第104話
「――てやぁぁあぁっっ!!」
気合のこもった怒声を張り上げて、めぐるは手に持ったメイス状の『ローズクラッシャー』を大上段から鋭く振り下ろす。その勢いとともに、鎖でつながれた水晶の塊がロッドの先端からうなりを上げて放たれ、『ルシファー』の集団へと襲いかかった。
その直撃をまともに食らった1体は、防御の姿勢をとることもできないまま遠く離れた壁際にまで吹き飛ばされる。さらに水晶球の猛威はとどまることなく轟音を響かせて床を砕き、無数の瓦礫と粉塵を舞い上げながら深くめり込んだ。
「っ、まだまだぁっ!!」
さらにめぐるは、ぴぃぃん、と張りつめた鎖が元に戻ろうとする反動を利用して、前方に大きく跳躍する。ただ、そこは敵陣のど真ん中であり、彼女が地面へと降り立つや四方から『ルシファー』たちが彼女を取り囲んでいった。
「危ない、めぐるっ……!」
私は悲鳴にも近い声で呼びかけたが、めぐるは怯んだ様子も見せずにその場で腰を落とす。そして、ロッドを持つ側とは反対の左手でぐいっ、と鎖を握りしめると、居並ぶ『ルシファー』たちを見据えながら水晶の塊を一気に手繰り寄せた。
「『エンジェルタイフーン・暁』っ!!」
その叫びを合図にめぐるは自らを軸にして、鎖を介した水晶球をハンマー投げの要領で大きく回転させる。その怒涛のような軌道は遥が得意技とする『エンジェルトルネード』にも匹敵するほどの旋風を巻き起こし、真空の刃さえも生み出して『ルシファー』たちを次々に薙ぎ払い、斬り裂いていった。
「なっ……!?」
あっという間に蹴散らされた『ルシファー』たちは謁見の間の壁際にまで弾かれて、直撃を食らった数体に至っては壁そのものに激しく叩きつけられる。
まさに、瞬殺。鎧袖一触と呼んでも言い過ぎではないと感じられるほどの、圧巻の一撃だ。もしこれが通常時の戦闘であれば、相手の反応を確かめるまでもなく勝利を確信していたことだろう。
……だけど、今の私たちの相手は無限の回復力を有する、ある意味で「不死身」の連中だ。少なくとも決まったとはとても思えず、またそれを裏付けるように余裕の笑みを浮かべているブラックカーテンの様子から見ても、敵に与えたダメージが軽微であることはもはや明らかだった。
「気をつけて、めぐる! まだ、終わりじゃないわよ!」
「大丈夫……!」
水晶の巨球をロッドへと戻しながら、めぐるは背中越しに言葉を返してくる。彼女も今の攻撃だけで終わったとは思えないと、その肌身と手応えで感じているのだろう。
……やがて、もうもうとたち込める土煙の向こうから無数の人影が浮かび上がる。それは傷つきながらも無機質な表情、いびつな動きでこちらへと向かってくる『ルシファー』たちの姿だった。
「(やっぱり……めぐるでも、ダメかっ……)」
せっかくピンチに駆けつけてくれためぐるの加勢がそれほどの効果をもたらさなかったことに、私は若干の失望を覚える。
とはいえ、こんなところで諦めの姿勢を見せるなんて先輩としては一番の恥だ。そう思い直した私は、ポシェットからボムを取り出して追撃の準備をする。そして、横に立っていた遥も考えは同じだったようで、葵お姉さまの支えから離れると前に足を踏み出そうとした――のだけど、痛みのせいで踏ん張りがきかなかったのか、たたらを踏むようにふらついてその場に膝から倒れかけた。
と、そこへ――。
「えっ……!?」
「……無理をするな、レッドエンジェル。その足では戦うどころか、自分の身を守ることも容易ではないはずだ」
「み、ミスティナイトさま……!?」
遥はもちろん、私と葵お姉さまも我が目を疑うほどに驚く。それもそのはず、倒れかけた彼女をすんでのところで抱き止め、支えてくれたのはミスティナイトだったからだ。
……仮面に隠された素顔と、背中に翻る紫のマント。その正体は私たち聖チェリーヌ学院の前生徒会長であり、すみれの兄――如月唯人お兄様だ。
その事実を知っているのは、今のところ私と葵お姉さまの2人だけ……のはず。特に誰かから口止めをされているわけでもないのだけれど、なんとなく口外することを憚るべき気配を葵お姉さまから感じたことがあったので、これまで遥にすらそのことを明かしてはいない。いずれ真実を伝えるべきだとは、わかっているのだけど……。
