第84話
『……っ、何者だ!?』
突然割り込んできた2人の女の子に、邪魔をされたと感じたのかメアリは怒りと嫌悪をあらわにしてぎろり、と鋭く睨みつける。……だけど、傲然とした態度で侮る彼女とは裏腹に『アスタディール』の名前を聞いたゼルシファーは息をのみ、驚きの感情を声の響きに含ませながら油断なく身構えていった。
『アスタディールの、御子だと……? ということは貴様ら、『キャピタル・ノア』の手の者か!?』
『その通りです。短い期間ですが、どうかお見知りおきを……』
『へっ……ちょっと前から、イスカーナ領で妙な動きあり、って噂があったからな。しかしまさか、この領内の住民全てを巻き込むとまでは思ってなかったぜ』
毅然とした物腰ながらも、視線が刃物のように研ぎ澄まされた姉らしき女の子に並んで、妹――というより少年のような口調の女の子がにやり、と不敵な笑みを浮かべながら、妖気の渦の中で魔神化しつつあるゼルシファーとメアリの前に立ちはだかる。
勇ましく、そして高潔さをはらんだその姿は眩しくて、麗しい。――だけど、それ以上にあたしたちは2人の顔立ち……何よりも口調と声の響きに、自分の目を疑いたくなるほどの衝撃を受けていた。
なぜなら、彼女たちは――。
「エンデちゃんと……アインちゃんっ?」
そう……髪の色こそ違っているけど、身にまとう衣装は記憶にあったものと同じ。しかもその容姿は異世界で出会い、そして一緒に世界の危機を救うために戦ったエリュシオンでの大切な友達、エンデちゃんとアインちゃんと瓜二つだったからだ……!
「ど……どういうことっ? ゼルシファーだけじゃなく、エンデちゃんとアインちゃんもメアリと会ったことがあったんですか!?」
「わ、私もさすがにここまでは……」
テスラさんとナインさんも言葉が出てこないのか、ただ目を丸くして彼女たちの様子をうかがっている。さすがにもうこれ以上は、何が出てこようと驚かない……そう思っていたあたしだけど、2人の登場は予想外すぎて理解がとても追いつきそうになかった。
しかも、続いて彼女たちは聞き取れない言葉で呪文を唱えて、その手の中に光をまとった武器を出現させる。そして、それぞれ見覚えのある武器と瓜二つのものを構えると、魔神へと対峙していった――!
『魔を討ち払え! エクスカリバー!!』
『全てを貫け……ゲイボルグ!!』
『っ……!?』
ぎらり、と白銀に輝く形状と鏡の如く磨き上げられた鋭い2つの刃を目の当たりにして、メアリはたじろぎを見せる。彼女たちのその姿はよどみ濁りきった気配を祓い、混沌が支配する中でも気高く美しい光に満ちていた。
「め、めぐるさん……あの武器は!?」
「似ている……ううん、同じだ。あたしとすみれちゃんが使った、あの武器と……!」
エリュシオンでの最終決戦で、怪物化したカシウスに立ち向かうためにエンデちゃんとアインちゃんが姿を変えることで出現した神剣エクスカリバーと、神槍ゲイボルグ。それを手にして戦いを挑むという目の前の光景は、まさにあの時の再現だった――!
『っ、くく、くくく……! 今さら駆けつけたところで、もう遅いわ。たとえアストレアが授けた神器をもってしても、無限の力を手に入れた我に敵うはずなどなかろう……!』
『確かに。あなたが奪い取った33146人分の魂……そこから錬成された魔の力に対抗するには、私たち2人だけでは全然足りないでしょう。――ですがっ!』
そう言ってからエンデちゃんに似た女の子は、神剣をくるりと翻すと再び呪文のような言葉を口ずさんでいく。
その響きはまるで、歌のように涼やかで心地よくて……軽やかに剣を振りかざす動きは剣舞のように綺麗だった。そして、
『なっ……ば、バカな!?』
聖なる歌が結ばれた次の瞬間、辺り一帯を埋め尽くしていた真っ黒な妖気の渦が急速に鎮まる。そして、周囲に光の塊が無数に現れたかと思うと……その中から闇の儀式によって消えてしまったはずの人たちが次々に苦しそうな表情を浮かべながら、わずかに動いたり、うめき声をあげたりして姿を形作っていった……!
