第68話

 初めて出会った時からすでに久しく、もはや顔を一目見ただけで2人の名前はすぐ頭に浮かんでくる。……だけど、あまりにも想定を越えた展開を前にしたせいか、それを言葉にするまでしばらく時間がかかってしまった。


「……テスラさん、ナインさんっ……!」


 なんとか私が声を絞り出して呼び掛けると、テスラさんとナインさんは頷きながら笑顔を返してくれる。その姿をはっきりと確かめてから、私はようやく救われた思いをかみしめて安堵の息を吐き出すことができた。

……ほんの少し前まで、悲壮感で血が凍えるような緊張を感じていた。正直言ってめぐるを、そして自分を奮い立たせるために強気な言葉を使ってみたものの、私たちが揃って突破できる可能性は限りなくゼロに近いと思っていたのだ。

 私たちの前に幾度となく立ち塞がり、恐ろしいほどの狂気と執念を持って襲いかかってきた女怪人、メアリ。それが再び、しかもどういう妖術を用いたのか群れとなって向かってくるという、まさに絶望としか呼べない状況――。

そんな中、ともに死地を潜り抜けてきた人たちがここに駆けつけてくれたことは何よりも嬉しく、そして心強さに満ちた励みとなって私たちに希望を与えてくれた……!


「(でも、あれ……?)」


 と同時に、冷静な思考が立ち戻ったことで私は、ふと耳に残るテスラさんの言葉の意味をはかりかねて……怪訝な思いを抱く。

 確か、先ほどテスラさんはここに来るのが遅れたことを詫びながらも、「遅れてよかった」と言っていた。思わず出た言葉なのかもしれないが少しだけ気になって、私は横に立つ彼女にそっと尋ねかけた。


「あの……テスラさん。さっきの「遅れてよかった」というのは、どういう意味ですか?」

「……口が滑りましたね。あなたたちと合流できて、つい気が緩んでしまったようです」


 私の問いかけに対しテスラさんは肩をすくめると、苦笑いを浮かべて頭を下げる。そして油断なくメアリたちの群れの動向を窺いながら、言葉を繋いでいった。


「すみれさん、めぐるさん。ここに来れば、おそらくあなたたちとお会いできるとは思っていましたが……正直この事態をどう説明をすればいいのか、あるいは説明をすべきなのか少し迷っていたのです。荒唐無稽な話の上、聞いて愉快なものではありませんので……」

「話せない理由って、何ですか? 私たちではそれを聞く資格が――、っ!?」


 さらに問いただそうと足を踏み出しかけたその時、ぞっと背筋を撫で上げるような悪寒が走り抜け、私は反射的に顔を敵の集団へと向ける。すると、妖しげな笑みを浮かべながらメアリたちが私たちに向かって一斉に、気持ちが悪いほど整然と前進を始める姿が見えた。

あまつさえ、テスラさんの電撃で四肢に黒く焦げた痕を残し、ナインさんに斬られて首を失ったはずの数体までもが起き上がって、こちらにやってこようとしている……! そのおぞましい様子を目の当たりにしためぐるはひっ、と息を殺した悲鳴を上げて、私も思わずたじろぎそうになる足に力を込め、なんとかその場に踏みとどまることができた。


「……頭部を失っても、動き続けることができるというわけですか。こうなってはやはり、実際にお目にかけたほうがよさそうですね……!」


 そう言ってテスラさんはいったん言葉を切ると、横に立つナインさんに目配せを送る。それを受けて彼女は頷き返すと大剣を両手に構え、鋭い刃物のようなまなざしをメアリたちに向けていった。


「「――――」」


 メアリたちはそれぞれに武器を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。その生気の失われた目は私たちを捉えて離さず、虚ろに濁った瞳に自分たちが映っているのか、と考えただけでまたしても怖気がぶり返してきそうだった。


「……っ…!」


 恐怖心をうち払うべく、私は手に持った『サファイア・ブルーム』に力を込めて身構える。めぐるも同じことを考えたのか『ローズ・クラッシャー』を半身で引き寄せながら、いつでも攻撃を放ってみせる体勢をつくってみせた。

 ……だけど、そんな様子を見たテスラさんは凛と響く声で「待ってください」と制する。そして私たちをかばうように前に進みながら、静かに諭すように言った。


「先ほども申し上げた通り、ここは私たちに任せてください。合図を送ったら、安全な場所まで退避してくれると助かります」

「任せて、って……あれだけの数を相手にして、どう戦うつもりなんですか!?」


 まるで、自分たちが戦力外だと宣告されたようにも聞こえた私は、思わず色をなしてテスラさんに食い下がる。

 彼女たちの強さは、以前のエリュシオンでの戦いを経たことである程度はわかっている。とはいえ、だからといって今のメアリたちを相手に、2人だけで立ち向かうことができるとはさすがに思えない。


「あのメアリは幻なんかじゃなく、それぞれが実体を持ってるんです! それに、戦闘力も以前に会った時と同じくらいで、それにっ……!」

「致命傷を負わせても、起き上がってくる……ですか。話では伺っておりましたが、実際にこの目で見ると確かに気持ちのいいものではありませんね」

「……っ……?」


 話では、聞いていた……? テスラさんたちは、いったい誰から「あの」メアリの実態を知ったのだろう?