「ど、どうしてお兄――ミスティナイトが、こんなところにっ?」
「もちろん、君たちの加勢だ。乙女の赴くところ、わずかなりとも力になれることがあるのでは、と思ったからな」
「あ、ありがとうございます……!」
足の痛みも吹き飛んでしまったのかと感じられるほどに、遥は喜色満面で舞い上がっている。……ただ、その一方で私は神妙な表情を浮かべる葵お姉さまと目配せをかわし、怪訝な思いを抱いていた。
「(唯人お兄様が……どうして、ここに?)」
めぐるとすみれが突然行方をくらました事実はともかくとして、彼女たちを救うためにこの浮遊城へ私たち3人で乗り込むことになったことは、まだ神無月家には伝えていない。途中まで飛行機で送ってくれた長月にも、くれぐれも内密にと伝えてある。
理由は、……『天ノ遣の決戦兵器』とされるめぐるの今後を慮ってのことだ。以前魔界に連れ去られた時もそうだったが、陰謀を企む連中の狙いが彼女にあると『天ノ遣』の本家、さらに総本山であるキャピタル・ノアにまで情報が伝わってしまったら、おそらく「偉い人」たちはその身柄を今までのように平穏な日常に置くことを決して許さないだろう。
事と次第によっては、監禁して自由を奪うという判断を下すかもしれない。そして最悪の場合、エリスが受けたような酷い扱いを受けることだって十分に考えられた。
「(だからこそ、私たちは秘密裏に彼女たちを奪還して、敵の企む計画を阻止しなければいけない……)」
そのために私たちは、無謀かもしれないけれど決死の覚悟を決めてここまでやってきたのだ。『天ノ遣』本家当主である神無月咲枝おばさまや美佐枝おばさまにも一切告げることなく3人だけで全て解決するつもりでいたので、当然このことは唯人お兄様にも相談すらしていなかった。
にもかかわらず……彼は、来てくれた。確かにありがたくて心強いことには違いなかったのだけれど、それ以上に「なぜ」という戸惑いがあったので、私と葵お姉さまは遥のように素直に喜ぶ気分にはなれなかった。
「(そもそも、めぐるを救うためにすみれが魔界に行くと言い出した時も、唯人お兄様は頑として首を縦に振らなかったのに……)」
もちろん、本当は誰よりも優しいお兄様のことだから、言葉では反対だと言いつつ結局力を貸してくれた、ということでも何ら不思議はない。まして、自分の妹であるすみれの安否が関わっているのであればなおのことだ。
それは、わかっているつもりなのだけど……どうして私は、この光景を素直にそうだ、と受け止めることができないのだろう……?
そんな答えの見つからない疑問が頭の中で渦巻いていた、その時だった。
「おー、やっと片方がお出ましか。ヒーローは遅れてやってくるとはよく言ったもんだな、くくくっ……」
そう言ってブラックカーテンは、めぐるを傲然と見下ろす。その表情と振舞いは変わらず飄々とした態を装っていたが、……その目は私たちの時とは異なって全く笑っておらず、まるで刃物のような鋭い光を宿していた。
「……ふん。お前とはこれで、初対面ってことになるわけか。とはいえ、何度も俺の「影」と顔を合わせてきたわけだから、今さら自己紹介はいらねーよな?」
「……。さっきはすみれちゃんをあんな目に合わせておいて、よくもそんなことが言えるね……!」
はっきりとした嫌悪、そして怒りを声ににじませながら、めぐるは武器の『ローズクラッシャー』をメイス状から巨大なハンマー状へと変える。
すみれの身に、いったい何があったのか? そんな不安を抱きつつも私はめぐるの背中を見守り、表情は見えないものの張りつめた彼女の気配に思わず固唾をのんだ。
「まぁまぁ、戦う前からそうカッカするんじゃねーよ。……にしても、お前の持ってる波動エネルギーの保有量は、大したもんだな。エリュシオンでくたばりかけてた、あのおいぼれ女王の力を引き継ぐ器に選ばれたってのも納得だぜ。なぁ、『エリューセラ』様……?」
「あたしは、そんなのじゃない……!」
「はっ! 気づいてないのは、お前自身だけさ。エリュシオンの人間じゃねぇやつが『魔王のメダル』と同化したら、フツー無事じゃ済まねぇんだよ。お前も見ただろうが、クラウディウスが『魔王のメダル』を取り込んだ瞬間、どうなったのかを……」
