第77話

 みるくちゃんと快盗天使の先輩たちが、意外な人物と合流を果たしていたのとほぼ同じ頃――。

 私は、先ほど戦ったメアリの正体が何者だったのかをテスラさんから告げられて、驚きのあまり全身から血の気が引くような衝撃を覚えていた。


「『ルシファー・プロジェクト』……っ? じゃあ、私たちに向かってきたメアリは全部、つくり出された「生体兵器」ってことですか!?」


 『ルシファー・プロジェクト』……その言葉は、忘れもしない。確か、『失われた過去の世界』で過ごしたあの夜にテスラさんが語ってくれたものだ。生化学的な技術によって生み出された人造人間(ホムンクルス)に、『聖杯』の力――波動エネルギーを注入することによって、対『天ノ遣』を目的とした「生体兵器」に変えるという。

まさに現代の錬金術とも呼ぶべき、禁忌の創造計画。それを実現させようとしていたのは復讐の炎を燃やして悪事に手を染めていたダークロマイアの幹部、あのダークトレーダーだった……。


「……えぇ、そうです。お父様が長い時間と莫大な資金を投じて研究し、最後は自らの命とともに闇へ葬り去ったはずのもの――それが再び掘り起こされただけでなく、さらに力と規模を拡大して実行に移された。それが……このメアリ「たち」です」

「……っ……!」


床を埋め尽くすほどに転がった、大量のメアリの亡骸に目を向けて……吐き気にも似た不快感が、喉の奥からせり上がってくるのを感じる。

 確かに人造人間のことは、テスラさんから話で聞かされた。そして、その情報からどんなものかを想像して……おぞましさでぶるっ、と身の震えを覚えたりもしたものだ。

 でも、……実際にこの目で見た今となっては、その感覚はまだ生易しいものだったのだと思い知らされてしまう。この気持ちは、そう……生理的に沸き起こる「拒絶本能」と言えばむしろ適切かもしれなかった。


「(だ、だけどっ……!)」


 目の前の事実を拒絶することは愚かだと思いつつも、私はあえて首を振って否定を呟く。

 ありえない……そう、ありえないはずなんだ。なぜなら『ルシファー・プロジェクト』はダークトレーダーの死とともにすべてのデータが失われて、実験施設もすべて破壊されたとテスラさんは言っていたのだから。

 にもかかわらずそれが復活し、あまつさえ私たちにとっての難敵であったメアリとなって、目の前に現れた――?

 だとしたらいったい、だれがそんなことを可能にしたというのか……?


「あの……すみれちゃん。『ルシファー・プロジェクト』って、いったいなんのこと?」

「……そういえば、めぐるは聞いてなかったわね。以前、私たちがエリュシオン・パレスで戦ったダークトレーダーが研究していたのは、人造人間――ホムンクルスをつくり出して、意のままに操る戦士を作ることだったのよ」

「人造、人間……?」


 私の説明を受けてもいまひとつ理解が及ばなかったのか、めぐるは訝しげに首を傾げる。すると、そんな彼女の側に立っていたナインさんが、ぼそり、と言葉を添えていった。


「……つまり、人形。人間じゃない」

「えっ……!?」

「えぇ、なっちゃんの言葉通りの解釈で問題はないと思います。戦うためにつくり出された、自我を持たない戦闘兵器……生物に限りなく近いアンドロイドといえば、わかりやすいでしょうか」

「……っ……」


 さっきまでは話から取り残されたようにひとり戸惑っていためぐるは、その説明に息をのんで驚き……そしてすぐに沈痛な表情に変わって胸元をきゅっ、と握りしめる。

 おそらくアンドロイドという言葉から、かつてのヴェイルとヌイのことを連想したのだろう。……その気持ちは痛いほど伝わってきたが、それよりも今は確かめておくべきことがあると思い直した私は、顔をテスラさんに戻すと言い募っていった。


「でも、テスラさん? 『ルシファー・プロジェクト』は「器」となる肉体はともかく、「魂」の製造ができなかったために使い物にはならなかった、って言ってませんでしたか?」

「はい。ですが、あえて「魂」を用いずとも一定の思考と意思があれば、「道具」としての機能を果たすことができる。……このメダルはそのためのものです」

「…………」


それを聞いて私は、改めてテスラさんが手に持った黒焦げのメダルに視線を向けながら、唇をかみしめる。

みるくちゃんから聞いた話だと、私たちの持つブレイクメダルやそのもとになったアストレア・メダル、そしてメアリたちの組織から回収を行ってきたメダルには波動エネルギーの源となる物質――アスタリウムが含まれているという。

それを利用することで、私たちはツインエンジェルBREAKとしての活動を行ってきたのだけど……その力があまりにも強すぎるため『天ノ遣』以外の人間が扱った場合は制御ができなくなり、最悪の場合意識を奪われてしまうこともある、と彼女は言っていた。


『だから、扱い方にはくれぐれも気をつけてよね。あなたたちくらいの能力の持ち主なら、普段から身に着けていても影響はないでしょうけど……そのメダルはある意味で、「生き物」にも近いものだから』


 「生き物」とはどういうことなのか、みるくちゃんから最初に説明を受けた時は正直よくわからなかった。……だけど、エリュシオン・パレス内部の壁一面に並んだ大量のメダル、そして魔王ディスパーザの力が宿った『魔王のメダル』をこの目で見た今となっては、私にもその意味が理解できる。

 あのメダルにはエリュシオンの民の能力だけでなく、人格と意識――「魂」が封じ込まれていた。つまり、それを使えば『ルシファー・プロジェクト』に足りなかった最後の、そして最も重要なパーツが揃うことになる……!?


