第103話

「『ルシファー』が、無敵の存在……っ?」

「まー、そういうこった。……あぁ、どこぞの半端な悪党どもが虚勢を張って言ってのけるような、胡散臭い豪語と一緒にするなよ? 文字通り、お前たちがどんなに超常の力を発揮したとしても、こいつらの前には効き目なし……はっきり言っちまえば、無意味ってことだからな。そこんとこ勘違いのないように、なっ」

「なっ……!」


 残酷な事実を軽薄な口調で突きつけられて、私はがんっ、と頭を殴られたような絶望にも等しい衝撃を覚える。

 これまでにも、私たちはいろんな強敵と戦ってきた。その中には圧倒的な能力の差で歯が立たず、辛酸を舐めさせられた相手も確かに存在した。そんな悔しさと、不屈を期した願いがあったからこそ私が開発にこぎつけた新しい力がこの『エレメンタル・フォーム』だったのだ。

なのに、それを上回るどころか存在意義さえも全否定するような相手が今、私たちの前に立ちふさがっている……?

そんなこと、ありえない。いや、絶対に信じたくはなかった。


「「――――」」


 そんな中、ゆらり……と身体を揺らしながら、『ルシファー』たちが一斉に足を踏み出す。私は我を取り戻し、自らの心に叱咤をかけると身構えて戦闘態勢をとった。そして、


「……エンジェル、ボムっ!」


 『ルシファー』たちが攻撃態勢に入る前に機先を制すべく、私は腰のポシェットから取り出した通常のネコ型ボムを投げ放つ。閃光とともに炸裂したそれは凄まじい爆風を伴って土煙を舞い上げ、その中に敵の集団を飲み込んでいった。

 属性が同じ『火』とはいえ、これだけの威力を至近で受ければ通常の場合、さすがに無傷ではいられないだろう。だけど――。


「……っ……!」


 やはり、とある程度の覚悟はしていたが、『ルシファー』たちは多少のダメージを負ったように映るものの膝を屈することもなく、悠然とした様子だ。おまけにその傷は、自然回復とはとてもいえない速度で塞がっていく……!


「くっくっくっ……どうだ、大したもんだろ? 純正のアスタリウム結晶を搭載した『人造人間(ホムンクルス)』のすごさは、その力以上に無尽蔵といってもいいくらいの回復力ってわけだ。……まぁ生身の人間には、絶対に持ち合えない特性だな」

「くっ……!」

「で、そんな「コピー」に対して「オリジナル」の『天ノ遣』はどう戦ってみせるのか…… ははっ、なかなか見応えのあるものになりそうじゃねぇか。せいぜいいいデータを提供してくれるよう、期待してるぜ」


 ブラックカーテンはそう言うと、またしても厭味ったらしい動作で指をぱちん、と鳴らす。すると、周囲の空間に無数のウィンドウが現れ……それらは視点や角度を変えたモニターとなって私たちや『ルシファー』たちを映し出した。


「っ……これは、何のつもりよ!」

「だから、データ集めだよ。俺の本命はあくまでも『アカシック・レコーダー』の2人で、お前たちと戦うのは単なる運用テスト、まぁ予行演習ってやつだ。わざわざ俺のとっておきの兵器を見せてやったんだから、それくらいの代価は当然だろ?」

「ふざけないで! そんな馬鹿なことに、私たちが協力なんて――きゃぁぁあっっ!?」


 いきり立つ私の怒声は、直後に襲いかかってきた爆炎の轟きによって遮られる。なんとかとっさの反応で回避したものの、床を焦がしたいやな臭いが灼けた空気とともに伝わってきて、思わず顔をしかめながら私は口元をおさえた。


「そっちがどう思おうが、俺にゃ関係ねぇよ。ただ、ここで戦わなければこいつらは『浮遊城』を出て世界各地の都市や集落を襲い、大災害をもたらす……それでもいいってんなら、別に俺は構わねぇがな」

「……っ……!」


 無情な宣告に、抗う言葉もない。つまり私たちには、ここで戦う以外の選択肢は残されておらず……加えて、絶対に勝たなければいけないということだ。

 絶望的なほどに強大な敵を相手にして、必勝を求められる重圧感。そして、それを「余興」として見世物のように扱われる屈辱――このブラックカーテンという男は、今まで戦ってきたどんな相手とも違う悪辣さと狡猾さを持ち合わせた、正真正銘の「悪党」だった。


「クルミちゃん、下がって! はぁぁぁあっっ!!」


 その声とともに遥は私の前へ進み出ると、左足を軸にして右足を振り上げながらスピンを始める。すると、その回転ともに空気中の水分が集まって水流の渦が生まれ、旋風をまとった彼女の身体は天頂近くまで高く跳び上がった。

