第一部 第五章
第五章プロローグ
「……いやぁ、ずいぶんと大きくなったもんだな。結構、けっこう」
内部から緑色に輝く「それ」をぺしぺしと叩きながら、俺は計画が順調に進んでいることに満足感を覚えて、一人ほくそ笑む。
この部屋は、俺が部下に命じて作らせた研究開発ルームだ。「あの」ダークトレーダーが大魔王ゼルシファー様の支援によって揃えた機材の充実ぶりには、及ぶべくもないが……室内にはこれと同じ培養ポッドが無数に立ち並び、かつてダークロマイアが極秘に進めていた計画が形になりつつある。
その証拠に、その脇に設置されたモニターの数値と文字は内部で育つモノが予定通りに成長中であることを示していた。
「こいつらさえ完成すれば、『聖杯』だとか『天ノ遣』ってのは全部過去の遺物になっちまうんだがなぁ~。ま、焦らず待つことにすっか」
それに、と俺は内心で自戒にも似た言葉を呟く。
ダークロマイアに属していた連中と違い、俺にとってこの計画の実現はあくまでも手段であり、目的ではない。そして世界征服や未知の探求などにもまるで興味はなく、そんなものは塵芥に等しいものでしかなかった。
と、その時――。
「ん……?」
ふいに部屋の扉が開く音が聞こえ、振り返るとその向こうから人影がひとつ現れて中へと入ってくる。それはゆっくりとした……というよりも覚束ない足取りでポッドの合間を通り抜け、俺のもとへと歩み寄ってきた。
「――――」
左右からの緑の灯によって、闇の中から浮かび上がったその顔は陶磁器のように生気がなく、その瞳は虚ろに濁って光がない。……それを見てとった俺はふんっ、と嘲りとともに鼻を鳴らしてから、わざとらしく明るい口調で「彼女」に声をかけていった。
「おーメアリ、今戻ったのか? お疲れー、ナイスな足止め役だったぜ」
「――――」
俺のねぎらいの言葉に対して、メアリは何も答えない。こちらに目線を合わせないまま、喜ぶでも、屈辱の怒りにまなじりを吊り上げることもなく……淡々とした様子で歩き続ける。
そして俺の目前にたどり着くと、膝を折り……うやうやしく畏まった動作でかしずいていった。
「只今戻りました……ゼルシファー様……」
その言葉とともに顔をあげると、メアリは恍惚とした表情で目を潤ませて……不気味なまでに無機質な笑みを浮かべながら、ようやく視線を合わせてくる。
もはや、かつての――正確に表現すれば、「生前の」彼女からは考えられないほどの従順さと卑屈ぶりだ。尊厳や矜持などは微塵もなく、ただ生きているだけの「道具」でしかない。
もっとも、そんな感じに「空っぽの器」にしてやったのは……ここにいる、俺自身なわけなんだが。
「(至上の愛を求めた結果が、この有様とはね……哀れだが、それ以上に愚かな女だ)」
そうだ。過ぎたる力を求め、立場をわきまえず……己の価値を見失えばこうなるという、典型的な例だろう。
だが、俺は違う。あのお方のもとにお仕えし、お迎えに上がる資格があるのは……全ての世界においてこの俺だけなのだから――。
「んじゃ、とっととお前が集めてきた成果とやらを「見せて」もらうとすっか」
「はい……お願いいたします、ゼルシファー様……」
今のメアリは、俺のことが魔王様の姿に見えるよう「刷り込み」が行われている。いつの日か、全てが終わった後でこいつを正気に戻してやったらどんな顔をするだろうか?……そんな残酷な思いを抱きながら、俺は彼女の頭に手をのせ……かつての世界の言葉による「呪」を唱えていった。
「っ、……ぐ、ぁぁぁっ……!?」
詠唱に従って、メアリの苦悶の声が口の中から漏れだしてくる。と同時に、彼女の頭脳に記録されていた情報が俺の中へと流れ込む感覚を楽しみつつ、予想通りの成果が得られたことを確かめて思わず笑みが浮かぶのを止められなかった。
「へぇ~、なるほどなぁ。そーゆーことですか、っと……。そっち系の力もあるってのはちと厄介だが、……ま、なんとかなるかなー。よっと」
「……っ……!」
そう言って俺は、メアリから離れる。そして、その場に倒れて気を失う彼女を捨て置きながら光の柱のひとつに顔を向け、にやりと笑みを浮かべながら呼び掛けていった。
「で、お前らはどうだ? あの小猫ちゃんたち、前よりもかなーり強くなってるみたいだけど……大丈夫か~?」
「……ユルサナイ……ユルサナイ……」
「ツインエンジェル、タオス……ツインエンジェル、コロス……」
無機質な片言口調で、二つの人影はそう繰り返す。その反応に満足を覚えながら俺は肩をすくめ、ひらひらと手を振って続けた。
「んじゃー、よろしくなっ。ダークトレーダーのやつが、俺の策に乗ってピエロ役をうまいことやってくれたおかげで、いい時間稼ぎになったぜ。あとはお前たちが、連中の息の根を止めてやってくださいな……っと。オーケィ?」
「……ユルサナイ、ユルサナイ」
「ツインエンジェル……タオス」
やがて、二人の気配はその場から消える。それを確かめてから俺は、培養ポッドのひとつに目を向けながら独りごちていった。
「すべては、あなた様と再びお会いするためです……大魔王、ゼルシファー様……」
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