第3話

 放課後。私とめぐるは、迎えに来たみるくちゃんに連れられるかたちで高等部の生徒会室を訪れた。


「ちょっとめぐる、どこに行くつもりなのよ? 生徒会室はこっち!」

「ご、ごめーん。高等部の家庭科室はどんな感じなんだろうって、つい気になっちゃって……」

「お兄様お兄様お兄様お兄様――っ!」

「すみれも落ち着きなさい! こら、廊下は走っちゃダメでしょうが!!」


 校舎内に足を踏み入れた時は、中等部の制服姿が先生に見つかったら注意をされるかもしれない……という心配も少しだけあった。

 とはいえ、そもそも中等部どころか、他の学院の制服を着ているみるくちゃんが当然のように闊歩していることもあってか……特に好奇の視線を向けられることもなかった。


「あ、葉月副会長! 楽器の修繕手配、ありがとうございました。おかげで大会までに楽器の修理ができそうです!」

「それはよかったわ。週末の吹奏楽大会、頑張りなさい!」

「クルミ副会長―。各教室の掃除機道具の話って、どうなりました~?」

「破損品の交換は来週届く予定よ。緊急で必要な物があるなら声かけなさい」


 途中、色々な生徒がみるくちゃんに話しかけてきたが、彼女はそれぞれに適切な答えを返して、颯爽と歩いていく。

 異質どころか、むしろ一目置かれた存在のようだ。……正直ちょっと、格好良かった。


「みるくちゃん、生徒会の副会長さんだったんだー」

「そうよ」

「じゃあじゃあ、どうして副会長さんなのに違う学院の制服を着ているの?」

「こっちの方が、私らしいからよっ!」


 えへん、とみるくちゃんが平たい胸を張ると同時に大きなベルが揺れる。

 そんな理由で生徒会の副会長が違う制服を着ていていいのだろうか……いや、この学院は名門ではあるものの生徒の自主性に任せている面が多いので、許されているのかもしれない……たぶん。


「ついたわ。ここよ」


 生徒会室は、階段を上った廊下の先にあった。

 文化部の活動などでにぎやかな他の教室があるフロアと違って、しんと静まりかえった空気がとても心地よく感じられる。


「お姉様、めぐるたちを連れてきました」

「どうぞ」


 閉じられた扉の向こう側から聞こえてきた涼しげな声に誘われて、扉を開く。中の空気があふれ出すのを感じると同時にふわりと、かすかに甘い紅茶の香りが漂ってきた。


「失礼いたします」

「……しっ、失礼しまーす」

 

 一目でそうとわかるほどに緊張しためぐるとともに、一歩高等部の生徒会室に足を踏み入れた瞬間。


「――お兄様!」

「きゃぁっ!?」


 敬愛するお兄様の姿を見つけて、私は真っ先に駆け寄る。何かを跳ね飛ばした気もするけど、錯覚だと思ってすぐに忘れた。

 

「やぁ。元気だったか、すみれ」

「はい! お兄様、お久しぶりです 。お会いできて大変嬉しいです!  お兄様こそお元気でしたか? きちんと食べておられますか?」

「あ、あぁ」

「あぁ、それはなによりです。最近お姿を拝見できなかったので 、ずっとメールばかりになってしまいましたが、やはり生のお兄様にお会いしたく、それで私は本日…… 」

「ちょっとすみれ! 人のことを突き飛ばしておいて本題から外れた雑談をしない!!」

「えっ?」


 声をかけられて振り返ると、みるくちゃんが不服そうな表情でなぜか、涙目でお尻をさすっているのが見えた。


「私はただ、麗しのお兄様にご挨拶をと……」

「そのために来たんじゃなくて、もっと大事な目的のためでしょ!?」

「お兄様へのご挨拶以上に大切なものはないわっ!」

「あー、えっと……すみれ、気持ちはありがたいが……今日は大切な話があるから、また後でな?」

「……わかりました」


 確かに、差し迫っている問題はめぐるの方だと納得して、私は渋々と引き下がる。

 ……話が終わったら、お夕飯にでもお誘いすることにしよう。


「まったく。すみれは唯人お兄様のことになると、すぐ我を忘れるんだから」

「すみれちゃん、如月先輩のことが大好きなんだね~」

「ふふっ、そうですね」


 ため息をつくみるくちゃんの背後には、ツインテールの女性が椅子から立ち上がってにこにこと微笑んでいるのが見え、それに応えるようにして優しそうなおかっぱ髪 の女性が同じような笑顔で小首をかしげている。