『っ……ど、どういうことだ? なぜ、マナの流れが我に逆らう!?』
『逆らってんじゃねぇよ……従ってんだよ。お前たちのつくり出した魔法陣よりもさらに大きな闇と、それを包み込む光の陰陽陣になっ!』
『……っ……!?』
アインちゃんらしき女の子が告げたその言葉に反応して、ゼルシファーは天を振り仰ぐ。すると、黒く厚い雲が徐々に移動して、隠れていた満月が明らかになり……さらにその上を同じ形状をした黒い影が重なって、今にも覆い尽くさんとしていた。
『なっ……月蝕だと!? バカな……それは今宵ではなく、数十年先の未来で起こる事象であったはず!』
『……非常事態ということで、こちらも切り札を使わせていただきました。女神アストレアより賜った聖なる力を悪用し、再びこの地上に混沌と絶望をもたらさんとする悪しき輩よ……あなたたちの邪な企みも、ここで終わりです!』
『こ、小癪な真似をヲォォォオッッ――、グゥォォッ!?』
周囲の空気を震わせるほどの憤怒を全身に満ち溢れさせながら、ゼルシファーは2人の女の子に襲いかかろうと巨大な腕を伸ばす。でも、それは周囲に張り巡らされた鎖のような結界によって阻まれ、動きを止めた瞬間エンデちゃんは頭上へ、そしてアインちゃんは足下へと素早く接近して渾身の一撃を放った――!
『『ツインベクター・クロス・スクランブルッッ!!』』
『グォォォオッッ!! き、貴様らぁぁァァァアッ――っ!!』
恨み、呪い、憎しみ……全ての黒い感情を爆発させながら、ゼルシファーは2人の閃斬と刺突に生み出された虚空の狭間――闇に染まった超空間の中へと引きずり込まれていく。それを見て、激しい戦闘が繰り広げられる中で何もできずに、ただ呆然と立ち尽くしていたメアリはようやく我に返り……もう半分以上も姿が消えつつあった魔神に向けて、必死に手を伸ばした。
『ぜ、ゼルシファーさまあぁぁっっ!――ぐぅっ!?』
だけど、その想いもむなしく嵐のような気流に阻まれて、木の葉のように遠く離れた場所へと弾き飛ばされてしまう。
それでも、何とか立ち上がろうと身体を起こしたその時……絶望と無力感に打ちひしがれた彼女の目の前に、毒々しい色をしたメダルが一枚、鈍い音を立てて床を転がってくるのが見えた。
『……メアリよ……。これを、お前に……』
『っ、ゼルシファーさま……!?』
『いつの日か、再び相まみえるその時……我は――』
『っ、はい……! 必ずや、私は……』
その返事は果たして、相手に届いたのか……それを確かめる前に、ゼルシファーは闇の中へと消えていった――。
× × × ×
そして、再び闇が支配する空間へと戻ってきた時、……私たちの目の前には、一つの人影が立っていた。
「……。メアリ……?」
呼びかけに対して、メアリはゆっくりとうつむきがちだった顔をあげる。そしてあたしの顔を見るなり、……まるで抜け殻になったように乾き切った表情でふふ、と笑い声をあげた。
「……見てしまったのね。私の、ゼルシファーさまとの関係を」
「…………」
あたしはこくり、と無言で頷く。メアリが大魔王ゼルシファー復活に狂気的な執念と情熱を傾けていた理由が、これで納得できたような気がした。
そして、同時に理解した。以前、復活の儀式があたしやすみれちゃん、そして快盗天使の先輩たちの手で阻止されて失敗に終わった時にあれほど激しく怒り、絶望したのは……。
「(エンデちゃんと、アインちゃん――2人の活躍でゼルシファーが封印された時の記憶と光景が、蘇ったからなんだね……)」
ううん、それだけじゃない。あたしたちが戦うようになる少し前に起きたという聖杯戦争でも、ゼルシファーは復活したばかりのところをリリカさまの力を借りた先輩たちの手で倒されたと聞いている。だから全ての不安要素を取り除き、満を持した上で臨んだ――。
その期待と希望があったからこそ、かえって大きな落差が生まれて衝撃が大きくなったのかもしれない。その意味ではメアリの、弱い心の一面を見たような気がした。
「(……だからといって、同情なんてできない)」
だってそれはメアリだけの都合で、結局のところ他に犠牲になった人たちを蔑ろにした逆恨みだからだ。彼女は不幸な人なのかもしれないけど、そのわがままや独善に振り回された人は、もっと不幸だったと思う。
他の誰かを犠牲にすることで実現できる願いと、自分と大切な人だけが受け取れる幸せ。……それを求め続けるメアリのゼルシファーに対する想いが「愛」だなんて、あたしはどうしても認めることができなかった。
「あのお方との大切な絆の思い出……誰にも明かすつもりなんてなかった。まさか、あなたたちの心に干渉する『同調』の術式の流れを逆転してくるなんて、思ってもみなかったわ」
