第83話

「錬金術師……ヌッラ……?」


 「彼」がそう言って自分の名前をメアリに伝えても、あたしはそれが誰のことなのかすぐに気づくことができなかった。

でも、どこかで聞いたような気がする……そう思って自分の記憶を辿りかけた次の瞬間、男の頭を覆っていたフードが突然吹きつけてきた風になびいて、するりと脱げる。

そして、露わになったその容姿を見たことで――あたしは「あっ!?」と思わず叫び声をあげてしまった。


「テスラさん、ナインさん! あれって、まさかっ……!」

「……えぇ、間違いありません」


 振り返って問いかけるあたしに、テスラさんは鋭い目つきで2人の様子を見つめながら頷いてくれる。隣のナインさんは無言だけど、彼女の表情には驚きより、むしろ嫌悪に近い感情がにじんでいるようにも感じられた。


「(以前に比べて、髪型が少し変わってる……? 外見の感じも……だけどっ……!)」


 ただ、バイザーのようなもので目を隠して、漆黒で統一された服装をマントの下に隠す姿は見覚えどころか、忘れもしないものだ。さらに、『ヌッラ』の名前は素性を隠すために「彼」がかたっていたあの偽名、『クラウディウス・ヌッラ』と同じ……。

つまり、その正体は――!


「ダークトレーダー……ううん、カシウス・アロンダイト……っ!」


 あたしはまだ収まらない動悸に胸を抑えながら、絞り出すようにその名を呟く。

 テスラさんとナインさんの育ての親であり、あのエリュシオンの存亡をかけた決戦では死闘を繰り広げた強敵――カシウス。エンデちゃんたちが力を貸してくれたおかげでその野望を阻止することができたけど、彼はその後傷ついた身体と誇りを引きずるようにして、エリュシオンからどこかへと去ってしまっていた。

 そのカシウスが、姿を変えてまた現れるなんて……信じられない。これは本当に、メアリの記憶の中にある過去の「事実」なんだろうか?


「じゃ、じゃあ……メアリも、ダークトレーダーと昔に会ってたってことですか!?」

「この話の流れから察すれば、そういうことになりますね。しかも、メアリはお父様に対し、愛にも近い感情を抱いていた……」

「父さま……」


 睦まじく……というよりも一方的に「彼」――ヌッラに話しかけるメアリの様子を前にして、テスラさんは唇をかみしめ、ナインさんはそっと顔を背ける。

 確かに、父親同然だった男が敵の女幹部に言い寄られている光景なんて、見ていて気持ちのいいものではないだろう。……ただ、2人よりも多少はメアリのことを知っているはずのあたしにとっては、それと異なる別の違和感があった。


「で、でも……おかしいです。なんか、しっくりこないっていうか……!」

「? それは、どういうことですか?」

「メアリが愛してたのは大魔王ゼルシファーで、カシウス……ダークトレーダーじゃありませんでした。だって、そのためにメダルを集めて、大魔王の復活をたくらんで……!」


そう……メアリがその命を投げ出してまでもこだわっていたのは、大魔王ゼルシファーの復活だった。ダークトレーダーあるいはカシウスについて彼女が言及したことは一度もなかったはずだし、少なくともあたしたちは今までの対決の中で聞いたことがない。


「何か、私たちが知らない……あるいは見落としていたことがまだあるようですね」

「もう少し、見てみませんか? 辛いかもしれませんが……」

「……了解」


 テスラさんとナインさんが頷いてくれるのを見て、あたしは注意をメアリたちへと戻す。彼女とヌッラはこちらに背を向け、城に向かって歩き出しているところだった……。


 × × × ×


『あの……もしよかったら、私の城に来ない? 町の酒場なんかよりもいいお酒と料理を振る舞ってあげるわよ』

『……酒か、よかろう。あとは、数日でも雨風をしのげる場所を貸してくれると助かる』

『も、もちろんよ……! さぁ、行きましょう』


 あふれ出しそうになる歓喜を懸命に抑えながら、私は「彼」を城へと誘い、建前の上では新しい護衛かつ話し相手として逗留させることに成功した。私のことを暴漢から守り切れなかった連中は即刻免職させたので、理由としても渡りに船だったのだ。

