第62話
自分の手足が意思どおりに動くことを確かめるべく、私はグラウンドの土の地面をぐいっ、と力を込めて踏みしめる。
……よし、問題ない。そして、全身にみなぎる血潮を感じながら右の手を胸の前へと突き出し、私は気合とともにその名を叫んだ。
「――『サファイア・ブルーム』っ!!」
その呼びかけに応えて、掌の中に薙刀状の武器が出現する。私はその柄を握りしめてから切っ先を目の前の敵に向けて身構えると、重心をわずかに落とした姿勢のまま一気に突進をかけた。
「っ、たぁぁぁっっ!!」
「……っ……!?」
接近したことで明らかになる、息をのんで愕然とするメアリの表情。その隙を逃さず、私は駆ける勢いのまま気合を込めて、薙刀を繰り出す――!
「エンジェルローリングサンダー・黄昏ッッ!!」
無数に放った怒涛の突撃に、メアリはとっさに後方へと飛び退りながらそれを辛うじて回避する。私も牽制のつもりだったので深追いはせず、地面を蹴って元の位置へと宙返りでたち戻った。
「……っ……?」
続いて体勢を立て直し、メアリの反撃に備えて身構えたその瞬間、……ちくり、と違和感が胸の内にこみ上がってくる。
勘違いかもしれない。あるいは、私の思い上がり……? だけど――。
『ど……どうしてっ? お前たちの心は、完全に乗っ取ったはず……!?』
私たちの変身、そして反撃が予想外だったのか、メアリは動揺もあらわにうろたえてその妖艶な顔を引きつらせる。そんな彼女に対峙しながら、めぐるはずいっ、と一歩進み出ていった。
「……心を乗っ取るなんて、できっこないよ。だってあたしの心は、あたしのものだから。それに――」
一瞬、軽く息を吸い込んでからめぐるは瞑目し、……そして勢いよくそのまなじりをかっ、と切り裂くように見開く。それを合図にして、彼女は野生の鹿のような脚力のバネで地面を蹴り、いつの間にかその両手に収めていたメイス状の『ローズ・クラッシャー』を振り上げ――。
「あたしの心の中に入ってもいいのは、世界でたった一人! すみれちゃんだけだぁぁぁッッ!!」
あっという間にメアリとの間合いを詰めると高く跳躍し、真っ向から渾身の力でそれを振り下ろした――!
『ぐっ……!?』
とっさにメアリは後退し、大地を穿つほどの一撃から難を逃れる。だけど次の瞬間、形を変えためぐるの武器が鉄球となって続けざまに襲いかかった。
『な、ナンセンス……! その程度の攻撃など、以前の対決の時に把握済み……なっ!?』
頬をひきつらせながらも、少し余裕を取り戻したのかメアリは魔力によって闇の障壁を生み出し、めぐるの繰り出した攻撃を受け止めようと待ち構える。……が、放たれた鉄球は障壁の目前で止まり、反作用の勢いで私たちのもとへ空気を震わせながら戻ってきた。
「すみれちゃん、頭を下げてっ! はぁぁぁっっ!!」
めぐるに言われるまま、私は膝を地面につけて体勢を低くする。すると、彼女は飛来する鉄球を紙一重でかわし、遠心力を利用したハンマー投げのような要領で自らの両脚を軸に回転の動きをとっていった。
めぐるの鉄球と、それを結び付けるクリスタル上の鎖が頭上を駆け抜けて、私の長い髪がふわりっ、と舞い上がる。そして――!
