第76話

 呆然と立ち尽くす私の目の前に、差し伸べられるエリスの白い手。

……一瞬、その仕草の意味がすぐには分からなくて言葉どころか身動きもできなかったのだけど、その手のひらの中になおも光り続けるメダルの形を確かめたことで私はようやく我に返り、顔をあげて視線を再び彼女に向けた。


「……おかげで助かったわ。少し使わせてもらったけど、マナの『核(コア)』までは傷つけてないと思うから」

「あ、うん。……」


 おずおずと『火』のメダルを受け取ると、まだかなりの熱が残っているのを感じる。どういう方法と手順を用いたのかはともかくとして、エリスがこのメダルの中に封じられていたアスタリウム結晶の力――波動エネルギーをもとに炎の剣技を放ち、テスラとナインの「偽者」をしとめたのは明らかだった。


「エリスさん、今の技は……」

「……嫌なものを見せてしまったわね。でも、あまり苦しめずに倒すにはあれが一番だったから」


 そう言って口元をほころばせるエリスの顔に、ほろ苦さがにじんだ陰りが宿る。

 かつて彼女は、大魔王ゼルシファーを支える闇の一族ダークロマイアの幹部のひとり、『ダークフェニックス』として私たちの前に何度も立ちはだかり、その圧倒的な攻撃力と魔力、そして何よりもその強烈な憎悪と執念によって襲いかかってきた。

その中でも先ほど見せた魔法剣技『フェニックス・エクスプロージョン』は回避も防御もほとんど役に立たないほどの大技で、命こそ落とさなかったもののその危機に瀕したことは一度や二度のことではなかった。

 ……今となっては思い出したくもない嫌な記憶で、おそらくエリスも同じ気持ちだったのだろう。とはいえ、そんなことよりもまず私たちは問いただすべき疑問を思い出し、彼女に向き合っていった。


「エリス……いったいどうして、こんなところに? 確かあなたは『ワールド・ライブラリ』にとどまって、その管理者を務めていたはずでしょう?」

「過去形ではなくて、現在もそうよ。とりあえず今は、向こうに残っている「あの子」の力も借りて、この姿を保っているだけなの」

「だからって……なにも天使ちゃんの姿でなくても……」

 

 そう言って私は、ちらっ、と背後に目を向けて遥の様子をうかがう。思ったとおり彼女は半分安心したような、そしてもう半分はがっかりしたような苦笑を浮かべていたけど……さすがに今は声をかける気にもなれず、隣で気遣う葵お姉さまにお任せすることにした。


「気が回らなくて、ごめんなさい。だけど、時間がなかったから新たに転移装置を用意するより、すでにあるものを使ったほうがいいと考えたの」


 ……確かに、そのおかげで私たちは危ういところを脱したのだから、結果的にその判断が正しかったのだと思う。

 さらに聞くと、今の天使ちゃんは移動型の多次元端末のようなもので、情報を送受信する機能の他にも送り側の人物を受け側で構成して肉体を与え、一時的に行動させることが可能だという。それがいったいどういう原理なのか私としても興味はあったけれど、いわく「科学で解明は不可能」とのことだったので、とりあえず話の先を促すことにした。


「とりあえず、さっき詳しい話はあとで……とは言ったけど、この姿で保っているのはそろそろ限界みたい。――っ……」


 その言葉とともに、エリスの身体は光に包まれていく。……かと思うと、それは収束するように小さな球体状へと変わり、次の瞬間私たちの目の前には再びあの天使ちゃんがふわふわと、愛らしい顔立ちで浮かんでいた。


「この世界で私が元の姿でい続けるのは、ほんの少しの時間だけなの。クルミさんの持っていたアスタリウム結晶の力を借りて、一時的に受信量を引き上げることができたけど……よほどのことがない限り、これ以上の実体化はちょっと難しいかもしれない」

「……そうなんだ」


 それを聞いて私は、少しだけ落胆を覚える。エリスの帰還は頼もしい味方が加わってくれた以上に、彼女のことを姉のように慕うキャピタル・ノアの現当主、リリカ・アスタディールさまを何よりも喜ばせてくれると考えていたからだ。

 リリカさまは今、まだ幼い身でありながらもエリスと再会できる日が来ることを信じて、寂しさをこらえながら気丈に振る舞っているという。……泣きたい気持ちを必死に押し隠して笑顔を浮かべ続けたあの時のことを思い出すと、胸がつぶれそうな思いだった。


