第74話

 戦闘スーツを身にまとったテスラとナインが、私たちに対峙する構えで立ちはだかっている――。

 目の前の状況をそのまま言葉にすれば、そうと表現するしかない。だけど、なぜ彼女たちが明らかにこちらを妨害する側にいるのか、という疑問に対する答えが出て来なくて……。

私は戦闘の真っ最中にもかかわらず攻撃どころか、身動きすらもできず呆然とその場に固まってしまった。


「ど、どういうこと……?」


 戸惑いはそのまま呻きにも似た声になって、震える喉の奥から押し出されるように私の口元から漏れ出る。

ただ、そんな問いかけが届かなかったのか、あるいは聞こえていても無視されたのか……やはり答えはない。2人は能面のような無表情を顔にはりつけたまま、虚ろな視線を向けてこちらの動きを油断なくうかがっていた。


「……っ……」


 もし2人が、浮遊城に乗り込んだ私たちを援護するために駆けつけてくれていたのだとしたら、ここまでの困惑はなかっただろう。どういう経緯でめぐるとすみれのことを知ったのかはともかくとして、その頼もしい加勢に感謝と心強さを抱きつつ、ともにサロメやこの先に控える敵組織の連中と戦えばいいだけの話だ。だけど……。


「(どうして、私たちを攻撃したの……?)」


 先ほどの不意を突いた一撃は、牽制に近いものだったとはいえ明らかに私たちを狙ったものだった。いくらこの場所が薄暗がりで視野がはっきりしないといっても、場数を踏んで高い戦闘力を持つテスラとナインが攻撃対象を見誤るなんてありえない。

 それに……変だ。普段から感情表現が不器用なナインはともかく、テスラは敵として対立していた時も、その後に和解して親しくなってからも、こと戦闘時においては不敵な笑みを浮かべたり憎悪をあらわにしたりと、あからさまに感情を顔に出していた。

 なのに今は、それが全くと言っていいほど感じられない。ただ、彼女の強力な武器である電撃をその両手にまとわせながらこちらを無感動に見つめているだけで、その口元や瞳におよそ感情を思わせる動きが存在しなかった。


「て、テスラちゃん……? ナインちゃんも、助けに来てくれたんだよ……ね?」

「どうしたのですか、お二人とも? どこか、お身体の具合でも――」


 そして、私と同じように遥と葵お姉さまも異様な気配を感じたのか、訝しげに眉をひそめながら2人に問いかける。だけど、彼女たちはじっと黙ったまま言葉を返さず、それどころか――。


「「――――」」


 まるで機械仕掛けの人形のように、テスラはゆっくりとした動きで両手を頭上に、ナインは大剣を両手持ちに構える。続いて、そのガラスのような瞳に鋭い光が宿ったように見えた瞬間私はぞわり、と背中に戦慄を覚え、2人の殺気が急激に大きくなるのを感じた。


「来るわよ、遥! 葵お姉さまも下がって――、っ!」


 そう言って注意を促した直後、テスラから放たれた電撃の弾が襲いかかってくる。私たちは左右に跳んでそれを回避したが、少し離れた場所へと着地した瞬間、背後に気配。それに反応した私は反射的に振り向く――のではなく床を蹴り、前方に身体を投げ出した。


「――っ……!!」


背中越しに感じる、鋭いうなりと空気を切り裂く感触。そのまま前転で距離を取り、十分に間合いを取ってから振り返ると、大剣を横薙ぎに振り抜いた格好のままこちらを見据えるナインの姿が目に映った。

……ぞっ、と怖気が込み上がってくる。即座に回避行動をとっていなかったら、間違いなく彼女の斬撃を受けて無事では済まなかっただろう。


「このっ……!」


 ナインの追撃を避けるべく、私はちょうど握ったままだったボムを投げようと振りかぶる。……でも、その寸前ではっと我に返って動きを止め、ポシェットに手を戻すと中にあった別のボムを掴み直した。

