第72話
「なっ……? なんであんたが、こんなところに!?」
まるで幽霊にでも会ったような思いで、私は目の前にそびえ立つ巨人の肩の上から傲然と見下ろしてくるゴスロリ女に向かって叫ぶ。
この浮遊城が明らかに怪しい場所である以上、たとえ何が出てきたとしてもおかしくはない――そう考えて身構えていたのに驚いてしまったのは、こいつはある意味で「幽霊」にも等しい存在だったからだ。
「はぁ……困りましたね。私たちはよほど、しょっしょっの人とご縁があるようです」
「こら、青いやつ! その呼び方はやめろって、何度言ったらわかるっしょっ!」
困惑の表情を浮かべる葵お姉さまの呟きを耳ざとく聞きとがめて、ゴスロリ女は不快そうに言葉を返してくる。
そう。この女戦闘エージェントと対峙するのは、今回が初めてではない。それどころか、これまで『聖杯のカケラ』やそれにまつわる波動エネルギーを巡っての様々な黒い組織との抗争において、彼女の存在は忘れたくても忘れられないものだった。
「(最初は、ブラックファンドに所属する戦闘員として……いえ、遥たちが活動してきた時を含めると、ブラックオークションの時かしら?)」
名前はサロメ。珍妙な口調や場違いな外見とは裏腹に、凶悪なメカ・ユニットや銃火器をもって戦いを挑んできた彼女は実に厄介な相手で、脅威ではないにせよ決定的なチャンスを邪魔されたことは一度や二度のことではない。ダークロマイアとの聖杯戦争においても『ダークブレイカー』と名乗って私たちの前に現れては、最重要人物であるリリカ・アスタディールさまをさらおうとするなど面倒事を引き起こしてくれたものだ。
さらには、大魔王ゼルシファーを倒して平穏な日常を取り戻した後も……平行世界と波動エネルギーの管理を行う『ワールド・ライブラリ』で謎の騒動を引き起こし、妖しげな術を操って神話の怪物を召喚したり、私たちですら理解が十分ではなかった波動エネルギーを自らの手中に収めようとたくらんだりと、ただの傭兵と片付けるにはあまりにも不可解な行動をとっていたのだ――。
「(そしてまた、私たちがめぐるとすみれを追って訪れた、この浮遊城にまで現れた……。いったいなんなの、こいつは?)」
容姿からうかがう限り、めぐるやすみれたちとそこまで年齢の差がないはずなのに……時々垣間見せる言動に不穏な気配を感じて、疑問が尽きない。
以前は自分のことを『錬金術師の血筋を引く者』と自称していたが、この女の正体は何者なんだろうか? それに――。
「は~。ホント腐れ縁というか、宿命とはよく言ったものっしょ。まぁ、私の求めるモノの先にあんたたちがいるのは当然のことだし、仕方ないって割り切るっしょ」
「で、でもどうやってここに? あなたはあの時、『ワールド・ライブラリ』で次元の狭間に飲み込まれて……!」
遥の困惑は、そのまま私が真っ先に感じていた疑問だった。
……そう。確かにサロメは、私たちの危機を救うべく駆けつけてくれた好敵手・エリスの活躍によって召喚したヨルムンガンドを討ち果たされ、彼女は『ワールド・ライブラリ』の空間の裂け目にできた次元の狭間――虚数空間に飲み込まれて行方不明になったはずだ。
エリスや天使ちゃんも、その「彷徨える空間」に一度落ちてしまうと脱出は容易なことではない、と言っていた。なのに、どうやって……?
「……その通りっしょ。あの裏切者のせいでとんでもない場所に飛ばされて、抜け出すまでにずいぶんと苦労させられたっしょ」
「とんでもない、場所……?」
「はっきり言って、地獄としか表現しようのない世界っしょ。まさか本当にあるとは思ってもみなかったから、さすがに終わりかと思って焦ったっしょ。……だけど」
そこでサロメは言葉を切り、にたり……と不気味な笑みを浮かべて私たちに目を向ける。その表情にはいつものような茶化した様子は微塵もなくて、まるで爬虫類のように思考がうかがい知れない無機質な闇を瞳の中に湛えていた。
「今となっては、少しだけ感謝してやるっしょ。おかげで、こんな力を手に入れることができたからねっ……!」
そう言ってサロメが巨人の肩の上から腕をふるうと、四方の壁に亀裂が走っていくのが目に映る。
地面を揺るがす響きに、耳をつんざく轟音、もうもうと吹き上がる土煙。……やがて、裂け目から岩壁が崩れたかと思うと、その空いた隙間から無数の巨人たちがわらわらとその姿を見せてきた――!
