第33話

 ディスパーザさまの部屋を出たあと、あたしはエンデさんの持ってきてくれた新しい靴に履き替えることにした。

 デザインは、前の靴とよく似ている。でも、今度は普段履いている学生靴とヒールの高さが同じくらいで、立っていてもふらつく感じがしない。


『履き心地はいかがでしょうか、エリューセラ』

「あ、はい……ぴったりです、ありがとうございます!……」


 エンデさんにお礼を言ってから顔を戻すと、正面の鏡の中にうつる真っ赤なドレス姿のあたしが目に入ってきた。

 何度見直しても、すっごく素敵なドレス。布の光沢は鮮やかで、細やかな仕立ては思わずため息が出てしまうほどの出来映えだ。だけど……。


『……? どうかしましたか』

「えっと……このドレス、もう脱いじゃだめですか?」

『お気に召しませんでしたか? では、違うお召し物をご用意いたしますが……』

「あ、いえっ、嫌いとかそういうことじゃないんです! ただ、やっぱり少し動きづらいから、そろそろ身軽な服に着替えさせてもらえたら、って……」


 確かに、靴を履き替えたことでさっきよりも歩きやすくなった。……ただ、ふわふわでひらひらのドレスはあまりにも素敵だったから、気持ちが衣装のことに引っ張られてついつい、にやけた顔になってしまうような気がする。


「(すみれちゃんがいたら、きっと真面目にやれ、って怒られちゃうよね……)」


それに、これからあたしはどんなところに行くのかわからないのだから、いざという時にこの格好だと戦うのも、守るのもなんだか心許ない気がする。

 ……なんて、軽い気持ちで出した提案のつもりだった。だけど、


『……申し訳ありません』


 エンデさんは予想以上に、難しい顔で目を伏せてしまった。


「……駄目、なんですか?」

『はい。そのドレスは、イデアの存在であるあなたさまがこのエリュシオン、そしてこの先の世界で活動ができるように身を守る役割を担っております。ですから、それを脱いだ場合体調を崩すおそれがあるのです……』

「そ、そうなんですか!?」

『えぇ。……ご面倒かもしれませんが、どうかお願いいたします』


 エンデさんは、申し訳なさそうに頭を下げてくる。……そっか、そういう事情があったんだったら仕方ないよね。

 それにこの先、こんなドレスを着る機会なんて滅多にないことだと思うし……。


「(けど……これから過去? に行って、アストレアさまをここにつれてこなくちゃいけないんだよね)」


 さすがに何かと戦う必要がある時は、ちゃんとエンジェルスーツに変身できるといいんだけど――。


「……あっ、そうか!」

『どうされましたか?』

「いいアイデアがあるんです! これなら、きっと……」


 あたしはコンパクトとメダルを手にして、すぅと息を吸う。

 確かエンデさんは、あたしに言ってた。このメダルの源は、元をたどればエリュシオンから流入したエネルギーだ、と。だったら……。


「ラブリー☆くりすたる!!」

『っ? こ、これは……!』


 すっかり馴染んだかけ声とともに気合いを集中させた次の瞬間、部屋の中に光があふれていく。そしてあたしの身体を包み込み、……視界が戻ると装いは、見慣れた変身スーツへと変わっていた。


「暁に射す、まばゆい朝陽! エンジェルローズ! 正義の鉄槌、くらわせちゃうぞ!」

『…………』

「よしっ、成功! やっぱり思った通り!」

『あの、エリューセラ……そのお姿は?』

「これは、あたしの変身スーツです!」


 くるんとその場で一回転して、改めて自分の姿を確認する。

 ……そう。メダルと指輪がそのままになってたから気づいたことだけど、実はあたしの変身はまだ解除されてなかったんだ。だから、自分が「そうだ」と意識することでスーツは再び元の形状を取り戻す……って、みるくちゃんが教えてくれたんだっけ。


『自己修復機能よ。ただし、自分の精神状態が安定していないと正常に作動しないから、よく考えてから使用しなさい』


 そう言ってスーツの機能を解説してくれたみるくちゃんに、あたしは内心でそっとありがとう、と呟いてからエンデさんに向き直った。


「どうですか? これならドレスを脱がなくても、平気ですよねっ!」


 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねてみせながら、あたしは自分の状態を確かめてみる。

 うん……体調はすっかり良くなったし、稽古を積んだおかげで気持ちも安定。なにより、着慣れたスーツはドレスと比べるまでもなくはるかに動きやすかった。


『確かに……ドレスを着ているという概念は、そのままのようですね。要するにその変身スーツは、ある種の精神的な装備ということなのでしょうか……?』


 そしてエンデさんは、あたしを見つめながら何かを呟いている。正直、言ってる意味はよくわからないけど……これで大丈夫なら、いいよね?