 ツインテールの方は、水無月遥さん。聖チェリーヌ学院高等部の現生徒会長さんだ。

 そして、その隣にいるのは神無月葵さん。聖チェリーヌ学院を運営する神無月グループの現当主であると同時に、学院長の親族でもある。


 ……というのは、表向きの話。


 彼女たちの正体は、先代の『天ノ遣』――快盗天使ツインエンジェルのレッドエンジェルとブルーエンジェルだった。

 彼女たちは一時期、敵の組織に捕らわれていたのだけど……それを私とめぐる、そしてみるくちゃんの手で救出し、その後は快盗天使ツインエンジェル として私たちの力になってくれた。

だけど、その際みるくちゃんが持つブレイクメダルで一度に三人を変身させた せいで変身アイテムに過度な負担がかかり、故障してしまったらしい。

そのため現在はバックアップに回って、先輩として私たちに貴重なアドバイスを送ってくれる立場になっていた。

 

「すみませんお兄様、お忙しい時に。相談というのは、めぐるのことなんですけど……」

「あぁ、話は聞いている。ちょっと待ってくれ。……えっと」

「……?」


 お兄様はそこで言葉を切り、視線を私たちの背後へと向ける。すると、


「そういえば遥さん、昼休みに西条先生から頼まれたお仕事はもう終わりましたか?」

「あっ、そうだった! 先生に今日中に提出してって言われてたんだった……まだ帰ってないかなぁ?」

「大丈夫だと思いますよ。私も職員室に用がありましたので、一緒に行きましょう」

「ありがとう、葵ちゃん! すみません、如月先輩。めぐるちゃんたちのこと、よろしくお願いします」

「あぁ、急ぐ必要はないからゆっくり行ってきてくれ」

「はーい! それじゃ二人とも、またねっ」


 そう言って水無月先輩と神無月先輩は、連れだって生徒会室を出て行く。あとには私たちが残された。


「…………」

 

 どうしたのだろう。できれば先代の『天ノ遣』の人たちにもめぐるの状況を聞いてもらって、アドバイスをもらいたかったのだけど……。


「……さて、そんなわけで本題だが」

「あ、はい。実は……」


 とりあえず、みるくちゃんが私たちに代わってめぐるが置かれている状況と、彼女の身体のチャクラが傷ついていることを手早く説明してくれる。

 その会話の様子を黙って見守っていると、めぐるがこっそりと私に耳打ちしてきた。


「ねぇ、すみれちゃんのお兄さんって、ツインエンジェルのこと知ってるの?」

「ええ、もちろん。お兄様も如月家の人間なんだから、『天ノ遣』のことはご存じよ」

「あ、そういえばそんな話を聞いたような、聞いてないような ……じゃあ、やっぱり遥先輩と葵先輩も、子供の頃から天ノ遣のことを知ってたのかな?」

「水無月先輩はわからないけど、神無月は本家だから。きっと子供の頃から聞かされていたと思うわ」

「……すみれちゃん、『本家』ってなに?」

「親戚の中で、一番偉い家ってことよ……」

「おー、なるほどー」


 ふーん、とめぐるが目を泳がせながらためらいがちに頷く。……この表情を見る限り、おそらく彼女は理解していないだろう。

 彼女の故郷であるチイチ島は小さな島だ。 だから、てっきり親戚同士密接な関わりがあるものだと勝手に思い込んでいたけれど、親戚同士の関係は薄かったのかもしれない。

 反対に、神無月と如月の親戚付き合いはかなり密接だ。そもそも如月、神無月の血筋を大本まで辿ると、イタリアの聖なる一族であるアスタディール家に行き着く。それゆえ、平和のために戦うといわれているその一族をともに古くから支えてきたという歴史があった。

 私は子供の頃から、成長したあかつきには本家……神無月家とともに使命を果たすことになると言われて育てられた。そしてその因習と伝統に従い、今はこうして『天ノ遣』の役目を暫定的に担っている……。


「…………」

 ふと、お兄様に目を向ける。私がそうなのだから、あの人もおそらく似たようなことをされているのだろう。だから、あえて如月の実家を出て自立した生活を送っているのは、そのためじゃないか……私は内心で、そう予想を立てていた。