「だとしたら、それは『エリュシオン・メダル』なんですか……っ?」

「いえ、実際には本物ではなく劣化した模造品でしょう。とはいえ、それさえあれば最低限の働きをやってのけることはさっきのことで証明済み――、っ?」


 その時、低く鈍い音とともに地面が揺れ、衝撃が足から前進へと伝わってくる。それは立っていられないほどのものではなかったが、天井と壁から崩れて落ちてきた瓦礫が、不穏な気配を感じさせていた。


「あいにく、今は時間が惜しいです。本来ならば落ち着いてお話をさせてもらいたいところですが、まずは移動しながらでも構いませんか?」

「……わかりました」


その言葉に従って私たちは、来たところとは反対側の壁にあった扉へと向かい、それを開け放って大広間を出る。そして延々と続く回廊を早足で進みながら、二人が調べ上げた今の状況と、敵組織の動きについての説明を受けることにした。 


 × × × ×


 ……ほのかな灯りだけが足元をなんとか照らす薄暗い中を、私たちは慎重に周囲をうかがいながら回廊を突き進む。

 幸い、先ほどのような敵の待ち伏せには出くわさない。……だけど、その分テスラさんが調査の末に導き出したという敵の思惑に耳を傾けることができたため、違う意味の衝撃を心身ともに覚えずにはいられなかった。


「世界の、改変……っ? それって、以前にダークトレーダーがエリュシオンでやろうとしたことじゃないですか!?」

「いえ、もっとひどいものです。この陰謀を企んだ連中は、『エリュシオン・メダル』に類似する力を持ったメダルを大量に生み出し……そのエネルギーによって私たちが暮らす人間界と、魔界――エリュシオンを融合させ、自らの支配下に置こうとしています。『ルシファー・プロジェクト』ですら、その力を利用した手段に過ぎない……」

「なっ……!?」

「ただ、もしそうなれば私たち人間界の人々だけでなくエリュシオンで必死に崩壊を食い止めている女王やその巫女たち、さらにはメダルに姿を変えて眠り続ける大勢のエリュシオンの民も、無事では済まないでしょう。本当の意味で、この世界は変わってしまい……そして、終わることになります」

「…………!」


 テスラさんからの説明を聞いて、私とめぐるの脳裏にあの、エリュシオン・パレスで繰り広げられた記憶が蘇ってくる。

 思い返してみても、つくづく酷い出来事の連続だった。魔王ディスパーザに身体を乗っ取られためぐるとの対決に加え、魔王の力を取り込んだ若きダークトレーダーとの死闘――。

エリュシオンの巫女であるアインとエンデが力を貸してくれたおかげで、なんとか世界崩壊の危機を回避することはできたものの……結局肝心のダークトレーダーはその後取り逃がしてしまい、彼の暴挙を止めることはできなかった。以降の歴史の改変にも関わる恐れがある事項だからあれでよかった、とテスラさんは慰めてくれたけれど……それが本当に最善手だったのかは、いまだに答えが見いだせない。

ただ、そのために私を取り巻く環境が一変して……最悪の場合めぐると出会わない未来になるのだとしたら、絶対にお断りだ。利己的だと言われたとしても、それだけは譲れないことだった。


「それでも、お父様……ダークトレーダーは波動エネルギーの流れを変えることで既存の世界線と因果律に干渉を行い、それによってエリュシオンを救済しようと考えていた。確かに最悪とも呼べる選択ではありましたが、その手段はある意味で合理的で……なによりも誰かを想ってのものでした」


 ……そう。テスラさんの言う通り、ダークトレーダーもまた自分が大切に思ってきたものを守ろう、取り戻そうと必死だったんだ。その狂気にも近い執着と願いの強さは決して納得できなくとも、理解はできる。だけど――。


「今回の敵の動きは、明らかに両方の世界を手中に収めようというもの。お父様がやろうとしていたことを肯定するつもりはありませんが、あの人が闇に葬り去った研究を私欲で悪用しようとする連中の悪事を、決して見過ごすわけにはいきません……!」

「…………」


 そんなテスラさんの強い口調を受けて、私は身が引き締まるような緊張を全身に覚える。

 ここに来るまでの間、テスラさんとナインさんは敵の動向と背後関係について徹底的に調べ上げていたのだという。そして、海上に突如出現したという浮遊城の話を聞いたことでここが敵の本拠地とにらみ、満を持して乗り込んできたとのことだった。