『それでは、アストレアさまのもとへと参りましょう』

「はいっ!……って、どうやって行くんですか?」

『この魔石を用いて、過去へのゲートを開きます』


 そう言いながら、エンデさんは小さな石を見せてくれた。

 緑色を基調に、赤や青、金色が入り交じった石は光の角度によって次々に表情を変える。まるで宝石箱の中身をぎゅっと1つにしたような……そんな、不思議な石だった。


「わぁ、綺麗……! これを、どうするんですか?」

『砕きます』

「えっ……?」

『では、ご準備ください……エリューセラ!』


 そう前置きしてからエンデさんはあたしの手を掴み、気合いを入れて宝石を持つ手に力を込める。

 すると次の瞬間、ぱきん、とガラスが割れたような音が響き、……あっというまに指の間から黒い影が吹き出していった。


「わ、わわわっ……!」

『お手を離さないで!』

「は、はいっ!」


 視界が黒い影に浸食されていく中で、エンデさんの声に導かれるままにあたしは、掴まれた手を握り返す。

 やがて世界は、完全な暗闇に染まっていった。


  × × × ×


 まるで真っ暗なトンネルみたいに、自分の姿すらも見えない空間。その中で、少し冷たいエンデさんの体温だけが一人ぼっちじゃないことを証明していた。


「え、エン……」


 エンデさん、と呼ぼうとしたその時……暗い世界に1つ、小さな光が瞬いた。


「(あ……れ?)」


 まるで夕闇の中で浮かぶ一番星のように、小さいけれどはっきりとした輝き。それはやがて、闇を覆うようにその強さを増して――。


「うぅっ……!」


 あまりの強さに思わず視界を覆って、ぎゅっと目を瞑る。それでも閉じた瞼の向こう側から、強い光が差し込んでくるのを感じるほどだ。

 きっと目を開けても、何が見えるのか確かめることもできないだろう。そんなことを直感的に思わせる、光の激流の中で……。


『――エリューセラ』


 ふいに、エンデさんの声が聞こえてきた。


『到着いたしました』

「と、到着……?」


 おそるおそる瞼を持ちあげると、白い光が飛び込んできた。

眩しい……でも、さっきまでのものとは明らかに違ってどこか暖かさを感じる。

これは、……太陽の光?


