第78話
2人の姿を目にしても、それほどの驚きは感じない。むしろ、真っ先に頭に浮かんだ言葉は「まさか」ではなく「やはり」だった。
「ヴェイル……ヌイっ……!」
まなじりの奥から血走るような怒りがこみあげてきて、ぎりっ、と歯を食いしばる。
……あの日の放課後、私たちは突然現れたヴェイルとヌイによって学院からこの城へと連れ去られた。だから彼女たちとは、必ずどこかで遭遇することになる――その予感はメアリ「たち」と戦ってからさらに強まっていたので、心をかき乱されるほどの動揺はなかった。
おそらくそれは、隣に立っているめぐるも同じだったのだろう。ただ、口には出さなかっただけで。だけど――。
「なんで……? ヴェイルちゃんとヌイ君が、どうして……!?」
だからといって、実際に彼女たちと向き合うための心の準備ができていたわけではない。げんにめぐるは愛用の武器である『ローズクラッシャー』を握りしめながら瞳を潤ませて、今にも涙をこぼしそうになっていた。
わかり合えたと思っていた友達が、再び敵として自分たちの前に立ちはだかる――彼女のように優しい心の持ち主には耐えがたく、そして信じたくない光景だと思う。その気持ちが痛いくらいにわかるからこそ、私は目の前の2人に対してではなく、彼女たちの背後に潜む「黒幕」への怒りを抑えることができなかった。
「あれは……誰ですか?」
「ヴェイルと、ヌイ。メアリと同様に、私たちの前に何度も立ち塞がって戦いを挑んできた相手です。でも……」
ヴェイルとヌイ。最初の出会いこそ敵同士であり、そして学院において2人が接触してきた時も彼女たちは友誼を結ぶつもりなど毛頭なく、こちらの偵察が目的だった。
……それでも、その後の様々な誤解や衝突を乗り越えたことで、私たちは友達になった。ヴェイルとヌイが人間ではなくアンドロイドだと知らされても、2人に対する気持ちは全く変わらなかった。
だけど――お互いの気持ちが通じ合ったと思った直後に、ヴェイルとヌイはメアリの手で仕掛けられた体内の爆弾を起動され、裏切り者として破壊されてしまった。辛うじて2人の人格データは残ったものの、それすらも宇宙戦艦インフィニティ・ラヴァー号の内部に閉じ込められた私たちを救うために、……。
「……なるほど。あれがトゥニエイツ……クルミさんたちからの報告にあった、アンドロイドの姉弟ですか。自分が何者かもわからず、何をしているのかも知らないまま黒幕によって操られ……ただ戦うためだけにつくり出された、戦闘人形――」
「っ、ヴェイルちゃんとヌイ君は、人形なんかじゃないよ! あたしたちの友達……大切な人なんだからっ!」
「人形」という言葉に反応したのか、めぐるがきっ、と怒気をあらわにしてテスラさんに向かって叫び返す。それを受けた彼女は一瞬目を軽く見開いてみせたが、機嫌を害するどころか苦笑をもらし、肩をすくめながらにこやかに言葉を繋いでいった。
「言葉が足りませんでしたね。めぐるさんのご友人を侮辱したように聞こえたのなら、謝罪させてください。……ただ」
「ただ……?」
「似ているな、って思っただけです。自分の意思を持たず、与えられた命令に疑問すら抱くことなく従うことに身を委ねているようでは、本当の意味で生きているとは言わない。……人形とは、よく言ったものですね」
「……テスラさん、それってどういう意味――、っ!?」
めぐるの問いかけに対して答えが返されるより早く、ほとばしるような殺気を覚えた私たちはとっさに左右へと飛び退る。刹那、さっきまで立っていた場所に無数の銃弾が降り注がれ、石の床をえぐり取って土煙ととともに大小の礫が飛散していった。
「……っ……!」
攻撃が飛んできた先に視線を戻すと、ヴェイルの両腕が巨大なマシンガンの形状に変化して銃口から硝煙をあげているのが見える。
彼女たちはアンドロイドの特徴を活かして、その全身に無尽蔵の銃火器を内蔵しているのだ。その攻撃力はメアリの妖術に匹敵するほどすさまじく、確かにある意味『戦闘人形』の名にふさわしいものかもしれない。
さらに――!
