第71話
「……クルミちゃん、浮遊城が出現した場所はこっちの方角であってるんだよね?」
「えぇ、間違いないわ。だからそろそろ、遠くのほうに見えてきてもおかしくない頃なんだけど……」
隣に並んで「飛んで」いる遥にそう答えながら、私はブレスレット型の量子演算型GPSに表示された数値を読み取り、事前にダウンロードしていた目的地の位置情報と照合する。
おそらく、進路はこれで正しい……と思う。人工衛星からの測位情報を使って現在地点をリアルタイムに確かめられないのは少々心もとないけれど、これは想定の範囲内。アメリカ海軍の最新鋭の技術と機器をもってしてもほとんど詳細がつかめなかったのだから、この程度の逆境に対する対策に抜かりはない。
……とはいえ、私たちが今いる場所は四方を見渡しても島らしきものが何も目に入らない、大海原の上空だ。おまけに大荒れの悪天候で、まだ昼の時刻のはずなのに頭上には真っ黒な雲が覆って、見通しは最悪といってもいい。
この状況で不安を感じない人がもしいるのだとしたらよほど肚の坐った人か、もしくは変人かのどちらかだろう。
「(浮遊城、か……)」
日本列島のはるか南方の海上に突然現れた、謎の島と正体不明の城。そこに消息を絶っためぐるとすみれの有力な手掛かりがあると確信した私たちは、神無月家が用意してくれた自家用ジェット機に乗って向かうことになった。
……のだけど、目印にしていたチイチ島を過ぎたあたりから天候が崩れ始めたかと思うと、瞬く間に雷鳴が天上で轟き渡り、辺り一帯は激しい暴風雨となって私たちの目前に立ちはだかってきたのだ。
『敵の「結界」ね。誰も近づけないようにするための備え、か……ますます怪しいわ』
もちろん、ここでおめおめ引き返すわけにもいかない。だから私たちは、かねてから準備していた単独飛行用のユニットを変身スーツの上から身につけると、悪天候の中でも操縦を辛うじて安定させてくれている長月にここで飛行機から降ろすよう、告げていった。
『こんな場所で、ですか? しかしこの天候の中では、危険が大きすぎるかと……』
『わかってる。でも、かといって小回りの利かないジェット機でこのまま進み続けても燃料を大幅に消費して、引き返すことも難しくなるわ。……だから、任せてちょうだい』
『……わかりました。皆さま、ご武運を』
『ありがとう。平之丞さんも、気をつけて帰ってね』
感情を押し殺しながら頭を下げる長月に、遥はそう言って気遣いの言葉をかける。
むしろ心配しなきゃいけないのは、これから危険極まりない場所へ向かう自分のことでしょうに……ある意味で呑気ともいえるその優しさに苦笑を覚えながら、私は二人を促して後方にある乗降扉へと向かう。そして、減圧と乱気流に注意しながら扉を開け、機外へと身を躍らせて――今に至っていた。
「……おそらくはこの悪天候に加えて、黒い雲自体に強い電磁波のようなものが含まれているのでしょうね。クルミさんが用意してくださったこの飛行ユニットがなければ、私たちも無事では済まなかったでしょう」
冷静に状況を分析しながら、葵お姉さまはそう言って私たちが身にまとっているマント型の飛行ユニットを称えてくれる。それが誇らしいけど照れくさくて、私はにこやかに笑いかけるその優しい視線からつい、目をそらしてしまった。
一見、新スーツの導入時に追加した薄手のマントと同じもののようにも見えるけど、これはアスタリウム結晶を細い繊維状にまでより上げて作った改良版で、いわばメダルの力を持ったコートだ。結晶自体が放出する波動エネルギーによって超電導プラズマ波が形成され、そのおかげで発生した反重力場を利用することで動力機関を搭載することなく空中を浮遊・飛行することが可能になっている。
さらには、その副産物として生じた空間歪曲フィールドが身の回りを包むことで風雨を避け、若干とはいえ防御機能も備えた――つかさ伯母さまもとい、ジュデッカさまと共同で開発した珠玉の傑作だった。
「(もっとも、このまま闇雲に飛び続けてるとエネルギーの消費量も馬鹿にならないし……急がないと)」