「エンジェルタイフーン・暁ッッ!!」
「ぐぅわぁぁぁっっっ!!」
横殴りに襲いかかってきためぐるの鉄球を防ぐことも回避することもかなわず、直撃を受けたメアリは激しい勢いでグラウンドの隅へと吹き飛ばされる。刹那、土煙が辺り一面に立ち込め、爆発でも起きたような轟音が響き渡った。
「(っ、すごい……!)」
まさに、鎧袖一触――圧倒的な攻撃力に援護を考えるまでもなく、私は唖然と息をのむ。治療と鍛錬のために如月神社で修業を受けた、とはわかっていたつもりだけど、その成果を改めて見せつけられた思いだった。
と、その時――。
「……すみれちゃん。あのメアリ、なんか変だよ」
「えっ? 変、って……何が?」
「「あの世界」で戦った時と、明らかに反応が違うの。あたしの動きに、全然追いついてきてない……」
よろめきながら立ち上がろうとするメアリの様子を遠目に警戒しながら、めぐるは私の隣に戻っていぶかしげな表情を浮かべる。
「あの世界」……それは、数日前まで私たちが訪れていた異世界――イスカーナとエリュシオンのことだろう。確かに、そこで私たちの前に姿を見せたメアリは狂気の表情を浮かべ、髪と瞳の色も異なっていた。その様子を見たテスラさんは、彼女が洗脳か何かによって意識を乗っ取られている、と言っていたが……。
「(それと比べて、ここで弱体化している理由は……?)」
ふと湧いた疑問から気持ちの逡巡が生まれかけたが、すぐにそれを振り払って私は武器を構え直す。
メアリが言っていた通り、ここが現実空間ではなく私たちの心の中だったとしたら、……あまり時間をかけてしまうと、さらに不確定な危険が加わる可能性があるだろう。だから今は、一刻も早く外部からの干渉を退けて、覚醒を――。
「……一気に決めよう、すみれちゃん!」
すると、そんな私の考えを先取りしてか、めぐるは油断のない真剣さを瞳に宿らせながら私を促していった。
「もし、これが本当にメアリの支配する世界だったら、前みたいに自分ごとあたしたちを壊そうと考えるかもしれない! その前に倒さなきゃ!」
「っ、……そうね。その通りよ」
その言葉にうなずきながら、私は隣で精悍な表情を浮かべる彼女を見つめて……場違いだとは理解しつつも、頬がほころぶのを感じる。
頼もしかった。そして心の底から、嬉しくて仕方がなかった。
「(やっぱりこの子は、強くなった。見違えるくらいに……)」
エリュシオンで魔王と化したクラウディウス――カシウスと戦った時は必死だったことと、アイン・エンデの助力があったお陰であまり実感がなかったけど……今のめぐるは以前よりもはるかに気持ちが落ち着いて、空回り気味だった意気込みが鳴りを潜めているようにも見える。
少なくとも、こんなふうに敵の動きに気を配りながら次の行動を自分から言い出すなんて、以前にはほとんどないことだった。
――あなた、変わったわね。
……あぁ、そうだ。確かこの世界に戻ってきて早々、水無月先輩たちに事の経過と帰還の報告をするために高等部の生徒会室を訪れた時も……めぐるの無事な姿をまじまじと見つめながら、みるくちゃんがそう言っていた。
――力の気配が強くなったのはもちろんだけど……何より余計な気負いが無くなって、しなやかさが加わったというべきかしら。これなら、すみれとの「あの合体技」も安心してこなすことができるかもね……。
先代のツインエンジェルが得意にしていたという必殺技から着想を受けて、みるくちゃんとの特訓で身につけた二人の合体技――『レインボーブレイク』。
メアリの執念を受けて地球を砲撃しようとしていた戦艦インフィニティ・ラヴァー号を撃破するべく、宇宙空間でそれを放った時は……まだ完成にはほど遠くて、威力も十分ではなかった。そのせいで力を使い果たしたところを戦艦内に取り込まれてしまい、ヴェイル・ヌイの献身的な助けがなければ危うく自爆に巻き込まれてしまっていただろう。
でも、今なら……!
「やりましょう、めぐる! あの時の合体技で……!」
「うんっ! はぁあぁぁぁっっ……!!」
その呼びかけに力強く頷くと、めぐるは私の手を取って全身の力を一点に集中させる。私もそれに合わせ、身体の内からわき上がる熱い流れをつぎ込んでいった。
「……すみれちゃんっ!」
「呼吸を合わせて! たぁぁぁっっ!!」
つないだ手を通じて力が充満するのを感じとった私たちは、同時に地面を蹴って天高く跳躍し、よろめきながらも闇の障壁を展開させたメアリの姿を眼下に収める。
これで、決める――そんな必中の思いを込めて私たちはお互いの手を前に振りかざし、弓を引き絞るように充填した力の波動を解放して、叫んだ――!
「「レインボーブレイク・ザ・ファイナルっっ!!!」」
「なっ!? ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁっっっ!!」
地上に向かって放たれた虹色の光は力の潮流を生み出して、闇の障壁はおろか、メアリの全身をも包み込んでいく。その中で浄化された彼女の姿は瞬く間に輪郭を失い、……やがて跡形もなく消えてしまった。
「っ、やったね……すみれちゃん」
「えぇ……」
ようやく脅威を追い払うことができたことに安堵して、私は笑顔を浮かべるめぐるに笑みを返して頷く。
とりあえず、これで脅威は去った。あとはなんとかして、意識を覚醒させないと……そう気持ちを切り替えかけた、その時だった。
『っ、く、くくっ……これで、エンドと思わないことね……』
「なっ……!?」
メアリの姿は、どこにも見えない。……でもその声ははっきりと私、そしてめぐるのもとへと届いてきた。