「っ、ナインさん! 来ます!」
ヌイの瞳に赤い光が宿るのを察した私は、その視線が向けられた先にナインさんが立っていることに気づいて注意を促す。彼女はそれにこく、と無言で頷くと、回避――ではなく大剣を背負う格好で振りかぶって、まるで疾風をまとったかのような勢いで突進してくるヌイを剣戟でもって迎え撃った。
「――はぁぁぁあっっ! たぁぁぁあっっ!!」
「……、――っ……!」
ヌイの両腕から伸びた光線剣の刺突と斬撃は不規則に空を切り裂き、左右から息をつく間もなくナインさんへと繰り出される。小柄な姿に似合わずそれぞれの攻撃は重くて鋭く、激しい動きで翻弄してきたが……彼女はそれをことごとく大剣ではじき返して、そのたびに甲高い金属音が鳴り響き火花が飛び散っていった。
「なっちゃん、援護します! すみれさんたちは、もう一人のほうを!」
「わかりました!――めぐるっ!」
「う……うんっ!」
私の呼びかけに、めぐるはまだ躊躇いを残しながらも頷き返してローズ・クラッシャーを握りしめる。
友達と信じてきた相手に、武器を向けて戦う……彼女にとっては過酷すぎる選択だろう。だけどここで逡巡すれば私たちだけでなく、一緒にテスラさんとナインさんまでもが窮地に陥ってしまうのだ。
それに、これまで戦ってきた経験から考えてみても、本物か否かにかかわらず手加減して対処できる相手ではない。だからこそ私たちは、ここで心を決める必要があった。
「……見失ったらダメよ、めぐる。あれはヴェイルとヌイじゃない」
「えっ……? じゃあ、まさか……」
「おそらく2人の姿を偽った、私たちの敵よ。さっきのメアリも、そうだったでしょう?」
「……っ……!」
私の言葉を受けて、めぐるは表情に戸惑いを浮かべながら前に立つ2人を見据える。
確かに今、目の前に映っているヴェイルとヌイの容姿は、記憶の中にある彼女たちのそれと比べても寸分変わりないようだ。……だけど、その頭にある帽子には不気味な形の模様があり、その中央で鈍く光る宝石は怪しげな気配を醸し出している。
それに、虚ろに開かれたその赤い瞳……私が覚えている限り2人の目は、あんな濁ったものではなかった。確信と断ずるには薄弱すぎる根拠かもしれないけれど、少なくとも気後れしそうな自分の気持ちを急き立てるためにも、今はそれにすがるしかなかった。
「で、でも……もし操られているだけで、本物だったら? そしそうなら、あたしっ……!」
「……ありえないわ。あれが本物の2人だったら、私たちの敵になるわけがない。だってあの時、私たちを助けるために命を懸けてくれたんだから。それにっ……」
× × × ×
……思い出す。宇宙戦艦インフィニティ・ラヴァー号から脱出する時、ヴェイルとヌイは私たちを安全に艦外へと送り出すため、崩壊寸前の管制システムにとどまることを選択したのだ。
『本当は、爆発を止められたらいいんだけど……僕たちができるのは、これが限界だね』
『そ、そんなっ……!』
それでもめぐるは、彼女たちを置いて逃げることに最後まで抵抗していた。せっかくまた会うことができたのに、宇宙空間で戦艦とともに爆散すれば生存どころか、回収できる手段すらもゼロに等しくなる。そんなお別れは嫌だ、と。
だけど2人は、彼女のそんな優しさに感謝しながら、穏やかに悟ったような顔で言った――。
『今は、めぐるとすみれが逃げるルートを確保するだけで精一杯のこと。……時間がないね、2人だけでも逃げてほしい』
『ヴェイルちゃんっ……!!』
『大丈夫。またきっと、会えるね。今度こそ、本当の――』
× × × ×
「また、会えるって……今度は本当の友達として、2人と会うって約束したんでしょう? だったらこんなところで終わってもいいの、あなたはっ?」
「っ!!」
その言葉が引き金になったのか、めぐるはうつむき加減の顔を勢いよくあげて、はっ、と目を見開く。その瞳からは迷いによっておおわれていたかげりが消え、力強い輝きが蘇っていくのがはっきりと見てとれた。
