第95話

 ……まるで時間の流れが止まったように、辺りはしんと静まりかえっている。

もしかするとそれは、あたし自身の今の気持ちがそう感じさせた錯覚なのかもしれない。そんな張りつめた空気の中でミスティナイトはこちらを見据えながら、努めて感情を抑えるように淡々とした口調で「事実」を語ってくれた。


「エンジェルローズ――いや、天月めぐる。君は、過去に起きた『事故』によって一度命を落としているのだ。その影響で君自身の存在を示す『マナ』の核が完全な状態ではないため、非常に不安定な状況にある」

「……っ……」

「少し前、君は葉月クルミの提案で如月家関連の施設に赴き、そこで修行に入ったと聞く。その時に実施されたメディカルチェックにおいて、君自身が持つ波動エネルギーの状態と能力値も計測したはずだが……覚えているか?」

「あ、はい……」


 どうしてそのことを知っているんだろう……と少しだけ疑問にも感じたけれど、実際にその通りだったのでこくん、と頷く。

確かに如月家の施設を訪れた時、あたしはまず自分のお世話役として霜月雫さんを紹介してもらい、その後修行に先立ち健康診断のようなものを受けることになった。そして時間をかけて身体のあちこちをいろんな機械や道具で調べられてから、今後の修行内容と方向性を決めてもらったんだ。

 ただ……今になって思い返すと、その診断結果を見た雫さんはなぜか深刻そうな表情を浮かべて、他の職員さんたちとしばらくの間話し込んでいたような気がする。もっとも、その内容は聞き覚えのない難しい言葉ばかりだったので、修行場に来るまでの移動と緊張で疲れていたあたしは詳しいことを聞けないまま、そのまま眠ってしまったのだけど……。


「君の了承もなく、独断で申し訳ないが……私はそのデータを入手し、キャピタル・ノアの聖杯研究所の協力を得て解析させてもらった。その結果、君の持つ波動エネルギーは変身時に使用・放出されるものと、通常の時に消費されるものとが異なる性質を持つと判明したのだ。つまり、そこから導き出されることは――」

「……あたしの身体の中にある波動エネルギーは、2種類ある。特にそのひとつは『天ノ遣』と真逆の、どちらかといえば敵の魔族の持つものに近い……ですか?」


 すでにその答えを予測していたことが意外だったのか、ミスティナイトは口を引き結びながらまじまじとこちらを見つめてくる。

 あっている、とも違う、とも返さないその反応。……だけど沈黙がしばらく続いたことであたしは、自分の半ばあてずっぽうな仮説が間違っていなかったことを逆に確信した。


「っ、やっぱり……そうですか」


 からからに乾いた喉に息が引っかかって軽くむせてから、あたしはぎこちない笑みとともに声を絞り出す。

 そこまでの驚きはなかった。もちろんショックは大きかったけれど……予想通りだったことに対する納得と、正解かどうかわからなくて落ち着かない気分が少しだけ解消された感じだった。


「……君はいつ、そのことに気づいたのだ?」

「そうじゃないかな、って強く感じたのは、メアリの罠にかかって闇の空間に閉じ込められた時です。なんとなくだけど、伝わってくる波動が以前エリュシオンで『魔王のメダル』と融合させられた感覚と、似ている気がして……」


それで、思い切って頭の中へ念を送りながら解除を呼び掛けてみると、自分でも驚くほど簡単に術を破ることができたことで……あたしは気づいたんだ。この力は、すみれちゃんやみるくちゃんたちのような『天ノ遣』としてのものではなく、むしろ『闇』の属性を持った力じゃないか、って。

それに――。


『あなたには、『エリューセラ』としての資質があります。どうかそのお力で、エリュシオンの危機を救ってください』


――以前エンデちゃんたちにそう言われた時から、ずっと考えていた。どうして高い能力を持つすみれちゃんではなく、あたしがその資格者なんだろう、って。

だけどその後、エリュシオンが『鼓動を止めた世界』の行き着く先として生まれたものだと知り、そこに住まう人たちが波動エネルギーによって「生」を受けた存在だと聞かされてから……ぞっとする戦慄とともに、あたしの頭にはひとつの想像が思い浮かんだんだ。

もし、エリュシオンが世界の「死」によって成立しているのだとしたら……その力で生み出されたメダルと人々の「生」は、つまるところ「死」から始まったものなのかもしれない。そして、そんな彼女たちに求められるあたしもまた、「死」に関係している……?