 確かに様子がおかしいとは感じるものの、状況がはっきりしないまま敵と認定して攻撃することなどできない。とっさにそう考えた私は、まず2人の動きを封じることを前提に切り替えて間接攻撃用のボムを投げ放つ。


「2人とも、対閃光防御っ!」


 その注意が遥と葵お姉さまに届いたかどうかを確かめるよりも早く、ナインの足元近くに転がったネコ型ボムは、眩い閃光を発して炸裂する。その光量はすさまじく、室内一面を真昼以上の色のない空間へと塗りつぶしていった。

 フラッシュボム。この爆弾が放つ光には、視神経に一時的なショックを与える因子が含まれている。私たちは瞬時に対閃光防御が展開する新スーツのおかげで平気だけど、何も遮るものがない状態で至近からそれを食らえば、確実に視覚がマヒして誰であろうと動きを止める――はずだった。だけど、


「なっ? きゃぁぁぁっっ!!」


 自動的に私の両目を保護してくれた対閃光ゴーグル越しに、無表情のまま突進をかけるナインの姿が迫ってくるのが見える。そして、彼女の持つ大剣が躊躇いもなく頭上から振り下ろされ――とっさに腕のガード部分で辛うじて受け止めたものの、衝撃までは消しきれず私はもんどりうって床を転がり、巨人の残骸が残る広間の隅にまで吹き飛ばされてしまった。


「クルミちゃんっ!」

「援護します、遥さん! エンジェルアローっ!!」


 悲鳴を上げる遥に続いて、葵お姉さまの矢を放つ気合の声が遠くの方から聞こえてくる。そして、空気を切り裂く響きと固いものを砕く爆音が遠のきかけた意識を叩き起こし、私は痛みに顔をしかめながら懸命に起き上がって体勢を立て直した。


「クルミちゃん、大丈夫? 怪我してない?」

「へ、平気よ……! ちょっと腕をぶつけたけど、ダメージの大半はこのスーツが吸収してくれたからね。……それより」

「……うん」


 私の意図を察して、遥は頷きながら険しい表情で振り返る。

 矢継ぎ早の連撃を巧みにかわしながら、死角に回り込んで波状攻撃をしかけてくるテスラとナイン。その戦法には、遠慮や手加減が全くない。

それに対し、葵お姉さまはまだ攻撃をすることにためらいがあるのか、動きが鈍く……徐々に劣勢へと追い込まれていく様子がはっきりとわかった。

 と、そんな戦いが繰り広げられている向こうで、アレキサンダーを側に従えたサロメの姿が目に映る。彼女はまるで楽しむかのようにお姉さまの奮戦を見ながら、意地の悪いほくそ笑みを満面に浮かべていた。


「くくくっ……ぶっつけ本番にしては、いい感じに動いてるみたいっしょ。そんじゃまー、私はそろそろ、ここで退散させてもらうっしょ」

「っ? どこに行くつもりなのよ、サロメ!」

「そこまで答えてやる義理はないっしょ。まぁ、あんたたちがやられる姿を見届けてやるのも一興だけど、あいにくこっちも色々と忙しいっしょ……じゃーね!」


 そう言い残してサロメは背中を向け、後に続くアレキサンダーには目もくれず奥に見える出口へと駆けていく。それを見て葵お姉さまは足止めをかけようと矢を弓につがえるが、放つよりも早くその目前にテスラが立ち塞がり、彼女が一瞬躊躇したスキを逃さず狙いを定めて電撃を放った。


「きゃぁぁっっ!」

「葵ちゃんっ!?――クルミちゃん、お願い!」


 テスラの攻撃を至近で受けて、その場に崩れ落ちる葵お姉さまの様子を見て取るや、遥は私に短く言葉を残して駆け出す。そして、天井近くにまで高く跳躍して気流の渦を巻き込みながら、追撃をかけようとするテスラ目がけて勢いよく飛び蹴りを放った。