「――行こう、すみれちゃん! フォーメーション・Aだよ!」
「了解っ!!」
その声とともに私はヴェイルを真正面に捉えると、全身の力をばねのように解き放って一気に突進する。すぐさま、彼女の両腕からガトリング砲、さらにはロケット砲が出現してこちらに無数の銃弾とミサイルを降り注いできた――が、
「エンジェルローリングサンダー・黄昏っっ!!」
私は薙刀状のブルームで連撃を放つと、迫りくる凶弾のことごとくを叩き落として弾き飛ばし、あるいは軌道を変えながら後方へと退ける。そして、あと一息で相手を自分の間合いに収められると思った次の瞬間、ヴェイルの赤い瞳がぎんっ、と強い光に彩られて閃きを見せた。
「(来る……ビーム!)」
次の攻撃を察知した私はブルームを鉄扇状へと変え、こちらへ向かって放たれた一条の熱線を水晶の刃で受け止める。激しい振動で全身が震え、手には灼けるような熱さが伝わってくるのを感じながら私はそこに踏みとどまった。
――だけど、それこそがまさに私「たち」の思惑通りの展開だった。
「めぐるっ!」
「おっけー! たぁぁぁあっっ!!」
その合図を送った瞬間、私の背後でわずかに離れて追走していためぐるが姿を現し、地面を蹴って高く、私を乗り越えて跳躍する。新たな敵の接近に気づいたヴェイルは私に放っていたビームを止めてはっ、と上空を見据え、すぐさま迎え撃たんとその両腕のガトリング砲を差し向けた。しかし、
「こっちを――」
私は、立ち止まっていたわけではない。前方に体重を残したままビームを受け止めていただけだ。つまり、その抵抗がなくなった今は引き絞られた弓矢と同じく一気に加速し、その距離を詰めるっ――!
「お忘れなくっ!」
めぐるに気をとられた一瞬の隙を逃すことなく、私はヴェイルの懐に入り込む。そして渾身の力でブルームを振りかぶると、相手に身構える時間すら与えず逆袈裟に斬り上げた。
「エンジェルスラッシュ・黄昏っっ!!」
「――っ……!」
その斬撃はヴェイルの右脇腹付近をとらえ、彼女は悲鳴すらも上げることなく木っ端のように宙を舞って大きく吹き飛ばされる。そして、広間の奥に見える石の壁に轟音を立てて激突すると、崩れ落ちる瓦礫と土煙によってその姿が見えなくなってしまった。
「――、――っ……」
ヴェイルの劣勢を感じ取ったのか、ナインさんと斬り合っていたヌイは間合いを取ると一瞬ちらっ、と様子をうかがうように目を向ける。しかし、
「――っ……?」
「よそ見、危険――はぁぁぁっっ!!」
わずかな油断に生まれた動作のズレに、ナインさんは裂帛の声とともに斬撃を振り放つ。それをヌイは両腕のブレードを交差させることでなんとか受け止めたが、そのスキに彼の背後に回り込んでいたテスラさんは両腕を頭上高く振り上げて、全身からほとばしる力を注ぎこみながら巨大な雷球を生み出していった。
「……連携すれば脅威でも、個別に対処すれば攻撃パターンは定石の範囲内。――実に腹立たしいほど、よく似ていますねっ!!」
「っ……!?」
襲いかかる雷球がヌイの身体を包み込み、彼の全身は無数のスパークと激しい振動によって翻弄される。金属の灼けるいやな臭いが立ち込めて、くの字の恰好で動きを止めた彼にナインさんの容赦ない追撃がかけられた。
「たぁぁぁあっっ!!」
「……っ!!――」
すくい上げられるような大剣の一撃を腰あたりに受けたヌイは、力を失ったように四肢をだらりと垂らした格好で宙に舞う。その身体は大きな軌道を描いて、無防備の姿をさらしつつ私の目の前に飛んできた。
「行きました、すみれさん! とどめを!!」
「っ……!!」
スローモーションのような光景。ここでブルームの斬撃を放てば、たとえ超硬質の金属でできたヌイの身体にも致命傷を与えられるだろう。
「(めぐるに、「こんなこと」はさせられない……だったら、私がっ――!)」
そう思って私はブルームを素早く薙刀状に変え、全身の力を込めて振りかぶった――。
と、その時だった。
「――――」
……え……?