「(だけど……)」


 逆にとらえると、エリスはそんな厳しい制限がありながらも相当無理をして、さっきは私たちを助けに来てくれたのだろう。その気持ちがとても嬉しく、そしてありがたかった。


「エリス先輩……テスラちゃんとナインちゃんは、その……」

「えぇ、間違いなく偽者よ。その証拠に……クルミさん、一緒に来てくれるかしら」


 遥のおずおずとした問いに答えてから、エリスの人格が宿った天使ちゃんは空中をふわふわと移動しはじめる。慌てて私が『火』のメダルをポシェットに収めてからその後を追いかけると、彼女はこちらの目線の高さで浮かびながら、先ほど放った炎の必殺技が炸裂した辺りで静止した。

 まだ焦げ臭さがしっかりと残っていて、床には炭がこびりついたような跡が嫌な感じだ。……と、その中にきらり、と輝くものが目に入り、私はしゃがみこんでそれを拾い上げた。


「これって……メダル?」


 手のひらの上にのせて見つめると、やはりそれは丸い形をしたメダルのようだ。めぐるやすみれが持っていたブレイクメダルとも、私とジュデッカさまが共同で開発したものとも形状が異なる。

 あえて言うならば、以前メアリたちと戦っていた時に集めたメダルには似ているように感じられたが……そこからあふれ出してくる力の波動は明らかに段違いで、まるで生き物のようだった。


「それでは、先ほどテスラさんとナインさんの姿をしていたのは……?」

「そのメダルが正体よ。術者の命令に従って依り代になった肉体を動かし、姿形だけでなくその能力さえもコピーしてみせる。……感情や人格までは無理としても、それを知らないあなたたちが見間違えるのも無理はないと思うわ」

「…………」


 それを聞いて葵お姉さまは、ほっと胸をなでおろすように息をつく。

確かに、あの「偽者」たちはテスラとナインの動きだけでなく、必殺技までも正確にコピーしていた。もしエリスの介入と容赦のない殲滅行為がなかったとしたら、私たちは心に深い傷を負ったまま反撃するか、あるいは立ち向かう気力すらわかずに倒されていたかもしれない。

 ……そのどちらであっても、想像するだけでおぞましい。


「教えて、エリス。私たちが戦おうとしている相手は、いったい何者なの?」

「……その前に、一つだけ確認させて。あなたたちはめぐるとすみれから、エリュシオンにあるメダルの話を聞いた?」

「ええ。……『エリュシオン・メダル』のことね」


 苦い思いを努めて押し隠しながら、私はため息とともに頷く。

 『エリュシオン・メダル』――魔界と私たちが呼ぶ異世界、『エリュシオン』の城で保管されている膨大な数のメダルは異能の術によって生み出されたもので、それぞれが私たちの力の源である『聖杯』にも似た……いや、「ほぼ同じ」系統の波動エネルギーを内包しているという。

 ……その正体は、崩壊寸前となったエリュシオンから力の供給を受けられないため、生命力の衰退による消滅から逃れうる手段として一時的な眠りに入った、エリュシオンの民のもう一つの姿……「ヒト」の魂だ。さらに、私たちの世界の各所で発掘されてブレイクメダルなどのもとになった『アストレア・メダル』は、魔界エリュシオンに戻ることができずに置き去りとなったアストレアの眷族たちが変化したもの、ということも判明している。


「(つまり私たちは、「ヒト」を研究材料にしてたってことなの……?)」


 最初にそのことを知った時は、生命の尊厳を脅かすような畏れに戦慄を覚えた。正直に言って、これ以上の研究を続けることに対しての迷いと、不安すらも抱いたほどだ。

 それでも、何とか踏みとどまって続けるだけの勇気を持つことができたのは……一緒に研究に携わってきたジュデッカさまの励ましがあってのことだった。

 

『……だったらなおのこと、波動エネルギーの仕組みについて研究を進めないとね。そして今なおメダルになったままのエリュシオンの人たちを、一刻も早く元の姿に戻してあげないと――でしょ?』


 優しい微笑みをたたえながら、固い決意をにじませたその口調が私をどれだけ励ませてくれたか……。

その毅然とした態度は、研究のためなら非人道的なことさえも許される――なんて冷酷なものでは決してない。ジュデッカさまは背負っていくつもりなんだ。今までとこれからの成果における責任と「罪」に加えて、私たちが知らないうちに負ってきた「傷」の痛みさえも……。


「……っ……!?」


思わずあの人のことを思い出して意識がそれかけたが、その質問から私はひとつの推測を導き出す。

エリュシオンの民の人格と超常の能力を封じ込めた、『エリュシオン・メダル』。そして、ここでその話が出たということは、つまり――?