その後、「彼」の滞在は私が引き止めたこともあって、数日どころか数週間にも及んだ。私としては、その間にあわよくば爛れた関係に持ち込むことも期待していたが……「彼」は実にストイックな性格で、どれだけの好意を向けて尽くしてみてもそれを喜んだり、まして媚びを売ってきたりすることがなかった。


『私には、心に決めた女性がいる。お前の気遣いには感謝もしているが、その信念を曲げるわけにはいかない』

『……ふふ、いいのよ。今は、その言葉だけで十分だから』


多少の落胆は感じないこともなかったが、そのようにつれない態度にもかかわらず……私の想いは冷めるどころか、ますます燃え上がる一方だった。自分にここまで卑屈な一面があったのかと正直驚きもあったが、それが全く不快ではなかったのだ。

さらに「彼」は興味深い話題に加えて、その成果や技術を私にいくつも披露してくれた。その中には、私ごときの知識では到底理解が及ばないほどの「術」があり、少なくとも錬金術を侮る思いは、彼との交流で薄れて……やがて、信奉すら感じるようになっていった。

 刺激や変化などない、豪奢に飽きていた私にとって「彼」と話をすることは、なによりの楽しみだった。そしていつしか、いずれ訪れるであろう婚姻の日を疎ましくさえ思うようになっていた……。


『……ねぇあなた、私に仕えない? 望むのなら、私がどこかに嫁いだ後も護衛……いえ、家令として何不自由のない生活を送らせてあげる。それに、あなたが研究しようとしていることにも援助してもいいわ。……どう?』

『くだらぬな。必要な金など、その気になれば山と積んでみせよう。……私が望むものは、この世を統べる高尚にして唯一の存在を具現化することなのだ』


 「彼」はそう言って、どんな申し出もすげなく断る。ただ、そんな傲岸不遜な態度が逆に私の劣情をかき立てた。

なぜなら、そこには私の周りにはいなかった「男」を意識する、十分すぎるほどの魅力が満ちていたからだ……。


 × × × ×


 ……そんな、ある日のことだ。「彼」が錬金術師であることを召使の誰かから聞き付けたのか、私たちは父の呼び出しを受けて謁見の間に向かった。

 食事の時も顔を合わせることがなかったので、私も会うのは久しぶりだった。表向きは「錬金術に興味がある」とのことだが……理由は確かめるまでもなく、わかり切っていた。


『……貴様は、錬金術師と言ったな。無から有を生み出すのが錬金術の極意だそうだが……何ができるというのだ?』


 謁見の間で家臣たちや私が同席する中、居丈高な態度で父は男にそう問いかけた。

 おそらく、娘がどこぞの馬の骨ともわからぬ者に熱をあげていることを気にして、探りを入れてきたのだろう。そして返答にかこつけて殺すか、それに等しい仕打ちで放逐する……そんな意図があると、私ですらすぐに気づいた。


『(……潮時か。喪うのは惜しいけれど……)』


 私は落胆を抱いたものの、だからといって助命を請うたところで耳を貸すような父ではないこともわかっている。……そんな諦めの気分を押し隠しながら、男の反応を見守ることにした。

 命乞いをするのか、それとも弁舌で乗り切るつもりか。……しかし、「彼」はそんな醜態をさらすのではなく、逆に傲然とした態度で言い放った。


『私が求めるものは真理と、命を作り、壊す力だ。そして今、私はそれらのほぼ全てを手中に収めている』

『――――』


 父をはじめ、お歴々の連中が一斉に鼻白む様子が目に映る。……真実か否かはともかくとして、それだけの大ぼらを言ってのけられる胆力は大したものだ。

そして父は、気圧されたことを悟られまいと咳払いを一つしてから、さらに虚勢を張って言い募った。


『ふん、全てとはな……口ではなんでも言えよう。では貴様は、余が不老不死を望めばそれを叶えることも可能だ、とでも申すのか?』

『不老不死、か……』


 一瞬、「彼」の口元が歪んだように見えた。……それはなんとなく、話す相手を値踏みし馬鹿にするような冷笑のようでもあったが、すぐにそれは消える。そして、


『もちろん。その証拠に、こちらをお見せしよう』


 そう言って懐から「彼」が取り出したのは、小さなネズミだった。

 いったい何をするつもりなのか、と一同が怪訝そうに見守る中、「彼」はそれを静かに床へ置く。そして短剣を鞘から引き抜くと、ネズミの小さな身体に勢いよくその刃をぐさり、と突き立てた。


『……っ……!?』


 短い悲鳴とともに鮮血がはじけ飛ぶ。突然の惨い光景に何人かが目を背ける中、「彼」は短剣を引き抜いた。


『……どうぞ、ご覧あれ』

『……? んなっ――!?』


 父と、居並ぶ家臣たち……そしてそばにいた私も、全員があっ、と声をあげて目を大きく見開く。なんと、床に倒れたままのネズミの身体の傷口に、周囲に飛び散った血液がするすると逆流をはじめ……それがひと段落するや、短剣の一撃で絶命したはずのそれがむくり、と起き上がったのだ。


『こ、これはいったい……!?』

『申し付けのあったとおり、これが不老不死の秘儀。お望みであれば、ここにいる方々にもこちらをお教えしてもよいが……いかがかな』

『……っ……!』


 そう言って、にたり……と笑った顔に、私の全身に震えが走る。

 やはり「彼」は、決してまがいものではない……「特別」だった。そして、私が抱くこの想いはまさしく理想の男性を慕う「愛」なのだと、確信を持つことができた……。


 × × × ×


『……とんでもないものを、隠し持っていたものね』


 謁見の後、私は「彼」にあてがっていた自分の部屋のひとつに戻り、椅子に座りながらそう言ってため息をつく。

 部屋を自由にしてもいい、と許して以来、ここは周囲に膨大な数の書籍と実験用具が並ぶ研究室のように変わっていた。これだけの品を一体どこから入手してきたのか多少興味もあったが、今はそれよりも確かめておきたいことがあった。


『それにしても、本当に不老不死なんて可能なのかしら? この目で見たとはいえ、まだ信じられないわ』

『可能だ。……『アストレア・メダル』と同等のものを錬成することさえできれば、な』


 そう言って「彼」はネズミの腹に指を突き刺し、中から内臓を抉りだすようにして何かを引き抜く。それは小さな円盤のような形をしていて、キラキラと輝くそのさまはまるで硬貨のようにも見えた。


『それは、何……?』

『『賢者の石』という言葉を知っているか? 世のあらゆるものを別の存在に変え、命なきものに魂を与えるという伝説のエネルギー物質だ。『アストレア・メダル』とはまさにその『賢者の石』……それを手に入れることで、全てのものは科学などでは決して実現できない力を手に入れることができるのだ』


 「彼」がそう話す一方で、生命の源を失ったネズミはその手の中でさらさらと砂のように崩れて消える……。しかし、そんな存在はすぐに意識から外れて、私は目の前にかざされたメダルを食い入るように見つめた。


『……お前も、不老不死を望むか?』


 すると「彼」は突然、そう言って挑発するようににやり、と笑う。……おそらく、メダルを凝視する様子を見て父たちと同じように、私が永遠の命に興味を示したように感じたのだろう。

ただ、残念ながらそれは違う。私はその笑みに対して肩をすくめながら、吐き捨てるようにその提案を一蹴していった。


『聡明なあなたも、読み違えることがあるのね。……あいにく私は、永遠の命になんて興味がない。長く生きたところで、何かいいことがあるとでもいうの?』


 確かに、永遠の命は凡愚の有象無象にとっては憧れの対象たりえるものだろう。……だが、どれほどの娯楽であっても繰り返すことで意味を失い、豪奢の極みも慣れてしまえば価値を失う。

 そう……たとえ永遠に生きたとしても、そこに意味や価値がなければただ無為に時間を過ごすことに等しいのだ。それは死んで無の時間が流れることと、どれだけの違いがある?