「こ、これは……っ!?」
「魔界の力で生命を吹き込んだ、土人形――いわゆる『アースゴーレム』っしょ! 機械と違って大量に錬成できる上に、同時操作も可能! しかも動力いらずの優れものっしょ!」
「サロメさま、さすがです! ますます激ラブっす!!」
妙な声が聞こえてきたので目を凝らしてみると……先頭に立つ巨人の頭の部分に、よりにもよってあの部下のヘンタイ男がしがみつくように乗っている。
あいつの名前は、確か……忘れた。
「さーてツインエンジェル、これだけの数を相手にしてどう戦ってみせるっしょ……? そろそろ、あんたたちともケリをつけてやる頃合いっしょ――いけっ、ゴーレムたち!!」
「了解です! このアレキサンダー、どこまでもサロメさまのために戦ってみせまーすっ!!!」
一顧だにされない扱いにもめげず、むしろそれどころか喜々とした表情を浮かべながら男はサロメに向かって敬礼を返すと、巨人たちを従えてこちらへと向かってくる。
……あ、そういえばアレキサンダーって言ったっけ。サロメと一緒にいるくらいしか印象に残らない存在だったから、無意識のうちに記憶から引き出すほどでもないと軽く扱ってしまっていたようだ。
「ふっふっふっ……! この巨人どもは、一体だけでも以前のアルケミーユニットに匹敵するほどのパワーがあるっしょ。覚悟するっしょ……!」
「……っ……」
サロメの脅しめいた説明を聞くまでもなく、先ほどの一撃を見る限りまともに戦ったら歯が立つものではないだろう。3人がかりでやっと一体か、二体を足止めするのが関の山というところかもしれない。
ただ、それはあくまで「以前」の私たちの力であれば、だ。敵の戦力が変わったことはおそらく事実としても、それだけが「現実」の全てではなかった――!
「遥、葵お姉さま! ここはできる手段を出し惜しみせず、一気に片付けることを優先しましょう!」
「そうですね。慎重に進めて下手に時間をかけてしまうと、敵の増援が加わる恐れがあるかもしれません……!」
「やろう、クルミちゃん! 新しいメダルの出番だよ!」
待ってましたとばかりに、遥はいち早くメダルを取り出す。……とはいえ、その手に握られたメダルが『青』だったのを確かめた私は、「ちょっと待って」と意気込む彼女を制止していった。
「相手の巨人の属性は見てのとおり『土』だから、その『水』だと効果的なダメージを与えられないわ。……ここは『風』で行きましょう」
「わかりました。『疾きこと風のごとく』――先ほどクルミさんがおっしゃった作戦の通り、速攻優先というわけですね?」
「いえ、そっちの意味で言ったわけではないんですけど……」
冗談なのか本気なのか、判断がつかない葵お姉さまの天然な応えに思わず脱力を覚えてしまう。
……ただ、あいにく今は無駄な会話を挟んで集中を切らせる余裕などない。私は再び顔をあげると二人と視線を交わし、ポシェットの中から『緑』のメダルを掴んで胸の前に掲げていった。
「それじゃ、準備はいいっ? 『エンチャント・ウィンド』!!」
「「『エンチャント・ウィンド』!!」」
私に続いて掛け声を合わせながら、遥は右手、葵お姉さまは左手の甲の水晶に緑色のメダルをそれぞれ装填する。私もまたポシェットのチェリー部分に同じ色のメダルをかざし、それに呼応して目の前に出現した立体スクリーンに左手を突き出した。
「アスタリウム結晶、相転移反応を確認! トリニティ・レゾナンスの緑全開、フルパワーチャージ!!」
『了解(ラジャー)、声紋反応によるマスター認証完了。ホーリードライヴの始動を確認、『光翼』を展開します――』
電子音とともに私のネコ耳型増幅器の内蔵スピーカーから合成ボイスが響き渡り、あらかじめプログラミングしてあった統合シークエンスが処理を開始する。すると次の瞬間、風が入り込まない室内にもかかわらず私たちに周囲に気流が巻き起こって――無数の光の粒がきらきらと弾けながら私たちのもとへと集まってきた。
「なっ……なによその光はっ? いったい、何をやるつもりっしょ!?」
サロメの驚く様子をよそに、光をまとった私たちの身体はメダルから発した緑色のオーラに包まれてゆく。そして背中に出現したマントは鮮やかなエメラルドに染まり、まるで翼のようなシャドゥとなって大きく展開した――!