ほんの一瞬、……機能が停止しているはずのヌイの顔がこちらへと向き、濁って虚ろな瞳に光のようなものがほのかに宿った――ように見える。今にもヌイの身体を捉えようとしていた私は、その違和感を確かめようと思わず目を凝らした。
「すみれちゃんっ……?」
「なっ……!?」
が、次の瞬間にはヌイの瞳から光が消え、我に返った時にはブルームの有効攻撃範囲から遠ざかるその姿だけが目に映る。そして彼は体勢を立て直すと、広間の奥へと吹き飛ばされたヴェイルのもとへと駆けていった。
「……っ、逃げる……?」
「待ちなさい! ファントム・インパルスっっ!!」
追い打ちをかけるように、テスラさんは電撃を放つ。……だけど、それをヌイは背中に目がついていたように素早くかわし、土煙と瓦礫の中へ姿を消した――かと思うと、その肩に気を失っているのかぐったりとしたヴェイルを抱えて再び現れた。
「ぬ、ヌイ君っ……!」
「――――」
そこで目が合っためぐるはヌイに向かって呼び掛けるが、彼はまるで反応を返すこともなくくるり、と背中を向ける。続いてその脚からジェット噴射器のようなものを出現させると、まさに弾丸のような勢いで反対側の壁を突き破って、その空いた穴の中へと姿を消してしまった。
「…………」
穴の向こうはどうやら空洞が広がっているようだが、若干高さもあって侵入は難しい。それに罠や待ち伏せの危険を考慮すると、追撃は控えたほうがいいだろう。
「……逃げられましたね。まぁ、余計なダメージを負わなかっただけよしとしましょう」
「すみません……。最後の攻撃で、気を抜いてしまって」
「問題ない。気持ち、わかる」
悄然と肩を落とす私に、テスラさんとナインさんは慰めの言葉をかけてくれる。ただ、今はその気遣いがいたたまれなくて思わず顔を背けると、その視線の先に立っていためぐると目が合ってしまった。
「すみれちゃん……」
「……ごめんなさい。めぐるにあれだけ言っておきながら、私……」
「ううん。あたしもきっと、迷って身体が動かなかったと思う。……でも、次は大丈夫だよっ」
「……ありがとう」
そんな強がりの言葉が嬉しくて、私はめぐるの肩をぽん、と叩く。そして再び、ヌイたちが逃げていった穴の奥に目を向けた。
「…………」
私に向けた、ヌイの顔。……口元がわずかに動いていたような気がする。その動作を思い出しながら自分の口でそれを反芻するうち、……私は対峙した時とは違う違和感と、困惑を覚えていた。
「……? どうしたの、すみれちゃん」
「ううん、別に……」
気のせいかもしれない……でも……。
「『に・げ・て』……?」
あれは、どういう意味だったのだろう。その疑問に対しての答えが見つからなくて、私は壁に穿たれた穴の向こうの漆黒からしばらくの間、目を離すことができなかった……。
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