 そんなことを内心で呟きながら、かつての空虚な日々に思いを馳せた――その時だった。


『……なるほど。良い答えだ』

『えっ……?』


 いつになく、その言葉に温かな響きを感じた私は思わず顔をあげて、……そしてはっ、と息をのむ。なぜなら、「彼」が普段からつけていたバイザーを外し……その鋭くて麗しい目で私を至近から見つめていたからだ。


『……やはりお前は、俺と似ているな。実に面白い』

『……っ……』


 間近に迫ったその表情は、今まで見たことがない柔らかい笑みがあり……直視できず、私はとっさに目をそらしてしまう。

 嫌悪や恐怖を感じたためではなく……むしろ逆に顔が火照って、鼓動が激しく高鳴るのを抑えられない。本当の「愛」とは、こんなにも切なく胸を締め付けるものなのか……?


『ただ生きるだけの行為に意味はなく、まして価値などない。……ならば、その意味と価値をつくり出すことだ。多くの犠牲……屍を踏み越えて、血の河を築いてでもな』

『……。あなたは、いったい何をしようというの?』

『知れたこと。狂った時間の流れを壊し、正しき世界を創造するのだ……!』


 × × × ×


 ……その後しばらくして、父の命令により錬金術の儀式が行われることになった。

 目的は、父をはじめとする数名の貴族たちが、永遠の命を手に入れること。そのために捧げられた生贄は、領地内の人民全員――。

 それだけの残酷な代償を求められても、父は判断をためらわなかった。もはや永遠の命というものの魅力に酔いしれ、心を支配されてしまっていたのかもしれない。

だけど……儀式の結果は、まさに地獄絵図にふさわしいものだった。


『ど……どういうことだ!? 永遠の命を得られるのではなかったのか!?』

『ひ、ひぃぃっ……身体が……溶ける、崩れる……っ!!』

『い、息ができな……た、助け……っ!!』


 私の周りにいる人々がことごとく倒れ、苦し悶えた末に……嵐の中へと消えていく。

 「彼」が実現しようとしていたのは、確かに永遠の命だった。しかしその対象は居並ぶ父たちではなく、彼自身……。

 つまり、私たちもまた「彼」にとっては「贄」であり、「餌」でしかなかったのだ。


『ぐっ……ぐぅぅっ……!?』


 ……息が苦しい。全身が焼けるように熱く、そして身体の中に氷が入ったように、冷たく感じる。

これが、死……? あの人が実現しようとしたもの……?

 圧倒的な力が支配し、荒れ狂う暴風が渦巻く空間。それでも私は、そんな状況にあっても恐怖すら感じず……その身を任せて、なすがままを受け入れていた。

 無力を嘆いていたわけではない。絶望に打ちひしがれていたわけでもない。

 ただ、多くの者たちが嘆き、生への執着を見せながら息絶えていく一方で魔人、さらには魔神へと化していく「彼」の姿が……美しいと感じていたのだ。


『(財産、名誉、権力……欲望には限りがあり、満たされた先には何もないと思っていたけど……)』


 私はそこに、『絶対』を見た。それをこの目で確かめることができただけでも、満足だと言えるだろう。

 そう思って、笑みすら浮かべながら瞼を閉じようとした――その時だった。


『……メアリよ、我とともに行くか?』

『……っ……!?』

『永遠の命を前にしても、浅はかな欲を抱かなかった女よ……気に入った。その褒美に、命の意味と価値を与えてやろう。……我とともに来い。そして我の道具として、存分に生きてみせるがいい……』

『あ……あぁっ……!』


 なんて甘美な……そして、身に余るほどの至福に満ちた誘いだろう。

 私はもう、迷わなかった。迷うはずがなかった。


『クラウディウス……ヌッラ……さま……』

『……その名前は、今より過去のものだ。我のことは、いにしえにて堕天を統べる終末の王――『Ze・Lucifer(ゼルシファー)』と呼ぶがいい……』

『っ……ゼルシファー、さま……!』


 あぁ、素晴らしい……! このお方こそ私の生涯において最初の、そして最後の主!

そう、心の中で絶対の忠誠を誓って……恍惚の感情にうち震えながら、そのどす黒い手を掴もうと身を乗り出した――。


『――そうは、させないっ!!』


 しかしその時、突然現れた2つの影がつながれようとした私と「彼」の手を断ち切っていく。そして、


『『我らは、アスタディールの御子なり! 古き魔の力によって世界に仇なす者よ……ここに滅び、長き眠りにつくがいい!!』』


 その口上とともに私たちの前に立ち塞がってきたのは、まだ年端も行かぬ2人の少女だった――。

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