 遥の必殺技である、『エンジェルトルネード』――それが『エレメンタル・フォーム』によって強化された発展形だ。そして――。


「『タイダルウェーブ・ストーム』っっ!!」


 竜巻状になった巨大な渦とともに、遥の飛び蹴りが『ルシファー』たちの群れの中心へと襲いかかる。それを迎え撃つべく敵の集団は手に持った大鎌から火炎の嵐を放ってきたが、それらはことごとく空中から押し寄せる激流によって打ち消され、逆に彼女を中心にした津波のような大量の洪水に飲み込まれていった。

 豪雨のような水飛沫が噴き上がり、『ルシファー』はことごとく水の嵐の中に姿を消した――かと思った、その時だった。


「……えっ!?」


 ぽつん、と水面に映った影のようなものと頭上からの気配を感じて、遥は顔を振り仰ぐとはっ、と息をのむ。そこには、難を逃れた『ルシファー』の一体が舞い上がり、今にも炎の斬撃を放たんとその鎌を振りかぶっていたからだ。


「遥さん……っ!」

「危ない、遥っ!!」


 悲鳴を上げて足を踏み出しかける葵お姉さまを追い抜き、私はポシェットの中からネコ型ボムをつかむ。そして遥をかばいながら上体を翻し、それを渾身の力を込めて投げつけた。


「『ハイドロボム・ワイドプレッシャー』っっ!!」


 火炎の刃に直撃したボムは轟音を立てて爆発し、瞬時に生み出された水の塊が熱を中和して水蒸気へと変わる。ただ、そのあおりを食らった私はその場に踏みとどまる余裕もなく、背後の遥も巻き込んで吹き飛ばされた。


「きゃぁぁぁあっっ!」

「クルミちゃん! くっ……!!」


 ふいに身体の動きが緩やかになり、私は床にたたらを踏んで倒れ込む。そして背後に振り返ると、そこには私を抱き止めている遥の姿があった。


「遥っ? しっかりして、遥!」

「だ、大丈夫……っ……」


 顔をしかめながら、それでも遥は笑おうとしてくれる。だけど、額にびっしりと浮かんだ汗と、わずかに足をかばうような体勢はとても無事ではないことを物語っていた。

 しかも――。


「……えっ!?」


 劣勢に追い打ちをかけるように、私のネコ耳型レシーバーから警告音が鳴り響く。

 一定以上の負荷がかかった時に波動エネルギー増幅機が破壊される前に作動する、安全装置だ。それを合図にポシェットのチェリー部分から「青」のメダルが吐き出されて、遥の手首の水晶からも同じ色のものが転がり落ちていった。


「しまった……!」


 急いでメダルを再装填しようとしたが、その動きよりも早く周囲からおびただしい殺気が沸き起こる。しまった、と思った時にはすでに遅く、いつの間にか立ち直っていた『ルシファー』たちが放った火炎が四方から、私たちに向けて襲いかかってきた……!


「やらせません……! 『ハイドロ・レインシールド』!!」


 そう叫びながら、まだ『エレメンタル・メダル』による強化状態を残していた葵お姉さまが、頭上へ向けてアローを放つ。その屋は空中で弾けて水の傘状のフィールドをつくり出し、それが私と遥を包み込んで飛来する炎を次々に弾き飛ばした。


「大丈夫ですか遥さん、クルミさんっ!」

「え、えぇ……遥が、守ってくれましたから」

「ううん、最初に守ってくれたのはクルミちゃんだよ。ありがとうね……、っ」


 そう言って遥は立ち上がりかけたが、苦痛の声を上げてその場にかがみこむ。

 おそらく無理な姿勢で私を受け止めたことで足首を捻ったか、痛めてしまったのだろう。足技を武器に戦う彼女にとって、それは致命的ともいえる負傷だった。


「あっ……!?」


 さらに、葵お姉さまのスーツも今の防御技で限界に達したのか……全身が弱い光に包まれたかと思うと、手首の水晶からメダルが出現して地面へと落下する。それに伴って彼女のスーツは通常状態に戻り、先ほどまでの強い力の気配は完全に霧散してしまった。


「いやー、頑張るねぇ。さすがは本家『天ノ遣』。色々と参考にさせてもらったぜ」

「……っ……!」


 余裕綽々の態度で、にやにやと笑うブラックカーテン。その男の顔を憎々しい思いで睨み返しながら、私は自分に対する無力感、なによりも遥と葵お姉さまへの申し訳なさに、泣きたくなるほどの悔しさと悲しさを覚えていた。

