第75話
立て続けに起こる予想をはるかに超えた展開に、私は驚きの感情以上にうんざりとした思い、そして泣き言にも近い苛立ちを抱かずにはいられなかった。
「(なんなのよ……いったい……!)」
……日本列島から遠く離れた海洋上に突如出現した浮遊する島と、その上にそびえ立つ謎の城。何者の陰謀なのか、その存在が意味するところと目的は何なのかは全く見当もつかなかったが、時を同じくして行方不明となったツインエンジェルBREAK――めぐるとすみれの有力な手掛かりがあるとにらんだ私たちは、開発したばかりの新スーツを身にまといその調査に乗り出して、今に至っている。
もちろん、陰謀を企む者たちにとって私たちが招かれざる客であることは自覚していたので、様々な罠や仕掛け、そして敵勢力が行く手を阻むものと万全の心構えをしてきた……つもりだった。
だけど――。
「(サロメに続いて、テスラとナイン――そして天使ちゃんに、「彼女」まで……っ?)」
意外な人物ばかりが次々と目の前に現れるおかげで、頭の中の整理が追い付かず眩暈にも似た混乱を覚える。
天使ちゃん――遥と葵お姉さまが快盗天使としての活動を始めた時から常にそばにいて『聖杯』の力を授けてくれていた、『ポケてん』に宿る電子妖精だ。大魔王ゼルシファーを倒した後は『聖杯』がその能力を失ったことと「とある事情」があったために姿を見せなくなってしまったが、この危機的状況を察知したことで私たちを守護すべく再び出現したとしても、そこまで不思議なことじゃない。
ただ……あの愛らしい容姿をした天使ちゃんが変身するなんて、私たちは聞いたことがなかった。しかも変身した姿が、あの『エリス・アスタディール』だなんて……っ!
「……久しぶり、というべきなんでしょうね。元気だった?」
「えっと、その……え、えぇ」
場違いすぎる呑気な会話だと心の片隅で思いながら、私はひとまず頷いてからエリスの姿を改めてまじまじと見つめる。
彼女がいま身にまとっているものは敵幹部として対峙した時の黒いドレスでも、その後私たちの危機に駆けつけてくれた際の姿でもなかった。たとえるなら……古い伝承の中に登場する女神のように、清廉とした純白の「神衣」と表現すれば近しいだろうか。
さらに、その背中には大きな白い翼。……確か、再会したパートナーとともに『ワールド・ライブラリ』の管理者となったはずだが、その姿はまるで天使のようだった。
「ど、どうしてエリス先輩が、ここに……?」
唖然と目を見開きながら、遥は白い翼をその背中に展開した後ろ姿に向かって問いかける。それに応えるようにエリスは肩越しに振り返って、薄く笑みを浮かべた――かと思うとすぐに顔を戻しながら腰を落とすと、私たちの肌を震わせるような鋭い気を放って身構えた。
「……っ……!」
はっ、と視線をその先に送ると、そこには大剣を振りかぶったナインが勢いよく突進してくる姿が目に映る。その斬撃がエリスへと繰り出されるのを察した私は思わず息をのんで、反射的に身を乗り出したが――その一歩が地面を踏むよりも早く彼女は軽やかすぎる動きで宙に舞い、その一閃をひらり、とかわしてみせた。
「――出でよ、バルムンクっ!!」
その呼びかけに反応してエリスの右手には無数の光の粒が集まって形を成し、美しい刀身をひらめかせた長剣へと変わる。
『バルムンク』――それは、量産型エンジェルスーツの標準装備として搭載されていた『聖杯のカケラ』――アスタリウム合金製の武器のひとつだった。
今の『エレメンタル・フォーム』を搭載した新スーツを開発する以前……私は遥と葵お姉さま、そして自分のエンジェルスーツの汎用型として、ジュデッカさまの支援と協力のもとキャピタル・ノアの親衛隊が着るための戦闘スーツに関わっていた。だけど、その中の1つがリリカ・ガーデンの襲撃の際に盗み出されて……紆余曲折を経た後、その当時暗殺者から逃れるために逃亡中だったエリスの手に渡っていたのだ。