「……。本当に?」
「っ……? それは、どういう意味かしら」
その問いかけに対してメアリは笑みを消すと、殺意と憎悪に満ちた目でこちらを見据えてくる。すぐさま背後で、テスラさんとナインさんが戦闘態勢を取る気配を感じたけど……あたしはまだ武器を構える気になれなくて、さらに言い募っていった。
「あたしは……あなたの声に呼ばれて、さっきの「記憶」にたどり着いたんだよ。だから、流れをこっちに合わせてきたのは、あなた自身の意思なんじゃないの?」
「はっ……! 私の結界を打ち破ったのは、あなたの力よ。光あるところに影があり、陽は陰とともに存在する。……やはりあなたは、闇の魂を持った呪われし血族ってことなのね」
「……あたしは、正義の味方。呪われてなんかいない」
さすがにむっとした思いで、あたしは言い返す。……ただ、最初から答えなんて求めていなかったのか、メアリは独り言のように話の方向を勝手に切り替えて続けた。
「300年以上かけて私は、あの御子たちによって蹂躙されたこの身体と魂をかき集めて再生し……ゼルシファーさま復活のために、全てを捧げて生きてきたのよ。そして、貴様ら『天ノ遣』――あの、アスタディールの力を授けられた者どもを一人残らず根絶やしにしてあのお方の贄に捧げてやる……それが、生きる糧だった……」
「……遥さんたちを狙い、拉致したのはそういう理由があったんですね。そしてめぐるさんを利用して、メダルを大量に生み出そうとした――」
テスラさんの指摘に対し、メアリは「……そうよ」と悪びれることなく肯定する。そしてナインさんが、今にも斬りかからんばかりの怒りを表情に浮かべるのを見てとると、彼女は畳みかけるように言い募っていった。
「そう……その感情! 憎いでしょ、殺したいでしょ? わかるわぁ……わかる! でもね……私はもっともっと、思いつく限り残酷に、凄惨に! あなたたちのことを殺したかったのよ!!」
「……っ……!?」
「尽きない寿命、決して衰えないこの美しさも――それ自体にはなんの意味もない、価値もない!……だけど、これはすべてあのお方と再会するその時に、愛と絆の証として捧げ奉るための貢ぎ物! なのに、貴様らはそれを与える機会を奪っていった……だから、憎い! 殺したい! この感情は……この気持ちだけは、誰にも否定させるものか……っ!!」
「……。メアリ……」
強烈な悪意を真正面からぶつけられて、思わず恐れ、怯えにも近い緊張があたしの全身を硬直させる。
メアリの想いや言動には、まったく共感できるものがない。ただその強い執念は、たぶん正義を信じる心にも匹敵するほどの揺るぎなさがあるのだろう……あたしの彼女に対する苦手意識は、そこから生じているのかもしれない。
それと、……やっぱりまだ一つだけ、あたしにはどうしても納得できないことがあった。
「……どうして、あたしだったの?」
「なに……?」
「大魔王ゼルシファーを復活させるため、魔界の力……波動エネルギーを持ったメダルを集めて、つくり出す――そのために利用したのがあたしだったのは、どうして?」
そう……たとえは酷いけど、力だけならすみれちゃん、あるいはみるくちゃんたち快盗天使の先輩たちでも事足りたはず。それなのに先輩たちは捕えた後何もせず放置したままで、あたしの時はなぜメダル製造の源にしたんだろう。その疑問に対する答えは、いまだにわかっていない。
…………。
ううん、ちょっと違う。実は一つだけ、心当たりがあった。
――めぐるさん。あなたの身体の中には、『天ノ遣』を超える力が眠っています。
――あなた様が、エリュシオン再建には必要なのです。エリューセラ。
――エリュシオンの民には、メダルを媒介にしてお互いを同化させる能力がある。
以前に、あたしが出会った人たちが言っていたこと――もしそれが本当だったとしたら、そこから導き出された結論は……。
「はっ……! わかってないのね。聖杯の力やメダルのパワー……波動エネルギーはただ放出するだけでは真価を発揮しえない。プラスとマイナス、正と負を循環させることで無限の力を生み出すことができるのよ」
「…………」
メアリの嘲りとともに吐き出された言葉は、……あたしの思ってたことと同じ。
もちろん、本当は認めたくなかった。だから、彼女の言葉がそれを否定してくれることを強く願っていたのだけど、……これが現実なんだと、受け入れるしかなかった。
「さて、お喋りはお終いよ。ここで決着をつけてやる……!」
メアリは手に槍を出現させると、巧みに手繰りながらあたしに向かって身構える。そして、まだ武器すらも手に持っていないこちらに容赦なく、その凶刃を振りかざしてきた――!