胸の内でせり上がりそうになる焦燥感を抑えながら、私はバイザー型の端末を装着して周辺の様子をくまなく探索する。
あれだけ巨大な建造物なのだから、光学的、あるいは魔術的なカモフラ―ジュをかけるにしても限界があるはず。それに、万が一敵の罠に陥って最悪の事態になったとしても、遥と葵お姉さまだけは目的の場所へと送り届けてみせるつもりだ。
もう二度と、私は二人を置いて自分だけ脱出するような真似はしたくない――そんな覚悟を固めていた、その時だった。
「っ……葵ちゃん、クルミちゃん見て! あの雲の向こう――!」
「……! やっと、見つけたわ……!」
遥の指さした先に目を向けて、望遠倍率を上げたバイザー内のスクリーンにその全貌を捉えた私は、よしっ、と思わずこぶしを握り内心で快哉をあげる。そこには果たして、入手した映像にあったものと同じ形をした「浮遊する島」があり、その上にはいかにも禍々しいつくりをした古城がそびえ立っていた。
「あれが浮遊城……? 思ったよりも大きなお城ですね」
「とにかく、内部に入らないと何も始まりません。迎撃に備えながら、慎重に接近しましょう」
「うん、わかった」
× × × ×
それから数十分後、私たちは浮遊城のバルコニーらしきところのひとつに降り立ち、気配をうかがいつつ内部へと足を踏み入れていった。
……がらんとした、だだっ広い空間。調度品らしきものは何もなく、殺風景な光景が眼前に展開している。
「真っ暗だね……誰もいない感じだけど、どう?」
「ちょっと待って。今、熱源反応と波動センサーを立ち上げるから」
私は端末を操作し、この部屋の解析を進めると同時に、浮遊城の形状から事前に算出していた見取り図をバイザー内のスクリーンに表示させる。
……算出されたデータを見る限り、この部屋の中に敵らしき存在は見当たらない。そしてセンサーの感度を最大限にあげたところ、この城の下層付近に波動エネルギーを放出している反応が2つ、はっきりと表示されるのを確認することができた。
ブレイクメダルから放出されるエネルギーの波形は特殊なものだから、一目見ただけですぐにあの子たちのものだとわかる。それに、ここまで強い反応が返ってくるということは少なくとも2人は「生きている」と断言してもよさそうだ。
「やっぱり、めぐるとすみれはこの城の内部にいるみたい。自分たちから乗り込んだのか、それとも連れて来られたのかはわからないけど……どうやら無事と考えてよさそうね」
「ほんとに? よかった……」
私の分析結果を聞いて、遥は心からほっとしたように笑顔を浮かべる。葵お姉さまもまたにっこりと微笑んで、2人の無事を喜んでいるようだった。
その反応には、偽りらしきものを感じない。……だから、私は聞いた。聞かずにはいられなかった。
「葵お姉さま。……めぐるとすみれを見つけて合流できたら、どうされるおつもりですか?」
「どう、とは……?」
「めぐるの処遇についてです。『天ノ遣』の決戦兵器という、あの子が持つ本来の力を敵が利用する、もしくはしようとしている状況にあったとしたら、私たちはどうすればいいのか……」
「……。本当のことを申し上げると、私にもわかりません。『ルシファー・プロジェクト』が私の聞き及んでいるようなもので、もしそれが現実になるという事態に陥っているのだとしたら……私たちは最悪の場合、めぐるさんやすみれさんと相まみえることになる可能性も否定できないでしょう」
「……っ……」
努めて感情を抑えながら、淡々と紡ぎ出された葵お姉さまのその言葉に、強い覚悟と決意の響きが伝わってきた。思わず息をのんで、私は慄然と受け止める……そこへそっと、肩に優しく触れてくれたのは明るい笑顔を浮かべる遥の手だった。
「大丈夫だよ、きっと。だってあの2人は、クルミちゃんが頑張って育てた大事な子たちで……何よりも、私たちと同じツインエンジェルなんだから、ねっ?」
「遥……」
「……えぇ、そうですよね。私も遥さんと同じように、2人を信じる勇気を持ち続けたいと思っています」
そう答える葵お姉さまの表情から、硬く険しい空気が薄れていくのを感じる。