 さらに浮かんだ疑問の答えを求めようと、私はテスラさんの横顔を回り込んで覗き込もうとする。だけど、それよりも一瞬早く彼女はメアリたちに視線を向けて、意識を戦闘へと移行していった。


「大丈夫です、策がありますから。――なっちゃん」

「――了解。……っ!!」


 テスラさんからの合図を受けて、ナインさんは懐から「何か」を取り出す。よく見るとメダルのような形状をしており、彼女はそれを大剣の柄部分にはめ込むと軽く呼吸を整え……かっ、と目に力を加えたかと思うと地面を力強く蹴り込みながら、疾風のような勢いで群れの中に斬り込んでいった。


「はぁぁぁぁっっ!!」


 目前に迫ったメアリに対して横薙ぎを繰り出し、攻撃を防ごうと構えた槍ごとその身体を容赦なく打ちすえる。弾き飛ばされた相手は「ゲッ……!」とうめき声をあげながら倒れ、そこに空いたスペースにナインさんはためらいなく突入した――!


「たぁぁぁっ!! っ、やぁぁぁっっ!!」


 続いて左右から押し包もうと迫ってきた数体のメアリに、ナインさんは息を継がずに連撃を見舞う。その、正確で鋭い剣撃は敵の反撃どころか回避も許さず、あっという間に彼女の周囲には撃破されたメアリたちの身体がいくつも転がっていた。


「(すごい……で、でもっ……!)」


 ナインさんの圧倒的な戦闘力に感嘆を抱きながらも、私は視界に映った変化に気づいて思わず息をのむ。奇襲によって乱れていた敵の動きは徐々に整った流れとなり、包囲網へと変わりつつあった……!

 現状はナインさんのペースだから、そう簡単に反撃をかけることができない様子だ。それでも、一度でもその動きを止められてしまったら――。

 そんな不安がよぎった、その時だった。


「なっちゃん、今です!」

「っ、たぁぁぁっっ!!」


 テスラさんの鋭い呼びかけが届くや、ナインさんは手にしていた大剣を逆手に構え直す。さらにそれを大きく振り上げると、勢いよく自分の足元――石の床へと突き立てた。


「――っ、はぁっっ!」


 いったい何をするつもりなのか、と唖然とする私たちの目前でナインさんは剣を残し、その柄の上へと飛び移る。そして軽やかな動きでそれを足場に使い、高く跳躍して敵の群れから離れていった。


「姉さんっ!」

「えぇっ、……!!」


 ナインさんに応えるように、テスラさんはブレスレットのようなものを取り出して自分の右手首にはめる。そして、同時に指の先に挟んでいた金色の「メダル」をその中にあてがい、かっ、と目を見開いた。


「雷光の獅子、眠れるエリュシオンの民の魂よ……! わが友を救い、護るための力を与えたまえ……っ!」


 気がつくと、テスラさんの全身からまばゆい光がたち起こり、それが放電の形をとって火花をあげながら両方の手の中に集まっていくのが見える。

すさまじいほどのエネルギー。彼女はそれを頭上高く掲げると、熱のこもった気合とともにメアリたちの群れに目がけて振り下ろし、一気に解き放った。


「ライトニング・エクスキューションっっ!!」


 巨大な雷球がテスラさんの両手から放たれて、敵の集団へと襲いかかる。それは、進行方向に立っていた数体を巻き込みながら中央付近に残るナインさんの大剣へと命中し、次の瞬間轟音を立てて炸裂した――!


「ギャァァァァッッ!!」

「グォォォォッッ!!」


 全身におびただしい電撃を受けたメアリたちは猛獣のような咆哮をあげてのけぞり、悶え、……やがて、次々に倒れていく。焦げ臭い空気が辺りに立ち込め、無数の白煙が沸き起こる中……躯と化したそれらが再び立ち上がってくる様子はないようだった。


「た、倒した……?」

「……はい。波動エネルギーの源さえ破壊してしまえば、ただの人形に戻るだけです。もう心配はいりませんよ」


 見たことがない、まさに必殺の一撃を見舞ったテスラさんはふぅっ、と大きく息をついてから、にっこりと笑って私たちにそう語りかける。

 ものすごい攻撃だった。私とめぐるの合体技『レインボーブレイク』でも、これだけの威力を持ちえたかどうか……。


「それにしても、ずいぶんな数を作り上げたものですね。どうやら私たちが考えていたよりも、敵の計画は進んでいるようです」

「計画……?」


 もはや知らないことだらけの自分たちの状況を口惜しく感じながらも、私はテスラさんにその言葉の意味を尋ねかける。すると彼女は「えぇ」と頷くと、やや嫌悪感をにじませる表情でつかつかとメアリたちのもとへと歩み寄っていった。

 その中の一つの側に膝をつき、胸に手を当てる。そして何かを手に取ると見えるように私たちに向けてかざした。


「それは……メダル、ですか……?」


 テスラさんの電撃によるものだろう、それは黒く焼け焦げていたが……丸い小さな形状は、テスラさんとナインさんが手にしたメダルとほぼ同じくらいの大きさのようだった。


「覚えていますか? エリュシオン・パレスの内部に保管されていた、大量のメダルを……あれと同じものといえば、理解してもらえると思います」

「っ、じゃあ……!?」

「そうです。ルシファー・プロジェクト――対『天ノ遣』を目的とした生体兵器を作り出すために立案された、忌まわしき悪魔の計画。その禁断の秘術によって生み出されたものが、先ほどのメアリなのです」

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