「……くたばりなさい、天月めぐるっ!」
「っ? 危ない、めぐるさんっ!」
「――――」
だけど、その動きが事前に読めていたあたしは襲いかかる刺突をかわし、目標を見失って固まるメアリの背後に回る。その回避が予想を上回る速さに感じたのか、彼女は驚愕に目をむいてこちらに振り返ってきた。
「なっ……今の動きは、いったい!?」
「光と闇、正と負の循環交差によって波動エネルギーは、無限の力を生み出す。……あなたが今、言ったことだよ」
そう言ってあたしは、一歩前に足を踏み出す。
さっきまで感じていた恐怖とかは、もう、感じない。その代わり、今自分の胸の中にあるこの感情は――言葉にしたくなかった。
「ひとつだけ、わかったことがあるよ。あなたはあたしたち……ううん、「私」には絶対、勝てない」
「っ? なん、だと……!?」
侮辱的な言葉に感じたのか、メアリは怒りにまなじりを吊り上げる。だけどあたしの心は逆にしん、と静まり、冷たく落ち着いていた。
そう、あのチイチ島にある湖、『水鏡』のように……。
「――テスラさん」
「えっ? あ、はい……なんですか?」
「今あたしたちの目の前に見えているメアリは、彼女の記憶の中にある意識体です。だからこれを倒せば、この閉鎖空間から脱出できるはず……あたしに任せてください」
「は……?」
× × × ×
その口調に、私は違和感を覚えて思わず聞き違いだったか、と耳を疑う。隣に立つなっちゃんもまた、訝しげに眉を寄せてめぐるさんを見つめ返していた。
彼女がこんなふうに、感情を抑えた話し方をすることは今までになかった。まして、多少の先走りがあっても「任せて」なんて独りよがりな、うぬぼれめいたことを口にすることは決してなかったはず。
それなのに……なぜ……?
「――大丈夫です、テスラさん」
するとめぐるさんは振り返り、何もかもを見透かしたようににっこりと微笑む。その表情にはいつもの愛らしさがあったが、……同時になぜか、不安のような感情が胸の内にこみ上がってくるのを止められなかった。
「あのメアリは、あたしだけで充分です。だからお二人は、ここを抜けた後に協力を――」
「ば……バカにするなぁぁぁッッ!!」
その言葉が逆鱗に触れたのか、メアリは感情をむき出しにしてめぐるさんへと襲いかかる。一瞬の隙を突かれたせいで私たちは援護をすることもできず、その槍の刃先が彼女の胸を正確にとらえ、貫くのを愕然と見つめるだけだった――。
「食らいなさい、『デス・スティンガー』!!――なっ!?」
だけど彼女は次の瞬間、驚きに目をむく。繰り出されたメアリの槍は、めぐるさんの目の前で透明の壁に阻まれるようにかきぃん、と弾き返されてしまったからだ。
「ごめんね、時間がないの。……これで、決める――」
そう言ってめぐるさんはローズクラッシャーを大槌に変えて、ゆっくりと振りかぶる。そして、槍を引き戻してからなおも繰り出されてきた刺突を飛び越え、両腕に力を込めながら渾身の一撃を振り放った。
「『セイクリッド・タイフーン、暁』っっ!!」
「そんなっ……? ぎゃ、ぎゃぁぁぁあぁっっ!!」
巨大な旋風をまとった打撃を頭上から浴びせられて、メアリ――の姿をした意識体は抵抗すらできずに押し潰される。そして着地と同時にめぐるさんが大槌を引き上げると、そこには何も残されていなかった。
「……ごめんね」
メアリが消えたことで、めぐるさんの言うとおり私たちの身体は光に包まれていく。それとともに、視界が白く塗りつぶされていく中――彼女は誰に言うともなく、呟いていた。
「全部終わったら……あたしはもう、すみれちゃんと一緒にいられないね……」
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