「海上って言いましたが……ここって、どこなんですか?」

「日本列島からはるか離れた場所……チイチ島のある小笠原諸島よりもさらに南の太平洋上になります。途中までは輸送機に送ってもらいましたが……嵐の結界が強力すぎて、接近するまで少々時間を要しました」


 テスラさんたちはキャピタル・ノアからアラスカ経由でこの浮遊城の手前まで運んでもらい、そこから新スーツの飛行機能を使って接近した後、内部への潜入に成功したのだという。

 それにしても……外が見えないからとはいえ、そんなにも遠くの場所まで連れ去られていたのかと私とめぐるは視線を交わし、なんとか気持ちを静めようとお互いの手を握って頷きあった。


「で、でも……だったらどうして、あたしたちをさらったりしたの?」

「それはわかりません。ですが、不完全とはいえエリュシオン・メダルを人工的に生成し、生命をもてあそぶ技術と知識を持った連中です。……くれぐれも油断しないように。これは、今まで戦ってきた相手とは規模が桁違いです」

「……っ……」



 ごくっ、と戦慄とともに、私は生唾を飲み込んで危うくむせかける。百戦錬磨のテスラさんたちがそこまで警戒するとは、事態の深刻さをいやが上にも意識せざるを得ない。

本当に私たちはこれから戦うであろう敵の企む野望を阻止して、世界の危機を救うことができるのだろうか……そんな不安が頭を一瞬よぎり、私はその弱気を払いのけようと必死に首を振った。


「……それにしても、たとえ劣化版だとはいえ『エリュシオン・メダル』を人工に造り出すことが、本当に可能なんですか?」

「不可能……とはもう言えませんよ。実際に私たちは、大量に複製されたメアリたちと戦ったのですから。……それよりすみれさん、この城の作りや壁の装飾を見て、何か思い当たることはありませんか?」

「思い当たること、ですか……? 別に私は――、っ!?」


 そう言ってみてから私は、はっ、と息をのんで周囲に目を凝らす。そして抱いた思いが口をつき、呻くように言葉をもらしていった。


「ここ……エリュシオン・パレスっ!?」

「……やはり、あなたがたもそう感じましたか。私となっちゃんも、最初に足を踏み入れた時はわが目を疑いましたが……どうやら記憶違いではなかったようですね」

「……っ……!」


 テスラさんの言葉に私とめぐるは愕然と目を見開きながら、回廊の天井から床へと隅々にわたって首を巡らせる。

 ……まさか、こんな形で再びあの城の中を移動することになるとは、思ってもみなかった。それはめぐるも同じ気持ちだったようで、きゅっ、と唇をかみしめながら険しい表情を浮かべていた。


「っ? ということは、エリュシオンからこの城を移送してきたってことですか!?」

「わかりません。ですが、決して楽観できない事態であることは確かです。それに、これだけの質量のものをここまで移送したのだとしたら、エリュシオンにも何らかの影響があったと考えたほうがいいでしょう」

「そんな……!」


 ……私たちを送り出しながら、別れ際にいってくれたアインの言葉が脳裏に蘇る。


『……ボクがディスパーザさま以外に主と認めるのは、お前だけだから。いつでも用があったら呼んでくれよ』


 そう言ってこぶしを差し出しながら、快活な笑みを浮かべてくれたアインと、エンデ。これが本当にあのエリュシオン・パレスなのだとしたら、そこにいたはずの彼女たちはいったいどうなったのだろう。

 無事だと思う……思いたい。それにもしそばにいてくれたら、きっと私たちの力になってくれるだろう。

でも、それは現状だと望むべきことじゃない。とにかく今は彼女たちの健在を祈りつつ、先を急ごうとさらに駆ける足を速めていった。


 × × × ×


 やがて、私たちが進んでいた回廊は突き当たりへとたどりつき、目の前に大きな金属製の扉が立ちはだかっているのが視界に映る。

 実に頑丈そうだが鍵はかかっていないようなので、おそらく押せば簡単に開けられるだろう。だけど……。


「……いる。この先に、敵が……」


 それは予感などではなく、確信だった。そして、その思いは他の三人も同じだったようで、それぞれが戦闘態勢を無言のうちにとって息をひそめている。当然私もサファイア・ブルームを出現させて、それを薙刀状にすると両手でつかみ構えをとった。


「……開けますよ」


 テスラさんの確認の声に、私たちは無言で頷き返す。……開かれた扉の向こうには、先ほどメアリと戦ったものと同じくらいの規模の空間が広がっていた。

 慎重に周囲の様子を窺いながら、部屋の中央付近に足を進める。……と、その時だった。


「そ、そんな……!」


暗闇から姿を見せた「2人」を見て、めぐるは声を震わせて固まってしまう。私も視界に入ってきたそれと対峙して息をのみ、こうも最悪の展開ばかりが繰り返される運命に恨みの言葉をぶつけたくなった。


「っ、ヴェイル……ヌイ……!?」


……そう。私たちの前に現れて立ちふさがったのはアンドロイドの姉弟、ヴェイルとヌイだったのだ――。

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