「……っ……!」
……エリュシオンでの決戦の話は、帰還しためぐるとすみれから報告を受けて知っている。彼女たちはエリュシオンの巫女の力を借りて、怪物と化したクラウディウス――若い頃のダークトレーダーと戦い、なんとかそれを倒すことに成功したのだ。
ただ……めぐるはそこで、一時的とはいえ魔王の力を得て、すみれたちに戦いを挑もうとしたという。その一連の内容は2人とも話しづらそうにしていたから詳しくは聞かなかったのだけど、そんなことになっていたんだ……。
「さすがは、『天ノ遣』の連中が生み出した最高傑作ってところか。そのおかげで、一度はくたばっておきながら無理やり生き返らせられて……はっ、気の毒なこった」
「…………」
「ん……? その顔は、すでに知ってるってことだなぁ? その通り、お前は『天ノ遣』でありながら、そうじゃねぇ人間。呪われた血、忌まわしき存在ってやつだ」
「っ、やめなさい、ブラックカーテン!」
あまりにも酷い暴言に、傍で聞いているほうがとても堪えられなくて、2人のやり取りの間に割って入る。……が、そんな私に対して半ば蔑み、そして憐れみを含んだ嘲りの視線を向けながら、ブラックカーテンはふん、と鼻を鳴らしていった。
「……ごまかすなよ、『天ノ遣』の下っ端が。どんなに綺麗ごとで取り繕うとも、お前たちのやってきたことだって十分すぎるくらいに外道の所業だぜ」
「なっ……?」
「違うと言えるのか? お前たちは自分たちの脅威となる存在を排除するために、それに対抗する力を持った人間――「兵器」を生み出した。そして俺は、ゼルシファー様のために『ルシファー』をつくり出した……どちらも同じじゃねぇか。いずれにしても、命の尊厳に対する冒とくってやつじゃねぇのか?」
「……っ……!?」
はっ、と私は息をのんで、二の句が継げなくなる。そして、以前葵お姉さまが教えてくれためぐるの素性についての説明が再び脳裏に蘇ってきた。
『――天月めぐるさんは、『決戦兵器』といってもいい存在なのです』
頭を殴りつけられたような衝撃。全身に血の気が引くような冷たい感覚が広がっていく。……だけど、私は首を激しく振って我に返り、思考を取り戻した。
そうだ、めぐるはめぐる。モノでもなんでもなく、まして「兵器」などでは決してない、私の大切な後輩だ。そんな彼女の誇りを、尊厳を、何より優しい心を傷つけるような言葉は絶対に認められず、また許すことができなかった。
と、その時――。
「――知ってるよ」
ぽつり、と。
呟くような小さな声で、めぐるはそう答える。その、あまりにも感情のこもらない冷たい響きに私は息をのみ、表情の見えない彼女に目を向けて固まった。
「めぐ、る……?」
めぐるの全身から放たれる、波動の気配が……いつもと、何か違う。
不安定ながらもあたたかく、そして生気に満ちあふれていた『陽』とは異なる……これはまさに、『陰』だ。遥に葵お姉さま、テスラやナインとも似ていないこの「波動」の感じは……むしろ――。
「あたしは、『天ノ遣』でも……正義の味方でもない。ただ、悪いことを考えてる人に立ち向かい、それを倒すためにこの世界で生きることを許された、ちっぽけな存在。人間でないなら、魔物でも、化け物とでも呼んでくれて構わない。だから――」
その時、傷を回復させて体勢を立て直した1体の『ルシファー』が大鎌を振りかぶって、めぐるの不意を突くかたちで襲いかかってくる。それを見た私は、「めぐるっ!」と血の気が引く思いで叫びそうになったが……それが言葉となって口から吐き出されるよりも早く、彼女は持っていた大槌を「片手」で振るい、一合も武器を交えることなくぐしゃり、と全く容赦のない撲撃で相手の身体を地面に叩きつけた。
「……っ? め、めぐる……?」
敵を押し潰すほどの腕力もそうだが、なによりも時として優柔不断に感じられるほどに優しい性分のめぐるが放ったとはとても信じられないほどの、その苛烈な一撃。
そして――。
「ブラックカーテン。あなたも含めて、全ての闇を――あたしが、倒す」
その声は、頼もしさを超えた恐ろしさを含んだ響きで――戦慄すら覚えるものだった。
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