「……っ……」


 寒くもないのに、こみあげてくる全身の震えを抑えることができなくて……あたしは首をすくめ、自分の身体を抱きしめる。

 考えたくもなかった。想像するのも怖かった。……自分が「死んでいる」かもしれないなんて、誰かに否定してもらいたかった。

だけど皮肉なことに、その前提で自分の力やこれまでの経緯の謎を解き明かしてみると、一番話のつじつまが合って……納得できてしまって……。

認めなければいけない厳しい現実としてあたしの前に立ちふさがり、目をそらすことも、耳をふさぐことも許してはくれなかった……。


「……すまない。君にとって酷すぎる事実だと、私自身も理解しているつもりだ。しかし、迂遠な表現だと真実を伝えきれないと思った。……許してくれ」

「いえ……いいんです。だって事実なんだから、仕方ありませんよね。それより――」


 あたしは蛮勇を振るって、顔を上げる。そして泣きたい気持ちをこらえながらミスティナイトに尋ねかけていった。


「教えてください、ミスティナイト。そうだとしたらあたしは、どうして「生きてる」んですか?」


 そう……それだけはいまだにわからないことだった。もし本当に命を落としていたのだとしたら、ここにいる私は何なのだろう。

 ……もしかして、幽霊? でも、身体はある。それに、怪我をした時はちゃんと赤い血が流れるので、ゾンビではない……と思う。

 となると、一番可能性があるとすれば、ここに来るまでに戦ったメアリたちのような『人造人間(ホムンクルス)』ということになるけれど……。


「あたしは……「人間」じゃないんでしょうか? たとえば、メアリのように何かの技術でつくり出された、人造の――」

「いや、そうじゃない。確かに君は命を奪われたが、間違いなくこの世界で「生きている」。肉体も精神も誰かの手が加えられたのでもなく、君自身のものだ」

「……? じゃあ、あたしはいったい……?」

「……。これはまだ推論の域を出ないが、君自身を現世に繋ぎとめているものは、おそらく……如月すみれの力だろう」

「……っ!?」


 その説明を聞いたあたしは思わず息をのんで目を見開き、身を乗り出してミスティナイトに詰め寄っていった。


「ど、どういうことですかっ? すみれちゃんがあたしに、力を……!?」

「君の存在は、如月すみれから波動エネルギーの供給を受けることで辛うじて調律を保ち、現在の姿を維持たらしめているということだ。にわかには信じがたい話で、どういう理論に基づいているのかまでは不明だが……君たちは文字通り「繋がり合って」力を共有している」

「そ、そんなっ……!」


 それは、自分が一度死んだという事実よりも大きな衝撃となって、あたしに襲いかかってくる。まさか、すみれちゃんがあたしに力を、それどころか命までも分け与えてくれていたなんて……!


「……っ……!?」


 血が凍るような驚きに衝撃を覚えた次の瞬間……あたしの脳裏に、見覚えのある光景が浮かび上がってくる。

 これは……過去の記憶だ。あたしとすみれちゃんがチイチ島にある湖、『大鏡』の中へと飲み込まれて暗い闇の底へと引きずり込まれそうになったその時……彼女の手があたしの伸ばした手を掴んでくれたんだ。

そして繋がった手を通じて、身体の中に光のようなものが流れ込んでくる感覚が――。


「(そうか……そういう、ことだったんだ……!)」


 ……あの時、あたしは「死んだ」。だけど、すみれちゃんと繋がった手を通じて命を分け与えられて、生き返ったんだ。

そして……気づいてしまう。学院で出会った時からすみれちゃんに抱いていた、違和感の正体にも……。


「学院で出会った頃のすみれちゃんが、病気がちだったのは……そのせいだったんだ」


 ずっと、不思議だった。『天ノ遣』として毎日厳しい稽古と鍛錬を重ねて、幼いころから使命を背負って自らを鍛え律してきたはずのすみれちゃんが、どうしてあんなにも病弱で体力がないんだろう、って。

 でも、これで分かった。力と才能に恵まれたすみれちゃんが、ツインエンジェルBREAKの活動をした後の消耗がいつも激しかったこと、そして普段からたくさんの食事をとっても、全然平気な顔をしていた理由は――。


「あたしの命を守るために、すみれちゃんは……2人分の補給と、消費をしてた……?」


 その厳然たる事実が、あたしの心を切り刻んで打ちのめす。

 今までだってあたしは、ツインエンジェルBREAKの活動でヘマをして足を引っ張ったり、考えなしに行動したことで迷惑をかけたりしてきた。でも、そんなこと以上に……あたしの存在はチイチ島で命を救われてからずっと長い間、すみれちゃんの邪魔をしていたということになる。

文字通りのお荷物で、厄介者と言われているに等しかった……。


「……っ……」


 あたしの胸の中に、じわじわと悲しさと自己嫌悪が広がっていく。

 泣く資格なんてないって、よくわかってた。だって本当に苦しくて大変だったのは、あたしじゃなくてすみれちゃんだ。何にも悪くないのに、あたしのせいで巻き込まれただけなんだから。