……やっぱりこういう時、遥が一緒にいてくれてよかったと心から思う。私と葵お姉さまでは慎重になって悲観的にも捉えてしまうこともあるけれど、遥はいつも希望を忘れずに、前を向くことの大事さを教えてくれるからだ。
「いずれにしても、2人を見つけ出すのが先決ね。遥、それに葵お姉さま。新型のメダルの準備は大丈夫ですか?」
「もちろん。ほらっ」
そう言って遥は、手の平の上にいくつかのメダルを浮かび上がらせて私たちに見せる。葵お姉さまも同様だ。
人造の『アストレア・メダル』――めぐるやすみれの持つ『ブレイクメダル』ほどの耐久度とエネルギー含有量はないものの、以前にジュデッカさまが開発したプロトタイプ版からは大きく改良が加えられて、能力もけた違いに向上している。これを活用すれば大魔王ゼルシファーと戦った時にはまだ少し及ばないものの、以前と同程度の敵であれば問題なく対応することができるだろう。
……ただ、現状だと無限機関を搭載している『ブレイクメダル』とは異なり、使い切りという欠点が未解決のままだ。それだけに使いどころを選び、無用の戦闘はエネルギー消費を抑えるためにも極力避ける必要があった。
「ここから、敵がどんな備えで待ち構えているかわかりません。私が動向を探りながら先導しますので、まずはめぐるとすみれに合流することを最優先とし、戦闘になりそうな場所は回避して進むことにしましょう。それでいいわね、遥も?」
「もちろん。よろしくね、クルミちゃん」
× × × ×
「……クルミちゃん。この先にまた、扉が見えるよ」
「敵の反応は無さそうね。……行きましょう」
薄暗い石壁づくりの廊下を、私たちは息をひそめ、足音を忍ばせながら通り抜けていく。そして、遥の言うとおり突きあたりにあった扉を開けて中に入ると、そこにはがらんとした見栄えのしない空間が広がっていた。
「……これで、4つ続けて空き部屋。しかも、敵が待ち受けている気配が全く感じられないわね」
「うーん……それって、クルミちゃんが敵のいそうなところをうまく避けてくれてるからじゃないの?」
「もちろん、そのつもりで進んできたつもりだけど……」
ただ、……実際には選ぶまでもなく一本道が続いていて、しかも何かが立ちはだかる反応が全くなかったのだ。敵との遭遇を避ける、というのは当初に設定した注意事項だったのだけど、ここまで敵の姿、そして罠らしき存在を感じないとなるとかえって不気味さが募ってくる。
それに――。
「……姿こそ見えませんが、気配はしますね。それに、何者かの視線も――」
そう言って葵お姉さまは重心を落とし、身構えながら慎重に油断なく周囲をうかがっていく。確かに私も、さっきから嫌な胸騒ぎがしているのだけど……だからと言ってバイザー型の端末には反応がないため、困惑ばかりが広がる一方だった。
「もう一度、波動センサーで反応を確かめてみるわね。感度だけじゃなく、波長を変えれば違う結果になるかも――」
と、その時だった。
「っ? 危ない、クルミちゃん!!」
何かに気づいたのか、とっさに遥が私の手を引いて後方へと飛び退る。突然のことに私が呆然とそれに従い、隣では同様に回避行動をとる葵お姉さまの姿を確かめた次の瞬間――さっきまで立っていた床が轟音を立てて爆砕し、濛々とした塵芥を巻き上げながら粉々に破壊されるさまがはっきりと目に映った。
「なっ……? こ、これは……!?」
爆風と砂塵が落ち着き、視界が明らかになってから私は、その爆発と轟音は前触れもなく石の壁から現れた巨大な拳が叩きつけられてできたものだと、ようやく理解する。そして、壁を引き裂くようにして姿を見せた拳の正体は、恐ろしい形相をした岩石の巨人だった。
さらに、その肩の上に載っていたのは……!
「しょーっしょっしょっしょっ! やっと来たわね、ツインエンジェルたち!」
「あ、あんたは……サロメ!?」
見間違えるはずもない。そこに立っていたのは、あの『ワールド・ライブラリ』で死闘を繰り広げたゴスロリ服の錬金術師――サロメ……!
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