その長剣を手に持ち、彼女は素早く大剣を構え直したナインに対峙する。そして間合いを保ちながら、射貫くような視線だけで追撃を牽制してみせた。
「エリスさんっ……!」
「……もう一度繰り返すわ。あれは、本物のテスラとナインじゃない。『ルシファー・プロジェクト』によって生み出された、紛い物の生体兵器よ」
「生体……兵器……っ?」
一瞬私の脳裏に、めぐるの姿が浮かんで消える。
以前、葵お姉さまは彼女のことを『決戦兵器』と呼んだけど……その時の印象とはまるで違って聞こえるのは、私の気のせいだろうか。
「生体兵器……? 『ルシファー・プロジェクト』って、いったいなんのこと……?」
不審と嫌悪が入り交じって邪魔をするせいか思考がちっとも追い付かず、エリスの言葉の意味するところの理解もままならない。
と、そんな私たちの困惑を察したように彼女は「説明はあとで」と前置きしてから、油断なく相手の動向をうかがいつつ続けていった。
「論より証拠、見せてあげる……でも、先に謝っておくわね。たとえ偽者でも、あなたたちの友人の姿をした「もの」を傷つけることを、許して頂戴。――っはぁぁっっ!!」
そう言ってエリスは地面を蹴るとナインめがけて突進し、有効範囲にとりつくや剣撃を立て続けに繰り出していく。それが二度、三度と大剣で弾かれるたび、激しい火花とともに金属音が鳴り響いた。
と、その時――。
「――っ……!!」
ふいにナインが後じさってエリスとの間合いをあけたかと思うと、彼女の身体めがけて後方に控えていたテスラの電撃が迸る。一瞬、同士討ちにも見えたその攻撃はナインを光に包み、その手に持つ大剣を青白く輝かせた。
「っ? 『ファントム・アウトレイジ』……! 避けて、エリスっ!!」
それがヴァイオレット姉妹の連携技とすぐに察した私は、とっさに叫んでエリスに注意を促す。その声に反応したのか、彼女は上段から振り下ろされる大剣の閃撃を受け止める、ではなく回避に切り替え、その翼を利用して大きく後ろに翔びすさった。
……轟音をあげて床が砕かれ、電撃が爆風をともなって炸裂する。そのあまりの威力に、見慣れたはずの私ですらぞっと戦慄を覚えずにはいられなかった。
だけど、必殺の大技は外せばそのまま大きな隙を作る……その定理通りにエリスは高く飛び上がるとナインの頭上を越えて、テスラとの距離を一気に詰める。それに対して彼女は両手を前に突き出し、鋭い稲妻のような電磁の刃を放った。
「……っ、ぁぁぁあぁっっ!!」
螺旋機動によって閃く光線をかわしながら、エリスは翼を開くと空中で急停止をかけて剣を振り上げ――躊躇いもなくテスラの左肩口から一気に、袈裟懸けに斬り下げる。そして着地と同時に身を翻すと、音もなく背後へと迫ってきていたナインの右脇目がけて横薙ぎで斬撃を放った。
「……っ……!!」
声もなくテスラは崩れ落ち、ナインは息を止められたような呻きをわずかに上げたかと思うと、その場に倒れ伏す。その、容赦のない惨さを目の当たりにした遥は「なっ……!?」と悲鳴をもらし、葵お姉さまは口元を押さえながら声にならない叫びをあげた。
……だけどエリスは、そんな私たちの驚愕をあえて無視して剣を逆手に持ち替え、とどめを刺さんと長剣を振り上げる。それを見て私は、さすがにやりすぎだと思い「待って!」と声を上げた――その時だった。
「っ? ぐぅぅっ……!!」
背後から不意打ちの電撃を受け、エリスは吹き飛ばされる格好で体勢を崩す。その乱れに付け込むように大剣が足元へと襲いかかってきたが、彼女はそれを紙一重でかわし、バックステップで間合いを取ると私のすぐ横に並んできた。
「だ、大丈夫っ? 怪我は――」
「問題ないわ。今の私は、この『神衣』で守られているから。……それより、あれを見て」
「あれ? 何を見ろって、……なっ!?」
一瞬怪訝な思いを抱きかけたが、エリスの指さした先の2つの人影を見た私は……あっ、と息をのんで目を見開き、その場で固まる。
「な……なによ、あれっ……!」