「……ぁ……」


 ゆっくりと時間をかけて慣らしてから目を開けると、あたしの前には一面の砂地が広がっていた。

 ところどころに、枯れた木や建物の残骸っぽい瓦礫が落ちている。だけど、それ以外は何も無い。

 ……と思っていたけど、ふと何かの影が目に入った。

 少し離れた場所に見えた、周囲をぐるりと大きな壁で円形に囲われたあれは……街、かな? そして、卵みたいに丸い頭が少しだけ飛び出しているのはお城のようだ。

 だけど、……その壁に囲まれたその場所以外は、建物もそうだけど人の気配も感じられない。

 まるでそこは、童話の中のオアシスみたいだった。


「ここは?」

『はい。1000年前のヨーロッパ……アストレアさまのおられるイスカーナ王国から、2キロほど離れた地点です』


 その説明を背後から聞いて振り返ると、そこにはエンデさんが神妙な様子で立っていた。

 額ににじむ汗は、ここに来るまで緊張してたせいだろうか。でも、今はどこか安心したように口元がほころんでいる。


『移動は無事に完了いたしました。王都へは徒歩になってしまいますが……』

「大丈夫ですよっ。あたし、歩くの好きですからっ!」

『そうですか』


 頷いたエンデさんと一緒に、あたしは壁へ向かって歩き始めた。

 いつの間にか、つないでいたはずの手と手は離れてしまってたけど、彼女はあたしの速度に合わせながら静かに足を前に運んでくれていた。


『道すがら、補足のご説明をさせていただきますね。あの遠くに見える壁は、イスカーナ王国です』

「イスカーナ、王国……?」

『はい。アストレアさまを筆頭としたエリュシオンの民とイデアの民が築き上げました』

「えっと……つまり、2つの世界が力を合わせて作った国、ってことなんですね!」

『その理解で問題ございません。もっとも主導権はエリュシオン側にあったそうなので、互いに平等であったかどうかは定かではありません。……ただ言い伝えでは、とても平和な国だったとのことです』


 女神さまがいる、平和な国……かぁ。

 なんだかおとぎ話の世界みたいだけど、遠くから見えるお城がだんだん近づいていくのを見ていると本当のことなんだなと実感してどきどきする。


『ですが現在、エリュシオンの民は今真っ二つに分かれています』

「えっ……?」


 そんなふうに浮かれていたあたしの心に、エンデさんの困惑を含んだその一言は思いのほか深く突き刺さった。


「エリュシオンの人たちが、喧嘩してるってことですか?」

『……はい。そして、その対処を巡ってイスカーナ王国では、どうやら論争が行なわれていたようです。滅びに向かう流れをなんとしても止めよう、と』

「滅びっ……!? それっていったい、どんな話し合いを……?」

『すみません……詳細は不明です。文献にも記載されていないうえに、ディスパーザさまも詳しいことは語ろうとされないので……』

「…………」


 ディスパーザさまがしてくれた説明だと、ここは1000年前の世界で……エリュシオンとイデアが別れるきっかけになったという場所だ。

 でも、ここからあたしたちが生きている世界やエンデさんの世界につながっているなら……この世界は、その危険を乗り越えたと考えてもいいはずだ。

 そうじゃないとあたしたちが生まれて、今も生きている未来の時間も存在しないことになっちゃうし……。


『ただ、いくつか判明していることもあります。イスカーナ王国には、滅びゆくこの世界を何とか元通りにしようとする者……さらにごく少数ですが、別天地に活路を見いだそうとする者もいたそうです』

「別天地って、どういうことですか?」

『言ってしまえば、イスカーナ王国を捨てて新しい世界を見つけ出そうとする派閥です。……もっとも、当ての無い放浪に民を付き合わせるわけにはいかないと大多数に反対されたため、派閥と呼ぶほど数はいなかったそうですが』

「…………」


 エンデさんの話を聞きながら、あたしはぼんやりとなんだかどこかで聞いたことがあるような話だなぁ、と内心で首を捻る。

 でも、どこで聞いたんだっけ? 確か、似たような話を子供の頃に聞いたような……?


『ディスパーザさまは前者の派閥に属し、ゼルシファーや彼を新たな盟主と仰ぎ集まっていた者どもは、後者。そして……その派閥は、後に『ロマイア』と名乗りイデアに脅威をもたらしたと聞きます』

「……えっ!?」


 記憶の片隅に浮かんだものをなんとか引っ張り出そうとしていたあたしは、エンデさんのその言葉を聞いてはっ、と息をのんで向き直る。

 『ロマイア』……もちろん、覚えている。というよりもそれは、簡単に忘れることができない名前だった。


「あの、それって……『ダークロマイア』と何か、関係があるのですか?」

『さすがのお察しです。……詳細につきましてはここで省きますが、前身となった組織であることに違いはありません。そして、彼らの根底にはゼルシファーが残した意思が深く根付いていたことは確かです』

「ゼルシファーが残した、意思……?」

『…………』


 あたしが尋ねると、エンデさんは歩く速度を落とす。そして言葉を選ぶようにしばらく黙り込んでから小さく息を吐き出し、暗い瞳でぼそりと呟くように言った。


『……居場所がないなら、奪えばいい』

「っ……!」


 その瞬間、ぞくりと背中に悪寒が走る。……その言葉は、あたしでもすぐに理解できるほどシンプルな理屈だった。

 でも……ううん、その教条があまりにわかりやすいからこそ、数は少なくても熱狂的な信者を集めることにつながったのかもしれない。たとえそれが、敵味方ともに多くの犠牲を払うものだとわかっていたとしても……。


