広げるように『ルシファー』たちへと襲いかかる――!


「「――っ……!!」」


 空中に生み出された水渦の氾濫を防ぐ術もなく、何体かの『ルシファー』が押し流されて部屋の隅に叩きつけられる。鏡のように磨かれた床一面にはくるぶしがつかるほどの泉が広がり、『ルシファー』たちの全身を包んでいた熱気はあっという間に冷やされていった。

 それを見届けながら、私はばしゃり、と水音を立てて床へ着地する。すると、そこへ左右から殺気をみなぎらせて大鎌を構えた連中が私を取り囲んできた。

だけど――。


「……させないっ! 『アイススライダー・スラッシュ』!!」


 『ルシファー』たちの死角へと回り込んだ遥が、低い位置から蹴撃を放ってくる。彼女の全身から放たれたオーラは水浸しになった床を氷結させて、その固く平らになった表面を鋭く滑走しながら敵の一団へと襲いかかった。

 遥の得意技『エンジェルトルネード』に勝るとも劣らぬその攻撃は、『ルシファー』たちをなぎ倒して四方へと吹き飛ばす。それを迎え撃たんと連中は私から彼女へと視点を切り替えたが、その隙に反対側に移動した葵お姉さまは、敵が気づくよりも早く手に持った弓に矢をつがえ構えた。


「こちらも、お忘れなく……『アイシクルズ・シュート』!!」


 天井に向けて放たれた矢は、空中で巨大な氷柱を生み出す。それは次の瞬間に砕け散って無数の氷の槍へと代わり、まるで雨のように地上へと鋭く降り注がれていった。


「「……っ……!!」」


 氷の弾丸を身体に受けて、ある者はその場に崩れ落ちて膝をつき、ある者は倒れた勢いで持っていた大鎌を取り落とす。

 ……ざっと見たところ、残りは約半数。これなら、私たち3人でも互角以上に戦うことができる――そう内心に安堵を覚えかけた、その時だった。

 

「ほー、なかなかやるじゃねぇか。いや、大したもんだぜ」


 そう言ってブラックカーテンは、一応称えているつもりなのか拍手を送ってくる。そんな男に私は攻撃を仕掛けてやろうとボムを手に掴んだけれど、……直後に覚えた背後からの戦慄にはっ、と息をのみ、そして愕然とその場に立ち尽くした。


「なっ……!?」


 私たちの目の前で、……倒されたはずの『ルシファー』たちが起き上がってくる。しかもその身体を穿ち、斬り裂いたはずの傷は徐々にふさがり……目は虚ろながらも全くの無傷の姿に戻って再び、武器を構えて……?


「ど……どういうこと……!?」

「お前たちがこれまで戦ってきた「人形」どもと、『ルシファー』の違いだ。こいつらは内部のアスタリウム結晶の力によって、傷やダメージを回復する。そして痛みを感じることもない……つまり、無敵の存在ってやつだ」


 ブラックカーテンはそう言って、驚きのあまり固まる私たちを見据えながら今まで以上に酷薄な表情を浮かべる。

 それは、まさに――勝利を確信したという、余裕の笑みだった。

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