……むくり、と不自然な動きで起き上がったのは、数々の困難を乗り越えて理解しあった2人の『親友』ではなかった。その胸と腹に、大きすぎる刀傷を見せながら……「それ」は虚ろな表情のままこちらへと目を向けてくる。
少なくとも、あれが同じ「人間」とはとても認められない……いや、現実として受け入れがたい「バケモノ」だった。
「……っ、……ぐ……!」
胸の中からせり上がってくる嘔吐感に、思わず私は顔を背けてしまう。
2つの「バケモノ」の傷口から流れ出ているものは、緑……? この薄暗い中であっても「血」ではないと断言できるその奇妙な液体は、「彼女たち」の異様さと異常性を私たちに知らしめるものだった。
「テスラ……ちゃん、ナイン、ちゃん……!?」
「そ、そんなっ……!?」
エリスから偽者だと告げられたとはいえ、半信半疑のまま「テスラ」と「ナイン」の安否を気遣っていた遥と葵お姉さまは、血の気が失せた顔で立ち尽くす。そして私も、おそらく2人と同じ表情をしているのだろう……全身が怖気と悪寒に襲われるのを感じていた。
「どういうこと、エリスっ? あれって、いったい……!?」
「……あなたたちが見たままよ。やっぱり、『マナ』が特化していない武器であれを完全にしとめることは難しそうね。……?」
その時、エリスはふと顔を向けた先の私の手元で目を止めて、少しの驚きを表情に浮かべながらじっと見つめてくる。
手には、さっき遥たちにフォームチェンジを呼びかけた途中で握ったままでいた……「火」のメダル。ただ、熱心な視線を注がれる意図が分からずにこちらが戸惑っていると、彼女は「……よし」と何か思いついたようにひとり頷いてから、私に尋ねかけてきた。
「クルミさん……それって、アスタリウムの純結晶?」
「えっ? あ、うん……そうだけど、それがどうかしたの?」
「少しの間、貸して頂戴。大丈夫、終わったら返すから」
「え、ええ……」
突然の申し出に何をする気なのか理解できないまま、それでも抗ったり説明を求めたりできる余裕がないと悟った私は、おずおずとメダルをエリスに差し出す。すると彼女は、それをきゅっ、と右手で軽く握りしめるとこぶしを胸元に当てて目を閉じ、何やら呪文のような、聞き取りがたい言葉の羅列を口ずさんでいった。
「……火の『マナ』よ、我が身にかりそめの場を求めよ。神魔の呪いを打ち破りて、我が力となれ――!!」
次の瞬間、エリスの身体どころか周囲の空間までもが赤へと彩られて、純白の衣装がまるで血にでも染まった紅へと変わっていく。
さらに、ゆっくりと開かれたその瞳があの……かつて敵であった頃のような金色に輝きはじめるのがはっきりと見て取れた。
「え、エリス……っ? その目は、まさか……!?」
「……。記憶の中に消し去った、もう一人の「私」……いや、「妾」よ。わが託された使命を果たさんがため、しばしの目覚めを許そう。そして地獄の業火を……ここにっ……!!」
その言葉に応えるように、エリスの長剣に紅蓮の炎が螺旋を描くように巻き付いてくる。それを見たテスラとナインは、いったいどこにそんな力が、と思わせるほどの奇怪な動きで同時に迫ってきたが、たちまち刀身に宿る炎の渦は竜巻と化してエリスの周囲を覆い、攻撃どころか接近すらも許さない赤の結界となって2人の敵を弾き飛ばした。
そして――。
「朽ち果てろ……『フェニックス・エクスプロージョン』ッッ!!」
叫びとともに繰り出された業火の斬撃は、まるでその名の通り不死鳥(フェニックス)が翼を広げたような巨大な炎波となってテスラとナインを飲み込んでいく。それを防ぐことも、かわすこともかなわず2人の姿は灼熱の炎の中へと消え……次の瞬間、室内には空気もろとも揺るがすような轟音が響きわたった。
「……っ、……あ……」
……炎が収まったその空間には、もはや何も残っていない。ただ、ここに現れた時と同じく純白の衣装と翼をはためかせながら、剣をゆっくりと収めるエリスの姿だけが私たちの視界に焼き付いていた――。
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