「テンペストトルネード!!」

「――っ……」


 螺旋を描く大きな槍と化した遥の蹴撃は、テスラが瞬時に展開した電磁の障壁によって阻まれる。……轟音を立てて、弾ける火花。その隙に私は葵お姉さまを抱えて後方へ飛び、安全な位置にまで移動した。


「っ、はぁっ……!!」


 それを見て遥は電磁の障壁を蹴ると、後方宙返りの動きで私たちのもとへと戻ってくる。……なんとか一息をつくことができたものの、サロメたちの姿はもはやどこにも見当たらなくなっていた。


「大丈夫ですか、葵お姉さま?」

「はい、なんとか……っ……」


 そう気丈に応えながらも、葵お姉さまの表情は暗く陰っている。……新スーツのおかげか見かけ上のダメージはさほどではないと感じられたが、それ以上に精神面でのショックを受けている様子がありありと出ていた。


「聞いてテスラちゃん、ナインちゃん! 私たちのこと、わかる? いったいどうしちゃったの!?」

「ダメよ、遥……! 2人には、こっちの声が届いてないわ」

「そんなっ……!?」


 呆然と目を見開きながら、こぶしを握りしめる遥の姿が痛々しい。

……私だって、この状況を現実として受け入れたくはなかった。だけど、これだけ会話を試みても反応が絶無なのだから、もはやそう断じるしかないだろう。


「ひょっとして、意識が乗っ取られているのではありませんか? 催眠か、あるいは……」

「洗脳っ……!?」


 おぞましい言葉が頭の中で映像へと変換されて浮かび上がり、私の全身に冷たい震えが走り抜ける。

 あれだけ高い戦闘能力を持つテスラとナインの意識を支配し、あまつさえ敵として操る……? だとしたらこの浮遊城で待ち構える敵とは、いったいどれほどの力を持っているというのか?

 そんな絶望にも近い衝撃に、思わず生唾とともに息をのんだ――と、その直後。


「……っ……?」


 ポシェットのチェリー部分で赤い光が点滅した後、ピーッ、と警告音とともに緑のメダルが出現し……私のスーツが通常モードに変わる。遥と葵お姉さまのスーツからもそれぞれ強化フォームが消え、2人は熱を帯びて煙をあげるメダルを手にしていた。

『風』のメダルの使用可能時間が、限界に達したのだ。『エレメンタルフォーム』は波動エネルギーによる力の充当が強大すぎるため、長時間にわたり使用すると核(コア)となるアスタリウム結晶に過度な負荷をかけて破損か、最悪の場合暴走の恐れがある。それを未然に防ぐために私自身が設定した、強制停止機能だった。


「(っ、こんな時に……!)」


 もう少し長めに限界時間を設定しておけばよかったと、後悔がこみ上げる。……とはいえ、だからといって新スーツを信頼してくれている遥と葵お姉さまの前で、愚痴を吐くわけにもいかない。

 私は弱気を胸の内に押し込め、懸命に自分自身を鼓舞すると2人に向き直っていった。


「ちょうどいいです。いずれにせよ電撃を武器にするあの2人には、『風』属性のままだと効果が半減してしまいます。次は『火』のメダルを使って、『イフリート・フォーム』で立ち向かいましょう!」

「で、でもそれって……テスラちゃんたちと戦うってことだよね?」

「他に方法があるのっ? このままじゃ、いつまでたっても前に進めないわよ!?」


 気後れを口にする遥に苛立って、私は悪いと思いつつもつい怒鳴ってしまう。

 ……私だって、2人と戦わずに済むならそうしたかった。だけど、他に手が思いつかないのだから、迷ってる時間なんて……!

 そんな、覚悟というよりも自棄にも近い思いで2人と、何より自分に対して決断を促しかけた――その時だった。


「――――」


 突然、禍々しい気が部屋の一角で高まっていくのを肌で感じて、私は顔をあげる。そして目を向けるとそこには、無表情のままテスラがおもむろに両腕を掲げ、その頭上に巨大な雷球を生み出している姿があった。


「(しまった……! あれだけの攻撃を防ぐには、『エレメンタルフォーム』の力がないと……!)」


 それにこの狭い室内では、あの大きさの雷球を回避することは難しい。まして直撃すれば、この広間ごと吹き飛ばされる可能性だって……!