 ……でも、自分のことを正義の味方だって勝手に思って、浮かれて。誰よりも頼りになるすみれちゃんのパートナーになりたいって頑張ってきた想い、願いが全部否定されたように感じられると、……嗚咽と一緒に両目から大粒の涙があふれて、止まらなかった。


『私は、めぐるを守る。だからめぐるも、私を守ってね――』


 そう言って、手を差し伸べてくれたすみれちゃんの笑顔にあたしは励まされて……絶対にすみれちゃんと一緒に、正義の味方になってみせるって心に誓った。

 だけど……あたしはすみれちゃんのことを、守ってなんかいなかった。ずっと守られてばかりで、何もできてなかったんだ……。


「あたし……すみれちゃんと出会っちゃ、いけなかったの……? 会わないほうが、すみれちゃんのためだったの……?」


 意識を失い、足元で横たわっているすみれちゃんの顔が視界に入って、……悲しさと情けなさがさらに大きくなって、胸が弾けてしまいそうに苦しい。

 ……あたしのせいだ。もしすみれちゃんが全力を出すことができていれば、敵の罠に落ちてダメージを負うことだってなかったかもしれない。危険な目に遭うことだって、今よりもずっと少なかった可能性も……。

 そんな考えが頭の中を駆け巡り、今すぐ消えてしまいたくなるほどの絶望に心が押しつぶされそうになった――その時だった。


「――それは違うぞ、天月めぐる」


 凛と響く強い言葉とともに、あたしの頭にそっと何かが触れる。思わず濡れそぼった顔を上げると、そこには口元をほころばせながらあたしを見つめ、慰めるようにその手で撫でてくれるミスティナイトがいた。


「元々、君とすみれは出会い、『天ノ遣』としての役目を果たす立場と環境にあったのだ。だから本来であれば、君は何らかの形で如月家のもとへ招かれ、もっと早い段階ですみれとともに鍛錬の機会を受けていただろう」

「っ、……それはほんとう、ですか……?」

「あぁ。名前が示す通り、『如月』は月の如き一族として『光』をつかさどり、『天月』は月を包む夜天として『闇』を担う。波動エネルギーとは本来、陰陽の一対をなす波動によってその真なる力を発揮するもの……君たち2人は、その象徴なのだ。決してどちらかが一方にすがるのでも、まして足かせとなるための存在ではない」

「……ミスティ、ナイト……」


 彼の真摯な言葉と、想いが……あたしにも伝わってきて、心があたたかくなる。そして、それをきっかけとして修行の最終日に雫さんが言ってくれたことが、脳裏に蘇ってきた。


『あなたには、とても素晴らしい力が眠っています。それが正となるか、負となるかはあなた次第ですが……あなたが意思と目的を誤らなければ、それはきっと誰かを救う光となるでしょう』


 ……もしかするとあの時、雫さんもあたしの異常について何か気づいていたのかもしれない。それでもあの人は、あたしのことを信じて厳しく、一生懸命に鍛えてくれた。

 そんなふうにいろんな人たちの優しさが嬉しくてありがたくて、あたしはぐいっ、とこぶしで自分の目元をぬぐうと、軽く息をつく。そのおかげで暗い闇に陥ってしまいそうだった自分の気持ちに、少しだけ明るさとあたたかさが戻ってきたような気がしていた。


「でも、あたしにそんな力が、あるんですか……?」

「ある。天月の血を引く者には、他の『天ノ遣』とは一線を画すほどの絶大な力が備わっているのだ。邪な輩を打ち破るためには「守る」だけではなく、あえて血を流すことを厭わず「攻める」ことも必要となる。たとえるならば盾ではなく、剣としての立場がな」

「…………」

「……だが、『闇』の力はその攻撃的な属性が災いして、時に敵に対しても利を与える恐れを内包する。ゆえに、天月家の人間は通常時においては如月家とは離されて居を構え、有事の時のみに立ち上がる文字通りの『陰』の存在となった。そしてその「時」がやってきて、君が呼ばれた――それが、真相だ」

「そう、だったんですか……」

「ただ、『天ノ遣』の『陽』の者たち――神無月家と如月家は、君に謝らなければいけないだろう。いまだ爆弾を抱え、その解決策も用意しないまま君を呼び寄せてしまったのだからな。その上、すみれにも負担を強いるとわかっていながら、君たち2人にすがってしまったことは本当に申し訳ないと思っている。たとえ――を助けることができるのは、君たちしかいなかったとしても……」