『ゼルシファーがイデアの地で倒された後も、その意思を引き継ごうとする残党が暗躍を続けています。おそらくあなたをチイチ島へとさらい、利用しようとした動きもその一環でしょう……』

「えっ? じゃあ、あのメアリはその仲間だったってこと?」

『いえ、そうではありません。たまたまゼルシファーを信奉する者が暴走したのをこれ幸いに、彼らは裏で糸を引いていた。……メアリなどは、ただの道化にすぎません』

「…………」


 そういえば……と、あたしはひとつのことに思い至る。

ヌイ君は以前、言ってた。悪事に手を染め、あたしたちと戦ってまでメダルを集めていたのは自分たちが「人間になるため」だ、と。

……だけど、そんなことが本当に可能だったんだろうか。メダルの力……つまり波動エネルギーが「人ではない」存在を人間に変える力があったなんて、少なくともあたしはみるくちゃんたちから聞いたことがなかった。


「(確かにメダルには、メアリが一度やってみせたように大魔王ゼルシファーを復活させられるほどの力があったのかもしれない。……でも)」


「不思議な力がある」としても、それが「自分の願いを叶えてくれる」かどうかは似ているようで違うことだ。実際に、それが本当だと確かめる機会がなければ簡単に信じることはできないと思うし、誰かがそう言ったところでただの冗談だと聞き流すか、証拠を見せろと言われるだけだろう。

まして、ヌイ君はすごく用心深い性格だった。たとえメアリの説明が達者だとしても、それをうのみにすることは絶対になかったはず……。


「(なのに……ヴェイルちゃんもヌイ君も、そのことをぎりぎりまで信じていた……)」


つまりあの二人は、「メダルがあれば人間になれる」と信じられる仮説と証明を、誰かから受けていたということになる。そして、その「誰か」はあたしたちの見えないところから、二人の活動に何かしらの後押しをしていた……?


「じゃ、じゃあ……ヴェイルちゃんとヌイ君、それにメアリを操って何かを企んでいた存在が、今回の黒幕……?」

『えぇ、間違いなく。……ですが、もしアストレアさまがエリュシオンにご帰還いただくことが叶えば、その邪な動きも鎮めることができましょう。少なくとも、戦いを選ぶ理由は無くなるはずです』

「じゃあ、アストレアさまが戻らなかったら……?」

『考えたくありませんが、……何らかの暴発が起こる可能性は大きくなります。だからこそ私たちは、エリュシオンの安寧と維持だけでなく世界の平和のため……アストレアさまの存在と権威を求めているのです』

「……それってなんだか、女王さまというよりも……女神様みたいですね」

『そうですね……。ディスパーザさまも、そうおっしゃっていました』


 そういって、エンデさんはあたしをじっと見つめる。……強い意志と覚悟が宿る金の瞳には、あたしの姿がうつっているようにも見えた。


『アストレアさまには、なんとしても帰還していただく必要があります。ですからエリューセラ……どうか我らに、そのお力をお貸しください』

「はい、もちろんです!」


 あたしはエンデさんを見つめ返し、即座に強く頷いた。

 アストレアさまを助ければ、エリュシオンとイデアが両方救われる。……だったら、正義の味方として助けない理由がないよね!


「あ、その前に……」

『どうされました?』

「やっぱりエンデさんにはあたしのこと、エリューセラじゃなくて……めぐるって呼んでもらいたいな」


 ディスパーザさまの前だとめぐるさま、って呼んでくれてたけど、ここに来てから呼び方がまたエリューセラに戻ってしまった。真面目な彼女らしい振る舞いなのかもしれないけど、やっぱりぎこちないというか………心の隔たりを思わずにはいられない。


『……エリューセラの名は、お嫌いですか?』

「あ、そういうことじゃないんです。……ただ、やっぱりその呼ばれ方は慣れないというか、ちょっと……」

『……そう、ですか?』


 慌てて釈明するけど、エンデさんはやや困ったように首を傾げてしまう。うーん、そこまで変なお願いだとは思わないんだけど、どうしよう……?