 2人の力になりたいという思いで開発した、『エレメンタル・フォーム』――それを完膚なきまでに打ちのめされたという事実は、どんな時でも強気でいたいと振る舞ってきた私の心を挫いて、……震えが止まらない。

 すると、そんな私の気持ちを励ますように遥が優しく肩に手を置いて、「……大丈夫だよとにっこりと笑って頷いてくれる。そして表情を険しく改めると、ブラックカーテンを見据えながら私を背後にかばうように立ち上がった。


「まだだよ、ブラックカーテン。私たちは、あなたなんかに負けない……!」

「へっ……威勢がいいのは結構だが、その脚でなにができるってんだ? こっちは全員が五体満足、おまけにダメージを食らっても瞬時に回復できちまう。つまり、消耗する一方のお前たちに勝機なんてねぇんだよ」

「そんなこと、……っ」


 そう言って遥は足を踏み出そうとしたけれど、すぐに苦痛がぶり返してきたのかうめくように声を上げる。そんな彼女を葵お姉さまがすかさず抱き止め、横に寄り添うようにして支えた。

 すると、そこへ天使ちゃん――の姿をしたエリスがふわふわと宙を浮かびながら、私たちの前に進み出る。そしてブラックカーテンに対峙すると、努めて感情を抑えたような口調でいった。


「ブラックカーテン……お前は『ルシファー』たちを操って、何を企んでいる?」

「決まってるじゃねーか。この『イデア』で波動エネルギーを浪費しまくってる、堕落した人間どもを根絶やしにしてやるのさ。大魔王ゼルシファー様の世界をつくり出すためにな……」


 そう言ってブラックカーテンは、恍惚とした表情で背後へと振り返る。そこには禍々しい形相で不気味な笑みを浮かべる、あの大魔王ゼルシファーの顔があった。


「つまりあんたも、ダークトレーダーと同じ目的ってわけね。人間界を滅ぼして、魔界――『エリュシオン』を復権させるために、こんな企みを……?」

「……『エリュシオン』を、復権させる? ははっ、あんな出がらしの朽ちた世界なんて、ゼルシファー様にふさわしくねぇよ。俺がやろうとしてるのは――新たな世界の創造だ」

「新たな世界の、創造……っ?」


 およそ想定の範囲内の野望だと思って口を挟んだ私に、ブラックカーテンは侮蔑と、なぜか若干の憤りすらも感じさせる声色でそう返してくる。そして、その意味が理解できず怪訝に眉を顰める私たちに向かって顔を戻すと、さらに言葉を続けていった。


「波動エネルギーを失った『エリュシオン』に、もう用はねぇ。浪費するだけの『イデア』もな。だからこそ、2つの世界に存在する生命を全部メダル――波動エネルギーの結晶体であるアスタリウムに変えて、新たな世界を創造させるのさ。そして、そこに眠りから覚めたゼルシファー様が、支配者として君臨なされるってわけだ……!」

「なっ……?」


 その、あまりにも途方もなく……なによりも残酷で凶悪極まりない野望を知って、私は声どころか息すらも忘れてしまうほどの衝撃を覚える。ブラックカーテンの目的は人間界と魔界の融合でも、ましてや魔界を復活させるものでもなかったのだ。

この男の目的は、大魔王ゼルシファーのための『世界』を創り出すこと。そのためならば存在している2つの世界を滅ぼすこともためらわないどころか、全く必要と感じていない……!?


「そんなこと、させないわ……絶対……っ!」

「だから、言っただろ? お前たちがどう思おうと勝手だが、こいつはもう決まったことだ。……というわけで」


 その言葉を合図に、これまで私たちを取り囲んでいた『ルシファー』たちが一斉に大鎌を構え、その巨大な刃を振りかぶる。それに対して私たちも必死に迎え撃とうと全身に力を込めたが、もはや劣勢の状況は否めず、防御の姿勢すら覚束ない有様だった。


「もう集められるものは集めたことだし、そろそろおしまいにしようや。……行け」

「――っ……!」


 どれだけ想いや覚悟があっても、身体がついてこない。ここまでなの――そう思って目を閉じた、次の瞬間だった。


「決まってない――ううん! あたしが、決めさせないっっ!!」


 その声……聞き間違えるはずもない。天真爛漫で、明るく……どんな時でも希望と元気に満ちあふれた、「彼女」は――!


「『エンジェルジェットスライダー・暁』ッッ!!」


 謁見の間の奥の扉から勢いよく駆けこんできたのは、天月めぐる――私たちの頼もしい後輩の勇ましい姿だった……!

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