「なるほど……事情はよくわかった。確かに、それは放置できない問題だ」


 みるくちゃんの話を聞き終えたお兄様が、そう言って眉間にしわを寄せながら腕を組む。その様子を見ただけでも、めぐるが直面している問題がいかに深刻であるかを容易に想像することができた。


「あたし 、このままだとどうなっちゃうんですか?」

「死に至るという可能性までは考えられないが……そのまま放置すると危険なことは間違いない。 傷ついたチャクラが分断されたまま固定されて、波動エネルギーを扱うことができなくなるかもしれないからな」

「分断……?」

「骨折と同じよ。折れたまま放置していたら、曲がったままくっついちゃうでしょ」

「曲がったまま、くっつく?」


 みるくちゃんがそう言ってわかりやすく補足してくれたが、めぐるにはいまいち理解できていないらしい。……というか、骨折についての想像がつかないようだ。


「うーん、それじゃあ……めぐる、アンタの身近に骨折した人っていない?」

「ええっと……昔、リンダが……あ、 チイチ島の友達なんだけど、前に転んで骨折したことがあったよ!」

「その時、怪我した所を堅い物かなにかで覆ってなかった?」

「うん。でもそれって、怪我した所を守るためじゃないの?」

「それもあるけど、ギプスってのは折れた骨が曲がったまま、くっついたりしないようにするためのものなの。骨折時の対処で一番大切なのは、折れた骨の位置を元に戻して固定することだからね」

「へぇ~! そうだったんだ~! 」


 その説明を受けて、めぐるはようやく納得したように頷いてみせる。私も、そういった大きなケガをしたことは幸いにしてなかったけど……みるくちゃんの言いたいことはなんとなく理解ができた。


「そんなに大切なものだったんだ~…… あたしペンとかマステで色々デコっちゃったけど、大丈夫だったかな……」

「大丈夫だと思う。保護さえ出来ればいいんだから」

「そ、そうなんだ! よかった~」


 ほっとしたように、めぐるは安堵の息を吐く。彼女がギプスをどんな風にデコったのか

……ちょっと気にはなったが、ここで聞く話ではないだろう。


「あぁもう、話が脱線しちゃったじゃないの! 大事なのはそこじゃないでしょう?」

「まぁまぁ、重要性が理解してもらえたのならそれが一番だ」

「……まぁ、それはそうですけど」


 そうたしなめられて、みるくちゃんは大人しく引き下がる。あのみるくちゃんがあっさり引き下がるなんて……やはり私のお兄様は 素晴らしい人だ。


「それで、天月君に提案なんだが……チャクラを治療するために、修行場に行くのはどうだろうか?」

「修行場……ですか?」

「あぁ。如月神社は、全国各地に修行場を持っているんだ。その土地によって特化しているものが違うんだが……」

「あ、それ……私も聞いたことがあります」

 

 おそらく、今回のめぐるのための場所とは違うのだろうけど……私も幼い頃にしばらくの間、その『修行場』に通わされたことがあった。

 確か、魂をどうとか、なんとか……両親はそんなことを言っていた気がする。昔すぎて、今はもうよく覚えていない。


「その中のひとつに魂の洗礼に特化していて、『天ノ遣』が本来持つチャクラの回復力を高める修行を行うための設備が整った場所がある 。……まぁ言うなれば、病院のリハビリ施設のようなものだな」

「そこに行けば、治るんですねっ!」

「あぁ。以前にも天月君と同じようなダメージを負った者 がいたが、『魂の洗礼』を受けて今では無事に回復している。医療行為とは異なるから若干不安かもしれないが……効き目は保証しよう。……だが」