「じゃあこれって、『エリュシオン・メダル』ってことなの?」

「……いいえ。それは出来が極めて悪い、模造品。いうなればそれも、偽者よ」

「えっ? あっ――」


 吐き捨てるように断じるエリスの言葉の意味を裏付けるように、私の手の中にあったメダルが徐々に黒ずんでいったかと思うと……やがて砕けて、形を崩す。そして砂塵のように細かい粒になり、キラキラと弱い光を発しながら消えてしまった。


「やっぱり、メダル自体にも相当の負荷があったみたいね。……とはいえ、あの二人の能力をコピーしてくるほどということは、連中の計画はかなりの段階まで進んでいると考えるべきなんでしょう」

「計画……?」


 わからないことだらけで頭が沸騰しそうだけど、私はなんとか理解を追いつかせるようと気持ちを静めながら、エリスに尋ねかける。『ワールド・ライブラリ』で波動エネルギーの調整と管理を行っていたはずの彼女がこうして駆けつけてくるほどのその「計画」とは、いったいなんだというのだろう?


「ダークロマイアが崩壊した後、この世界には謎のメダルが出現するようになった。それは、波動エネルギーを受信して浄化、または安全なものにして放出してきた『聖杯』――リリカ・アスタディールが力を失ったことが原因……それは、すでにあなたたちも知っていることよね」

「……ええ。いわばメダルは過剰にあふれ出た、波動エネルギーの結晶だから」


 だから私は、遥と葵お姉さまが囚われの身から解放された後もめぐるとすみれとともにメダルの回収を行い、それを我が物にしようとする悪の組織と戦い続けた。そして、『聖杯』の代わりに浄化されたメダル――波動エネルギーを持ち主に返したり、あるいはキャピタル・ノアにある泉の底へと封印したりしていたのだ。

 ……でも、ずっと気になっていたことがあった。その組織の連中は、何のためにあれほどメダルを欲し、集めようとしていたのだろうか。波動エネルギーがどれほど魅力のあるものだとしても、それを用いる手段がなければ何の役にも立たないはずなのに。


「(メアリの目的は、膨大な波動エネルギーを使って大魔王ゼルシファーを復活させることだったから、まだ理解できる。でも……)」


彼女を倒した後も、メダルを集め続ける連中はたくさんいた。そして今になって思うと、ヴェイル・ヌイたちを含めた一連の活動は、その背後で命令を下す何者かによって唆されたものではないか、とも感じられる。

メアリたちにメダル集めをさせていた、本当の黒幕……ただ、その存在はともかくとしてなんのために彼女たちを動かしていたのかは、いまだに不明のままだ。さらに言うと、この巨大な城を出現させてめぐるとすみれをさらったのが「黒幕」の思惑によるものだとしたら……それがいったい何の企みによるものなのか、全く見当がつかなかった。


「最初は、ダークロマイアの残党が組織を復活させるために活動をしてるんだと思ったわ。だけど、しばらく戦ってるうちにそうじゃないと感じたの」

「そうだね。なんとなくだけど、戦い方が違うというか……雰囲気が違ってたよ」

「あえて言葉にするのであれば、敵の構成員たちから「意思」が感じられませんでした。ただ機械的に、上からの命令に従って動いているような……そんな印象です」


 そして、私だけでなく遥と葵お姉さまも同じ感想を持っていたようで、エリスにそう答える。それを聞いた彼女は「……でしょうね」と頷き、言葉を続けていった。


「ダークロマイアも、確かに大規模な組織だったわ。……だけどあの活動ですら、裏で動く「黒幕」にとっては遠大な計画の中に存在した、ひとつの要素でしかなかった。そして、今あなたたちが戦った『ホムンクルス』さえも、その道具に過ぎない……」

「『ホムンクルス』……それって、人造人間ってことっ!?」


 科学に憧れと希望を持つ者にとっては最も禁忌とされる「モノ」の名前を聞いて、私は思わず身を乗り出して目を見開く。エリスもまた嫌悪感で険しい表情を浮かべながら、言葉を絞り出すようにして言った。


「……この城の奥であなたたちを待ち構えている連中は、集めたメダルを精製することで『エリュシオン・メダル』を人工的に作り出し、その「魂」の力を使って『天ノ遣』に対抗するための堕天使、『ルシファー』を作り出したの。そして最終的に、彼らが実現しようとしていることは――」


 そして告げられた事実は、私たちに最大級の衝撃をもたらした。


「世界の改変――人間界と魔界の融合による、完全支配よ」

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