「えっ……?」


 今、……ミスティナイトはなんて言ったのだろう? かすかにだけど、誰かの名前を独り言のように呟いた気がしたけれど……。

 とはいえ、彼はすぐに表情を改めるとあたしの肩の上に手を載せてくる。そして大きく、力強く頷きながら励ますように言葉を繋いでいった。


「自信を持つんだ、天月めぐる。君と如月すみれの出会いは必然であり、運命だった。それは間違えようのない事実であり、ただ一つの真実なのだからな」

「じゃあ、あたしは……このまま、すみれちゃんのパートナーでいても、いいんですか?」

「いい、悪いということではないさ。……君しかいない」


 そう言ってもらえたことで、悲しくて流れていた涙の上に重なるようにして……嬉しさと規制を含んだ雫が目からこぼれ落ちていく。

 あたしを元気づけるための、方便かもしれない。けど、それでもよかった。少なくとも、その言葉があるとないとでは大違いだから……今はこの人の言うことを心の底から信じて、すみれちゃんに少しでも恩返しをするためにただひたすら、頑張りたかった。


「…………」


 それと同時に、……あたしの頭の片隅で「ひょっとしたら」と芽吹いていた憶測の思いが、……かちりと音を立てて「そうなのかも」へと変わってゆく。

 この人は間違いなく、あたしたちの味方のひとりだ。でも……いや、だからこそこの人の姿には、時々「あの人」の面影が重なる。そして、頼もしさと同時に一種の「危うさ」にも似た気配を感じることで、なんとなく心がざわめくのを止められなかった。


「……あの、ミスティナイト。えっと……」

「? 他に何か、聞きたいことでもあるのか?」

「あ、はい。その……」


 あたしは少し口ごもってから、どう切り出すか、あるいは本当に聞いてもいいものか迷って、考えあぐねる。

ミスティナイトのことを、信用していないわけじゃない。でも、話を聞くたびじわじわと大きくなる違和感がどうしても気になったあたしは、思い切ってそれをぶつけてみることにした。


「……どうしてあなたは、あたしのこの状況を見抜くことができたんですか?」

「…………」


そう。たとえ、波動エネルギーの異常に気付いたとしても……それが一度「死んだ」ことに原因があること、そしてあたしの命がすみれちゃんという自分以外の誰かによって維持されていることに気づくのは、ただ知識が優れていたからだけとはとても思えない。それに、普通だったら「こうだと思う」とか、若干の疑いの余地を残した物言いで自分の考えを語るはずなのに、この人は少なくともあたしの「死」に関してはずっと断定的だった。

まるで、そう……これと似たような事象をその目で見たことがある、とでも言いたげな口ぶりで……。


「あと……如月家からあたしのデータを受け取ったってことは、あなたもその縁者ということですよね? だけどすみれちゃんは、あなたのことを知らない。……それってつまり、あなたが何か話せない秘密を持ってるってことになるんじゃないかな、って」

「……口を滑らせてしまったな。だが、なかなか見事な洞察力だ。あるいはそれも、すみれの影響なのか――」

「…………」


 その口調と台詞から、あたしはやっぱり、と確信を深める。「あの人」は今と同じように、すみれちゃんの名前を口にする時なぜか一瞬、声を潜めるように固くなるんだ。

 まるで、自分の心のうちをさらけ出さないように、と強く意識をするように……。


「ミスティナイト。すみれちゃんは、あなたのことを胡散臭い……だから信用できない、って言ってます。でも、あたしはそう思いません。むしろあなたは、すみれちゃんにわざと嫌われるように振る舞ってるような……そんなところが、「あの人」とそっくりなんです」


 とんでもない勘違いかもしれない。だとしたらあたしは、ものすごく失礼なことを言っていることになるだろう。

……だけど、この人はあたしの知っている「彼」にとても似ている。……というよりも、瓜二つとしか思えないほどに同じ感じがする。

 そこから導き出される答えは、つまり――。


「……君にも気づかれてしまったか。気配の方向を変えることで正体がわからないように努めてきたが、かえってそれが悪手に繋がったのかもしれない――」


 そう呟きながらミスティナイトは、目の辺りを覆っていたマスクを外す。そしてその奥にあった素顔を見たことであたしは、これまで抱いてきた「可能性」としての予想が間違っていなかったことを確信した。


「ミスティナイト……やっぱりあなたは、すみれちゃんのお兄さんだったんですね……、?」


 納得とともに改めてその顔を見直したあたしは、そこにあった違和感に気づいて思わず息をのむ。その片方の目の色はあたしの記憶にあるものではなく……闇のような漆黒の中に、血に染まったとも感じるほどの紅に染まっていたからだ。


「その目は……どうして……?」

「……君と同じさ。魔の者の手に落ちて、『マナ』の核を傷つけられた代償……いわば、己の愚かさと無慮の象徴と言ったところだな」


 ミスティナイトはそう言って、あたしに笑いかけてくれる。だけどその表情には、寂しさを含んだかげりが色濃く宿っていた――。

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