『……残念だわ。私はお前たちに格別の慈悲で、安らかな死を与えてあげるつもりだったのに。ここで倒されなかったことを、きっと後で悔やむでしょうね……』
「どういうこと……? またあなたは、ここにやってくるっていうの!?」
『いいえ……もう、私はここで「消える」。お前たちの命を奪うのは、あの子たちに任せるとするわ……』
「あの子たち……? いったいそれは、誰っ?」
私は天を仰ぎ、どこにいるともわからないメアリに対して怒鳴り声で呼びかける。だけど彼女はそんな私たちの困惑が心底おかしいのか、憎らしいほどにおぞましい高笑いを返すだけだった。
『今度こそ、お別れね……暁と黄昏の巫女さんたち……。お前たちのあがき苦しむ姿、地獄から見ていてあげるから……ふふ、うふふふふっ……あっははははははっっ!!』
その、耳障りすぎるほどの哄笑を残聴として――。
私の夢は、そこで覚めた。
× × × ×
「……そっか。やっぱりすみれちゃんも、同じ夢を見てたんだね」
「ええ……」
昨夜から朝にかけて見た、私の「悪夢」の内容を聞いて……めぐるはぽつり、とそう呟きながら静かにうなずく。
やはり彼女も、私と同じ「夢」を見ていた。それも寸分たがわぬ、同じ内容を……。
「ごめんね、すぐに相談できなくて。もしすみれちゃんがあたしと同じ夢を見てなかったら、かえって不安な思いをさせちゃうかなって。それで……」
「気にしないで。私も、同じことを考えていたから」
申し訳なさそうにうつむくめぐるの手を握って、私は努めて明るい声を作りながらそう答える。
考えてみれば、今日のめぐるはやけに明るいというか……少しはしゃぎすぎの振舞いを見せていた。おそらく暗い気持ちを表に出して私を不安がらせまいという、その裏返しだったのだろう。そんな彼女の真意に気づけなかった自分自身にこそ私は、情けなさを感じずにはいられなかった。
「(私も、まだまだね……)」
そんな謝罪の思いを込めながら、私はこちらに顔を向けてくれためぐるに小首をかしげて笑いかける。それに対して彼女は弾けるような笑顔を浮かべ、少し痛いほどの力で私の手を握り返してくれた。
「(……それにしても)」
今日一日ずっと考えていたのは、メアリがどうやって私たちの夢――「心の中」に入り込むことができたのか、ということだ。
魔術に対しての知識はそれほど持ち合わせていないが、いくら睡眠時で無抵抗な状態であったとしても他人の意識に介入し、あまつさえそれを支配することが相当の技術と力が必要であろうことは、容易に想像ができる。
それに、……そこまでの力があったのだとしたら、なぜわざわざ私とめぐるの意識に交信をはかるといった迂遠な手段を用いたのだろう。過激な話、私たちの精神に入り込んだ時点でそのものを即座に破壊してしまえば、目的はよほど簡単に達成できたはずなのに……。
「……わからないことだらけね」
「うん。……それにあたしも、気になることがあるんだ」
「気になること?」
「うん。メアリはどうして、イスカーナやエリュシオンで会った時の髪や目の色じゃなくて、あたしたちに敗れた時の姿で現れたんだろう?」
「それは……」
確かに、おかしい。私もエリュシオン・パレスでメアリと対峙したが、テスラさんの話では彼女は洗脳を受け、会話が成り立たないほどに正気を失っている様子だった。
なのに、……「夢」の中に現れたメアリはかつての記憶にあった言動で立ち回り、それに力もかなり落ちている感じがした。
私たちの心を支配した、と豪語し、一時は本当に危ないところまで追い詰めてきた彼女にしては、やけに手応えがなかったというのは私の考えすぎだろうか……?
「……でも、すみれちゃんに話したおかげで少し気が楽になったよ! 聞いてくれてありがとうねっ♪」
そう言ってめぐるは、んん~っ! と天を仰いで大きく伸びをする。そして沈んだ気分になっていた私、そして自分自身を奮い立たせるように努めて笑顔を浮かべながら、くるりと跳ねるくらいの勢いで振り返っていった。
「とりあえず、ここであたしたちが考え込んでても仕方ないし……あっ、そうだ! 寮に戻ったらみるくちゃんに相談してみよう! ねっ?」
「……それもそうね。下手の考え休むに似たり、か」
確かに、答えを見出せないまま警戒心を持ち続けたところで、心が疲れるだけで何もいいことは無い。そう思い直した私はめぐると並んで校門をくぐり、なにか別の明るい話題はないものかと考えながらいつもの通学路へと出た――。
「「……っ……!?」」
その途端、ぞくりっ、と氷を押し付けられたような悪寒が全身を走り抜けて……私たちはとっさに手を放す。
敵意……いや、怖気が込み上がってくるほどの、おびただしい殺意。それが左右から放たれるのを感じ取り、私とめぐるは戸惑いながらも、それぞれ背中合わせになってその正体を確かめようと目を向けた――が……。
「……えっ?」
「なっ……?」
……信じられなかった。
私は今、今朝の夢の続きを見ているのか……!?
「……ヴェイル、ちゃん!?」
「ヌイ……っ?」
私たちが対峙し、それぞれ真正面の視界に収めている、その人物は……。
その身体をメアリによって奪われ、……私たちの危機を救ってくれた代償に宇宙空間でその意識とともに爆散したはずの、あのアンドロイドの姉弟……。
ヴェイルと、ヌイだった。
「「ツインエンジェル、ホカク、カイシ――」」
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