『……わかりました。貴女さまがそうおっしゃるのでしたら、従います。ではせめて、私のことは「エンデ」とお呼び捨てください』

「え……ええっ? それはさすがに……」


 いくらなんでも、年上にしか見えない女の人を呼び捨てになんてできない。……でも、こっちも無理を聞いてもらってるわけだし……ええっと……。


「じゃ、じゃあ……「エンデちゃん」なら、どうか……な……?」

『えっ……?』

「そ、そのっ……もう少し、お互いに距離を縮めるってことで……! あたしも「さん」づけは止めるから、その代わりってことで……だ、だめかな……?」

『……。だめだなんて、そんなことはありませんよ』


 あたしがそうまくし立てるように言うと、エンデさん……じゃなくて、エンデちゃんはややあってぎこちなく微笑んでから、頷いていった。


『わかりました。では、以降はエリュ……めぐるさまと呼ばせていただきます。……よろしいでしょうか?』

「うんっ!」


 「さま」付きで呼ばれるのは、まだちょっとくすぐったい。でも、エリューセラって呼ばれるよりは受け入れやすい。

 それに……「エンデちゃん」と呼ぶのは生意気な気がしないでもないけど、「さん」付けよりもずっと、彼女と距離が縮まったようにも感じられた。


「でも、回数制限があるとしてもタイムリープができるなんて、魔界の人ってすごいんだね!……あたしも、過去に戻れるなら――」


 自分の胸の内にまだ残る傷がうずいて、……あたしはぎゅっ、と唇をかみしめる。

 もしも今、過去に戻れるとしたら……きっとあたしは、あの時に戻ることを選ぶだろう。


「(……でも)」


 あの瞬間に戻れたとしても……本当にあの二人を助けられるのかな。

 修行して少しは元気になったけど、今のあたしじゃ、きっと……。


『……めぐるさま?』

「えっ? あ……」


 名前を呼ばれて、はっと顔をあげる。

 ……いけないいけない、今はアストレアさまを助けることに集中しなきゃね。


「あ……そういえば、アストレアさまをこの世界から連れ出しても、大丈夫なの?」

『……? それはどういう意味でしょう?』

「えっと、前に映画で見たんだけど……未来から来た人が過去を変えたら、タイム・パラなんとかってのが起きて、歴史が変わって生まれる人が生まれなくなっちゃったりする、なんて話を聞いたから……」

『タイム・パラドックスですね。……大丈夫です。ここは過去であって、過去ではない場所ですから』

「……?」


 エンデちゃんの言ってることがよくわからず、首をかしげる。

 過去であって、過去でない?……なんだか矛盾した言い方に聞こえるんだけど。


「でもここって、1000年前のヨーロッパなんだよね?」

『えぇ。ですがそれと同時に、イデアとエリュシオンの関係と同じく、平行世界のひとつです。ですから何かが変わったとしても、イデアにもエリュシオンにも変化は起こりえませんので、ご安心ください。それに――』

「それに?」

『アストレアさまが残っても、いなくなっても……この世界の結末は変わりませんから』

「…………」


 静かに、でもどこか寂しそうなエンデちゃんの言葉を聞いて、あたしは思わず切なくて胸をおさえる。

 ディスパーザさまは、アストレアさまは殺されたといっていた。

 だから、あたしたちの目的はその前に助けに入って、未来に連れて行くこと。だから、その人がこの世界から消えちゃうことには変わらない……そういう意味なんだろうか?


「…………」


 ……でも、この違和感はなんだろう。上手く言えないけど、胸がもやもやする。


『とにかく、今のエリュシオンを救うためにも、アストレアさまのお力は必要なのです。あのお方は王城にいらっしゃるはずですから、まずはお話をさせていただきましょう』

「う、うん」


 エンデちゃんの言葉に頷き、あたしはさくさくと砂を踏みながらお城へ向かって進んでいった。


「…………」


 ふと、すぐ隣に並ぶエンデちゃんの横顔を盗み見る。

 正義の味方として行動する時、いつもあたしの横にはみるくちゃんがいて、お手本としてすみれちゃんが導いてくれていた。

……だけど今、あたしは自分自身が正義と信じるもののためにどうすればいいのかを考えて、それを実現しようと動いている。

 それを思うと、不思議な気分だった。

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