「ま……待ってテスラちゃん! お願い、正気に戻って!」

「――――」


 必死に呼びかける遥の叫びにも、テスラは答えるどころか反応すら見せない。

ただ、呆然と立ち尽くす私たちを無感動に、冷たく見据えながら……無慈悲に腕を振り下ろし、雷球を勢いよく投げ放った。


「(やられるっ……だったらっ……!)」


 せめて、遥と葵お姉さまだけでもここから脱出させたい……そんな思いから私は無意識のうちに足を前に踏み出し、両手を大の字に広げて「ある」言葉を口にしかけた。

 だけど――。


「……っ、……え……?」


 それを見て、私は……さらに、逆に私をかばおうと身を乗り出していた遥と葵お姉さまも全身の動きを止め、驚きに目をむいてその場に固まる。

 猛烈な勢いと力をともなって私たち目がけて飛来する、巨大な雷球――それが、目の前で音もなく突然、跡形もなく消滅してしまったのだ。


「な、なに……? 何が、起こったの……?」


 あまりのことに事態の急変を理解するどころか、受容することもできずに私は頭の中が真っ白になった状態で呆然と呟く。

 すると、私たちの目の前に……ふわふわと小さな「それ」が浮かんでいることに気づき、その正体を確かめた私たちはそれこそ、テスラとナインが現れた時以上の驚愕でその名を呼んでいた。


「てっ、……天使ちゃん!?」

「ナントカ、間ニ合ッタてん! カナリ乱暴ナ手段ダッタケド、空間歪曲場ヲ緊急移動シテ正解ダッタてん!」


 「それ」は振り向くなりにっこりと笑って、場違いなほどに明るい口調でそう言葉を紡ぎ出す。

 見慣れた……なんてものじゃない。「それ」――いや、「その子」は私たちのかけがえのない仲間で、かつては聖杯の力が具現化した『妖精』の天使ちゃんだったのだ。


「な……なんであなたが、ここに!?」

「ソレハ、アトダてん! ソレヨリモ、アレハてすらトないんジャナイ! 間違エテハダメてん!」

「ど……どういうことなの? だってあれは、どう見たってテスラとナインじゃ……!」


 表情こそは真剣? に感じられるものの、あまりにも不釣り合いな明るい声色と可愛い見かけのせいで、天使ちゃんの言っている内容に思考が追い付かない。

 私たちが今戦っている相手は、テスラとナインじゃない……? だとしたらあれは、いったい何者だというつもりなんだろう?


「説明ハ、コレヲ片付ケテカラシタ方ガヨサソウてん! イクてんヨ――」


 そう言って天使ちゃんは私たちから離れて浮遊し、テスラとナインの前へと移動する。

 相変わらず、2人の様子に感情らしきものはない。ただ、突然の闖入者にどう対処すべきか、無表情ながらも若干決めかねている様子だった。


「『ワールド・ライブラリ』より波動エネルギーを転送開始、『管理者』の非常時権限を執行。『実体化(マテリアライズ)』、承認――!」

「えっ、な……なにっ!?」


 天使ちゃんの口調が急に大人びたものへと変わり、私たちはぎょっ、と目を見開く。

 驚いたのは、声の変化じゃない。それ以上に、今聞こえてきた声が私たちの良く知るものとよく似ていたからだった。しかも――。


「波動マイクロウェーブ、受信完了。『アンジェラ・フォーム』、マテリアライズッ!!」


 その言葉とともに、天使ちゃんの小さな身体が光に包まれ――輪郭とともにその姿が大きく、そして異なるものへと変わっていく。

 そして、光が収まった後に現れたその後ろ姿は……まさか……まさかの……!?


「え……えええぇっっ!?」

「――エリス・アスタディール、ここに推参。あなたたちの相手は、この私よ……!」

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