「……っ!?」


 お兄様が真剣な視線を向けると、めぐるはピンと背を伸ばす。私もしらず、こくりと唾を飲み込んでいた。


「魂の洗礼を受けるためには、厳しい修行を受ける必要がある。個人差もあるが、当分は休学することになるだろう」

「きゅ、休学ですか? 二泊三日とかじゃなくて?」

「あのねぇ、旅行じゃないのよ。どれくらいかかるかなんてわからないじゃない」


 たしなめるみるくちゃんの声を聞きながら、私は頭の中でお兄様の言葉を繰り返す。しばらく休学……ということは。 


「じゃあ、しばらくチェリーヌ学院を離れないといけないんですか……?」

「そんな……」


 私の問いかけの言葉を聞いためぐるは、はっと息をのんで不安そうに私を見る。

 揺れる瞳が懸念しているのは、厳しい修行に対してではない。私を一人にすること……ツインエンジェルの役目を、私だけに負わせることに対しての不安と負い目なんだろう。


「(ほんとにもう……この子は)」


 呆れと同時に、微笑ましさも覚えてしまう。自分が大変な目に遭っているというのに、私のことをまず気にするなんて……。

 ただ、確かに私もそのことについて若干の不安を感じている。……だけど、ほんの少しだけだった。


「……めぐる、行ってきて」

「で、でも……」

「大丈夫。あとは私に、任せて」

「…………」


 そう言ってもめぐるはまだ逡巡したように、視線を彷徨わせている。だから私は、彼女の聖域とも呼べる場所へ踏み込んでいった。


「正義の味方を続けたいのなら、今のうちに治すべきだと思う」

「えっ……?」

「続けたいんでしょう? だったら今は、それが一番いい方法よ」

「……っ……」


 めぐるは今、自分が正義の味方であることに誇りを持っている。突然ツインエンジェルになれといわれて、戸惑いながらも受け入れた理由も正義の味方になりたいという憧れがあったからだ。

 だからこそ、一度叶った願いから距離を取るのはきっと辛くて、不安なのだろう……。


「わかってる……でも、 あたし……」


 正義の味方を引き合いに出されても尚、めぐるは迷いを見せる。

 それほど私のことが心配なのか、と思うとやや不満だけど、仕方ない。私たちは今までずっと二人で戦って、二人で勝利を掴んできたのだから。

 だから……もう一度、彼女の背中をおしてあげよう。それがツインエンジェルの片割れである、私の役割だった。


「……犬の、マスキングテープ」

「えっ?」

「今度買いに行こうっていってたもの……期間限定、って言ってたよね? 代わりに、私が買ってくるから」

「すみれちゃん……」

「だから、……その。……」


 そこで、声が途切れる。この後なんと続ければいいのか、全くわからない。

 だから心置きなく行ってきなさい? それとも、遠慮なく行ってきなさい?……可能な限り人と関わりを避けてきた私には、こんな時どうすればいいのか判断がつかない。

 というより、それ以前にこれでいいんだろうか? なんだか物で釣っているような気がしなくもないけれど、でも今の私にこれ以上出来ることなんて――


「……わかった!  あたし、行ってくる!」


 それでも、自分の言葉に迷う私の目の前で、めぐるはためらいながらもしっかりと頷いてくれた。


「しっかり治してくるから、それまで待ってて! 絶対、すぐに戻ってくるから!」

「……うん」


 決意をあらたにするめぐるに、頷き返す。

 もっとも、そもそもの問題としてめぐるが修行を乗り越えられるか、という懸念材料もあったけれど、不思議と私は、そこに不安を感じていなかった。

 この子なら、きっと大丈夫だ。私はそう、信じている。

 だから、私も……きっと、大丈夫。


「意気込むのは結構だけど、焦ってしくじったりしないようにね。しっかり身体を治すことが、今のアンタが一番やらなきゃいけないことよ?」

「大丈夫だよ、みるくちゃん! あたし頑張るからっ!」

「だからみるくちゃんじゃないって いってんでしょーがっ!!」


 そんな感じに、めぐるはやる気を燃やしている。だから、きっと大丈夫だろう。故郷のチイチ島から一人でチェリーヌ学院までやって来たのだから、どこでもやっていけるはずだ。


「…………」


 とはいえ、私は……めぐるを眺めながら集団の輪から少し離れると、そっとスカートのポケットに手を入れる。

 そして折りたたんだ厚みのある紙を握りしめながら、小さく息を吐き出した。


「……まだ、しばらく先かな」

 

 手の中にあるのは、入寮許可書。実を言うと、私は近々学院寮への入寮を決めていた。

 めぐるは寮生活。私は実家暮らし。深夜に出動する際、めぐると合流するまでにタイムロスが発生しがちだ。

 今はまだしも、いずれその些細な遅れが命取りになるかもしれない……そう考えた私は母に事情を話し、賛同を得たことで家を出て、寮生活を送ることを決めたのだ。

 だけど……この調子だと、めぐるが治療のため学院を離れるのと入れ替わるように入寮することになるだろう。

 

「喜んでくれると、思ったんだけどな……」


 ため息をそっとついて、ふとお兄様を見る。

 私に背を向けて立つその後ろ姿は相変わらずりりしかったが、なぜだか寂しげな感じがして……でも、その表情まではよく見えなかった。

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