「「ツインエンジェル、『シルフィード・フォーム』!!」」
決めポーズととともに、私たちは自分たちのスーツの新形態を高らかに宣言する。
『シルフィード・フォーム』。風の精霊の名前を借りたその形態は、波動エネルギーをひとつの属性――四大元素の『風』に特化することで変換効率を上げ、それに伴って攻撃力を飛躍的に向上させたものだ。
何度もテストを重ねたとはいえ、本当に機能してくれるか正直少し不安だったけど……いざ身にまとってみると身体の中から今までに感じたことがないような活力がわき上がってくるようで、私は手応えと達成感をかみしめながら両こぶしを握って「やった……!」と口の中で快哉を呟いていた。
「すごい……これが、私たちの新しい力……っ?」
「素晴らしいです……! やりましたね、クルミさん!」
そして、遥と葵お姉さまも私と同じ実感を持ってくれたのか、私に向かって満面の笑顔で称えてくれる。
大切な二人の力に、貢献することができた――それが私にとっては何よりも嬉しくて、幸せで……そして頼もしく、心強い思いでいっぱいだった。
「し、『シルフィード・モード』ぉ……? 何なのそれ、聞いてないっしょ!!」
「当然だよ! だってこれは私たちのためにクルミちゃんが用意してくれた、とっておきのパワーアップ形態なんだからね!」
「強敵を相手にしても、立ち向かうことのできる勇気の礎……! それが私たちの新しい力、『エレメンタル・フォーム』です!」
「そっちが変わったように、いつまでも同じままだなんて思わないことね!」
「くっ……!」
まさか私たちまでもが強化してきたとは思ってもみなかったのか、サロメは動揺もあらわに巨人の上でたじろぐ。
……そう。こんなところで私たちは、油を売ってる暇なんてないんだ。一刻も早くめぐるとすみれを見つけ出して、そして――。
「ど……どどどどどど、どうしましょうサロメさまぁぁっ!」
「うろたえるなっしょ! あんなのただのこけおどしに決まってるっしょ……いっけぇ、アースゴーレム!!」
部下の泣き言に対して半ば自棄気味で言い返しながら、サロメは急き立てるように命令を下す。岩の巨人たちはそれに応え、唸り声をあげると一斉に動き出して私たちに向かってきた。
巨躯のわりにその動きは速く、あっという間に数体が間合いに入ってそれぞれが拳を振りあげる――が、もちろんそれを黙って見ている私たちではなかった。
「いっくよー! 『テンペスト・トルネード』――」
片足を軸にして遥がスピンを始めると、その周囲にはいつもの旋風よりもさらに加速と力が増した――まさに「暴風(テンペスト)」が巻き起こっていく。そして、その嵐の衣をまとった彼女はそのまま高く跳躍し、間一髪で床へと叩きつけられた拳の攻撃をひらり、とかわすと巨人の頭上から飛び蹴りを見舞った――!
「『インパクト』っっ!!」
『グォォォォッッ!!』
「ほんげぇぇえぇぇぇっっ!?」
螺旋の大槍と化した遥の蹴撃を胸元に受けて、巨人は叫び声をあげながら全身を粉々に砕かれてその場に崩れ落ち、頭上に乗っていたアレキサンダーもまた壁際にまで吹き飛ばされてしまう。
その一撃は、運用テスト時に算出された数値によると今までの『エンジェルトルネード』の3倍……さらに対属性効果も3倍積み重なっての合計9倍の威力だから、たとえ相手が怪物級の硬度を誇ろうともひとたまりもなかった。
「な、ななななっ!? ちょ、ちょっと待つっしょ! なんなのそのデタラメな力は!? いくらメダルの力だからって、さすがにあり得ないっしょ!!」
「いえ……これは、まごうことなき事実です。そして――」
そう言って葵お姉さまは愛用の武器である弓矢をつがえると、天高く向けて弦を引き絞る。その矢じりの先を中心にして生まれた大気の流れが、周囲に浮かび上がった礫との摩擦により火花を発し――彼女の青いスーツが風の緑、そして電撃の黄金色に染まるほどの勢いでギラギラと輝いていった。
「いつまでも、やられっぱなしの私たちではありませんよ。――『サイクロン・プラズマ・シュート』ッッ!!」
その声とともに放たれた弓矢は、敵の群れのすぐ目前で炸裂する。そして、電撃を伴った疾風と礫は鋭い無数の刃となって巨人たちへと襲いかかり、その巨大な腕を、足を、そして頭を容赦なく切り裂いた。
『ギゴァァァァッッ!!』
『グェェェェェッッ!!』
破砕音が空気を震わせて、肌にまで響くほどの咆哮が続けざまに鳴り渡る。……ようやくそれが収まったあとに残されたのは、もはや動かなくなった巨人たちの残骸――いや、ただの瓦礫の山だった。
「ま……マジっしょ……!? ゴーレムたちの半分が、あっという間に……!?」
「まだまだ行くわよ、サロメ! 覚悟しなさいっ!」
そう言って私はポシェットからエンジェルボムを取り出し、それを勢いよく巨人たちの集団の中へと放り投げた――。
「『テンペストボム・エクスプロージョン』っっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます